第22話 ……聞いてもいいか?

「…………」

「ちょっと…なんて仏頂面してんのよ…」

「……今から俺が、撮影されると思うと憂鬱になってな……」

「?興味ないことには、至って無感動無関心な龍馬くんが?」

「……写真って、魂抜かれるって言うじゃねえか……」

「!ちょ!……(やば…今めっちゃ可愛く見えちゃったじゃない!なんでこんなとこで不意打ちで天然発言なんかしてくんのよこの子!?)」


龍馬は今、互いの利害関係の一致と言うことでビジネスパートナーとしての関係を結んでいる凛花に車で連れられ…

都内にある、外観も立地も高級なビルの三階にある、とあるフォトスタジオに来ている。

外見の綺麗さ、高級感と相まって濁りのない白に塗られた、清潔感のあるスタジオの控室で待機している中、龍馬と凛花が冒頭のやりとりをしていた。

そのやりとりの中で、普段は怖いものなどありはしないと言わんばかりにマイペースで能面で理知的な龍馬が、今時子供でも信じていないような迷信を信じている発言に、凛花は内心悶えてしまっていたのだが。


その龍馬が、誰かの目に映ることを生業とする人間の最高の瞬間を切り抜き、一つの芸術品として完成させることを生業とする、このフォトスタジオと言う空間にその身を運んでいるのは、凛花からの依頼でモデルとしての撮影が入ったから。


凛花が日頃提供してくれる、自分ならまず行かないであろう場所や建造物、自然物や人工物などの写真のおかげで、龍馬はますます開発や創作のインスピレーションが刺激され、今まで以上に楽しく仕事に取り組むことができている。


そうして、凛花に宣言通り、否、宣言以上の提供をしてもらっており…

それによって自身のワークライフをより充実させてもらっていることに、素直に恩義を感じているのもあって…

自身を写真撮影されるなど非常に不本意ではあるものの、それだけで恩人である凛花の頼みを断ることなど、根は律儀で真面目な龍馬にできるはずもなく…

その為、渋々ながらも凛花の意向のままに、このフォトスタジオまで同行することとなったのだ。


「…それにしても、龍馬くん今日はモデルとして撮影するんだから、もうちょっとマシな服なかったの?」

「……俺、年中これで通してるんだが?」

「…はあ……そうよね……あなたが自分を着飾ることに興味なんて…あるわけないよね……」

「……まあな」

「でも、それでも…それでも!」

「……なんだよ…その『もったいない!あまりにももったいない!』って言ってるような顔は」

「そういうのは分かるくせに!なんでこの子、ほんと……」


そんな龍馬の今の服装…

無地の黒ずくめの、ゆったりとしたサイズのトレーナーにジーンズ、スニーカーと言う…

仮にもファッションモデルとして来ている人間のチョイスとは思えない服装に、凛花はジト目を向けながら、苦言として言葉にする。


だが、当の龍馬からは年中これしか着ない、と言う発言が飛び出し、おおむね予想はしていたものの、やはり実際にそう言われると溜息しか出なくなってしまう。

そんなゆったりサイズの服装でありながらも、全身黒ずくめと言うこともあり、龍馬の日本人離れした長い脚や、細見でありながらも筋肉質なスタイルは、異性である凛花から見ていても非常に眼福と言えてしまう。


だからこそ、その見事なスタイルをこんな何の飾り気もない服装で隠してしまっていることが、凛花にはあまりにももったいなさ過ぎて悔しくなってしまう。


「それと、せっかくモデルとして撮影するんだから、そのうざったくなってる髪もちゃんとセットしてもらうからね?」

「?……え?なんでだ?」

「なんでって…そうしないと龍馬くんの超絶イケメンフェイスが見れないじゃない」


そして、いつもながらに龍馬の人並み以上に整った顔を覆い隠す、無造作に伸びた黒髪についても、凛花はモデルとして映えるようにきちんとセットしてもらうことを龍馬に告げる。


