第21話 どうでもいいことでイライラしすぎてたな…
「おい、そこの陰キャ」
先程、自分にとっては存在自体がどうでもいいようなギャル達に絡まれ…
しかしそのギャル達に、まるで生まれてきたことすら後悔させてしまう程の手ひどい言葉をぶつけて、その場を後にした龍馬。
もうとっくに彼の頭からは、そんなギャル達のことなど消え去っており…
目的の買い物も終えたので、そのままその足で自宅へと帰っている、まさにその最中。
長身でスラリとした、目立つ容姿のイケメンが、あからさまに龍馬を見下すような、上から見下ろす仕草を取りながら、龍馬に声をかける。
「…………」
しかし案の定、これからやろうとしていることで思考がフル回転中の龍馬は、そんなイケメンの声に気づくこともなく、そのまま足を進めていく。
「お、おい!お前だよお前!待てよこの陰キャ!」
自分の言葉がまるで耳に入っていない龍馬に、自分が無視されたと思い…
イケメンはその苛立ちを隠そうともせず、つかつかと龍馬に寄っていき、それ以上は行かせないと言わんばかりに龍馬の左肩を掴んで、その足を止めようとする。
「…………」
だが先程、自分にとって有象無象な存在に等しいギャル達に、自分の進行を邪魔されたこともあったのか…
自分の肩を掴む輩の存在に気付いているにも関わらず、そのまま無視して自分の家へと帰ろうとする龍馬。
「!ぐ!な、なんだこの力……と、止まらない!……」
イケメンは、自分が全身全霊の力で、目の前の男の足を止めようとしているにも関わらず、そんな妨害などあってないような物、と言わんばかりに歩くことをやめない龍馬に驚愕の表情を見せてしまう。
当の龍馬は、自分にとっては進行妨害にすらならないようなものなど、意識に留めること自体が無駄だと捉え…
どこの馬の骨とも分からないイケメンが、両手どころかその全身を使って懸命に自分の歩みを止めようとしていることにも全く無関心のまま、これからの作業についての思考に没頭しつつ、自宅へと足を進めていく。
「お、おい止まれ!止まれっていってんだろうが!この陰キャが!」
自分と似たような体格で、力強さをまるで感じさせない龍馬から、これ程の剛力が出ていることに驚きつつも、己の思うようにならない苛立ちの方が大きいのか…
龍馬の無造作に束ねている長い髪を鷲掴みにし、それを引っ張って止めようとする。
「へ、へへ!早く止まらねえと、この女みてえに長い髪がちぎれちまうぞ!」
髪を掴まれて、ようやく龍馬が思考に没頭していた意識を現実に向けたのか…
そこで歩くのを止めてしまう。
それを見たイケメンが、勝ち誇ったような下卑た笑みを見せる。
「ったく、この僕を手間取らせるなんて、このクソ陰キャが……おい…!むぐっ!!??」
ようやく歩みを止めた龍馬に対し、あくまで見下す態度を取り続けるイケメン。
高圧的な態度で、足を止めた龍馬に再度声をかけようとするのだが…
その声は、最後まで紡がれることはなく…
その自慢の顔を、龍馬の右手に鷲掴みにされ、その身体を軽々と持ち上げられてしまう。
「む、むぐっ!ぐ、ぐうううううっ!!!!」
そして、自分の顔を鷲掴みにしているその右手から、まるで自分の頭を握り潰すかのような剛力が、じょじょに込められていく。
「……なんだ?てめえ…何俺の邪魔しようとしてんだ?…」
そして、その耳にしただけで全身が呪われてしまいそうな程の、地の底から響いてくるような…
それでいて怜悧冷徹で、人を人とも思っていないような恐ろしい声が、イケメンの耳に響いてくる。
先程、その存在すらどうでもいいようなギャル達にも、自分の歩みを止められたこともあり…
その上、同じ道を今度は帰り道として歩いているだけで、またしても自分の歩みを邪魔する輩が現れたことに、龍馬は心底不機嫌になってしまっている。
