第23話 ……はあ……帰りてえ…

「……ねえ、凛花ちゃん」

「?なあに?悠平くん?」

「……あなたよくこの子を、見いだせたわね」

「!そうでしょ?」


龍馬が凛花からの依頼で、新作ファッションのモデルをすることとなった為…

都内にある、とあるフォトスタジオまで出向くこととなり…

そこで初対面となる、この日の龍馬のスタイリストとなる、椎名 悠平と言うオネエと出会い…

人間に全く興味がないはずの龍馬が、意外にも悠平に興味を持って接したりして、当たり障りのない挨拶まで済ませて、そこから悠平が龍馬の見栄えをよくすること数十分。




「……なんで俺、メイクまでされてんだ?これ?……」




普段は無造作に伸び、暖簾のようにその顔を覆い隠している前髪は、顔の右側を若干隠す程度にセットさせている。

長く真っすぐに伸びた後ろ髪も、普段のように無造作にヘアゴムで束ねておらず、そのうなじが見えるように根元の方と、毛先の方で綺麗に束ねられている。


前髪がセットされ、普段は覆い隠されているその素顔は、龍馬の顔の良さが引き立つようにうっすらとした、ナチュラルなメイクが施されている。

特に普段から不機嫌そうで、戦闘時には氷のように凍てつくその目の周りは繊細に手を入れられ…

普段から上がっていて、不機嫌そうに見える眉尻は下がるように若干抜いて、そこに柔らかな弧を描くようにメイクされている。

目元も露骨なツリ目になっているのを、アイラインをメイクで補正してやや下げ気味にし、睨んでいるような感じだったのをキリっとした印象に変えることができている。


元々肌の質感は非常によかったので、本来は不要だったのかもしれないのだが…

悠平の美へのこだわりがそれを許さなかったのか、うっすらではあるものの、その上質な肌の質感がより強調されるように手を加えられている。


今の龍馬は、普段の誰が見ても陰キャな状態とは非常にかけ離れた…

道を歩いているだけで多くの異性の目を惹き、その心を奪い去るであろう、長身痩躯な極上の美少年へと変貌を果たしている。


当の龍馬は、顔に何やらいろいろ手を加えられ、塗られたりしていることでその感覚が非常に違和感を醸し出しており、ついつい手で触ってしまいそうになる。

もうすでに今まさに、龍馬の指がその顔を触ろうとしていたのだが…




「!ほらほら龍馬くん!今メイクしたところなんだから、触ったらだめじゃない!」




それを目ざとく見ていた悠平が、悪いことをした子供を叱る母親のように龍馬を咎める。

先程からよほどメイクされた自分の顔に違和感があるのか、何度言っても一向にその手が顔に触りたくてたまらない、という様子を見せている為…

せっかく施したばかりのメイクを崩されてはたまらないと、悠平は過敏に龍馬に注意しているのだ。


「……顔にすっげえ違和感あるから、正直うっとうしいんだが…」

「だめだめ!あなたここに何しに来てるの?モデルとして、見栄えよく撮影されにきてるんでしょ!?」

「……別にメイクなんて、いらねえと思うんだが……」

「!この子ったら、ほんとに!それだけの極上素材を誰にも見られないように隠してる方が罪なのよ!あたしその顔見て、ほんっとに気合入っちゃったんだから!」

「……なあ、もう帰っていいか?」

「!何を寝ぼけたことを言ってるのかしらほんと!これからよ!これからが、龍馬くんのお仕事の本番じゃないの!」

「……はあ……帰りてえ…」


顔の違和感が非常にうっとうしく、龍馬はすでに今すぐにでも家に帰りたくてたまらなくなっている。

そのうっとうしい箇所を触って気を紛らわせたいのだが、当然ながらスタイリストである悠平がそんなことを許してくれるはずもなく、きーきーと気が乗らないどころかモチベーションが最悪の状態にまでなっている龍馬にお叱りの言葉を叩きつけ、一切の妥協を許さない。


そんな悠平のテンションに、龍馬はげんなりとしてしまい、ますます家に帰りたくなってしまう。


「あはは…ごめんね悠平くん」

「はあ……素材は極上なのに、中身がこんなにも問題児だなんて…普通自分がもっと見栄えが良くなって、もしかしたら女の子にモテるかも、なんて思ったらもっと食いついてくるはずなのに…はあ……」

