第9話 魔王、魔物の群れを一掃するのじゃ

「さて、マッドリザードはどこかのぅ?」


 わらわは感知魔法で周辺の魔物の反応を確認する。

 さすがにこの辺りはマッドリザードの生息地の外周故か魔物の数が少ないの。

 それに散らばっておるゆえ効率が悪い。


「というか魔物の数がかなり少ないの」


 討伐依頼が出るくらいじゃ、もっと大きな群れがあると思うのじゃが……。

 それとも別の場所に移動したか?


「おったおった。あっちか」


やや奥地側に魔物の群れと思しき集団を発見したわらわは、進行方向を変える。

 少し走ると、さっそく魔物の姿が見えてきた。

 マッドリザードの生息地はいわばが草木が少なく多い故、見つけるのが容易じゃな。

 まぁ逆に向こうからも見つけやすいんじゃが。

 マッドリザードの気性を考えると、意図的にそういう場所を選んでおるんじゃろうな。


「「ひーふーみー……残念、八匹か」


 あと二匹おれば一発クリアじゃったんじゃがのう。

まぁ良い、残り二匹はのんびり狩れば良いあ。


「今回の依頼はマッドリザードを丸ごと納品じゃったの。素材にするのか知らんが、なるべく綺麗に狩っておうた方がよいじゃろうな」


 さて、どうやって倒すかのう。

 素材を傷つけぬ倒し方となると炎や風の刃は避けたいところか。


「ならこうじゃ」


 わらわは魔法で無数の水の玉を産み出す。


「おっといかんいかん、ウォーターボール!」


 どこに人がいるとも限らんからの。ちゃんと人族の魔法を使ったように呪文の名前を唱えんと。

 我ら魔族は魔法を使う際人族と違って呪文の詠唱はいらぬが、人族や詠唱は呪文の『名』を発する必要があるからの。


 魔法とは砂で作った城であり、魔力とは砂、呪文は砂を固めて形にしやすくする為の水と思えば分かりやすいかの。

 しかし高位の術者になると詠唱を短縮するようになり、極めれば詠唱を無視する事も出来る。

 ただしそれでも言葉にしなければいけないものがある。

 それが呪文の名前じゃ。

 この名前を口にする事で、組上げた魔力が形になるのじゃ。


 しかし魔族はこの呪文と名前を口にする事なく魔法を発動する事が出来る。

 人族とは根本的に魔法に対する適性が違うのじゃよ。

 エラとヒレを持つ事で、水中で呼吸し人以上に早く泳ぐ魚のように。

 羽を持ち空を飛べる鳥のように。

 魔族は呪文を用意することなく、ただ念じるだけで魔法を使う事が出来るのじゃ。


おっと、話が逸れてしもうたの。

 わらわの放った無数の水の玉がマッドリザード達に向かってゆく。


「ギュア!?」


 水の玉が近づいた事でマッドリザード達が異変に気が付く。

 そしてためらうことなく水の玉に襲い掛かっていった。

 マッドリザードは水の玉をその爪と牙で砕くが、形無き水はすぐに元に戻る。


「ギャウウー!」


 何度攻撃しても元の形に戻る水の玉にマッドリザードは苛立ちをあらわにするが、それで水の玉を倒せる訳ではない。


「ではその命、貰うぞ」


 わらわは水の玉をマッドリザード達の口の中に放り込む。

 勿論ただ飲ませた訳ではない。水の玉の向かう先は胃袋ではなく肺じゃ。


「ゴボギャゴー!?」


 突然灰の中が水で満たされたマッドリザードは呼吸が出来なくなってもだえ苦しむ。

 そして滅茶苦茶に暴れ始めるが、そもそも術者のわらわは離れた場所にいる為、何の意味もない。

 そして数分が経過すると、マッドリザート達は動くのを止めて地面に倒れ伏したのじゃった。


「……ちょっと苦しませてしもうたかのう?」


 まぁええか。剣や魔法で倒すのも溺死も死には変わりない。

お主等の肉も素材も無駄にはせん故許せ。依頼主がじゃけどな。


 わらわはマッドリザードの死体を掴むと、懐のポケットに放り込んだ。

 すると明らかにわらわのポケットよりも大きなマッドリザードの体がしゅるんと吸い込まれたのじゃ。


 これぞ空間魔法マジックポケット。

 わらわの傍にある空間の『裏』に魔力で拡張したポケットを構築する魔法じゃ。

 この魔法は空間を拡張する程大きくなっていき、わらわのポケットも今では魔王城以上の大きさを誇っておった。


 まぁあんまり入れすぎると何を入れたか忘れてしまう故、定期的に何が入っているかチェックせんといかんのじゃがの。

 この魔法で作った空間は現実の空間とは法則が違うことから内部の時間が経過しなくなる故、ついうっかり荷物を入れっぱなしにしてしまうんじゃよなぁ。

 