もう今すぐにでも、その右手が掴んでいるイケメンの頭を握りつぶしてしまいたくなるほどに。
「む、むぐううううっ!!!!むぐぐぐうううううっ!!??」
視線だけで人を殺せそうな程に剣呑な龍馬の睨みに、イケメンの心は一瞬にして、絶望と恐怖に支配されてしまう。
目の前の男と、自分は同程度の身長のはずなのに、足が地に着かなくなる程に持ち上げられ、その顔を握り潰されそうになっている。
刻々と迫ってくる死への恐怖に、男の心が悲鳴を上げ続けてる。
その両腕を使って、無理やりにでも龍馬の右手を外そうとするのだが…
両手で外そうとしているにも関わらず、外れるどころかさらにその圧力が増してくる始末。
殺される。
イケメンは今まさに、それを実感してしまっている。
文字通り、自分の命が風前の灯火となっている。
「……おっと」
だが、それまでの殺意に満ちた空気が嘘のように、どこか間の抜けた声を上げて、何事もなかったかのように自分が掴み上げていたイケメンの身体を、無造作に落とす龍馬。
「あ、ぐあ……」
自身の頭蓋がみしみしと悲鳴を上げていて、あと少し力を込められたら本当に、この頭が爆ぜてしまっていたかもしれない。
それ程の剛力から寸前で解放されたものの、まともに声を上げることもできずに、その顔を抑えてうずくまっているイケメン。
「……いかんいかん…どうでもいいことでイライラしすぎてたな…」
「あ、がが……」
「……ったく、この道はマジで鬼門か何かか?何で俺が通りかかったら、必ずってくらい誰かが絡んでくるんだよ…」
「ぐぐ、ぐあ……」
「……はあ…マジでスーパーまで出向くのやめて、全部ネットでポチった方がいいかもな……」
頭蓋が悲鳴を上げるほどの剛力で、圧力をかけられていた為、その激痛で口もろくに回らない状態になっているイケメン。
龍馬は、そんなイケメンに視線すら向けず、むやみやたらに苛立っていたことを反省する。
そして、現状で純度九割と言えるレベルの引きこもりから、純度十割の純正引きこもりになる宣言をぽろっと漏らしつつ、自宅へと足を進めていく。
「ぐ、ぐあ……こ、こらあ!!待てって言ってんだろうが!!」
だが、そこでようやく呂律が回るようになってきたイケメンが…
先程文字通りの命の危機に晒されたにも関わらず、高圧的な態度を崩すことなく龍馬に突っかかってくる。
「……あ?」
またしても自宅への帰路を邪魔されたことにより…
ようやく落ち着いたはずの龍馬の雰囲気が、またしても剣呑なものとなっていく。
「て、てめえ!何いきなり人の顔、握り潰そうとしてんだ!ふざけやがって!」
「…………」
「てめえみたいな陰キャと違って、僕は将来を約束された存在なんだぞ!全く!」
「…………」
「なんだその目は!僕が嘘ついてるとでも言いたいのか!?僕はな、あの一之宮財閥の現当主の親戚なんだぞ!」
「…………」
「僕の親父はなあ!一之宮財閥グループの大企業の一つを任されている社長なんだよ!しゃ・ちょ・う!つまり僕は、次期社長ってことなんだよ!」
「…………」
「分かるか!?てめえみたいなどこの馬の骨とも分からない陰キャとは、格が違うんだよ格が!なのにあんなふざけた真似をしやがって!」
龍馬からすれば、どうでもいいような有象無象の存在であるイケメンが…
聞いてもいないことをペラペラとしゃべり始める。
龍馬と因縁のある一之宮財閥の縁者であり、その中の一企業を父親が任される程の人物であり、自分がそこの次期社長だなどと、龍馬からすればどうでもいいことを、これでもかと言う程自慢げに話し続ける。
先程、目の前の存在に、自分の命を無造作に散らされかけたことなど、もうその頭の中からは消去されているようだ。
