元魔王様の悠々自適な南国、モフモフスローライフ~部下に裏切られたので、これ幸いと引退して楽しく暮らすのじゃ~

十一屋翠

魔王、辞めるのじゃの章

第1話 魔王、封印されたフリして死んだフリをするのじゃ

「覚悟しろ魔王!!」


「ふははははっ!! わらわを倒そうなど100年早いわ小童どもめ!!」


 古来より、人族とわらわ達魔族は戦い続けておった。

 だがそれは善と悪の戦いではなく、単純にその世界に暮らす住人同士の戦いだったのじゃ。

 そう、ただ利益を求めて異種族同士が戦っていただけなのじゃ。

 だがいつからか人族は自分達こそ正義で魔族は邪悪と言い出し始めた。

 そしてわらわ達に対し、勇者と言う刺客を差し向けてくるようになったのじゃ……が。


「どうした勇者達よ。お主達の力はその程度か?」


「うわぁぁぁぁぁっ!!」


 わらわの小手調べであっさりと勇者が吹っ飛んだ。

うわぁ、この勇者クッソ弱いのう。

勇者だけではない。


「おのれ卑劣な! 正々堂々と戦ぐわぁぁぁぁっ!!」


「神よ! 我等にご加護を! 邪悪な者の力を神の威光の下に抑え込みたまえ! ホーリージャッジメきゃぁぁぁぁぁ!!」


王国近衛騎士筆頭と聖女が余波で吹っ飛んだ。

というかわらわ、さっきから搦手無しで相手しておるんじゃが。

あと聖女、お前が使った魔法術式はただのデバフ魔法じゃぞ?

魔法の発動キーである術式名を仰々しくしておるだけで、後はただ無暗に派手に光っておるだけでわらわ達魔族が使うデバフ魔法と効果は同じじゃからな?


「くっ、人々の苦しみの感情を己の力に変える邪法を使うなど、恥ずかしくはないのですか!!」


 と聖女が悲壮な眼差しでわらわを非難してくるが、そんな事実は全く以ってない。

 本当にそんな術式は存在しないのじゃ。

 というかなんじゃそのフワフワした理屈の術式は? 何故人が苦しんだらわらわの力が増すのじゃ。


 多少なりとも魔法を学んだことがある者なら、いくらなんでもそんな荒唐無稽な術式なぞ無理にも程があると分かろうものであろうに。

まぁこやつ等はただ光るだけのデバフ魔法を神の奇跡とありがたがるボンクラ共じゃ。

使う事は出来ても術式を自分で開発する事なぞできぬのであろうて。


だろうこそ勇者達、いや人間達は心からわらわを悪だと信じる事が出来るのじゃ。


「卑劣な! 貴様の所為でどれだけの数の民が苦しんでいると思っているのだ!」


 と今度は前衛で剣を振るっていた騎士が叫ぶも、わらわにはそれがマッチポンプにしか見えなんだ。

と言うかじゃの、本当にマッチポンプなのじゃが。

お主等の民が苦しむ理由は、お主等貴族の汚職と増税と強制徴兵と略奪が原因ではないか。


人族の国は我等魔族との侵略に対抗する為と言う名目で税を増やし、略奪も緊急的な徴収の名目で行ってきおった。

 つまり人間達の国が疲弊しておる最大の原因は、貴族達の腐敗が原因なのじゃ。

 正直我等魔族でもあそこまで悪辣な搾取はせぬぞ。

 民を絞り過ぎては経済が麻痺してしまうからのう。

まぁそれを言ったところで貴族と宗教に洗脳された連中は信じようともせんのじゃが。


 事実数代前の勇者まではわらわも人間国の問題を親切に指摘してやっていたのじゃ。

 じゃが自分達が善、魔族を悪と教えられてきた彼等は、わらわの指摘を自分達を騙す為の欺瞞と断じて話を聞こうともしなかったのじゃ。


たまーに話を聞くだけの頭がある者がおったが、そういうまともな連中は裏切り者扱いされるか都合が悪いとして暗殺されたのじゃよなぁ。


 とまぁそんな理由があってわらわは勇者達の説得を諦めた。

 などと戦闘中にも関わらずわらわがこんな事を悠長に考えていられたのも、勇者達がクッソ弱いからじゃった。


「くそっ! あんなに小さいのになんであんなに強いんだ!」


「大人の色気の欠片も無いくせに偉そうにしおって!」


「清く正しい生活をしないからその様なみすぼらしい見た目になるのですよ!」


「やかましいわ! 特に聖女!!」


 こやつ等クソ失礼じゃな!