そんな訳でマッドリザードを討伐したわらわは次の獲物の目指して移動を開始する。


「この位置じゃと結界の傍を通るの。一端マッドリザードの素材を置いていくとするか」


結界の張られた場所に戻ってくると、そこにはロレンツの姿があった。

見ればロレンツが狩ったであろうマッドリザードの死体が摘まれておる。

ふむ、二体か。

 探知魔法ではわらわが倒した群れ以外の群れはおらんかった。となると散らばっていたマッドリザード達を倒して二往復してきたと見える。

 この短時間でなかなか将来有望じゃのう。

 魔王やっとった頃ならスカウトしておったかもしれん。


「ふっ、やっと一匹か。僕は二体狩……ん? 手ぶら?」


「おお、そっちも励んどるのう」


「おい、何で獲物が無いのに戻って来るんだ? まさか獲物の場所が分からなくて戻って来たのか?」


 む? わらわが手ぶらで戻って来た事で、獲物を見つけらなんだと勘違いしてしまったのかの?


「やれやれ、これだから魔物を狩った事もない新人は……」


「いや狩ったぞ。ほれ」


わらわはマジックポケットから狩ったマッドリザードを取り出す。

 おっといかんいかん、結界の中に入れるんじゃったの。ええと借りたコイン借りたコイン。


「なっ!? ど、どこから!? いやどうやって!? いやいや何でこんなに!?」


 マジックポケットの魔法を見たのは初めてなのか、ロレンツが驚きの声をあげる。

 まぁこの魔法ちょっとコツがいる故、魔族でも使えぬ者がそれなりにおるんじゃよなぁ。

 

「マジックポケットの魔法じゃ。慣れればこの程度の数を入れるのも容易じゃよ? あと向こうに群れがおった故、纏めて狩ったのじゃ」


「し、信じられない。マッドリザードは単体でブロンズランクの魔物だぞ!? 群れの規模によってはアイアンの難易度にだって届くんだぞ!」


 んー? あの程度なら何匹集まってもアイアンには届かんと思うがのう。


「狩りは頭を使うんじゃよ。さすればトカゲ程度ものの数分で狩り尽くせるわ」


 わらわが思うに、ロレンツは少々真っすぐに挑み過ぎるんじゃと思うの。

 この辺り、高位冒険者に戦いを教わった事で精神の成熟度以上の実力を得てしまった弊害かもしれぬ。

 大抵の事は力づくでなんとかなってしまったんじゃろうなぁ。


 まぁそこら辺は親であるグラントの仕事じゃの。

 わらわが手を出すべき内容ではない。


「さて、お主が2匹狩る間にわらわは8匹討伐してきたぞ。このままじゃとわらわの勝ちかのう?」


 これは早々に勝負がついてしまったかのう。


「……かし……だろ」


「うん? 何じゃ?」


「おかしいだろ!」


「何がおかしいのじゃ?」


「何でこの短時間でマッドリザードを8体も倒せるんだよ!? おかしすぎるだろ!」


「魔法でちょいちょいっとな」


「嘘だ! 魔法はそんな便利なもんじゃない! 新人がたった一人で倒せるものか!」


「ほう、ではお主は不可能だと確信したから新人に狩り勝負を挑んだのか?」


「え? あ、いやそうじゃなくて……ええと、出来るとしてももっと時間がかかる筈だと思って……」


「魔法は罠と同じじゃ。罠を上手く張れば一日で何頭もの獲物を狩る事が出来る。そういう事じゃよ」


「でも……魔力は有限だって魔法にも出来ない事があるって、ラルクが言ってたぞ!」


 ラルク? ああ、試験の時に居た貴族の男の事かの?