それを告げられた当の龍馬は、心底何を言っているのか分からない、と言った様子で間の抜けた返しをしてしまうのだが。


「?……何で指定された服着て突っ立ってるだけなのに、顔なんか見せる必要があるんだ?」

「…龍馬くん、それ本気で言ってる?」

「?……違うのか?」

「ぜんっぜん違います~!!龍馬くんみたいなイケメンが、顔隠しても何にもいい事なんかないの!!龍馬くんみたいなイケメンが着ることに意味があるのよ!!」

「?……俺が、イケメン?こんな、何の変哲もないツラが?」

「!うそ……まさか自覚がなかったなんて……」

「……だいたい、知らねえ奴とかどうでもいい奴に顔いちいち見られんの、うざってんだが……」

「……あああ……どうしてこの子はこんなに……」


地頭のよさは間違いなく飛びぬけており、己が興味を持つ分野に関する知識は、それに人生をかけてきた専門家でも舌を巻く程のものがある龍馬なのだが…

それ以外の、興味を示せないことに関してはとことん無知で無関心。


しかも、その心に強く根付いている実用性主義が、人の評価にもつながっており…

見てくれにこれと言った価値観がなく、どれだけ人の役に立てるのか、どれだけ自分にとって利益があるのか、といったところにのみ価値観を置いている節がある。


それは、自身の自己評価に関しても変わらず…

その為、自分の容姿に関してもこれと言った評価をしていない。

そもそも、評価をするだけの興味もない。


さらには、常に弱肉強食の理にその身を置いて生きてきたこともあり…

自分以外の人間への興味が、壊滅的な程にない。


敵ならば殺す。

そうでなくても、興味がなければどうでもいい。

興味が出たなら、それなりに相手はする。


まさにこれだけ。


そんな龍馬に、普通にこの日本に生きる人間と同じような感性、常識を期待する方がおかしいのは、そろそろ龍馬との関係もある程度は構築できてきている凛花は分かるのだが…

それでも、いくらなんでもと言う気持ちの方が強くなってしまう。




「はいは~い!!失礼するわよ~!!」




そんな風に、何も知らない幼い子供のようにきょとんとした表情を浮かべている龍馬に、ほとほと疲れ切ってしまった凛花。

そこに、二人がいる控室に、勢いよく飛び込んでくる人影。


「はろ~!!凛花ちゃんお待たせ~!!」

「お久しぶりです~!!」


その乱入者を見て、グロッキー状態だった凛花の表情がぱあっと明るくなり…

和気あいあいとした空気を出しながら、二人共気軽な挨拶を交わす。


「?……ん?」


そんな乱入者を見て、龍馬は自分の視覚情報と認識がおかしいのか、と言わんばかりに首を傾げてしまう。


その耳に聞こえる口調は、確かに女性的なもの。

だが、声そのものは意図的に高音を意識しているようではあるが低く、明らかに男であることが分かる。


しかも、ふんわりと香りのいい香水をつけていて、その整った顔立ちをさらに見栄えよくするべく、ナチュラルなメイクまで施しているものの…

体格は細くは見えるが、それなりにがっちりとしており、身長も平均的な女性と比べると明らかに高い。

むしろ成人男性の平均と比べても高いと言えるだろう。


ちぐはぐ。

龍馬はその人物を見て、まさにそれを思ってしまい…

しかしそれが龍馬の興味をそそるのか、ついつい学術的興味津々の目でじろじろと見てしまう。


「あらあら、あの子が今日、凛花ちゃんが連れてきたモデルさん?」

「そうなの!」