 わらわは発育不良なのではない! 魔力が強すぎる所為じゃ!


 この世界の住人は魔力が強い者ほど長生きする。

 それは肉体の老化も同様じゃ。

人並外れて魔力の多いわらわは、それ故に成長もまた人並外れて遅くなってしまったのじゃ。

つまりわらわの肉体は実年齢よりも遥かに若いと言うことじゃ!

寧ろ羨むがいいわ聖女!!


ちゅーか術者ならその程度の事知っておって当然じゃぞ?

まぁ今の人族はこの程度の勇者達をわらわの相手にしようとする程弱体化しておる。

そう考えれば魔力が直接寿命に影響する事を忘れてしまったのも理解できんでもない。


いやホント弱いのじゃよこやつ等。

 歴代勇者の中でも最弱ではないかの?

 まぁ人間の国はわらわ達魔族と戦争中にも関わらず権力争いが続いておる所為で、まともな人材は前線送りにされて死ぬか暗殺されるか閑職に回されておるからのう。

 しかもまともにものを考える事が出来る有能な勇者達は自分達で始末しておるのじゃから、人材どころか教育者すら不足するのも当然であった。


 お陰でわらわ達魔王軍としては楽に優位に立てるので大助かりなのじゃが。

 とはいえ人族を全滅させるわけにもいかぬ。

 同様に圧勝してもいかん。


 何せわらわが統治する魔王国には荒事に特化し過ぎて平和な生活には馴染めない種族も少なくないのじゃ。

 だからこそ人族というガス抜きの出来る敵が必要なのであった。

 自滅気味に弱体化しつつも自主的に戦争を行う人族は、ある意味この世界に必要な存在なのかもしれんな。


 そんな訳で人族を全滅させない為、わらわは人族との国境沿い近くに偽の魔王城を建築し、そこに勇者達をおびき寄せて決戦を行っておったのじゃよ。

 本物の魔王城に勇者達を連れてきたら城内が戦闘で荒れて困るでの。


さて、此度の勇者達の実力はよくわかった。

こやつ等もわらわの実力は身に染みて分かったであろう。

あとは手頃なところで追い払うとするかの。


この程度の実力なら下手に殺すよりも生きて返した方が人間同士で揉めて時間がかせげる故な。

 昨今の勇者の弱体化は本当に凄まじく、もはや勇者達の存在はわらわにとって人間達を妨害する為のコマも同然じゃった。

 まぁそのくらいの利用価値でもないと勇者となんぞ戦っておれんからのぅ。


 昔は本当にわらわ達魔王が直接相手をせんといかん難敵じゃったが、今では人間を滅ぼさんよう手加減する為に相手をせんといかんのじゃから面倒なものじゃて。

 ……いい加減一から勇者の相手をする役目の者を育ててもええかのう。


 はぁ、早ぅ城に帰ってゆっくり休みたいものじゃ。

 最近ちゃんとした休みを取っておらんし、勇者達を追い払ったら纏まった休みでもとるかのう。

 出来れば宰相が仕事を持ってこんように誰も知らぬ秘湯にでも引きこもりたいところじゃの。

 などと久々の休暇を夢想しておったら、勇者共が何やら奇妙な動きを見せた。


「くっ! こうなったらアレを使うしかない!」


「あ、あれを使うのか!?」


「あれは切り札ですよ!?」


 勇者の言葉に連中の空気が変わった事をわらわは感じ取る。


「ほう、何をする気じゃ?」


(ふむ、ここで切り札を投入するか。成る程、この程度の実力でわらわに戦いを挑んできた理由はそれか)