 まぁそれは間違いではない。魔力が切れては魔法は使えぬ故な。

 それに魔法に関しては割と真っ当な教育を受けておるようで安心じゃわい。

 ……実際は十分な魔力さえあれば大抵の事は出来るんじゃがな。

 

「なら一発の魔法で二匹倒せるように工夫すれば良い。最小限の行動で最大限の効果を得る。これは冒険者ならずとも共通の考えぞ?」


「~~っ!!」


 くっくっくっ、堪えておるようじゃのう。悩め悩め。わらわ達も昔は悩み抜いたものじゃったわい。


「しょ、勝負はまだ終わってない! お前が残り2匹を倒す前に僕が群れを発見して倒してやる!」


うむうむ、そう来なくてはの。

 ふむ、ロレンツは向こうに行くのか。あっちの方向には二体おるの。

魔物の性質を把握して生息地を予測したか。基本に忠実で良いのう。


「獲物を取り合うのも野暮じゃ、わらわは向こうに行くかの」


勝負に手を抜く気はない為、わらわは効率的に残り二匹を狩れる位置にいる個体を狙う事にする。

間に別の魔物の反応があるが、依頼の魔物でなくても倒せば金に生る。ついでに狩っていくかの。

解体は後回しにすれば勝負に影響もないじゃろうからな。

 じゃがそこに居たのは残念なことに毛玉スライム達じゃった。


「おっと、これはハズレか。次じゃな」


「きゃー、襲わないでー」


 相も変わらず感情の起伏を感じぬ毛玉スライム達。

 場所が変わってもこの辺りは変わらんらしいの。


「心配せんでも襲わぬ。わらわの狙いはマッドリザードじゃからな」


「マッドリザードー?」


「あいつら嫌ー」


「僕達をいっぱい食べるようになったもんー」


 と、毛玉スライム達が気になる事を言った。


「どういう事じゃ? 今までは襲われなんだのか?」


「うん。今までは他の魔物を襲ってたー。僕達は別の魔物に食べられてたー」


 ああ、襲われていた事は変わらんのじゃな。


「何でマッドリザードが襲ってくるようになったのか分かるかの?」


「うーんとねー、アイツ等急に増えたの。それで仲間達が食べられちゃったー」


 ふむ、なんらかの理由でマッドリザードが増えて森の生態系が乱れたようじゃの。

 まぁマッドリザードを間引きすれば安定するじゃろ。


「安心せい。わらわがマッドリザードの数を減らしてやろう」


「ほんとー?」


「ありがとー」


「うむ」


 毛玉スライム達と別れたわらわは、再びマッドリザードの反応を求めて移動を開始する。

 そして少し走るとマッドリザードの姿が見えてくる。


「今度は打撃で倒すとするかの!」


 わらわは大きく跳躍すると、マッドリザードの体めがけて落下する。

 飛行魔法で加速して威力を上げた落下によって、マッドリザードの首がボキリと折れる。


「よし、これで9匹目じゃ」


 あとは残り一匹を倒すのみと考えたわらわじゃったが、そこで探知魔法に新たな反応が生まれた。


「む? 新しい群れか?」


 探知魔法の範囲外から現れたマッドリザードの反応が、わらわ達の居る方角目掛けて近づいてくる。

 ただこの数は妙に多い。


「なんじゃこの数は? 流石に多すぎじゃろう」


 反応にかかったマッドリザードの数は優に100体を越えており、いくら大量発生とはいえ多すぎた。


「どういう事じゃ? マッドリザードはこうも繁殖する魔物じゃったか?」


 いかんのう。これを放置すれば魔物達が町にまで到達してしまうじゃろう。

 町には防壁も衛兵隊もおる故、壊滅する事はないじゃろうが、街道をゆく旅人達はそうもいくまい。


「依頼はあと一体じゃが、毛玉スライム達に約束した以上、少々真面目に間引きせんといかんの」


 わらわは近づいてくる群れに向かってゆく。

群れの方もこちらに向かってくる故、カチ合うのはすぐじゃった。

しかし意外なことにそこにはロレンツの姿もあったのじゃ。


「何でお前がここに居るんだ!」


ほう、こやつも魔物の群れが近づいている事に気付いたか。


「かなり大きい魔物の群れが近づいてきておるのじゃ。町に近づく前に追い払わんとな」


「魔物の群れだって?」


 なんじゃ? 気づいて待ち構えておったのではないのか。


「ふん、丁度いい。僕が全部倒してやる! あれだな!」


 ロレンツは魔物の群れを倒して逆転しようと考えたらしく、近づいてくる魔物の群れに向かってゆく。

 

