第13話 魔王、襲撃されたのじゃ
「……」
わらわは追手から隠れ、物陰で息を潜めておった。
その追手の名は……
「リンド姐さーん、リンド姐さんどこですかー?」
グラントの息子のロレンツなんじゃよなぁ。
わらわはロレンツの姿が見えなくなったのを確認してから物陰より姿を現す。
「ふぃー、やっと撒いたのじゃ」
あの勝負以来、ロレンツはやたらとわらわに纏わりついてくるようになったのじゃ。
お陰で冒険者ギルドに依頼を受けにくる度にくっついてきて面倒臭い。
「やれやれ、ロレンツの奴め、すっかり懐きおって」
まぁ好意でくっついてくる故、邪険には出来んのじゃが……っていかんいかん。
正直ああいう手合いはもうこりごりじゃ。
わらわが魔王に祭り上げられたのも、ああいう懐いてきた連中の面倒を見ておったら際限なく増えてしもうたのが原因じゃしのぅ。
また新しい魔王国を建国なんて羽目になるのは勘弁じゃよ。
暫くはノンビリ凄すのじゃ。
気分を切り替えてわらわは冒険者ギルドに向かう。
島でノンビリ暮らす為に色々と物資を補給しておきたいでの。
「よし、今日はこの依頼を受けるのじゃ」
手頃な依頼を選び、用紙を受付に持ってゆくと、受付嬢のエミリーがそれを受け取る。
「はーい、今日は何の依頼かしら?」
「森の奥で採取依頼を受けるつもりじゃ」
「はいはい。ブロンズの採取依頼ね。リンデちゃんはソロなんだからあまり奥までいかないようにね。あと毒消しなんかの補助薬も持っていくのよ」
このエミリーのように、受付の者達は冒険に行く際に必要な事前準備などをあらかじめ教えてくれる。まったく親切な事よ。
「うむ、気遣い感謝する」
「はーい、いってらっしゃーい」
エミリーの気遣いに感謝しつつ、わらわは森へと向かう。
といっても向かうのは町から近い森ではなく、少々離れた位置にある森じゃ。
ここは二つの町の丁度中間にある故、冒険者達も採取の場として選ぶことは滅多にない。
そのおかげで良い素材が手に入りやすいのじゃ。
わらわなら転移魔法で一瞬じゃしの。あとロレンツを撒くのに便利じゃし。
「ふぅー、森の中は追っかけてくる奴がおらぬ故、安心するのう。おっ、ブラッドグリズリー見っけなのじゃ。こやつは鍋にすると上手いんじゃよなぁ」
人が少ないと言う事は魔物討伐で競合する心配もないし、因縁を付けられたり獲物を横取りされる心配もない。
何より魔族の領域の魔物に比べ、人族の領域の魔物は退治が容易なものばかりで凄く楽なのじゃ。
そんな訳でわらわは次々にやって来る魔物達を狩りまくる。
うひょー冒険者が滅多に来んから、入れ喰い状態じゃー!
「おっといかんいかん、狩ってばかりではなく採取もせんとな」
対峙した魔物を魔法の倉庫にしまい込むと、わらわは依頼された薬草を探す。
「これでもわらわ、戦時中は自力で薬草を採取しては薬にしておったからの。薬草のめぼしはついておるのじゃよ。ほれあった」
案の定、この森は冒険者が少ないだけあって薬草も殆ど手つかずじゃった。
人族の冒険者達は手間を惜しむからの。移動時間を短縮する為に近場の森で済ませようとするから実入りが少ないのじゃよ。
「……」
その時じゃった。何かが近づいてくる感覚を感じる。
「む?」
これは……一人か。じゃが騒々しい感じがせぬ故、ロレンツではないの。
しかしこの距離までわらわに気付かせぬとは、中々の手練れよ。
そして近づいてきた反応は暫くすると止まる。
ふむ、これ以上近づいたら気付かれると警戒したか?
