第5話 魔王、拠点を整えるのじゃ
「わーいわーい……」
小さな子供が平坦な口調ではしゃぎまわるという奇妙な声にわらわは目を覚ました。
「登るよー」
「登ったよー」
外を見ればそこに居たのは毛玉スライム達。
「何じゃあ奴らか。朝から元気じゃのう」
「降りられないよー」
そしてプルプルと震えだす毛玉スライム達。
「ってネコか!」
わらわは降りられなくなってプルプルしている毛玉スライムに念動魔法をかけると、毛玉スライムのからだが宙に浮き、ゆっくりと地上に降りてゆく。
念動魔法は見えない腕を作りだして物を動かす魔法じゃ。
「ありがとー魔王様―」
「ありがとー」
朝一で発生した危機を救ってやると助けられた毛玉スライム達が感謝の言葉を述べてくる。
「うむ。これからは降りられない木に登るでないぞ」
「はーい」
「はーい」
毛玉スライム達が元気よく返事を返してくる……が。
「それじゃあ次は僕が登るー」
舌の根も乾かぬうちから登り始めおった。
「いやだから懲りんか」
しょうがないのう。別に気を引くものをつくってやるか。
「そら!」
わらわが大地に魔力を込めると、途端に地面が盛り上がり小山が出来上がる。
「「「「わぁー」」」」
「そら、木よりこの山を登るがよい」
「「「「はーい」」」」
さっそく毛玉スライム達が小山に登り始める。
この小山はただ土を盛っただけでなく、所々階段上にして登り降りを楽にしたり、峰や穴を作って毛玉スライム達の遊び心を刺激する形状にしていた。
「わーい、穴だー」
「先っぽに登るー」
狙い通り毛玉スライム達はなんちゃって登山に夢中になっておる。
そんな光景を見ていたら、お腹がグゥと鳴った。
「むぅ、そろそろ朝食にするか。朝は……そうじゃな魚にするかの」
折角無人島で暮らすことにしたのじゃ。新鮮な海の幸を楽しまんとな。
わらわは飛行魔法で沖に出ると、念動魔法を使って海水をごっそり宙に浮かべる。
「ふっふっふっ、釣りをするならこれが一番じゃ」
巨大な海水の塊の中には、無数の魚達が泳いでおった。
「ふむ、わらわと毛玉スライム達の分はこの程度でよいかの」
必要な魚の数を決めると、残りは海水と共に海に返す。
そして残った魚の入った海水球を伴ってわらわは浜辺へと戻る。
「すっごーい、魚が浮いてるー」
「魔王様すごいー」
「ふっふっふ、そうじゃろそうじゃろ」
毛玉スライム達の称賛の声にわらわは気分を良くする。
「では調理するとしようかの」
わらわは海水球を維持したままで地面から高密度に圧縮した土の塊を何本も取り出す。
ただの土の塊で作られた串じゃが、わらわの魔力で圧縮しておいたで鉄のごとき硬さとなってそう簡単に崩れたりはせんのじゃ。
「よっと」
そして海水球の中から魚を取り出すと、串をブスッと刺す。他の魚にも次々と刺す。
「よし準備完了じゃ!」
あとは串を地面に突き刺し、それを炎の魔法で焼く。
「そぉい!」
そして待つ事しばし。
「よし出来たぞ!」
こんがり焼けた焼き魚の完成じゃ!
「さぁ皆も食べるが良い!」
「「「「「……」」」」」
じゃが何故か毛玉スライム達は、焼き魚を前にピクリとも動かなんだ。
「どうしたのじゃお主等? もしかして魚が苦手なのか?」
しもうたな。毛玉スライムは魚を食べぬのか?