「おいおい、数の差を分かっておるのかあ奴?」


「うわぁー! 何だこの数―っ!」


分かっておらなんだか。


「まぁ良いか。わらわは残り一匹じゃし。適当に手伝わせるとするかの」


わらわはロレンツを追いつつ、大規模な魔法の準備を行う。


「こ、こんな数、ギルドの強制依頼指令が発生するレベルじゃないか!」


「数は100匹……いやもっと増えておるの」


「100!? 急いでギルドに知らせないと!!」


 やはり多すぎる。自然発生するにしてもこれだけの数になるのは異常じゃ。

それこそ卵を産む前から大きな群れであったと考えなければ辻褄が合わぬほどに。


「それとも……誰かが連れて来たのか?」


「おい何してる! 早く逃げるぞ! ギルドに報告するんだ!」


「お主は先に逃げておれ。わらわはこやつ等を討伐するのでな」


「は? 何言って……」


「あの数じゃ、町に到達したら大変な事になるじゃろ?」


 まぁマッドリザードが100匹程度なら焦る必要もないからのう。


「馬鹿言うな! 子供を置いて逃げられる訳無いだろ!!」


 と、何故かロレンツが剣を構えて前に出る。


「何のつもりじゃ?」


「ぼ、僕の方が冒険者としては先輩なんだ! 僕が時間を稼ぐからお前がギルドに報告しに行け!」


 ロレンツは震える手を必死で押さえながら、マッドリザードの大群を睨みつける。

 なんとまぁ! こ奴この土壇場で漢を見せおったわ。

 ふふっ、窮地が雛に成長をもたらしたか。よきかなよきかな。


 まぁ混乱してるせいで最適な選択をしておらぬことが問題じゃが、それは今後の更なる成長に期待じゃな。

 これは見殺しには出来ぬのぅ。


「良い覚悟じゃ。じゃがそう心配せんでもよい。わらわが数を減らしてやるからの! フレイムバーン!!」


 わらわは中級爆裂魔法の振りをして炎の魔法を無数に放つ。

 魔法はマッドリザードの最前線に命中すると、周囲の仲間を巻き込んで吹き飛ばしてゆく。


「な、何だあれ!?」


「中級爆裂魔法のフレイムバーンじゃ。この魔法は複数が至近距離で爆発するとお互いが影響しあって威力を増すのじゃ」


「そ、それであんなに激しい爆発を……!?」


 まぁ実際の増幅率はそんな大した事ないんじゃけどね。

 わらわの魔法を誤魔化すのに丁度いい故、大げさに言っておるだけなんじゃが。

 そんな話をしている間にもわらわが追加で放った魔法がマッドリザード達を吹き飛ばしてゆく。


「そろそろ魔法を変えるか。フリーズバーン!!」


 今度放ったのはフレイムバーンの氷版で対象に命中すると炎の代わりに周囲一帯を氷漬けにする魔法じゃ。

 マッドリザードはトカゲ系の魔物故、氷の爆発は効果覿面なんじゃよ。

 そして数分も過ぎないうちにマッドリザードの群れは大混乱に陥る。

まだまだ数も多いが、そろそろ良いじゃろう。


「ほれ、何をボケっとしておる。行くぞ」


「え?」


 呆けているロレンツのケツをバンと叩くと、わらわはニヤリと笑みを浮かべた。


「忘れたのか? わらわ達は勝負をしていたのじゃぞ? ボヤボヤしておるとわらわが全部倒してしまうぞ?」


「……っ!? ふ、ふざけるな! 僕も戦うぞ!」


「ならついてくるが良い!」


 わらわはこっそりロレンツに強化魔法をかけてやる。

パニックに陥っているとはいえ、まだまだ魔物の数は多いからの。


「そらそらそらそら!」


「うぉぉぉぉっ!!」


 わらわが魔法でマッドリザード達を更なる混乱に陥らせ、ロレンツがその隙に一匹ずつ止めを刺してゆく。

 そうやって戦っていると、わらわはマッドリザード達にある違和感を覚える。


「こ奴等、未熟な個体が多いの……」


 そう、直接戦ってみて分かったが、この群れは大人の個体が少なかった。

 明らかに戦い慣れていないのじゃ。


「群れの規模に対して大人の数が少ないのは奇妙じゃな」


 そこでわらわは大河のほとりで毛玉スライム達と出会った時の事を思い出す。

 あの時、毛玉スライム達は魔人達が連れて来た魔物の食料として襲われておった。


「あの時も群れの規模の割には大人の数が少なかったのう。これは偶然で済ますには疑わしいぞ」


 この地の毛玉スライム達もまた、マッドリザード達が突然現れて自分達を襲うようになったと言っておった。


