第2話 魔王、裏切られたので長期休暇を取る事にするのじゃ

 わらわが治める国、魔王国ガイラルの首都ガイラリアは魔大陸の中央、天然の要害と呼べる立地に建てられた都市じゃ。

 周辺を危険な土地に囲まれ、更に強力な魔物が徘徊する文字通りの魔都である。


 ぶっちゃけ都市を建築まではかなり面倒な土地であったが、後々まで民が安全に暮らす事を考えれば最適な立地じゃった。

 事実侵略者がガイラリアを攻めるには、険しい地形や危険な魔物による天然の防備を越えてくる必要がある故、未だ負け知らずの要塞都市よ。


 む? そんな厄介な土地では流通に問題が起きるのではないか、とな?

うむ、その通りじゃな。じゃがそこは人族と違う我等魔族よ。

 飛行能力のある種族や手懐けた大型の魔物を使って輸送を行うので問題はないのじゃ!

 

 何より、わらわのような強力な魔族ならば、転移魔法を使って一瞬で遠方の地に移動できるのじゃ。

 ん? 転移魔法が使えるなら襲撃されないかじゃと? まぁその辺りの対策はしてあるわい。


 そんな訳でわらわが転移魔法で自室に戻ってくると、それを察したメイド達がノックと共に室内へと入って来る。


「「「「おかえりなさいませ魔王様」」」」


「うむ。留守中変わりはなかったか?」


「いつも通りでございます」


「ならばよい」


 わらわがソファーに腰掛けようとすると、副メイド長が待ったをかける。


「お着替えを用意してございます」


 見ればメイド達の手にはわらわの着替えが用意されておった。

 皆がわらわが勇者達との戦いに赴いた事を知っておったからじゃな。


「あー、傷も受けておらぬ故、着替えは良い。これから会議があるからの」


「そんな! 戦闘で汗をかいたままで人前に出るのですか!?」


「埃もついております。どうか、どうかお着替えを!!」


 メイド達が必死の形相でわらわに着替えをしろと詰め寄って来る。

正直汗もとくにかいておらぬし、なんなら自分に清掃魔法を使えば一瞬で汚れは落ちるのじゃが……それを言うとこやつ等あからさまに悲しむんじゃよなぁ。自分の仕事が無くなるとか抜かして。


「分かった分かった。予備の服を用意せい。それに着替える」



「「「「畏まりました!!」」」」


 メイド達が嬉々とした顔に切り替わってわらわの服を脱がせに掛かる。

そして体を塗れタオルで拭き、清掃魔法をかける。濡れタオルで拭いた意味あるのかのう?


次いで下着を替えられ、メイドが脱いだ下着と服の匂いを嗅ぐ。

いや待て、今変な光景が見えなかったかの?

じゃが視線を戻した先には何事も無かったかのように脱いだ服を畳むメイド達。


そのままわらわは替えの服を着せられてゆく。

 最後に自慢の角にリボンを結んで着替えは終わった。


「終わりましてございます」


「うむ。ところでリーメイアは?」


 わらわはいつも居る筈の側近の顔が無い事をメイドに尋ねる。


「メイド長は魔王様の新しいドレスを受け取りに行っております」


「ああ、パーティ用のヤツか」


 成程、あ奴が珍しく留守にしているのはそれが理由か。

 けど、わらわドレスとか興味ないんじゃがのう。どうせ公的な場には魔王の衣装で出るし、防御力の低いドレスとか着る気もおきんのじゃがなぁ。


「メイド長、今度のドレスはかなり防御力があるからご安心くださいと仰っていましたよ」


「おお、そうかそうか」


 まぁどのみち箪笥の肥やしになるんじゃろなぁ……メイド達の着せ替え人形にされた後で……うう、勇者との戦闘よりもそっちの方が面倒なんじゃが。


「それでは失礼いたします」


 着替えを終えると、何故か満面の笑みで余の服を抱きかかえながら退室するメイド達。

 何で顔に押し付けながら出て行くんじゃろなぁ……あれで前見えるんかのう?


