第24話 お!今日は凛花チャンいるじゃねえか!

「ねえ龍馬くん!あたしに何かしてほしい仕事とか、ない?」


人生で自分にとって不要だと思っていたメイクをされて、顔の違和感が鬱陶しくて仕方がない状態の龍馬に、悠平がやけにキラキラと目を輝かせながら、率直な質問を投げかけてくる。


本当は今現在、仕事の面で龍馬とうまくやれていて、しかも多額の報酬を受け取ることができている凛花に聞いてほしかったのだが、当の凛花は『そんなの、悠平くんが自分で聞いてみたら?』と素っ気なかった為、仕方なしに悠平は龍馬に対して、出たとこ勝負で営業活動に乗り出すことにしたのだ。


「……はあ?」


顔の違和感がうざくてたまらず、そのモチベは最低状態に陥ってしまい…

もうとにもかくにも早く帰りたくてゲンナリしてしまっている龍馬は、悠平のそんな言葉に、ついつい『お前は何を言ってるんだ?』と言うような表情を浮かべてしまっている。


「あたしこれでも結構有名なスタイリストだから、美容とかファッションとかにも敏感でうるさいのよ?龍馬くん程の極上素材をもっと磨き上げることだってできるし、季節ごとの流行りのファッションのリサーチとかも、できるわ!」

「……そうなのか」

「ええ!一応美容師の資格も持ってるから、龍馬くんの髪をお手入れすることもできるし、どこかに出かける必要ができた時には、龍馬くんのトータルコーディネイトだってさせてもらうわよ?」

「……ふうん……」


龍馬と言う、自分にとって理想中の理想と言える顧客クライアントとの縁が、なんとしてでも欲しい悠平は懸命に自身の技能スキルをアピールし、龍馬にその技能を買ってもらえるように売り込もうとする。


それも、これ以上ない程のスマイルで。


だが、そんな悠平の熱量に対し、龍馬は普段通りの淡々とした、能面のような表情を浮かべて、聞いているのか聞いていないのかよく分からないような生返事を繰り返すのみ。


「(……う~ん……私はたまたま龍馬くんが求めてくれるようなものを提供することができたからよかったんだけど……やっぱり悠平くんだと、龍馬くんに顧客になってもらうのは難しそう……)」


傍から見ている凛花ですら、悠平の懸命なアピールに対し、当の龍馬は暖簾に腕押しな状態となっていることが分かってしまう。

当然、面と向かって話している悠平もそれは重々に承知しており、今のところ非常に旗色が悪いことも認識している。


そして、だからこそより懸命に龍馬に気に入ってもらおうとあれやこれやと自身の技能アピールで、それを聞かされる側の龍馬が引いてしまいそうな程の熱量でぐいぐいと押していく。


「ど、どお?あたし絶対に龍馬くんに損はさせないようにするから!」


凛花の話を聞いて、何が何でも神崎 龍馬と言う理想的な顧客を手に入れたいと心の底から願い、悠平は龍馬の反応がいまいち悪いことも承知しながらも懸命にアピールを続けていく。


「……う~ん……」

「?な、何か気に入らないことでもあるのかしら?」

「……いや、あんた個人は俺は面白い人だと思ってる。話聞いてても新鮮な気分にさせてもらえるしな」

「!そ、それなら……」

「……だが、俺は姿、なんてことに興味はねえし…何より今回みてえな用でもなければ、わざわざ自分から外出することなんてねえからなあ……だから、あんたにやってもらいてえことが、特に思い浮かばねえ」

「!そ、そんな……」


龍馬自身、椎名 悠平と言う個人は人に興味のない自分にしては、結構興味深い相手だと言う認識はある。

今となっては(龍馬本人はそんな自覚はないものの)、名取 凛花も龍馬と半ば姉弟のような気軽にものを言い合える関係になっており、その凛花のことも、龍馬自身は面白い人だとすら、思い始めている。