「よもやここでも誰かが同じような事をしておるのか? しかし人族の領域じゃぞ?」


こちらが脅威と察したマッドリザード達が四方八方からわらわに殺到してくるが、明らかに戦い慣れていない動きはぎこちなく、避けた拍子に味方を傷つけて同士討ちを始める。


「やれやれ、まずはこ奴らをなんとかせぬとな」


とはいえ、数が多いだけでわらわ達の敵ではなく、暫くの間戦っていると混乱状態を脱したマッドリザード達が怖気づいてちりじりに逃走を開始した。


「ま、待て!」


「放っておけ」


 マッドリザードを追おうとするロレンツをわらわは制止する。


「なんで止める!?」


「すでに結構な数を討伐した。これ以上討伐してはこの地からマッドリザードを根絶やしにしてしまう。我々は魔物の肉や素材も糧としておるのじゃ。根絶やしにしたら困るのはわらわ達じゃぞ?」


「う……そ、そうか。そうだな」


 わらわの説明を聞いている間に冷静さを取り戻したのか、ロレンツが大きく息を吐く。

 するとすとんと膝が崩れて地面に座り込んでしもうた。


「あ、あれ?」


「窮地を脱した事で体が疲労に気付いてしまったようじゃの。休んでおくがいい」


「け、けど……」


「マッドリザードは追い払ったのじゃ。あとはギルドに報告するだけでよかろう」


「そうだな……正直疲れた」


「まぁ休んでおるがよい。わらわは今のうちに魔物の死体を回収しておくからの。数が多い故魔法で倒した獲物はわらわの獲物、剣で倒したのはお主の獲物でよいな?」


「ああ、それでいい。僕は魔法を使えないからな。というか僕の分も回収してくれるのか?」


「お主一人でこれを全部運ぶのは無理じゃろ?」


 そう答えながらわらわはマッドリザードの死体をマジックポケットに収納していく。


「まぁそうだけどさ、って言うか凄いなその魔法」


「そう難しい魔法ではないぞ」


「絶対嘘だ」


 容量こそ術者の魔力と魔法制御力の影響を受けるが、魔法を覚えること自体はそこまで難しくないのじゃがの。


「ふむふむ、魔法で倒したマッドリザードの方が多いの。これはわらわの勝利かのう?」


「……そうだな」


 からかうつもりで言ったはずが、意外にもあっさりと敗北を認めるロレンツ。


「随分素直に認めるのじゃな」


「そりゃあ、あんな魔法を見せつけられたらな……認めるしかないだろ」


ふむ、己の未熟を受け入れたか。良きかな良きかな。剣士として一皮むける日も近そうじゃ。


「姐さんの強さをさ」


 うむうむ……うむ?


「なんじゃい姐さんって?」


「アンタの、いや貴方の事です!」


 何か口調まで変わりおったんじゃけど!?


「僕は今まで父さんの背中だけを負ってきた。この町で最強の男である父さんこそ最強の冒険者だと思って。けど違った。世の中は広くて父さんよりも強い人間が居たんだ!」


「お、おう。世界の広さを知ることが出来て良かったの……」


「はい! 目が覚めました! それもあなたのお陰です姐さん!」


「いや姐さんはやめぬか」


 何でそこで姐さんになるんじゃい!?

 ロレンツはガバッと起き上がったと思ったら、両膝をついてわらわに頭を下げて来る。


「姐さん、どうか僕を弟子にしてください!」


「何でじゃ!?」


「駄目ですか!? ならポーターでも構いません! どうか僕を貴女の下で学ばせてください!!」


「い、いや。わらわは弟子を取る気はない故にな」


 そんなん面倒事の匂いしかせんじゃろ!


「そ、そんなぁ~」


「あー、それじゃわらわは素材の回収をせんといかんので、失礼させてもらうぞ」


 わらわはバッとロレンツから背を向けると、魔物の素材を回収に走った。


「ま、待って下さい姐さん! 僕も手伝います!」


「だから姐さんはやめと言うとるじゃろー! 手伝いは要らん!」


 あかん! これわらわが魔王に祭り上げられた時と同じパターンではないか!

 いやじゃぞ! また祭り上げられるのは!

 これは逃げの一手じゃ!!


「待ってください姐さーん!!」


「お断りじゃぁー!」

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