 ともあれ着替えを終えたわらわは通信魔法で宰相を呼ぶ。

 するとそう時間もおかずに部屋の扉がノックされた。


「入れ」


「失礼いたします。魔王様。勇者との戦いは終わったのですか?」


 入って来たのはわらわに仕える家臣の一人、ヒルデガルド宰相じゃった。

 ヒルデガルドは先代から跡を継いだ家臣であり、今回のようにわらわが留守の際には魔王国の切り盛りも担当しておる才媛なのじゃ。

 あと見た目がナイスバディでバインバインな出来る女風なのじゃ。ちょっぴりくたびれた感じはあるがの。


「……」


「ま、魔王様? どうなさいましたが?」


 わらわの眼差しにヒルデガルドが後ずさる。

 いや別にそのデカい胸に嫉妬なぞしておらんよ? わらわ魔王じゃし。嫉妬なぞしておらんよ? いやほんと。


「いやの、それが厄介なことになったのじゃ」


「魔王様程のお方が厄介、ですか?」


 魔王であるわらわの口からそのような言葉が出た事に驚いたヒルデガルドは、一体何があったのかと事情を尋ねてくる。

 そしてわらわと勇者達の戦いの一部始終を聞かされていくにつれ、信じられないものを聞いたとばかりに目を大きく見開いてゆく。


「と言う訳で人間達は事もあろうに邪神との決戦兵器である真聖結界をわらわに対して使ってきたのじゃ」


「何ですとっ!?」


 流石に人間と違って神器の重要性を理解しておるヒルデガルドは、勇者達の異常な行動に動揺を隠せないようじゃった。


「信じられませぬ。神器を種族間の戦いなどで使うなど!?」


「全くじゃ。お陰で脱出には手間がかかったぞ」


「よ、よくご無事でしたな……」


「ひとえに勇者達が未熟だったお陰じゃな。でなければ今ごろは為す術もなく封じられておったじゃろうて」


 まぁ神器の数が足りなかった事もあるがの。


「ううむ、人族達は何を考えているのでしょうか? この様な話が他国に知られれば他種族も黙ってはいないでしょうに!」


 ヒルデガルドの言う通りじゃった。

 そもそも神器とは神が地上の民の為に与えた者であり、人族だけのものではないのじゃ。

 たまたま今代は人族が神器の適応者として選ばれただけであって、他種族が神器の適応者になる事も少なくないのじゃがのう。


「となると、魔王様を封印したと勘違いした人間達の反応を見るべきでしょうな。そしてその行動を見て他種族と連携を取るべきでしょう」


「いや、それでは後手が過ぎる。すぐに幹部達を招集し会議を行う。同時に他種族との交渉の為の使者を出せ!」


「……はっ!」


「皆が集まるまでわらわは休息をとる。会議の準備が始まったら呼びに来い」


「畏まりました。それではごゆっくりお休みください。魔王様」


「うむ、任せた」


 戦闘よりも勇者達の愚行で受けた心労を癒すようにソファーに沈み込んだわらわじゃったが、それ故に去り際のヒルデガルドめが浮かべた邪悪な笑みに気付くことはなかったのじゃった。


 ◆


「……ふぅ」


 ソファに沈み込んだわらわは天井を見つめれば、思わず気だるい声が漏れる。


「……面倒じゃのう」


 それはこれより先に起こるであろう戦乱を憂う王としての懸念……などではなく、ただただ面倒くさいという感情であった。


「あぁ~、一体人間共は何を考えておるんじゃ! たかが魔王との戦いで世界の命運を握る神器を出すとか馬鹿ではないのか!?」


 本当に面倒な事になりおった。

 正直言ってこれ、わらわ達魔族だけで何とか出来る問題ではないぞ!?


「どうせ人間共の事じゃから権力欲と自己承認欲求にトチ狂って『自分達は神に選ばれた特別な存在なのだ!』とか言い出したんじゃろうなぁ。そもそもあ奴等、神器の適合者を独占する為に前任者が死んだ後も他種族に神器を見せないようにしだしたしのぅ」


 人種族の神器独占は複数種族の間で問題視されていた事じゃったが、まさかそれがこのような最悪の形で表出する事になるとは流石のわらわも予想外だったのじゃ。


「あー、どうせどの種族もこんな事を二度と起こさん為に、神器を自分の国に置くべきじゃとか言い出して揉めるんじゃろうなぁ」


 考えるだけで頭が痛くなるわ。


 確かに短命の種族にとっては自分達の種族から神器の適合者が出る事は人生で一度あるかないかの大事件なんじゃろうが、わらわ達のような長寿種族の場合は割と何度も見る光景なんじゃよなぁ。