「……えっとね、魔王様ー」
と、そこで毛玉スライムの一匹がおずおずと体の一部を上に伸ばす。
「なんじゃ?」
「これ真っ黒に焦げてるー」
「黒焦げー」
「炭ー?」
毛玉スライム達が焼けた魚を指差して口々に告げる。
「うむ。じゃからこうするのじゃ」
わらわは自分用に焼いた焼き魚の串を手に取ると、反対の手で焼き魚の表面の焦げた部分を削り取った。
「こうやって焦げた部分を取り除けば中は食べれるじゃろ?」
うむ、戦場ではノンビリ火加減など気にしておられんからの。自然と外側が焦げても良いから早く中まで火を通す事を優先するように調理しておったのじゃ。
生焼けは怖いからのぅ。
「「「「「oh……」」」」」
しかし何が気に入らんのか毛玉スライム達の反応が芳しくないのぅ。
んー、もしかしてこ奴ら、生の方がよかったのかの? 水を主な栄養とする種族じゃし。
と思ったが、しっかり食い始めたのでそう言う訳でもないらしい。
ふむ、まぁ種族が違うと食事の好みも変わって来るからの。こういう事もあるじゃろ。
「さて、今日は何をするかの」
朝食を食べつつ、わらわは新しい城に必要な物を考える。
「まずは真水じゃの。ワインだけ飲んで暮らす訳にもいかぬし、毛玉スライム達の為にも必要か」
真水は飲用だけでなく、生活用水としても必要になる。
水魔法で真水を出すこともできるが、それではわらわが常にここに居続けないといけなくなる。
自分が留守をする時の事を考えれば、毛玉スライム達の食事である水を安定供給できるようにしておく必要があった。
「となれば地下水脈から水を引くか」
わらわは探知魔法を使って地下水脈を探る。
幸いすぐに地下水脈の位置が分かったので、あとは土魔法を使って穴を掘るとするかの。
「土魔法が使えると人族のように人力で井戸を掘らんで良いので楽じゃのう」
そしてわらわの土魔法が見事水脈に繋がった事であっという間に穴から水が溢れて来た。
「わー、水だー」
「水が出たー」
水が溢れ出す光景に毛玉スライム達が大はしゃぎじゃ。
さすが水を主食とするスライム族じゃの。
「うむ、真水じゃな」
噴き出した水がちゃんと真水である事を確認したわらわは、土魔法で地形を操作して噴水をつくりあげる。
「わー、きれーい」
更にわらわは排水の為に水路を作って水を海に流す。
毛玉スライム達用の水飲み場の完成じゃ。
「わーい水がいっぱいだー」
毛玉スライム達は我先にと噴水の中に飛び込んでゆく。
毛玉スライムには口というものがなく、体全体が口である為、水場に飛び込むことが食事になるのじゃ。まぁわらわもじっくり見たのは初めてじゃがの。
「襲われる心配をせずに水が飲めるの初めてー」
「安心安全ー」
「魔王様ありがとー」
毛玉スライム達が口々にわらわへの感謝を告げてくる。
「なぁに、大したことではないわ」
おっとそうそう、毛玉スライム達が流れて行かない様に水路に柵を付けておかんとの。
こやつ等絶対流されるからの。
「ここはこんなもんじゃの。あとは……そうじゃ毛玉スライム達が波に攫われない様にせんとな」
先日毛玉スライム達が波に攫われてしまった事を思い出しながら、わらわは海中の地面を操作する。
作るのは毛玉スライム達が流されない為の岩の壁じゃ。
しかし完全に封鎖すると水の循環が行われなくなってしまう為、岩壁には細い穴をいくつもあけておく。
いうなれば石の網じゃの。
「よし、これで城の周辺のみじゃが毛玉スライム達が流される心配もなくなったぞ」
一仕事終えた事でわらわは自画自賛の笑みを浮かべる。
余談じゃが、この壁はのちに小さな魚達に取って天然の漁礁となり、捕食者である大型魚から逃れる楽園となるのじゃが、それは今のわらわ達にはあずかり知らぬことであった。
「次は食事じゃの。肉と森で取れるであろう果物だけでは味気ない。野菜も欲しい所じゃ」
魔族と言うと肉を生で食べる乱暴なイメージを持つ人間が少なくないが、それは魔族として一括りにされている獣人などの一部種族だけじゃ。
寧ろ魔族には野菜を好んで食べる種族も多いのじゃよ。
「とはいえ野生の野菜はエグみが強い、たまに山菜を食べる程度なら良いが、出来れば畑で育てた野菜が欲しいのぅ」
かつて軍事作戦中に現地で収穫した野生種の野菜の青臭さを思い出してしまう。
あれは不味かったのう……
「ふむ、となると野菜に関しては大陸に戻って買ってきた方がよいの。出来れば自分で畑を育てたいところじゃが……ええと、確か土に種を植えればいいんじゃよな? いやそれなら町で野菜を買ってそれを土に植えればよいのかの?」
なんじゃ、意外と簡単そうじゃの。
ああ、ついでに必要な物資も買ってくるとするか。
よし、それではちと大陸に戻るとするかの。
「毛玉スライム達よ」
やるべきことを決めたわらわは毛玉スライム達を呼び集める。
「魔王様なにー?」
「なにごとー?」
「事件ー?」
「わらわは大陸に戻って必要な物資を買ってくる事にした。留守番を任せても大丈夫かの?」
すると毛玉スライム達は元気よく体の一部を伸ばす。
「大丈夫ー」
「お水あるー」
「隠れる場所あるー」
「お留守番出来るー」
毛玉スライム達の返事にわらわは満足して頷く。
「うむ、では任せたぞ。城の周辺には結界が張ってある故、魔物に襲われても城に逃げ込めば大丈夫じゃ。じゃからあまり遠くに行かぬようにな」
「はーい」
「わかったー」
「承知ー」
(あとは念のため追手に見つからぬよう、島を結界で隠しておくかの)
万が一ヒルデガルドの放った追手が来た時の為に、わらわは島を隠形結界で隠しておく。
「むん!」
よし、これで外から来た者は島を認識できなくなったぞ。
「ふふん、この規模を結界で隠せるのは魔族広しと言えどもわらわと、あとは数人程度であろうて」
本来この魔法は小さな空間に展開して追手をやり過ごしたり、隠し部屋を隠す為のもの。
じゃがわらわの膨大な魔力ならそんな常識を覆す事が出来るのじゃ!
「では行ってくる」
「「「いってらっしゃーい」」」
毛玉スライム達に見送られ、わらわは大陸へ向けて出発したのじゃった。
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