 とはいえ、万が一と言う事もある。わらわは油断なく勇者達の行動を観察する。

 過去には勇者達の切り札を侮って倒された魔王もおったからじゃ。


 じゃが、この警戒と言う行為こそが、わらわにとって大きな油断であった。

 そう、勇者達が、人族がここまで愚かな筈はないと言う無意識の油断が。


「シュガー! 真聖結界だ!!」


「何?」


 予想外の言葉に思わずわらわは虚を突かれてしまった。


「はい、勇者様!」


 勇者が豪奢な装飾の施された剣を、そして聖女が清浄な気配を放つ杖を構える。


「おい、まさか……!?」


 それこそは、神が地上の民に与えた神器。


その名は『真聖剣ガッドロウ』、そして『真聖杖テスカスタック』

 それを使った奥義などただ一つしかありえぬ。


 二つの神器が内に蓄えた力を放出し始めた事で、わらわは最悪の予想が真実であると確信する。


「し、真聖結界じゃとぉぉぉぉぉぉ!? しょ、正気か貴様等!?」


「ふっ、動揺したな魔王! これこそがお前達邪悪を撃ち滅ぼす神の恩寵、真聖結界だっ!!」


「そ、そんな事を言っておるのではない! それは……!」


「問答無用! 聖剣よ! 邪悪なる者を封じる光を!」


「悔い改めなさい! 聖杖よ! 邪悪なる者に懺悔の時をお与えるのです!」


 警告を発しようとしたわらわの言葉を遮り、神聖剣と神聖杖が眩い輝きを放った。


「馬鹿なっっ!?」


 二重の光に包まれわらわは驚愕の声をあげる。

 だがそれは勇者達の切り札に恐れをなしたからではない。

 わらわが驚いたのは、勇者達の信じられない程の愚かさに対してじゃ。


「真聖結界をに使うだとっ!?」


 かつて、地上は邪神と呼ばれる一柱の神によって滅びの危機にあったのじゃ。

邪神とは人や魔族のくくりを越えた地上の全ての命の敵。

 その力は凄まじく、地上の民の力では手も足も出ない程に強大であった。

 それゆえ地上の民は神に乞うた。自分達を助けて欲しいと。

 

 その願いに応え、神々は五つの神器を地上の民に与えた。

 それこそが勇者達の持つ剣であり杖じゃった。


 これらの神器を使った奥義『真聖結界』によって見事邪神は封じられ、地上に平和が訪れた。

 だがこの力にはある大きな代償が存在した。

 真聖結界による封印を行うと、神器が内に貯め込んでいた膨大な力を全て消費してしまうのじゃ。

 そして邪神を封印した神器は次に邪神が復活する時まで長い時間をかけて力を蓄え直すのである。

使い手に危険こそないものの、邪神を封印する地上の切り札が短くない期間使えなくなると言うのは相当な危険なのは言うまでもない。


 恐らくは地上の民が神器の力を乱用せぬよう、神々がわざとそう作ったのじゃろう。

 それゆえ神器の真の力を邪神以外に使う事を固く禁じられてきたのである。


「その神器の力をこのような所で!!」


 魔王とは邪悪な者ではない。魔族という地上の1種族の王でしかないのじゃぞ。

 そんな相手に神を封じる力を使い切ってしまうなど正気の沙汰ではない。

 仮にわらわを封じて魔族の国を支配したとしても、神器が力を取り戻す前に邪神が復活してしまったら全てが失われてしまうのじゃぞ!。


 確かに勇者達の武器が神器である事は気づいておった。

じゃがそれも所詮は勇者達の箔付け程度の理由であり、本当に神器の真の力を発動させる為に持ってきたとは夢にも思わなかったのじゃ。


 他の種族なら絶対にそんな事をしようとは思わんかったじゃろう。

じゃが負けが込んで周囲が見えなくなっていた人族は、この世界の安寧よりも自分達の利益を優先したとみえる。


(いかん! 驚き過ぎて真面目に理由を考えてしまった! それよりも早く真聖結界を止めねば!!)