「へえ~、ぱっと見冴えないし、なんだかよく分からない視線をあたしにくれちゃってるけど…スタイルはよさそうねえ…」

「大丈夫!この私が無理やり口説き落として、無理やりここまで来てもらったんだから!むしろ逸材よ!」

「あらまあ、凛花ちゃんがそこまで言うなんて珍しいわね~。これは期待してもいいのかしら?」

「もちろん!今からメイクとかするんでしょ?絶対驚くわよ?」


普段から仲のいい二人であることが伺える、フランクなやりとりも含めて、龍馬は無遠慮にじろじろと控室に入ってきた男を見ている。


男の方も、フォトグラファーと言う職業柄、滅多に人の容姿を絶賛しないはずの凛花が絶賛する龍馬に、興味津々と言った視線を送る。

そして、凛花とのやりとりを一通り終えると、その足で龍馬の方へと近寄っていく。


「あなたが今日のモデルさんね!初めまして!あたしは今日、あなたのスタイリストをさせてもらう、椎名しいな 悠平ゆうへいって言うの!よろしくね!」


人当たりがよく、コミュニケーション能力も高いことが伺える…

心なしかバックにきらきらとしたものが見えそうな程の爽やかな自己紹介と共に、悠平は龍馬との初交流とこれからの親交を願う握手を求めて、その男らしくも綺麗に磨かれた右手を龍馬に差し出す。


「?……あ、ああ…神崎 龍馬だ……よろしく頼む」


椎名 悠平と名乗った男が女性の口調をしていること。

差し出された右手に、女性が好んで使うような付け爪、そしてそれに可愛らしさを印象付けるネイルアートがされていること。

悠平のそんなちぐはぐさに、龍馬は戸惑いながらおそるおそると右手を差し出し、求められた握手に応える。


「あら~…普段は竹を割ったように、何に対してもはっきりしてる龍馬くんがそんな風に戸惑うなんて…珍しいわね~」

「あらそうなの?ちょっと陰キャっぽいから、これが素なのかと思っちゃったわ」

「それがこの子、普段はぜんっぜんそんなことないのよ!私に対してももう、言いたい放題だし!」

「へえ~…そうなのね~…」


何に対しても、竹を割ったようにはっきりとしている龍馬が動揺する姿など、凛花は見たことがなかったので心底珍しい、と言った表情で龍馬を見ている。

悠平はその言葉に、少し自分が感じたのと違う印象を受けながらも、凛花が愚痴っぽく吐き出した龍馬との普段のやりとりを聞かされて、ますます興味が沸いてきたと言う表情を浮かべる。


「で、龍馬くんだっけ?何か、戸惑うことでもあったのかしら?」


ぱっと見では、何を考えているのかがいまいち読めない龍馬に対して興味が勝ったのか、悠平はストレートに龍馬が戸惑う理由を聞いてみた。


「……あんた、男…だよな?」

「?ええ、そうよ?」

「……なんで、女の口調なんて、してんだ?」


悠平の問いかけに、龍馬はまたしても普段の姿とはかけ離れた、戸惑う姿を見せながら、自分が思った疑問を素直に言葉にする。


「ああこれ!もしかして、それで戸惑ってたの?」

「え?龍馬くんもしかして、悠平くんの口調に戸惑ってたわけ?」

「……ああ」

「ええ?なんでなんで?」

「あ、それあたしも聞いてみたいわ」

「……声も、姿形も男なのに、口調は女で…しかもそれが妙に自然だったからな…もしかして、中身が本当に女なのかって思って…よく分からなかったんだ…」

「え?龍馬くんオネエって知らないの?」

「?……オネエ?なんだそれ?」

「この悠平くんみたいに、男だけど女みたいに装ったり振る舞ったりする人のことをそういうのよ。まあ、本当に中身…精神が女性だったりって言う人もいるけど、悠平くんのはただのキャラ付けね」

