第4話 魔王、南の島に移住するのじゃ

「魔王様だったのー?」


「びっくりー」


「びっくりしたー」


 毛玉スライム達があんまり驚いておる様には思えぬ声音で驚きの声を上げる。

 いや、よく見ると先ほどまでよりも毛玉が膨らんでいるので驚いておるのかもしれぬ。

 驚いた時の猫の尻尾みたいじゃの。


「ははは、それでは引っ越しをするとしようかの。仲間はここにおる者達で全員かの?」


「分かんないー」


「他の魔物達に追われて離れ離れになったー」


 ふむ、どうやら毛玉スライム達は捕食者である魔物達に襲われ散り散りになってしまったようじゃ。

 こ奴らの強さでは仲間と合流するのも難しかろうて。


「成る程、ではまずお主達の仲間集めからじゃな」


 わらわは己の魔力を広範囲に薄く放つ。

 これは自身が放った魔力に触れたものを察知する魔法で、物陰に隠れておる者を見つける事が出来るのじゃ。

 うっかり見落としもなくせるのでお勧めな魔法じゃぞ。

 まぁ繊細なうえに地味な魔法ゆえ、攻撃魔法を覚えた方が早いと考える者が多くて普及せなんだのじゃが。

 でも隠れている刺客を見つけたりと便利なんじゃよ。


「ふむ、近くに魔物の群れがおるな。お前達の仲間の反応もその近くにおるぞ。どうやら追わているようじゃ」


 わらわは目の前の毛玉スライム達と同じ反応をする生き物が魔物の群れのすぐ傍に居る事に気付く。


「大変ー」


「追われてるのー?」


 マイペースな毛玉スライム達であったが、仲間の危機と聞いて慌てだす。

 声は相変わらず慌てている様には聞こえぬが、毛玉がプルプルしているので慌てているようじゃ。


「安心せい。すぐにわらわが助けに行く。おおそうじゃ、お主達の仲間に事情を説明をする為に誰かついて来て欲しいのじゃ」


 救出した後でここまで連れて来るには仲間がおった方が良いからのう。

 するとわらわの肩に乗っておった毛玉スライムがニュッと体の一部を伸ばして挙手のポーズをとる。

 チーズみたいに伸びてちょっと美味そうじゃのう。


「僕が行くー」


 毛玉スライムはプルプルと震えつつも、勇気を出してわらわに付いてくると宣言した。

 くくっ、なかなか漢気があるではないか。


「よし、しっかり掴まっておるのじゃぞ。お主達はわらわ達が戻ってくるまで隠れておれ」


「「「はーい」」」


 毛玉スライム達の返事と同時にわらわは空へと飛びあがる。


「わー、空飛んでるー。すごーい」


 肩に乗った毛玉スライムを抑えつつ落とさない程度の速度で移動を開始すると、川から離れた平原地帯に獣の群れと動く白い塊の群れを発見する。


「見えたぞ」


「どこどこー?」


 ふむ、5キロ先の景色がはっきり見えぬと言う事は、どうやら毛玉スライムはあまり目の良くない種族のようじゃな。

 あとフワフワの毛が頬に触れて気持ち良いのう。


「あそこじゃ」


 わらわは毛玉スライム達を襲っている魔物達の姿を確認する。


「ローグウルフの群れか。毛玉スライム達の被害が少ないのはまだ若い個体ばかりの群れだからのようじゃな」


 事実、ローグウルフ達の大半は小柄な個体が多く、狩りの動きも悪い。

 身体能力は明らかにローグウルフの方が上なのじゃが、連携が取れておらぬために仲間の体にぶつかる者が多かったのじゃ。

 そのまま仲間同士で喧嘩を始めたりして毛玉スライム達の狩りが遅れておった。


 そんな若いローグウルフ達の間に体の大きな個体が割り込む。そして一鳴きすると喧嘩をしていた二体が耳と尻尾を畳む。

 どうやら狩りの途中で遊ぶなと叱られたようじゃ。


「ふむ、数体程大人の個体がおるが、若い個体に経験を積ませる為になるべく手出ししない方針のようじゃな」


 とはいえ、相手は最弱の毛玉スライム。

 既に群れの先頭に立つローグウルフ達が毛玉スライム達を襲い始めていた。

 まだ子供ゆえ直ぐに止めを刺さずに弄んでおるお陰でまだ生きておるが、貧弱な毛玉スライムではその遊びですら殺されてしまうじゃろう。


「ちんたら飛んでいたら間に合わんな」


 肩の毛玉スライムを気遣いながらでは間に合わんと判断したわらわは、即座に下級魔法であるファイアーボールの魔法を放った。

 あまり威力の強い大魔法を放っては余波で毛玉スライム達が吹き飛んでしまうでな。


 本来ならこの距離からファイアーボールを放っても途中で魔法が消滅してしまうが、そこは魔王たるわらわじゃ。