 何しろこの結界が成立してしまえば、わらわ自身が封印されるどころではない。

 いつか復活する邪神によって世界が滅ぼされてしまうのじゃ! 世界の平和はわらわの手に掛かっておるのじゃ! 何じゃこれ、これじゃわらわの方が勇者みたいではないか!


「逃げようとしても無駄だ魔王! 神の力にお前ごときが逃げられる筈が無い!」


 ぐぅ、い、いかん! 凄まじい力がわらわの力を封じてゆく。

 光は幾重もの円環をわらわの周囲に生み出し、それらが交差して球形をなしてゆく。

 そして光の球体となった円環の群れがわらわを押しつぶさんと圧縮していき、遂には目に見えない程に小さくなり、そして消滅した。


「……」


 円環とわらわが姿を消した後も、勇者達は油断なく警戒を続けておった。

 だが一向にわらわが姿を現さなかった事でようやく警戒を解いて大きく息を吐く。


「ま、魔王を倒したぞぉー!」


 勇者達が歓声を上げて喜びを分かちあう。


「やりましたね勇者様!」


「ああ、シュガー! 君達のお陰だよ!」


「よし! さっそく国王陛下に魔王討伐達成の報告をしに戻ろう!」


「まってくださいよ騎士様。まだこの城を探索してませんぜ」


 と、先ほどの戦いで姿がなかった男が姿を現す。


「ちっ、盗賊風情が私に意見するな」


 喜色満面だった騎士が途端に不機嫌になる。

 なお男は盗賊ではなく、勇者一行の斥候役じゃ。

 戦闘中は戦力として劣る為、可能な限り気配を消して勇者達の結界発動の為の援護に徹していたのじゃ。

 しかしまぁ、我が魔王軍の精鋭部隊はとっくに気付いておったがな。


「まぁまぁ、そう言わずに。ここは魔王の城ですよ。ってこたぁここには世界中から盗まれた各国の財宝がある筈でさぁ」


「むっ、そうか……そうだな」


 財宝と聞いて騎士の顔が欲深く歪む。

 城の財宝を懐に納める気満々の笑みじゃった。

まぁこの城に財宝などないのじゃがな。

 わらわを倒した事で心が大きくなった勇者達は、欲深な顔を隠す事もなく城内の略奪に向かったのであった。


 うん? 何故封印されたわらわがそんな事を言えるのかじゃと?

 それは当然、わらわは封印されておらんからじゃ。


 勇者達が去った事を確認したわらわは、物陰から姿を現す。


「やれやれ、勇者達が未熟で助かったわい」


 というのも、先の戦いでわらわは真聖結界が発動した瞬間に短距離転移魔法を使って謁見の間の奥にある隠し部屋に逃げておったのじゃ。

 勿論勇者達にバレぬよう、幻影魔法で作った自分の影を残しておいてじゃ。


 完全に発動した真聖結界であればわらわが逃げる隙など無かったところじゃが、そこは勇者達が未熟であったおかげじゃな。


「何より神器の数が足りなかったからのう」


 そう、神々が地上の民に与えた神器の数は5つ。

 じゃが勇者達に用意できたのはそのうち2つのみ。

 その結果、真聖結界にはわらわが逃げるだけの隙間が空いておったのじゃ。

 最も、それもわらわじゃからこそ発見出来たのであって、並の術者なら結界の隙間を見る事も出来んかったじゃろうな。


「発動こそ許してしまったものの、結界が完成しなかったお陰で神器の持つ全ての魔力を使わずに済んだようじゃな」


 わらわは神器に残っておった魔力の波動から、最悪の事態だけは免れる事が出来たと安堵する。


「ともあれ、このままここに居ては勇者達と鉢合わせして今度こそ取り返しのつかんことになりかねん。一旦城に戻るとするかのう」


 人族の予想外の暴挙に危険なものを感じたわらわは、本来の本拠地である魔王都に戻り急ぎ部下達と対策会議を開く事を決意するのじゃった。

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