「ちょっと凛花ちゃん、それってさらりと言い過ぎじゃない?……まあ、間違ってないんだけどね」


龍馬の答えに、凛花も悠平も呆気にとられたような表情を浮かべてしまう。

そして、そういう人種がいることをさらりと凛花は、龍馬に伝える。


だが、それを聞いても未だ分からないのか、龍馬は興味津々な視線を向けながらも、考え込むような表情を浮かべている。


「……聞いてもいいか?」

「あら?もしかしてオネエさんに興味沸いてきちゃった?」

「……なんで、そんなことするんだ?」

「?なんでって…このキャラのこと?」

「……ああ…なんでわざわざ、違う性別の方にキャラを作ってるのか、それが俺には全く分からなくてな…なんで、そんなことをする必要があるのかが…」


この一言を聞いた時、凛花は龍馬が戸惑う理由をなんとなくだが察することができた。


常に必要最低限で、生きるか死ぬかの世界で生きていて…

無駄な事を嫌い、遊び心を持たない龍馬には、キャラ付けと言うものがまるで分からないのだ、と。

それにどんな必要性があるのかが、分からないのだ、と。

その分からないことに興味がありつつも、自分の人生観にはまるでない、突拍子もないことだったから、戸惑ってしまったのだ、と。


そんな龍馬に、悠平は一瞬呆気にとられつつも、すぐに穏やかな笑顔を浮かべながら言葉を発していく。


「え?そんなの、やってて楽しいから、が一番よね~」

「?……楽しい…のか?」

「ええ!本来の自分じゃない自分に出会えるって言うのかしらねえ…いつもと違う自分を演じるのが、なんか楽しくてハマっちゃったのよねえ」

「……そうなのか」

「あ、あとね!そうすることでメリットもあるのよねえ」

「?……そんなの、あるのか?」

「ええ!あたしは職業柄、女の子にもスタイリストとして仕事するんだけど…やっぱり男に髪を触られたり、身体に触れられたりするのが苦手な子も多いのよねえ…」

「?……なんでなんだ?仕事だろ?」

「そうなのよ…でもねえ、いくら仕事って言っても、男と二人でこんな密室にいることもあるじゃない。だから、仕事って称して自分がもしかしたらいやらしいことされちゃうかも、って思って警戒しちゃう子もいるのよ」

「……そんなもん、なのか?」

「そうなのよ!だからこんなキャラで接して、上辺でも『自分は普通の男と違う』『普通の男と違って女の子に興味がない』みたいな印象を植え付けてあげると、これが思いのほか心を開いてくれたりするのよねえ!それだけじゃなくてその後の指名ももらえたり、個人的にも仲良くなって、コスメとかの話題で盛り上がれたりするのよねえ!」

「……なるほど…そういうのも、あるんだな。奥が深いな、キャラ付けって…」


悠平がぽんぽんと返してくる答えに、最初は不思議に思うことが多かった龍馬だが…

聞いていく内に、なるほどと素直に思えるようになっていた。


「あたしからすれば、あなたの方も珍しいわよ?」

「?……なんでだ?」

「あたしこんなキャラで通しちゃってるから、やっぱり『気持ち悪い』とか『男のくせに』とか言われることも少なくないのよねえ…今はさほどでもないけど、それでもやっぱり変に思われることはあるわね」

「?……さっぱりわからん…」

「だからあたしを見ても、ちぐはぐに感じたり戸惑ったりはしてたけど…それでもそういう嫌な見方…偏見ってなかったじゃない?だから珍しいって思ってね?」




「?……なんで男が、女の口調してただけで『気持ち悪い』とか思うんだ?」




「!!え……」

「……確かに最初見た時に戸惑いはしたが、結局のところキャラを作ってるだけなんだろ?しかも自分が楽しいとか、仕事にも役に立つとか、明確な理由まであったじゃないか」

「…………」

「……なら、俺はそういうのは一つの武器、だとは思うけどなあ…」


戸惑いはしつつも、決して嫌な見方、偏見などは向けてこなかった龍馬に、逆に聞き返す悠平。

だが、龍馬の至極単純な答えに、悠平は逆に驚いてしまう。

しかも、聞いた理由が龍馬にとって確かなものだったこともあり、得心が言ったと言う表情を浮かべ、肯定的な言葉まで返してくれている。


「……凛花ちゃん」

「?どうしたの?」

「彼、面白いわね」

「!そうでしょう?」


悠平は、そんな龍馬にとことん興味を持ったのか…

目の前のぱっと見陰キャな龍馬を、どう見栄えよくしてやろうかと、わくわくしながらイメージを作り始めるので、あった。

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