 わらわの放った魔法は有効射程を越えても消えることなく飛び続け、先頭の毛玉スライム達から離れたローグウルフ達の群れのど真ん中に着弾した。


 運悪く命中したローグウルフは一瞬で炎の包まれ、更に着弾の衝撃でファイアーボールの魔法が爆発し周囲のローブウルフ達にも飛び火する。

 哀れ中央に居たローグウルフ達はただの一撃で黒焦げとなったのじゃった。


「グァウ!?」


 突然の襲撃にローグウルフ達が騒然となる。


「すまんの、勝手な話じゃがわらわは毛玉スライム達に付くことにしたのじゃ」


 わらわはローグウルフ達に命中させぬよう、群れの近くにファイヤーボールを炸裂させる。

 すると恐慌状態に陥っておったローグウルフ達は慌てて四方八方へと逃げ出したのじゃった。


「無駄な殺生をする必要もあるまい。あいつ等は不味いしの」


「不味いのー?」


「うむ、肉は筋張っていて毛皮の質も悪い。倒しても無理に食べる必要はない相手じゃ」


 戦争ではないのじゃ、食わぬ殺生をする必要もあるまいて。

 ローグウルフ達が逃げ出したのを確認すると、わらわは残された毛玉スライム達の下へと降り立つ。


「無事かの?」


「誰ー?」


 命が助かった毛玉スライム達じゃったが、つい先ほどまで襲われておっただけあって流石に警戒の色を崩さなぬ。

 健気にも怪我をした仲間と小さな子供を後ろに下げながらじゃ。いじらしいのぅ。


「大丈夫ー。この人は僕達を助けてくれたのー」


 そこにわらわのマントを滑り台代わりにして地面に降りた毛玉スライムが仲間達に向かって声をあげた。


「あっ、久しぶりー」


「生きてたんだねー」


「うん生きてたー」


 ついさっきまで襲われていたとは思えぬノリで、毛玉スライム達が久しぶりの再会を喜びだす。

 なんというか緊張感のないノリじゃのう。


 そして再開の挨拶と事情の説明が終わったのか、助けた毛玉スライム達がわらわの方に体を向けると、一斉に体を揺らした。


「助けてくれてありがとー」


「「「「ありがとー」」」」


 成る程、どうやらこれは感謝を表す動きのようじゃの。

 うむうむ、プルプル揺れる小さい子供の毛玉スライムも愛いのぅ。


「何、気にする事はない。それよりも怪我人の治療をするぞ、怪我人は前に出ると良い」


 わらわは治療を求めて前に出て来た毛玉スライム達を範囲治癒魔法で纏めて治療する。


「わー、体が痛く無くなったー」


「すごーい」


「ありがとー」


 怪我が治った毛玉スライム達が再び感謝の言葉をわらわに伝えてくる。

 しっかし本当に感情が伝わりにくい声音じゃのう。


「なに、気にするでない」


 一通り毛玉スライム達から礼を言われると、連れて来た毛玉スライムが仲間達に引っ越しの勧誘を始める。

 すると話を聞いていた毛玉スライム達から「魔王ー!?」と驚きの声が上がる。

 くくっ、驚いておるわ。

 そして話を聞き終わった毛玉スライム達が再びわらわへと体を向ける。


「僕達も一緒にお引越ししていいー?」


「うむ、構わぬぞ。というかその為にお主達を迎えにきたのだからの」


 わらわが頷くと、毛玉スライム達が喜びの声を上げる。


「やったー、ありがとー」


「では他の場所で隠れておるお主達の仲間を迎えに行くとしようか」


「「「「はーい」」」」


 わらわは再び探索魔法を使って新たな群れを発見すると、毛玉スライム達を引き連れて迎えに行くのであった。


 ◆


「ただいまー」


 わらわ達が先ほどの川辺に戻ってくると、隠れておった毛玉スライム達が姿を現す。


「「「お帰りー」」」


 そして久しぶりの仲間との再会に毛玉スライム達が喜びの声を上げる。


「久しぶりー」


「無事で何よりー」


 毛玉スライム達は緊張感のない声で互いの無事を喜びつつ、ハグをしあっておった。

 ……それ、潰れて混ざったりせんのかのう?


「さて、それでは引っ越しを開始するとしようかの。お主達、わらわの傍に集まれ」


 感動の再会の挨拶が終わったところでわらわは毛玉スライム達を呼び寄せる。


「「「「「はーい」」」」」


 そして魔法を発動させると、わらわ達が立っていた地面が音を立てて大地から剥離し、宙に浮きあがる。


「「「「うわー、地面が浮いたー」」」」


 相変わらず驚いておるのか分かりづらい声音で毛玉スライム達が驚きの声をあげる。

 こ奴等本当に驚いておるんじゃよな?


