第11話 魔王、陰謀を放置するのじゃ

 解体が終わった頃を見計らってわらわは冒険者ギルドへとやって来た。

 そして受付に行き、解体師から受け取ったカードを差し出す。


「今日あたり頼んだ解体が終わると聞いたのじゃが、もう終わって……」


「リンドさん!? 待ってたんですよ!!」


 すると何故か受付のおなごがずいと体を寄せながらこの様な事を言ってきたのじゃ。


「う、うむ? 何じゃ?」


 急にどうしたんじゃ? もしかして頼んだ解体の金を受け取りに来るのが遅すぎたのかの?


「すぐに応接室に来てください! 貴方! リンドさんが来たってギルド長に伝えて!!」


「は、はい!」


 ギルド長? 何の事じゃ?


 ◆


 応接室に連れてこられたわらわが差し出されたお茶とクッキーをパクついておると、受付のおなごと共に一人の男が入って来た。


「待たせたな」


「たいして待っておらんよ。なかなか美味なクッキーじゃったしの」


「そりゃよかった。話をする前に確認だが、三日前にマッドリザードの解体を頼んだのはお前さんだな?」


「うむ、その通りじゃ。何か問題があったのかの?」


「ああ、その通りだ。事情は同じ場所に居たらしいロレンツにも聞いたんだが、お前さんの口からも聞かせてほしいんだ」


 ギルド長がよっこらしょと向かい側のソファーに座ると、職員がお茶をテーブルに置く。


「構わんが、わらわも詳しい事情は分からぬぞ」


 わらわは依頼の為に魔物を狩っていた事、その際にマッドリザードの群れが襲ってきたことなどを説明した。

 ロレンツとの勝負に関しては、あ奴の名誉のために言わんでおくか。


「マッドリザード達の向かってきた方角は分かるか?」


「おおよそじゃが、北西の方角じゃな」


「ふむ、残っていた足跡と一致するな」


 わらわの話を聞き終えたギルド長は納得がいったと頷きながらお茶を飲み干す。


「魔物の大量発生はどこにでも起きるものじゃが、この辺りのマッドリザードは今回のように一気に増える事があるのか?」


「いや、この辺りはダンジョンも無いし魔物が大量に生息するような土地柄でもない。あれだけ増える前に冒険者に見つかって自然と数が調整される筈だ」


 ダンジョンのある土地や魔物が大量に生息する土地は淀んだ魔力である魔素が溜まりやすく、魔力が高まり過ぎると魔物の大繁殖を誘発する事がある。

 これは高まり過ぎた魔力が魔物達の生存本能を刺激する事で、一匹でも多く生き延びる為に大量の子供を産むのだと言われておる。

 じゃがこの辺りにはそういった魔物が大発生する環境は無いようじゃ。


「となると、どこか魔物の生息地がある土地からはるばる逃げて来たというところか?」


 あの破棄された計画の事を思い出しつつも、わらわはギルド長の意見を尋ねる。

 本当に偶然の一致だった可能性も無いわけではないからの。


「やはりお前さんもそう思うか」


 やはりギルド長はわらわの予想した通りの考えに至っていたらしいの。


「調査はするのかの?」


「近隣の調査はした。だが群れの足跡は隣領の方角から来ていてな。これ以上の調査は越権行為になる。だから領主に報告して隣領の領主に調査依頼を出した」


「まぁそれが妥当じゃの」


 他の領主の管理する土地が関わるとなると、領主間の管轄の問題になるからの。

被害が出る前に問題を解決してしまったのが裏目に出たのう。


「だが却下されたそうだ」


「何?」


「隣町の冒険者ギルドから情報を流して貰ったが、調査の必要なしとして要請は却下されたそうだ」


「なんとまぁ。大丈夫なのか?」


 不自然な魔物の大量発生なぞ、真っ当な統治者ならば即調査する案件じゃろうに。


「大丈夫じゃないな。隣領の領主は気の弱い男だから、こんな話を聞いたら調査くらいはする筈だ。それをしないと言う事は……」


「本人が関係しているか、上から止められたか」


「どうも後者の方らしい」


「むず痒いのう」


 ギルド長ももどかしいのか、眉を顰めて頷いておる。 

 しかしこれは厄介な事になってきおったぞ。


「そういう事だからお前さんには悪いがこの件は内密にしてほしい。下手に騒いで回って貴族に目を付けられてほしくない」


「分かったのじゃ」


 正直人族の貴族なぞ怖くはないが、せっかく冒険者として登録したのじゃ。必要以上に目立つ事は避けるとするかの。

 下手に目立ってわらわを探しているであろうヒルデガルドにバレたくもないしの。


「すまんな。そういう事情もあって一度の戦闘で100匹のマッドリザードを討伐したと評価する事は出来んが、代わりに時期をずらして倒した魔物の数をカウントさせてもらう。ランクアップまで少し時間はかかるが、その際には正当な評価として検討させてもらう」