しかも凛花は、自分がちょうどほしいと思っていたものを、自身が満足いくレベルで提供してくれる、仕事上でも有能な相棒パートナーとまでなっている為、猶更と言える。


ところが、悠平に関しては龍馬自身、特に悠平の技能を要求するような局面に、今後遭うことがあるのかと言われると、そんなことがまるで思い浮かばないと言わざるを得ない。

特に自分を着飾ったり、見栄えをよくしたりすることなどにまるで興味のない龍馬である為、どうしてもそんな機会が思い浮かばない状態となっている。


それを真っすぐに告げる龍馬の言葉に、悠平の顔は希望に満ちたキラキラとしたものから、奈落に突き落とされたかのような絶望の色が浮かんでしまっている。


「悠平くん…その辺にしといたら?これ以上は龍馬くんにとって、無理強いするようなものよ?」


絶望感に愕然とした表情の悠平に、凛花がやんわりと声をかける。

龍馬とそこそこの関係構築はできている凛花であるがゆえに、悠平の技能が龍馬の需要を満たせることはないと思っていた為…

こうなることは分かってはいた。


そして、これ以上は龍馬に不要なものを押し売りすることになってしまう為、さすがにここで止めておかないと、と言う思いになり…

悠平のブレーキ役として、悠平が龍馬に無駄にアピールをしないようにしている。




「お!今日は凛花チャンいるじゃねえか!」




そんなところに、空気を読まずに乱入してきたのは、一人の男。


少しくすんだ金色に染めた、癖の強い短髪。

粗野な印象が強いものの目鼻立ちは明らかに整っており、それだけで異性の目を惹くものとなっている。

身長も龍馬と遜色ない程に高く、スタイルもスラリとしており、まさに見られることを生業としているのが雰囲気で分かる。


だが、凛花を見た途端に鼻の下を伸ばしているその様子、そして粗野な言動が…

彼の人柄そのものを表していることは、見る人が見ればすぐに分かるものとなっている。

そして、明らかに自身が選ばれた存在であるような、そんな自信に満ち溢れた態度も…

彼の場合は悪印象として伝わってしまう。


そして、ここが自分以外のモデルの控室であることなどお構いなしに入ってくると、その足で凛花の方へと寄っていく。


「あ、あ~…加納かのうさん、おはようございます」


その人物が自身に寄っていった途端、凛花の顔に明らかに嫌そうな表情が浮かんできたものの…

どうにかそれを無理やり作った笑顔で隠し、凛花は目の前の加納と呼んだ男に社会人の一般的なマナーとしての挨拶をする。


「おはよう!や~凛花チャン、いつ見ても綺麗だね~」

「あ、ありがとうございます…」

「なんで凛花チャンみてえないい女が、フォトグラファーなんてやってんの?オレ前から言ってるじゃん!凛花チャンは撮る方じゃなくて、撮られる方の人間だって!」

「い、いえ…私はそんな器ではないので…」

「だ~か~ら~!このオレから社長に一言言えば、凛花チャンもモデルとしてデビューできるんだってば!社長に凛花チャンの写真見せたら、かなり乗り気になってくれてたしさ!」

「わ、私には過大な評価ですよ…私は、その瞬間瞬間を撮影する方が向いてますので…」

「そこはほら!ものは試しって言うじゃない?やってみたら絶対世界変わるって!それに凛花チャンなら、絶対に人気モデルになれるからさ!」


この日はこの加納もモデルとしての撮影が入っていたことを、凛花はうっかり忘れてしまっていた為、ここで顔を会わせてしまったことに内心、うんざりしてしまっている。


元々の趣味としていた写真撮影を仕事にまでする程、凛花はフォトグラファーと言う仕事が好きであり、自分は撮影する側だと言う自覚が強いのだが…

この加納と言う男はことあるごとに凛花にモデルの仕事を勧めてくる。

それも、自身の事務所への所属の話まで持ち出して。


加納は見ての通り、超が付く程の女好きで、しかも女癖が悪い。

しかも、その容姿で最初は猫を被って女性に接してくるから、女性の方がコロッと落とされてしまう為、非常にタチが悪い。

しかも、気に入った女性は必ず自身の手元に置きたがるし、すぐに肉体関係を持ちたがる。

その上、すでに決まった相手のいる女性程、自身の魅力を見せつけるように口説きに行くし、口説き落としたとしても自分の思うが儘に遊んで飽きれば捨ててしまうと言うクズっぷり。


その為、業界での彼の評判は非常に悪く、最近では業界の女性はみんな彼を警戒して誘いに応じなくなってしまっている。

それでも、そんな彼の本性を知らない一般の女性は口説けたりはするのだが、それでもその悪評がかなり出回ってしまっている為、その人気に陰りが見えてきている。


そのことは彼の所属する事務所も懸念しており、再三彼に注意喚起を促しているのだが…

当の本人がまさに暖簾に腕押し、と言った感じで一向に反省しない為、事務所の関係者は揃って頭を悩ませている。


だからこそ、フォトグラファーとして割と知名度があり、しかもぱっと見は地味ではあるものの、磨きさえすればモデルとしても通用する程の容姿を持つ凛花を事務所に所属させると言う点では加納と一致しており…

凛花にモデルとして活動してもらい、それで人気が出れば加納はお払い箱にする、と言うことで経営陣は満場一致している。


と、実は自分がかなり落ち目となっていることにまるで自覚がない加納は、以前からモーションをかけているものの、一向に自分に靡く気配のない凛花をどうしても落としたくて、この日もぐいぐいと口説き落とそうとしている。