 だからこそエルフなんぞは神器の継承とか面倒事しかないと放置しておけるんじゃが……


「ああ、早く後継者に全て任せたいのぅ……でもなぁ、まだ育ちきってないんじゃよなぁ」


 わらわも魔王として自分の後を継ぐ後継者候補達の育成をしておるが、いかんせん長寿種族である魔族は人種族のような短命種族に比べて成長が遅い傾向にある。

 この辺りは寿命が長いが故の気の長さが原因なんじゃよなぁ。


 ちゅー訳でわらわの後継者として相応しいモノが育つまでにはまだまだ時間がかかる。

 代わりに一度即位してしまえば長寿種族の王はかなり長い期間在位し続けるのじゃがな。


「早く後継者候補達を育てて魔王の座を引退したいのじゃー」


 そもそもわらわ、なりたくて魔王になった訳ではないのじゃ!

 ちょっとばかし人より面倒見が良かった所為でいつの間にか周りの連中によって王に祭りあげられてしまったんじゃよなぁ。

 そしてちょっかいかけてくる連中を返り討ちにし続けておったら、いつの間にか先代の魔王をぶっ飛ばしておった。

 そんで気が付けば新しい魔王よ。

 ちゅーか先代弱すぎじゃろ。倒した事にも気付けんとか。


「はー、早く若い連中が育たんかのー。あ奴等図体だけなら育ちきっておるんじゃがのぅ」


 そんな事を考えながらソファーの上でゴロゴロしておると、扉がノックされる。


「魔王様、ヒルデガルド宰相様より準備が整ったとの事です」


「うむ、分かった。すぐに行く」


 準備が整ったと聞いたわらわは直ぐにソファから立ち上がると身を整える。


「む?」


 しかし部屋を出る直前にわらわは不穏な気配を察する。

 具体的には殺気を感じたのじゃ。


(わらわの地位を狙う者が刺客を寄こしたか? 随分久しぶりの事じゃの。勇者との戦いの後ならわらわが消耗していると判断したと言うところか。随分と甘い目算じゃな。それに壁の向こうから殺気を放つなど未熟にも程がある)


 わらわは自分の命を狙う刺客が外に居る事を察しつつも、ためらうことなく扉を開く。

 そして部屋の外に出た瞬間、扉の取っ手側から刺客が黒塗りの短剣を突きだしてきた。


「死ねぇ!!」


 襲ってきたのは豪奢な鎧を身にまとった騎士じゃった。

 それはこの国の近衛兵の鎧であり、間違っても主であるわらわを襲うはずのない存在じゃ。


(近衛兵? いや中身は違うな。わらわの部下に毒殺を目論む騎士などおらぬ)


 わらわは至近距離で襲ってきた近衛兵の攻撃を回避しつつ、魔力の波長からその中身が自分の部下でないと察する。

 更に体をわずかに動かして、魔力を纏った手刀で騎士の意識を刈り取る。


「ぐわぁっ!!」


 刺客を倒したわらわじゃったが、そのまま油断することなく体を捻ると背後から迫って来ていた第二の刺客を迎え撃つ。


「……っ!?」


 まさか自分の奇襲がバレていたとは思わず、刺客が驚きに眼を見開く。


「甘いのぅ」


 そして紙一重で毒の短剣を回避すると、拳を突きだし頑強な鎧ごと胸を打ち抜いた。

 見た目が幼な……小柄だと侮るでないぞ。魔族の実力は見た目では分からぬのじゃからな。


「がはっ!?」


「囮役がわざと殺気を隠さぬ事で本命から注意を逸らすのは悪くなかったぞ。だが肝心のお主が殺気を隠し切れておらんかったのは減点じゃの」


「馬鹿な……」


 そう、わらわが未熟者と判断したのは、本命の刺客の方だったのじゃ。

 まぁそれでも一流と言って差支えのない実力ではあったの。生憎わらわには届かんかったが。


「やれやれ、失敗してしまいましたか」


 聞き覚えのある声にわらわが振り向くと、そこには部下を引き連れたヒルデガルドの姿があった。


「わらわは幹部達を呼べと言った筈じゃが? このような者達を呼べとは命じておらぬぞ」


(ふむ、見覚えのない連中じゃと思ったら、ヒルデガルドの手の者か)


「ふっふっふ、呼びましたとも。ただし議題の内容は勇者についてではなく、魔王陛下の後継者を決める為の会議ですけれどね」


「何のつもりじゃヒルデガルド?」


 ヒルデガルドに問いかけたものの、わらわはコヤツが何を目論んでいるのか凡そ見当がついておった。


「お分かりになりませんか? 下克上ですよ」


「下克上じゃと? 正気か?」


(やはりか。こやつはわらわの地位を狙っておったからのぅ)