「…………」
そして、目の前のイケメンが、自分にとって心底どうでもいいようなことを喚きたてればたてる程、龍馬の表情が、凍てつく程に冷めたものへと変わっていく。
早く家帰って、作業の続きをしたい。
そんなささやかな龍馬の願いを踏みにじるかのように、あくまで自身が絶対的な存在だと信じてやまない目の前の男が邪魔をし続ける。
「ちっ!なんだその目は!てめえ、この僕に対してそんな態度とっていいとか思ってんのか!」
「…………」
「僕はな!将来が約束されている身なんだよ!てめえみたいな、死んだところで誰も分からないようなちっぽけな存在とは、レベルが違うんだよ!」
「…………」
「ほら!分かったなら謝罪しろ!この地べたに頭擦り付けて、僕に許しを請うんだ!」
「…………」
「そうすれば、てめえが僕にしたこと、許してやらんでもないけどなあ!?」
イケメンのひどく稚拙な演説は、留まるところを知らない。
その洗練された外見とは裏腹な、あまりにも幼稚で醜悪な中身をひけらかしているその姿を、龍馬は心底滑稽だと思ってしまう。
「……で?」
吐き捨てるかのように、龍馬が声にしたその一言。
それだけで、イケメンはその勢いを止められてしまう。
「で、だと!?」
「……さっきから聞いてれば、ずいぶんめでてえ頭してるな、って思ってな」
「!な、なんだと!?」
「……てめえがさっきから自慢気に言ってるもんだが……」
「……それは、一つでも自分の力だけで得たもんなのか?」
龍馬の何気ない…
しかし、それでいて一切のごまかしを許さない、そんな指摘の一言。
「!!ぐ!!??」
その一言に、男は完全に黙らされてしまう。
「……てめえの親父が、どっかの一流企業の社長ってことは、まあ分かったよ。だがな…それはあくまで、てめえの親父のことだろ?」
「!!ぐ……」
「……それはあくまでてめえの親父のもんであって、てめえのもんじゃねえ…なのに何、てめえがその力で得たもんみたいな言い方してんだ?あ?」
「!!う……」
「……将来が約束されてるだ?笑わせんな……てめえみてえな、親の威光を借りなければ人に物一つすら言えねえゴミカスの将来なんぞ、どこに約束されてんだよ?」
「!!!!て、てめえ……」
「……いいとこの坊ちゃんとして生まれただけで人生約束されてる?そんな甘っちょろい考えしかねえ奴に、誰が大勢の人間の人生が乗ってる船を引き継がせようとすんだ?頭沸いてんのか?」
「!!ぐぐぐ……」
「……てめえの親父が真っ当な人物なら、今のてめえを見てそんなこと考えるはずもねえ…どれだけてめえが猫被ってようが、本質なんて見る人間が見ればすぐに分かるはずだしな…」
「!!!!そ、そんな……」
「……その様子だと、さんざん家の威光を借りて好き放題やってるだけみてえだしな……てめえ自身でてめえの評価どころか、てめえの親父…ひいてはその親父の会社の評価まで下げてることにも気づかねえ……それを甘ったれのゴミカスって言わずに、なんて言うんだ?あ?」
「!!!!…………」
「……少なくとも、俺がてめえの親父だったらてめえなんぞ、会社引き継がせるどころか即親子の縁切ってやるな。こんな見てくれだけで中身なんもねえ出涸らしに期待することなんか、塵一つすらねえ」
「!!!!…………」
容赦なく降り注ぐ、龍馬の言葉での糾弾の嵐。
最初は怒りに任せて反論しようと言う姿勢が見えたイケメンも、龍馬の糾弾が続いていくとそれすらなくなっていき…
最終的には言葉すら出せなくなっていった。
「……ふん…この程度でもうおしまいか……」
「…………」
「……人の事いちいち蔑んでる暇があったら、少しでも自分を磨く努力した方がいいんじゃねえのか?そもそもそんなことしてる時点で、自分に自信がないって言ってるようなもんじゃねえか」