「分かったのじゃ」


 正直ランクアップはどうでもよいが、正当に評価されるのは悪い気分ではないのじゃ。


「詫びと言っちゃなんだが、買取価格は多少色を付けさせてもらった。お前さんとロレンツが狩ったマッドリザードは買取価格の二割増しだ」


 なんと、これはありがたいのう。

 正直ランクアップとか調査うんぬんよりもこちらの方が嬉しいわい。


「気を遣わせたの。ところでロレンツの奴にもこの話はしたのか?」


「ああ、グラントと一緒にな。アイツもなかなかやるようになったもんだ」


「そ、そうじゃな……」


 その分アレな事になってしもうたがな。


「で、これがお前さんの取り分である金貨220枚だ。流石に倒した数が数だからな。結構な額になった」


 ドサッという音を立ててギルド長が金の入った革袋をテーブルの上に置く。


「うむ、受け取ったのじゃ」


「それとお前さんに指名依頼を頼みたいんだ」


 金を受け取ると、ギルド長がそんな事を言ってきた。


「指名依頼とな?」


「ああ、マッドリザードの群れを単独で討伐した腕を見込んでだ」


「ふむ、何をしてほしいのじゃ?」


 わらわに指名依頼とは、やはりマッドリザードに関する仕事かの?

 となると調査か?


「暫く町に滞在して欲しい」


「……は? 何じゃそれ?」


 どんな仕事を頼まれるかと思ったわらわじゃったが、あまりにも予想外過ぎて拍子抜けしてしまった。


「マッドリザードの群れは討伐されたが、原因が判明したわけじゃない。ギルドとしても調査を終えるまでは腕の立つ冒険者に非常事態として町に待機して欲しかったんだが……」

 

「何かあったのかの?」


「さっきも言った通り調査要請の却下と……上位ランク冒険者の強制依頼が頻発した」


「強制依頼? ギルドのか?」


 確かある程度ランクがあがった冒険者は、有事の際に強制的に討伐依頼などを受ける義務があった筈じゃ。

 貴族にもそういったものがあるのかの?


「いや、ギルドからの強制依頼じゃない。貴族達からの断りづらい依頼が頻発しているんだ。上位冒険者としてもうかつに貴族の依頼を断れば目を付けられて仕事をしづらくなるからな」


 成程、それで強制依頼か。


「問題はそれが頻発しているって事だ。お陰でこの町には今、腕の立つ冒険者が激減している。明らかに不自然だ」


「命令を無視して調査をせぬようにとの脅しかの?」


 ギルド長は大きく溜息を吐きながら多分なと頷いた。


「正直、先手を打たれたという気分だよ。同時に実力者を遠ざけたいという思惑もあるのかもしれん。だからお前さんには町に滞在して欲しいんだ。今ならまだお前さんの名は売れていないからな」


「ふむ、しかしわらわも生活がある故、町から出る日もあるし、いつまでも束縛される気はないぞ?」


「別の町や村への長期移動や連泊、森の奥深くに行くようなものでなければ一晩くらい町を空けてもかまわん。状況によっては依頼を途中で放り投げても違約金はギルドが支払うし、緊急事態としてランクアップの査定にも影響させない事を約束しよう。期間はとりあえず10日間。報酬は一日金貨1枚でどうだ?」


 ふむ、何もせんでも金貨1枚が貰えるというのはお得じゃの。


「まぁ良いぞ」


「助かる。表向きは不足している薬草の採取と言う事にしておく」


「分かったのじゃ」


 この町の事はまだよく知らんしの。丁度良い故、町を散策してみるとするか。


「しかし面倒な事になってきたのう」


 冒険者ギルドを出たわらわは、町を散策しながら今回の事件の黒幕を考える。

 人族の領域で破棄された計画が動いたのか、それとも偶然同じような事を考えついた者が居たのか。


「上から圧力がかかっている以上、何かが起きているのは確かなんじゃがな」


 はたまた誰かが何かやらかして、それを隠匿する為に圧力をかけた可能性もある。


「じゃがまぁ、よく考えるとわらわには関係ないんじゃよなぁ。わらわの城は海の向こうじゃし」


 最悪この国が滅んでもわらわへの影響は薄い。

 まぁ折角ギルド長とつながりが持てたのじゃから、仕事はきっちりやるとするかの。


「そもそもマッドリザード程度なら、寧ろ増やして貰った方が金になるからの」


おや? そう考えるとこの案件、わらわの為に親切な誰かが素材を用意してくれただけと言えるのでは?