 ヒルデガルドは上手く周囲に隠していたつもりじゃったが、狙われている本人であるわらわからするとその隠蔽ぶりは完璧であるがゆえに不自然さを感じたのじゃ。

 元々魔族はこの力を尊ぶ傾向にある。

 その為、例え王の言葉と言えど、気に入らない命令にはどうしても他種族よりも不満を生じさせてしまうのじゃ。

 じゃがヒルデガルドにはそれが無かった。

わらわに心酔する者達ならわらわの言う事はすべて正しい、そこには自分の考えの及ばぬ意図があると深読みする者もおるが、コヤツはそうではない。ちゃんとこちらの意図を組もうとする。

じゃからこそわらわは彼の叛意を察する事が出来たのじゃ。


「寧ろその言葉は貴方にお返ししましょう。魔王ともあろうお方が勇者に敗北して逃げ帰って来るとは恥ずかしくないのですか?」


「じゃからそれは事情を話し……」


「黙りなさい! 魔王とは魔国の力の象徴! それが他国の者に負けて逃げかえったなどと、勇猛果敢で知られる我等が国民に言える訳がなかろう! 貴様はもはや魔王にあらず! この王冠、捨てて貰いましょうか!!」


(ヒルデガルドめ、どういうつもりじゃ?)


 ヒルデガルドの叛意は分かっていたものの、鋼の理性で慎重を期してきたコヤツがわらわを襲う理由が分からなかったのじゃ。


「本気でわらわに歯向かうつもりか? わらわ最強の名と共にこの国の頂点に立つ魔王じゃぞ?」


 わらわは言葉に魔力を込めて騎士達を威圧する。


「「「「ううっ!?」」」」


 その迫力に圧倒された騎士達は思わず後ずさる。

 そう、魔王は圧倒的な力の持ち主がなるもの。

 それこそただの威圧で歴戦の戦士達が圧倒されるほどに。

 だからこそヒルデガルドの強気な態度は不自然であった。


「ハ、ハッタリです! 魔王は勇者の真聖結界で力の大部分を封じられている! かつての力はありませんっ!」


(ああ成る程、そういう事か。ヒルデガルドめ、わらわが神聖結界からの脱出に魔力を消耗させた事を、真聖結界を受けて力を封印されたと勘違いしたのじゃな)


 そこに至ってわらわはようやくヒルデガルドが叛意に至った理由を理解した。

 確かに魔王が大きく力を減じさせているのなら、一世一代の大博打に出る理由も分かると言うものである。

 何しろもし勇者が倒されたら折角封じられたわらわの圧倒的な力が蘇ってしまうかもしれんのじゃからな。

 ならば先に弱体化したわらわを倒してから勇者を始末するのが理想的な展開じゃ。


 しかしそれは勘違いも甚だしかった。

 わらわは力を封じられたわけではなくただ単に消耗しただけだったのじゃ。

 そして先ほどまでの休息で消費した魔力の大半は回復しておる。

 わらわ程の使い手ともなれば、短時間で膨大な魔力を回復させる術にも長けているのじゃよ。

 出なければ神如き力を持つと言われる魔神龍と一週間も全力で戦い続ける事など出来んわい。


「殺せ! 勇者に恐れをなして逃げかえるような臆病者に魔王の資格はない!!」


(やれやれ、随分と好き勝手言ってくれるのぅ)


 呆れつつもわらわはヒルデガルド達を戦闘不能にするべく魔法の構築を行っていたが、そこでふと妙案を思いつく。


(待てよ、これは使えるかもしれん)


 わらわは攻撃を回避しつつ、すぐさま弱い魔法の構築に切り替える。


(このままヒルデガルドに倒されたフリをすれば、わらわがこの国の運営をする必要が無くなる。そうなれば人間達は見事魔王の封印に成功したと信じるじゃろう。わらわと違ってヒルデガルドは臆病じゃ。ならばこの状況を利用して人間達との間に休戦協定を結び、十分な戦力が整うまでは人族との戦いを再開させようとせんじゃろう。同時に勇者達も消耗した力を補充させるべく神器を休ませる筈じゃ)


 わらわは攻撃を回避しつつ、無意識に笑みを浮かべる。


「な、何だコイツ!? 何でこの状況で笑えるんだ!? 不利なのはそっちなんだぞ!?」


 その光景にヒルデガルドの部下達は、威圧された訳でもないのに身を震わせる。


(何より! 数百年ぶりに纏まった休みを取れるのじゃ!!)