「…………」
「……まあ、俺には関係ない事だ。これ以上てめえに関わってたって、俺には時間の無駄以外の何者でもねえ……」
「!!…………」
「……あばよ」
龍馬の容赦ない糾弾に、イケメンは俯いてわなわなと震えている。
しかし、まるでこれまでの自分を見てきたかのような、的確過ぎる指摘に反論らしい反論すらできない。
だが、龍馬に時間の無駄だと切り捨てられたこと。
これが、彼の琴線に触れた。
「……ざけんじゃねえ!!」
それまで完全にお通夜状態だったイケメンが、急に鬼の形相となって龍馬に掴みかかろうとする。
「僕は偉いんだ!!選ばれた存在なんだ!!てめえみたいな有象無象な陰キャとは、格が違うんだ!!」
「…………」
イケメンの叫びに、龍馬は一瞥するも、すぐに興味を失ったのか…
そのままその場を後にしようとする。
「!!待て!!てめえなんか僕の足元にも及ばないってことを、証明してやる!!」
そんな龍馬にさらに憤ったイケメンは、またしても龍馬の肩をその手で掴み、己の承認欲求を満たそうと絡んでくる。
その瞬間、イケメンの顔に…
まるで火が付いたかのような激痛が走ってしまう。
「!!!!ぐ、ぐべええええっ!!!!」
その身体が、まるで紙切れのように軽々と吹っ飛ばされ…
無様に地面へと投げ出され、倒されてしまう。
「ひぎゃああああああああ!!!!!!!い、痛いいいいいいいいいっ!!!!!!!」
そのあまりの痛みに、みっともなく地面をのたうち回ってしまうイケメン。
「!!!!ごふうううっ!!!!!」
そんなイケメンを無慈悲に踏み潰すかのように、龍馬がその長い左足を勢いよく振り下ろし、その身体を踏んずけてしまう。
「……誰が、誰の足元にも及ばないって?」
そこには、慈悲のかけらも存在しない…
目の前の敵を殲滅する、
見ただけで凍えてしまいそうな、絶対零度の視線で射抜かれ…
虫けらのように力でねじ伏せられ…
イケメンは、恐怖と絶望で心が悲鳴を上げてしまっている。
「……この程度の逆境すら、己の力で切り抜けられねえ奴が、選ばれた存在だと?笑わせんじゃねえ」
そんなイケメンの精神をさらに踏み砕かんがごとくに、龍馬は自分の足元に這いつくばるイケメンを無慈悲に見つめる。
「あ……ああ……」
「……なんだ…さっきの勢いはどこ行ったんだ?」
「ち…違う、んです…」
「?……はあ?」
「あ…あれは…こ、言葉の…綾……なんです……」
「…………」
「ゆ…許して……ください……」
必要とあらば、躊躇いなく人間を殺せるであろう、その冷徹な視線。
そして、逆立ちしても勝てないことがすぐに分かる、その戦闘能力。
たった一撃で心をへし折られ…
蹂躙され、虫けらのように踏み潰された。
イケメンは、龍馬が決して自分などでは逆らうことすら許されない存在だと思ったのか…
先程までの威圧的な態度が一変し、ひたすらに、恥も外聞もなく命乞いをしている。
そんなイケメンに、龍馬は心底呆れてしまう。
「……ふん」
「!!!!!!げ、げほおおおおおっ!!!!!!!」
龍馬は再度、イケメンの腹目掛けてその足を勢いよく落としてしまう。
イケメンはまたしても無様に地べたを這いずり回る羽目となり…
胃の中の内容物を口から逆流させてしまう。
「……とことん、無駄な時間使わせやがって……」
あまりの激痛に地面をのたうち回り続けるイケメンから視線を切り…
今度こそ龍馬は、その場を後にする。
そして、すぐにこの先の作業をどうするか、そのことを考えるのに思考を埋没させ…
早々にここであったことなど、その記憶から忘却してしまうので、あった。
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