「あの子、自分も含めて見てくれとか、まるで興味がない子なのよ。本当の意味で、本質的なところしか見ないし、そこにしか価値観がない子なの。おまけに自分が目立とうなんてこれっぽっちも思ってなくて、逆にそういうのを嫌ってる節まである子なのよ」

「……凛花ちゃん……そんな子をよくここまで連れてこられたわねえ……あたしだったら、無理やり引きずってでも連れてくるくらいしか思いつかないわよこんなの…」

「あはは……私はあの子の役に立つことが、とりあえずはできてるから、それで、ね?……」

「…なるほどねえ…」


帰りてえ、と呪詛のようにぶつぶつとつぶやく龍馬を見て、思わずぐったりとしてしまう悠平に、凛花が声をかける。

その凛花から、龍馬がいかに見てくれに興味がなく、自分自身を目立たせようとする気もない人間なのかを聞かされ、悠平は心底凛花がよく龍馬にモデルの仕事を依頼して、しかもここまで連れてこられたと思ってしまう。


凛花がぽつりと、自分がとりあえずは龍馬の役に立てているからだと漏らしたのを聞いて、悠平は納得の表情を見せる。


「天は二物を与えず、ってほんとなのねえ……あの容姿で、お肌のコンディションもめちゃくちゃよかったし……本人がその気になれば、モデルの仕事なんかいくらでも舞い込んでくるの確実なのにねえ……もったいないわあ……」

「でも、悠平くん」

「?何かしら?」

「龍馬くん、天から二物も三物も与えられてる子だって私は思ってるわよ?」

「?なんで?」

「それはね――――」


凛花は、悠平に自分が知っている限りの龍馬のことを説明し始める。


人間の領域を遥かに超えた人外の強さを誇っており、十数人程度の半端な不良やチンピラなんかは、戦闘にもならない一方的な蹂躙劇が繰り広げられて、最終的には誰もが怯えて命乞いまでする程の戦闘能力の持ち主であること。

コンピュータを扱う技術が非常に高く、自身でいくつものスマホやPCで使えるお役立ちツールやソフトなどを生み出してオンラインショップで展開、それらがかなりのヒットをしていること。

それと同様に、ウェブ素材や広告用の素材なども、自身で描いたりコンピュータ上で作成したりしてオンラインショップで展開、それらもかなりのヒットをしていること。

さらには、家事全般が得意で、そのスキルは非常に高く、家事ヘルパーとしても成功間違いなしの腕前であること。


加えて、自身が生み出したものによる収入はかなりのものであり、その年収は下手な企業の年間売上をも上回るほどであること。


それらを凛花は悠平に、まるで自分のことを自慢するかのように話していく。


「……聞いてるだけでも末恐ろしいわね……なんでそんな子が、学校にも行かずにそんなことしてるのかしら?」

「本人は、開発や創作がすごく好きでやってるって言ってるし、家事全般も見てるとかなり好きみたいだしね。あまり突っ込んだことは聞けないから知らないけど…龍馬くん、ご両親も家族もいなくて天涯孤独みたいだから……」

「!あの子、まだ十七歳って言ってたわよね?なのにたった一人でそこまでのことができてるの?」

「…むしろ、あそこまでの能力を手に入れることができたのかな、って私は思うの」

「?え?」

「…自分を助けてくれる人、自分に何かを教えてくれる人…そういう人が身近にまるでいなくて、明日をも知れない逆境にずっとその身一つで抗って、戦い続けてきたから、ここまでの能力を手に入れられたんじゃないかな、って思うの」

「!…………」


凛花がしんみりとした様子で、ぽつりぽつりと漏らす龍馬の個性パーソナリティを聞かされ、悠平は龍馬をどこか自分達とは隔絶された世界で生きてきた存在のように思えてしまう。


「…だから、自分にも他人にも無頓着で、興味もなくて…地頭すごくいいし、いろんなこと知ってるけど世間知らずで…家族の温かさとか、人との触れ合いとか何一つ知らないで…そのせいですごく浮世離れしてるから、彼……」