「ん?……うげ!なんでこんなとこにオカマがいんだよ気色悪い!」

「!か、加納さん、そんな言い方は…」

「おいオカマ!てめえみてえな気色悪いのがこんなとこうろついてたらサブイボ立つだろうが!ざけんじゃねえぞこら!」


しかし、凛花を口説き落とそうとしているところに、龍馬に顧客になってもらえなくて意気消沈している悠平が目に入り、加納はまるで汚物でも見るかのような目と態度で悠平に罵詈雑言の嵐を浴びせ始める。


元々加納は悠平のようなオネエキャラが心底嫌いと言うのはあるのだが…

その中でも悠平にだけはひと際激しく罵声を浴びせることが多い。

その理由として、悠平と凛花が存外仲が良く、自分には一向に靡かないどころかむしろ煙たがられている節すらあるにも関わらず、悠平とは非常に友好的に関係を構築している、と言うのが一番になっている。


「……どうしよう…どうしたら…龍馬くんの……」


だが、龍馬と友好的な関係を構築できる手ごたえがあるにも関わらず、仕事を絡めた関係には発展できそうにないことに絶望感が漂っている今の悠平に、加納のそんな罵声は微塵も届いておらず…

どうしても龍馬と言う理想的な顧客をあきらめきれず、どうしたらいいのかをブツブツと言いながら、必死になって考えている。


最も、悠平自身も加納のことは毛嫌いしていて、最近は本当に冷え切った状態となっているので、龍馬のことがなかったとしても、大した反応は返さなかっただろうが。


「おい、さっきから何ブツブツ言ってんだこのオカマが!存在自体が気持ち悪いだけの野郎のくせに、俺様を無視してんじゃねえぞこら!」


自分の言葉にまるで反応を返さない悠平にさらに不機嫌にさせられたのか…

加納はますます、悠平に対して罵声を浴びせていく。


「か、加納さん…悠平くんに対していくらなんでも…」

「おいおい凛花チャンよお…なんで俺様に対しては他人行儀なのに、あのオカマにはそんな親し気なのよ?」

「え?そ、それは…」

「別に俺様は、フォトグラファーとしての凛花チャンはいらねえのよ!モデルとして華々しく輝く凛花チャンがいいのよ!」

「!!…………」

「それに凛花チャン、俺様の事務所からの仕事も多いって聞いてるけど…分かってる?俺様の声一つで、凛花チャンを露頭に迷わせることも、できるって」

「…………」

「俺様としてもよ、凛花チャンを生活苦に追い込むようなこと、したくねえんだわ、分かるよね?」

「……一体、何が言いたいんですか?」


とうとう加納の口撃は、自分の思い通りにならない、自分に靡かない凛花の方にまで飛び火してしまう。

それも、フォトグラファーとしての名取 凛花など無価値だと切って捨てたその言葉には、凛花は心底、自分の中にあるフォトグラファーとしてのプライドを傷つけられたと感じてしまう。


凛花の表情も、路傍の石ころを見るような非常に冷たいものになっているのにも気づかず、加納はさらに言いたい放題言い続ける。


「なあに、簡単な話だよ。この俺様の女になって、俺様に媚びれば凛花チャンはいくらでもお仕事もらえるし、なんだったらフォトグラファーなんて辞めても大丈夫なくらいにはなる、って話よ」

「…………」

「あれ?えらい冷たい目で見られてるけど、いいの?俺様が言えば、凛花チャンの仕事なんていくらでも潰してあげられるんだけど?」

「…………」

「その強気な目、好きだわあ……そんな目してる女屈服させるの、俺様めっちゃ趣味なんだわ」

「…………」

「ま、長いものには巻かれろ、って言うでしょ?意地張ってないで、このいいケツ振って俺様のご機嫌取った方が、いいんじゃないの~?」


非常に下卑た、せっかくの整った顔立ちを台無しにするかのような醜悪な笑みを見せる加納。

凛花が、自身が所属する事務所の仕事がなければ一気に追い込まれるとからこそ、ここまで強気な発言をすることができている。


だが、今となっては龍馬の開発及び創作資料用写真の提供、と言う仕事のおかげで、凛花は十分過ぎる程の収入を得ることができている。

それに、加納の事務所の仕事の比率は多いものの、それ以外の仕事も順調になってきていることもあり、加納の事務所の仕事はむしろ、凛花から加納のことを理由に拒否する、まである。


その為、一見加納に追い詰められているように見える凛花だが…

内心は非常に落ち着いている。




「……気に入らねえ」




そして、その一部始終を見ていた龍馬から、この一言が飛び出すことと、なるのであった。

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