「何じゃ、真剣に考える様な事でもなかった」


 そうと分かれば今日の所は毛玉スライム達に土産でも持って帰るとするかの。

 ああそうじゃ。受け取った報酬で布団や家具を買っていかんとの。


 ◆国王サイド


「よくぞ魔王を討伐して戻った勇者よ! 大儀である」


 魔王が人族に化けて冒険者になった頃、勇者達もまた人族の領域に帰還していた。


「過分なお褒めの言葉、感謝いたしします」


 国王の言葉に勇者はこうべを垂れたまま感謝を告げる。


「そなたのお陰で我等人族は数百年ぶりに勝利を手に入れる事が出来た。これで人族が魔族に奪われた領地を取り戻す事が出来るであろう!」


 さも人族が被害者のように言っているが、実際には攻め込んだ逆襲を受けて賠償金代わりに奪われただけである。

 しかし奪われた方にとっては都合の悪い事実などあってはならず、結果後世には被害者であると言う歪んだ主張だけが遺されたのであった。


「そなた達には十分な褒美を授けよう」


「ありがとうございます」


「うむ、王国の未来は明るいのう!」


 しかしそこで勇者がピクリと反応する。


「陛下、それなのですが、少々気になる事が」


「ぬ? 何じゃ一体?」


「はい、実は先ほど城の騎士達から、不自然な規模の魔物の群れが各地に出没すると言う情報を聞きました。僕達なら聖獣に乗って各地を迅速に回る事が出来ます。討伐の許可を!」


 勇者が魔物の討伐を提案すると、国王はニコリと優しげな笑みを浮かべた。


「流石勇者じゃな。だがそなたは魔王討伐という偉業を成したばかり。体もかなり疲れていよう」


「そんな事はありません! 帰還中に聖獣の背中で十分な休息は得ました。それよりも魔物に脅かされている人々の方が大事です!」


 勇者の剣幕に国王は苦笑する。


「その意気や良し。じゃがそなた達が帰って来るのを心待ちにしていた者が居る事を忘れてはいかんぞ」


「え?」


「勇者様ーっ!!」


「姫っ!?」


「やっと戻っていらしたのですね! 姫は寂しゅうございました! ああ、お怪我はありませんか? 魔王を討伐していらしたのですよね!?」


「え、ええと、その……」


「これ姫よ、今は謁見の最中であるぞ。もう少しお淑やかにせぬか」


 国王が姫を窘めるが姫はプクリとほほを膨らませる。


「だって勇者様は世界中を飛び回ってなかなかお城に戻ってこないんですもの! わたくしの婚約者ですのに!」


 姫の言葉は事実である。

 勇者は平民だが、神器に選ばれたというある意味貴族以上に貴い立場は、貴族達にとって垂涎の結婚相手だったのである。

 何しろ他の貴族の影響を家に持ち込むことなく、権威だけを強化できるのだから。

 それを熟知していた国王は、勇者の存在が確認された瞬間、彼を姫の婚約者に押し込んだ。

 全ては国の安寧の為に。


「まぁそういう事じゃ。暫くは姫の話し相手になってやってくれ」


「ですが……」


「普通の魔物であれば我等騎士団でも十二分に相手に出来ます。勇者殿には我々の力を信用して欲しいですな」


 勇者の反論を封じたのは国王の傍に控える近衛騎士団長だった。


「あっ、いえ、そう言う訳では……」


「近衛騎士団長の言う通りだ。魔物の群れについては騎士団に任せよ。勇者達は休息をとるのじゃ。これは国王命令である」

 

