15
「ふーん、それで突然手紙が届いて、私のもとを尋ねて来たと」
「まあ、そういうことだな」
面白そうなものを見た、と言いたげな様子で、ソファに腰をかけ長い脚を組むのはボルドー侯爵ロベルト。なんとかシンシアとの仲を戻さなければ、と思ったもののこういったことについてとんと疎いトーマスは、親友であるロベルトの元へ泣きついたのだった。
「ローベルは広い都市だが、私のもとに恋愛相談しに来るやつなんてトーマスくらいだと思うよ」
「それは……悪いと思っている」
常に自信満々、高位貴族独特の雰囲気を持ち、場の空気を支配するロベルトのもとでは百戦錬磨のトーマスもタジタジた。とは言え、なんだかんだと言いつつ、トーマスの相談に乗るため、普通ならまずありえない急な誘いを快く了承してくれた彼にトーマスは感謝していた。
一方ロベルトは、いつになく殊勝な態度のトーマスに変な感覚を覚えつつ、視線を宙にさまよわす。
「まあ、でもアーシェル夫人があそこまでやっちゃった以上、トーマスがあのことについて話すしかないんじゃないか? それこそどこかで夫人が有る事無い事シンシアさんに吹き込むよりかはマシだろう」
「やはりそれしかないか」
それしかない、と言いつつトーマスは浮かない顔をする。とは言えトーマスもいずれ話さないといけないことは分かっていた。彼の事情を知る友人も使用人達も信頼に足る人々だからそっちは心配していないが、ロベルトの言う通り、アーシェル夫人の方はそうではない。変に尾ひれが着いた話がシンシアの耳に入って、こじれるぐらいなら、さっさと自分で言うべき、というロベルトの意見はもっともだった。しかし、
「気がすすまないという顔だな。若い頃に婚約者がいたなんてよくあることだし、夫人はそれでなにか言うような人ではないだろう?」
「もちろんだ」
「じゃあ、まだ引きずっているのか? 婦人にも話したくないほどに」
「そう……なのだろうな」
そう言いつつため息を一つこぼすトーマスに「駄目だこりゃ」とでも言いたげな様子でロベルトは彼を見る。
「まぁ、詳しく話せないならせめて、昨日のことは謝って、そして過去を話せるようになるまで待ってくれるよう頼むしかないんじゃないか? 夫人がそれを受け入れてくれるかはわからないが」
ロベルトがアドバイス出来るのはそのぐらいだ。あとはトーマス自身が自分と折り合いをつけるしかない。そう思いつつロベルトはふとテーブルに載せられた紙袋に目をやった。
二人が向き合う間にあるテーブルにはシンプルな茶色の紙袋が載っている。突然の訪問を了承したロベルトにお詫び代わりとトーマスが持参した茶葉だ。おそらくブレンダーに直接頼んだのだろう、包装こそ飾り気はないが、トーマスが持ち込むお茶に間違いはない。今日はどんな茶葉だろうか、と紙袋を持ち上げたロベルトは良いことを思いついたとばかりにトーマスを見る。
「そうだ、せっかくだしこのお茶、トーマスが淹れてくるか?」
「私がか?」
「そう、相談料なんだろ。だったらどうせなら淹れるところまで頼もうかなと。今でも自分で淹れることもあるんあろ?」
使用人を連れてくることが禁じられている大学では、お茶を淹れることに慣れているトーマスがよく周囲にお茶を振る舞っていた。卒業後はそんな機会もなくなったがたまには良いだろう。
すぐにティーセットが用意され、自分が淹れるべきか迷っている様子の従僕を目で制すると、トーマスが「分かった」とばかりに立ち上がり、茶葉の入った紙袋を受け取った。
よく考えると自分で飲む以外にお茶を淹れることは久しぶりかもしれない。屋敷ではシンシアが淹れてくれるか、使用人が淹れるし、商会でもお客様にだすお茶を淹れるのは従業員達のしごとだ。とはいえトーマスの手元に狂いはない。
お湯からしっかりと湯気が立っていることを確認するとポットを開けて、茶葉をティースプーンで救って淹れていく。
「この一杯はロベルトに……」
「ブフッ」
とそこで、ロベルトが吹き出す。トーマスが彼を見ると、普段の様子からは信じられないほどロベルトは大笑いしている。トーマスの視線を感じたのだろう、ロベルトは自分を落ち着かせるように大きく深呼吸して、ようやく笑うのをやめた。
「ご、ごめん。笑うつもりはなかったんだが。あまりにもトーマスに似つかわしくなくて。その、何だ、その呪文はシンシアさん譲りか?」
そう言われて初めて、声に出していた事に気付いたのだろう。自分でも似合わないとは思うが、今更ながら大笑いされたことに少しムッとしたトーマスは低い声で答える。
「あぁ、お茶を美味しく淹れる呪文だそうだ。笑わなくても良いだろう。実際理にはかなっている」
「別に呪文を笑っているわけじゃない。知っているよ、人数分にもう一杯茶葉を淹れるっていうあれだろ? 実際歌っているのは見たことがなかったけど。夫人が歌いながら淹れてたら可愛らしいとは思うよ。トーマスが歌うと破壊力がすごいだけで」
そう言いつつ、また笑いがこみ上げてきたのだろう。また大笑いしだしたロベルトだが、トーマスがじとりとこちらを見ているのを感じてなんとか笑うのを止める。
「でも、トーマスまでその口癖が移ってしまうぐらいその夜のお茶会は当たり前の光景になっているんだろう? ついでに言うとトーマスもそれだけ夫人から目を離せなくなってるんじゃないか? 結婚前のお前からは想像できないな」
「まあ、そうかもしれないな」
そう言って蓋をしたポットを見つめるトーマスにロベルトは少し真剣な眼差しを向ける。
「なぁ、トーマス。やっぱりあのことはまだ夫人に話せないのか?」
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