「…分かるわあ、その話。そのおかげで、あたしのような人間に対しても偏見を持たずに接してくれる、って言うのはあるけどねえ」

「…そうなの。その割にはすっごく律儀で、私が龍馬くんの要求に応えて、必要なものを提供したら、彼、普段の仕事している時よりも高額な報酬もくれて、しかもかかった経費全額負担までしてくれるのよ」

「!うっそでしょ!それ、超優良顧客じゃない!」

「ほんとよもう…そもそも私が龍馬くんの要求に応える対価として、今日みたいなモデルの仕事の依頼をさせてもらう体の話だったのに、これじゃ私が一方的にもらい過ぎてる感じなのよ」


そこまでを凛花が話し終えたら、悠平の顔に心なしか何やらきらきらとした希望のようなものが浮かんでいる。


「?ど、どうしたの?悠平くん?」

「凛花ちゃん!あたしも龍馬くんのお役に立てることって、ないかしら?」

「?はあ?」

「もお~!凛花ちゃんったら!いつの間にそんな優良顧客掴んでたのよ!それならあたしにも一声かけてほしかったわ!」

「な、何言ってるの?悠平くん?」

「あたし欲しかったのよね!龍馬くんみたいな、『口は出さないが金は出す』って感じの依頼主クライアント!ヤバ……龍馬くんって、ほんとあたしの理想の依頼主クライアントだわ!」


一人で勝手に盛り上がっている悠平のテンションに、凛花はたじたじとしてしまっている。


悠平はスタイリストと言うこともあり、人と関わることは必須な職業。

その中で、料金や仕事の内容にやたら文句を言われたり、自分の方が上の立場だと振りかざしてくる人間には、ないことないことを言われたり、その上それをSNS上で発信するなどと、脅しをかけられたことも一度や二度ではなく、非常に多々ある。


しかも、自分のオネエキャラが原因で出先に出向いたその時にその仕事をフイにされたことも、一度や二度ではない。


そのような出来事に、悠平は内心、非常に辟易してしまっている。


だからこそ、凛花から聞いた龍馬のスタンスは、自分の理想とする『口は出さないが金は出す』を地で行くスタンスである為…

今後のことを考えて、是が非でも龍馬といい関係を結んでおきたいと、打算的な考えがその頭を埋め尽くしてしまっている。


「で、でも悠平くん」

「?何よ?」

「目立つことも着飾ることも好まなくて、むしろ嫌ってる龍馬くんに、スタイリストの悠平くんがしてあげられることって、あるの?」

「!!そ、そんな……」


龍馬と契約を締結することで、この先バラ色の人生が待っていると舞い上がっていた悠平に、凛花が至極当然の一言をぽつり。


その一言に、悠平はまさに天国から地獄に突き落とされたかのような、落差の激しい表情を浮かべてしまう。

見てくれにはまるで興味を持たず、目立つことを嫌う龍馬は、美を追求し、自分もそうだが人の見栄えをよくし、人からの羨望を浴びることに言いようのない達成感と快感を覚える人種である悠平にとって、まさに水と油のような存在。


自分にとっては、理想の中の理想と言える程に素晴らしい依頼主クライアントとなってくれるであろう龍馬なのに…

その龍馬に対して、自分がスタイリストである以上龍馬の望むものを提供できないと知り、愕然としてしまう。


「り、凛花ちゃんお願い!龍馬くんに、スタイリストが入用な要望がないか、聞いて!」

「ど、どうしたのよ急に…」

「だってだって!こんな超優良顧客を逃すだなんて!あたしにとっては死活問題なのよ!」

「って言われても…」

「ちょ、凛花ちゃんばっかり龍馬くんを独り占めしようだなんてずるいわよ!あたしにも!あたしにも!」

「ちょ、お、落ち着いてってば!」


しかし、どうしても龍馬に自分の顧客になってもらうことを諦めきれない悠平は、凛花に縋るようにお願いして龍馬にスタイリストである自分ができることはないかと、聞き込みを懇願し始める。


鬼気迫る圧の悠平に、凛花はドン引きしてしまっており…

二人してわいわいと言い合ってしまっている。


「……帰りてえ……」


そんな二人を、『何してんだ全く』と言わんばかりのジト目で見つつも…

メイクを施された顔の違和感にげんなりしてしまい、一秒でも早く家に帰りたいと憂鬱になってしまっている龍馬なので、あった。

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