「「「「はっ!!」」」」


 国王の命令とあっては逆らえないと、勇者は渋々頭を下げる。


「さっ、行きましょう勇者様。旅の間のお話をたっくさん聞かせてもらいますわよ」


「は、はい……」


 姫に腕を引っ張られ、勇者は強引に謁見の間から去る事となった。

 その直後だった。国王から温和な笑みが消え、冷徹な支配者の眼差しが彼等の消えた扉を貫く。


「ふぅ、正義感が強いと言うのも困りものだな」


 溜息と共に国王は勇者を酷評する。


「ええ、全くです。世の中はただ敵を倒せば良いと言うものではありませんからね。何しろその魔物の群れはわが国の新たな戦力なのですから」


 それは騎士団長も同様だった。

 事もあろうに彼は魔物が自分達の戦力だと言ったのだ。


「魔物の育成具合はどうなっておる?」


「はっ、反国王派の派閥の貴族の元に送った魔物達は現地の魔物と旅人を襲って順調に成長しているようです」


 国王の質問に答えたのは宮廷魔術師長だった。

 信じられないことに彼は自国で人が襲われている事を全く問題にしていなかった。


「ちゃんと魔物使いの命令を聞くのじゃろうな?」


 しかし国王もまたそれを全く問題にしていないかの様な振る舞いを取る。


「そちらも問題ありませぬ。魔物使いが従えている魔物が群れの長となって統率は上手くいっておるそうです」


「ふはは、よいよい。まさかこんな簡単な方法で大量に魔物を従える事が出来るとはな」


「全くです。我が国の魔物使い達は面白い方法を考えてくれたものです」


 信じられないことに勇者が懸念した魔物の群れは、国王達によって計画されたものだった。


「我等人族は長き戦いで疲弊し過ぎた。戦力を消耗させ過ぎてしまったのだ。だがこの計画が上手くいけば、我等人族は魔族と互角以上に戦える!」


「魔王と言う最大戦力が居なくなった今なら、我等に勝機があります」


「残された幹部は勇者殿の神器と聖女様が従える聖獣でどうにかなりましょう。有象無象の魔族は魔物共を使い潰せば十二分に削れます」


 自分達が従える魔物すらも使い捨ての道具にすると宮廷魔術師長は嗤う。


「陛下に反抗的な貴族を弱体化出来るだけなく、我が国の国力が増えるのですから一石二鳥ですな」


 しかもその矛先は同じ国の貴族にまで向いていた。


「強大な魔物軍団が出来上がった暁には、魔族共を根絶やしにしてくれよう! そして魔族の領域、いやそれだけではない。他国の領土も我が国の領土となるのだ! 儂の下には勇者達も居る。世界を我が物とする日も近いぞ! はははははははっ!!」


 そこには、妄執に澱んだ男達の眼差しだけがあった……


◆宰相サイド


「と、人族の王は思っている事でしょうね」


 人族の国に潜り込ませた部下からの報告を受けてヒルデガルドはほくそ笑んでいた。


「よもや魔物軍団のアイデアを提供したのは我等魔族だとは思ってもいまい」


「しかも自分達に従っている魔物使いが全員我等魔族にとって代わられているとは夢にも思わないことでしょうな。お陰で実際には命令に従わずに野生化した個体が居る事もバレておりません」


 部下の追従にヒルデガルドは満足気な笑みを浮かべる。

 そう、国王の計画の裏にはヒルデガルドの思惑があったのだ。


「くくく、愚かな王だこと。人族の国全体に魔物を繁殖させつつある今、既に人族の国は我が手中も同然! 戦争を行う事すらせずに敵国を崩壊に導く事が出来るのだ!」


「ヒルデガルド様に反抗的な幹部の領土で実験的に育てている魔物の育成状況も悪くありません。こちらの魔物達は人族の領域で行っている実験と違って魔物使いの支配下にある魔物の数を多く配置してありますので、我々の命令に従順です」


 更にヒルデガルドはより確実性の高い実験を自分とソリの合わない幹部の領地で行っていた。


「うむ。連中の力を削る事も出来て一石二鳥だな。愚かな人間共め。来たる決戦の折にはお前達の切り札がお前達自身を内側から喰い尽くすのだ! 更に人族全体を人質に取れば勇者達は抵抗も出来まい! つまり条件を満たすのは私という事だ!」


 計画が順調に進んでいる事にヒルデガルドは手ごたえを感じていた。


「時代遅れの魔王め! いつまでも世界を支配できなかったお前と違い、私は知略で世界を手に入れるのだ! 最速でな!!」


 かつて魔王ラグリンドが支配していた城の玉座で、宰相ヒルデガルドは高らかに笑うのだった。


「……全く、愚かしい事」


 その姿に呆れている者の溜息にも気付かず。

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