薬草を採取しながら暫く様子を見るも、反応が近づく様子は無かった。
これはこちらからちょっかいかけんといつまでもじっとしてそうじゃの。
「いつまでそうしておるつもりじゃ? 出てくるがよい」
「……」
わらわが呼びかけると、声の主は素直に姿を現した。
てっきり誤魔化す為に隠れ続けるかと思っておったが、意外にもあっさり認めたの。
しかしそのローブで身を覆い、フードとマスクで顔が隠されていた為、その正体は判別できぬ。
「何じゃ、物盗りか?」
周辺の伏兵の反応は無い故、物盗りの線は薄いか。
勿論こ奴を囮にして本命が潜んでいる可能性もないわけではないが。
ただ今回に関してはそれはないとわらわの感が告げていた。
じゃがそれならば何者じゃ?
などと考えておったら、いきなり懐からナイフを投げてきよった。
「おっと、問答無用か」
わらわはナイフを半回転で回避すると、その勢いを維持して手にした薬草を投擲する。
「!?」
まさか草を投げられるとは思っていなかった襲撃者が反射的に薬草を拳で払う。
じゃがそれは悪手よ。
「っ!?」
わらわの放った薬草は狙い違わず襲撃者の手に刺さった。
くくくっ、これぞ強化魔法の真骨頂! ただの薬草と言えどわらわが強化魔術を施す事で鉄の如き硬さに生まれ変わるのじゃ。
その状態で投げた薬草は、葉の形状もあいまってちょっとした投げナイフよ。
現役で戦場を駆けていた時代はよく武器が無くなった時にその場にある背の高い草とかで戦ったのう。
あれやると倒した相手がせめてもっとマシなものでー! って断末魔をあげるのちょっと面白かったんじゃよな。
「……!」
しかし襲撃者は懐から取り出した小瓶を手にかけると、その傷がみるみる間に癒えてゆく。
ふむ、ポーションを用意しておったか。まぁ当然と言えば当然じゃな。
しかしわらわの魔力の籠った一撃を喰らったのじゃ。手加減したとはいえすぐには手も自由に動くまい。
「のぅ、何で襲ってくるんじゃ? わらわ冒険者としてデビューしたばかりで特に恨みを買うような事はしてないつもりなんじゃがのう?」
「……」
「だんまりか。じゃが襲ってきたと言う事は返り討ちに遭う覚悟もあるんじゃろうなっ!」
何か情報を得られぬかと思ったのじゃが、相手はこちらの質問に一切答えるつもりはないようじゃ。
しょうがない、まずは取り押さえてから調べるとするか。
再び薬草を魔法で強化しつつ放つも、今度は回避された。
流石に二度目ともなると警戒されるか。
ならば接近戦じゃ!
これまでの動きを見る限り、接近戦の実力はそれなりというところじゃな。
殺してしまわぬように加減しつつ……今じゃ!
ひょいっ。
「むむっ!?」
なんと! 今のを避けたのか!?
意外にも襲撃者はわらわの攻撃を回避した。
今までの動きをから逆算した速度と威力の攻撃じゃったんじゃがのぅ。
「ならばこれはどうじゃ!」
わらわは上方修正した攻撃で再度襲撃者を攻撃する。
しかし……
「なんと!? またしても避けた!?」
こやつ、只者ではない!
いかにうっかり殺さぬよう慎重に手加減したとて、わらわは魔王ぞ。それこそ達人レベルの相手でも負傷は免れん。
なんせ今代の勇者達を殺さないようにするのも苦労したくらいじゃからの。
そのわらわの攻撃を避けたと言う事は、こやつは間違いなく勇者よりも強い。
じゃが一体何者なんじゃ!?
今の人族は度重なる敗戦でこれほどまでの使い手はおらぬ筈じゃ。
でなければ神器を地上の民同士で使うなどと言う馬鹿げた真似をするわけがないし、そもそも勇者の仲間として招集された筈じゃ。
と言う事は在野の達人か?