「驚いたか? こうして地面ごとお主達を宙に浮かべて運べば、外敵に襲われる心配もないのじゃ」


「すごいすごーい」


「浮いてるー」


「とはいえこのままだと目立つからの。こうして……」


 わらわは魔法で霧を発生させると、浮き上がった地面の周りに霧を纏わせる。

 すると浮き上がった地面はまるで雲そのもののような姿へと変貌した。


「雲に偽装して空を移動するのじゃ」


「わー、地面が雲になったー」


「僕達雲に乗ってるー」


 自分達が本物の雲に乗っておるような気分になったらしく、毛玉スライム達が喜びの声を上げるながら跳ねまわる。


「あまり端にいくでないぞ。落ちるからの」


「はーぁぁぁぁぁぁ~」


 さっそく落ちた。


「って、言った傍から!!」


 わらわは慌てて落ちた毛玉スライムを回収する。

 幸いにも地上からあまり高く浮き上がっていなかったのが功を奏したわい。


「ありがとー」


「こうなるから端にはいかぬようにの」


「「「「はーい」」」」


 と言いつつも毛玉スライム達は地上の景色が気になるらしく少しずつ端に近づいてゆく。


「仕方ないのう」


わらわは雲の端に透明度の高い氷の壁を作る事で毛玉スライム達が景色に夢中になって墜ちる事を防止する。


「わー、つめたーい」

 

 じゃがそれはそれで毛玉スライム達の好奇心を刺激してしまったようじゃ。

 まあ落ちなければそれでええわい。


「では行くぞ」


 わらわが偽装した雲の高度を上げると、瞬く間に本物の雲と同じ高さまでたどり着く。


「すごーい、雲が目の前にあるー」


「横にもあるー」


「後ろにもあるー」


 普段なら見る事の出来ぬ位置に雲が見えるため、毛玉スライム達は大はしゃぎで氷の壁にへばりつく。

 壁を作っておいて良かったのぅ。

 はしゃぎまわる毛玉スライム達を横目に、わらわは偽装雲の移動を開始した。


「わー、雲が動いたー」


「動いてるー」


 偽装雲が動き出すとまたはしゃぎ始める毛玉スライム達。

 そうして暫くすると毛玉スライム達ははしゃぎ疲れたのか、偽装雲の上でまったりとし始めた。

 くくっ、雲の上で雲みたいな生き物がマッタリしておるわ。


「ねぇねぇ魔王様ー。これからどこに行くのー?」


 毛玉スライムの一匹がわらわのマントによじ登って肩にたどり着くと、そんな事を聞いてきた。


「うむ、海の向こうを目指しておる」


「海ー?」


「巨大な水の塊のことじゃ」


「どのくらい大きいのー?」


「お主達が隠れておった大河よりも大きいぞ」


「そんなにー? すごーい」


 さて、海を見たらどれだけ驚く事やら。

 わらわは地上から見えぬように偽装雲を大きな雲の上に隠すと、その上を高速で移動させる。

 そして雲が途切れたら他の雲と同じ速度にまで下げ、また大きな雲に隠れたら速度をあげての移動を繰り返した。

 そして数時間と経たぬうちに雲の下に一面の青が見えてくる。


「ほれ、見えて来たぞ。あれが海じゃ」


 わらわの言葉に毛玉スライム達が偽装雲の端へと集まってゆく。

 そして下を見た毛玉スライム達は……


「「「「「……うわー!!」」」」」


 珍しく明らかに驚いていると分かるトーンで声を上げたのじゃった。

 更にその体は小刻みに毛をブルブルと振動させており相当に興奮しておるようじゃ。

 スライムだけあって、水に関する事には興奮するのかのう?


「すごーい」


「おおきーい」


「びっくりー」


 毛玉スライム達が思い思いの言葉で驚きを伝え合う間に、わらわは偽装雲を海の上へ進める。

 そして空の色が変わり始めた頃、わらわ達は一つの島を見つけた。


「ふむ、大陸からの距離も悪くない。島も大きすぎず小さすぎずで良いの。あの島にするとしようか」


 そう告げるとわらわは偽装雲の高度を下げて島に降りてゆく。


「人工物も見当たらん。無人島で間違いないな」


 上空から人が住んでいる形跡がない事を確認したわらわは、砂浜へと偽装雲を着陸させた。

 念のためわらわは探索魔法を放って島で暮らす生き物の存在を感知する。


「ふむ、魔物の存在はあるが強力な魔物はおらんの。この程度なら共存も可能であろう」


 わらわがおる以上、過剰に毛玉スライム達が襲われる事もあるまいしの。

 念の為わらわは砂浜周辺に結界魔法を発動させ、外敵が入ってこれぬように不可視の壁を作る。


「「「「……」」」」


 ふとわらわは毛玉スライム達がこちらを見つめておる事に気付いた。

 どうしたのかと聞こうと思ったわらわじゃったが、毛玉スライム達の目を見てすぐに察した。


「砂浜の当たりなら自由にしてよいぞ。ただし島の奥は危険じゃらわらわが調べるまで入らぬようにな」


 わらわは偽装雲の周囲を覆っていた氷の壁を溶かすと、毛玉スライム達に自由行動を許可する。


「「「「わーい!!」」」」


 案の定遊びに行きたかったらしい毛玉スライム達は、大喜びで砂浜へと降り立つ。そして海へと向かって駆けて行った。


「はははっ、元気なものじゃの」


「「「「あー」」」」


 そして全員が波にさらわれた。


「……って!? うぉぉぉぉぉぉいいっ!!」


 そんなこんなで、わらわは慌てて波に攫われた毛玉スライム達を回収する羽目になったのじゃった。

 やれやれ、危なっかしい連中じゃのう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る