 そう、魔王に就任して以来、わらわは纏まった休みを取っておらなんだ。

 だってどいつもこいつも頭バトル脳で政治や統治が苦手なんじゃもん!


「はぁぁぁぁ!!」


 わらわは正面に居るヒルデガルドの部下達を魔法と剣で薙ぎ払いながら迫る。


「ひ、ひぃぃっ!!」


 ヒルデガルドの情けない悲鳴を聞いてわらわは我に返る。


(いかんいかん、久しぶりに休みを取れると思ってつい興奮してしまった! ここは落ち着いて)


「ぐぅっ!!」


 最後の壁を突破する直前で、わらわはうめき声をあげてバランスを崩す。


「っ!? 今だ! やれっ!!」


 奇跡的に生まれた隙に指揮官が号令と共に剣を振るう。


「ぐわぁぁぁぁぁ!!」


 わらわは雄叫びのような悲鳴を上げて大げさに仰け反ると、まだ倒したばかりで倒れ切っておらなんだヒルデガルドの部下達にぶつかる。

 そして彼等の肉を抉ってその血を隊長の剣と自分の服に飛ばすと、よろける振りをしつつ壁際までよると、そのまま窓を割って真っ逆さまに地上目掛けて落下したのじゃった。


決まった! 渾身の倒されたフリ! これで後の事はヒルデガルドに押し付ける事が出来るぞ!!


「なぁ、何か今のわざとらしくなかったか?」


 気の所為じゃ気の所為! 気にするでない!


 わらわは翼をはためかせると、わざとふらつきながら滑空する。

 そんなわらわの周りを何発もの攻撃魔法が横切る。

 じゃが魔力の流れを鋭敏に察知できるわらわには目で見ずとも魔法がどのような軌道を描いて襲ってくるのかはっきりと分かるのじゃ。

 そして翼の制御が上手くいかないふりをしながらこっそり攻撃を回避する。


「ええい、何をしているのです! 相手は死に体なのですよ! さっさと当てなさい!」


「「「は、はいいっ!!」」」


 ヒルデガルドの苛立つ声が聞こえてくると、魔法攻撃が一段と激しくなる。。

 じゃが遅かったの。すでにわらわは目的の場所にたどり着いたのじゃ。

そこは王都の傍に流れる大河。

重要な水源である大河の中央に差し掛かったところで、わらわはわざとヒルデガルドの手下達が放った魔法を喰らった。

 無論体表に発動させた魔法障壁でダメージゼロじゃがな。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 わらわは力尽きたふりをして大河の中でも最も流れの速い場所へと落下し、即座に水中呼吸の魔法と水中移動の魔法を発動させて川底まで沈むと、そのまま水の流れに流されてゆくのじゃった。

 よーし、完璧な撃墜っぷりじゃ! これでヒルデガルドめも童を倒したと思い込んだじゃろうて!


 ◆アナザーサイド


 魔王が大河に沈む光景を見ていたヒルデガルド宰相は魔王の捜索を命じる。


「死体を探しなさい! 誰にも魔王の死体を見られぬようにするのです!」


「はっ!!」


 飛行魔法を使える部下達がヒルデガルド宰相の命令を受け窓から飛び出すと、ヒルデガルド宰相は窓から魔王が沈んだ場所を見つめる。

 

「く、くくくっ! これで私が次の魔王よ!! ようやくだわ。ようやく私の理想の魔王国の運営が出来るようになる!」


 その目は既に魔王を見てはおらず、自分が生み出す栄光の未来を映していた。

 ヒルデガルド宰相は残っていた部下達に告げる。


「お前達、これまで秘密裏に行ってきた計画を本格的に実行に移します」


「おお! 遂にですか!」


「ええ、遂にです。これまでは保守的な魔王の眼を逃れる為に小規模な実験しか出来ませんでしたが、これからは大々的に実験を行えます。我等魔族が世界を支配する為の計画をね」

「「「ははーっ!」」」


「ふふっ、あの世で見ていなさい魔王! 古臭いお前が居なくなった世界で私が世界を統一する姿を!」


魔王が生きている事も知らず彼女を殺したと思い込んだヒルデガルド宰相は、満面の笑みを浮かべ、やがて訪れる己が栄達に酔いしれるのであった。

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