しかしさっきも言ったが逆恨みをするほど冒険者として活躍したつもりもない。
となると考えられるのはヒルデガルドの刺客か?
わらわの正体に気付いて襲ってきたと言う事か。
「ふん、あ奴の部下にも使える者がおるではないか!」
寧ろわらわの国を乗っ取ろうと言うのだ。そのくらい出来る部下がおらねばの!
「少々本気を見せてやろう」
と言ってもあまり派手にやり過ぎると騒ぎになってしまうのでまずは周辺に結界を張り巡らす。
「っ!?」
くくっ、今更になって慌てるか。
「結界とは守る為に使うだけでなく、本気で戦う姿を見られぬようにも使えるのじゃぞ?」
寧ろわらわクラスになると、周辺の地形を守る為に使う方が多いくらいじゃ。
「今度はこちらの番じゃ!!」
わらわは久しぶりに力を開放すると、一瞬で襲撃者の懐に入り込む。
「っ!!」
突然懐に飛び込まれた襲撃者が慌てて防御の姿勢を取ろうとする。
やはりこ奴、反応できておるの。
「じゃが遅い!」
抉り込むようなボディアッパーを叩き込むと、襲撃者の体が浮き上がる。
「かはっ!?」
かろうじて防御が間に合ったが、それでも防御を抜けたダメージと衝撃で襲撃者が苦悶の声を上げる。
「そらそらそらそら! どうしたどうしたどうした? まだまだこれからじゃぞ!」
相手を空中に浮かせたまま、わらわは小刻みにラッシュを放つ。
「くっ!」
襲撃者とわらわの間に薄く魔法陣が煌めき、攻撃の感触が鈍る。
無詠唱での防御魔法か。
「うむ、そう来なくては……なっ!」
だがわらわはそれを貫通した。
防御貫通は魔王のたしなみじゃよ?
「くぁっ!?」
綺麗に攻撃が決まった事で、たまらず襲撃者が吹き飛ぶ。
「安心せい、殺しはせん。殺しは、な。その前に色々と喋ってもらうぞ」
さーて、もう少し遊ばせてもらうとするかの。
まだまだ本気でないとはいえ、わらわの攻撃をこれ程耐えられる相手は貴重じゃ。
魔物相手でも素材を気遣って超手加減せんとあかんしの。
くふふ、最近どこぞの冒険者の息子が面倒くさかったからの。ストレス解消と行かせてもらおうか。
「お待ちを、魔王様!!」
わらわが更に力を解放しようとしたその時じゃった。
突然襲撃者が跪いたと思うと、地面に手をつき深々と頭を下げた。いわゆる土下座じゃの。
「なんじゃ? もう諦めるのか? じゃがわらわを襲って来た以上、謝って許して貰えるとは思わん事じゃな」
だってわらわ邪悪な魔王じゃしー。
にしてもわらわの正体を知っていると言う事は、やはりヒルデガルドの部下か。
というか今の声聞き覚えがあるような……
「もとより魔王様に敵対する意思はありません。試すような真似をした事をお許し下さい」
ふん、言いよるわ。
「ならば顔を見せよ。顔も見せぬような無礼者と話をするつもりはない」
「かしこまりました」
そう言ってフードを取った襲撃者の意外な正体にわらわは驚愕した。
「お、お主、リーメイアか!?」
「はい、リーメイアでございます」
襲撃者の正体、それはわらわの側近を務めておったメイド長、リーメイアであった。
「一か月ぶりですね魔王様」
「何故お主が……」
「お久しぶりです魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ヒルデガルドの手下になったのじゃ? と聞こうとした刹那、リーメイアがわらわのレバーに頭突きと見紛う突進を行ってきた。
「ぐほぉ!?」
「はぁぁぁぁぁ、久しぶりの魔王様の感触です!」
そして流れる様な動作でわらわの腹に顔をうずめてくる。
そ、そうじゃった、リーメイアは、やたらと過剰なスキンシップを求めてくるのじゃった……ぐふぅ。
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