第20話 あんた達は一体、何ができるんだ?

「ねえそこのあんた!!」


一週間の穴埋めをわずか数日でこなす、と言う…

明らかに人間である自分の身体のことを度外視した根の詰め方をしていた為…

まるで、すぐにでも肉体から魂が抜け出てしまいそうな程に青白く、やつれてしまっていた龍馬に、凛花がこれでもかと言う程に心配して、盛大にカミナリを落としてしまう、と言う出来事があった日から数日。


さすがに身体が疲れを自覚し始めたのを感じた龍馬は、やたらと不安げな表情を浮かべながら自分のことを心配する凛花をどうにかして自宅に帰すと、すぐに死んでしまったかのように眠ってしまう。


丸二日程、そのまま眠り続けて…

現世を徘徊する幽鬼のような青白さが嘘のように、血色のいい肌の色が戻り…

疲れもとれてすっきりとした状態になった龍馬。


朝起きてから、食事をしようとキッチンに立ったのだが…

凛花をおもてなしした時に、常備していたお菓子などを使ってしまっていたことを思い出し…

面倒くさそうにしながらも、その足で買い物に出かけることにした。


その移動中の龍馬に、冒頭の台詞が投げかけられる。


「…………」


だが、いつものように己がやろうとしていることを、周囲が見えなくなるほどに集中して考え込んでいる為、龍馬はその声にまるで気づくこともなく…

そのまま、足だけが普段から御用達にしている業務用スーパーへと向かって行っている。


自分が投げかけた声にまるで反応がない龍馬を見て、無視されてしまったと思い…

声の主は、一緒にいた連れと共に龍馬の方へと怒りの表情を隠すことなく歩み寄っていく。


「ねえ、聞いてんの!?あんたよ、あんた!」


そして、龍馬の左肩を掴み、自分の方へと向かせようとする。


「……?」


自分の肩を掴まれる感覚を覚え、龍馬は思考に没頭していた意識を現実へと回帰させる。

声のする方へと、気怠そうに視線を向けると…

そこにいるのは、明るい金髪を真っすぐに背中まで伸ばしている、キツい目つきだが見てくれはそれなりにいいギャル風の女子。

大きく隆起している女性の象徴が、胸元が大きく空いたノースリーブのトップスで強調され…

膝よりかなり上の丈のミニスカートから伸びる脚は、異性の目を惹くものとなっている。


その連れとして、似たような風貌のギャルが二人。

一人は派手に赤く染めた髪を頭の後ろで巻いており、肌は日焼けサロンにでも行ってきたかのようにこんがりと焼けている。

もう一人は赤みがかった茶色のショートヘアに健康的な小麦色の肌と、スポーツが得意そうな雰囲気を持っている。


三人共、顔立ちに自信があるのか、メイクはしているのかしていないのか、ぱっと見では分からないほど最低限にしている。

素材そのものは確かにいいが、かといってとび抜けて美人かと言われれば、そうでもないと言う声の方が多そうな、そんな顔立ちをしている。


「……なんか用か?」


自分に絡んできているギャル達を見て、心底面倒くさそうな表情を隠すこともせず…

龍馬はぶっきらぼうに、用件を尋ねる。


「ふ、ふん!何調子こいてんのよこの陰キャ!」

「せっかくあたい達が声かけてやってんのに!」

「女に縁がなさそうなあんたに、こんないい女達が声かけてやってんだから、もっと嬉しそうな顔しろっての!」


龍馬の面倒そうな反応が癇に障ったのか、ギャル達は聞いているだけで不快になりそうな金切声を上げて、ぴーちくぱーちくと龍馬に詰め寄ってくる。


その声に、龍馬の不快指数がさらに上がってしまう。


「……用がねえなら、もう行くぞ」


相手にするだけ無駄だと判断した龍馬は、邪魔だ、と言わんばかりの表情を浮かべながら、本来の目的である買い物をする為、目的地の業務用スーパーへと再び足を進めようとする。


が、それがまた気に食わないのか、ギャル達は龍馬の肩を掴んで離さない。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

「いくらあたい達がいい女だからって、そんなに照れなくてもいいじゃない!」

「むしろ、あんたがここで土下座でもしてお願いしてくれば、一緒に遊んであげなくもないんだけど!」


よほど龍馬のことを貶したいのか、あくまで自分達の方がランクは上だ、と言わんばかりの態度で、龍馬にさらに絡んでくる。


「…………」

「あら、今度はだんまり?」

「そんなに怖がらなくてもいいのに~」

「あんたみたいな陰キャ、どうせこの先も女に縁がない人生送っていくんでしょ?」

「だったら、今あたし達が声かけてあげてる内に、ちょっとでも媚びてくれば、ね?」

「あたい達優しいから、あんたみたいな陰キャとデートとかも、してあげるから、さ?」

「その代わり、うちらみたいないい女とデートできるんだから、遊び金は奮発してくれたら、ってことなのよ?」

「…………」

「ね?いいでしょ?」

「どうせこんな野暮ったい恰好しかできない、ファッションセンス皆無のブサヲタなんて、この先ろくなことにお金使えないんだから、さ?」

「それだったらさ~、うちらみたいないい女と遊ぶのに使った方が、いいんじゃない?」


完全に龍馬を見下して、自分達の方が上だと思い込んでいるギャル達。

龍馬が何も答えないのをいいことに、言いたい放題な状態。


だが、言われている当の龍馬は、どこまでも動じずの無表情。

どことなく、何を言っているのか分からない、と言わんばかりのきょとんとした雰囲気まで醸し出している。


「…ねえ?いい加減なんか言ってくれない?」

「あたい達もさあ、そんな暇じゃないのよねえ?」

「そんな暖簾みたいな前髪で顔隠れてたら、どんな顔してんのかいまいちわかんないんだけど?」


何を言っても暖簾に腕押し、と言った感じで手ごたえのない龍馬に、さすがにギャル達も苛立ちを隠せないでいる。

しかも、龍馬がその前髪の奥から向ける視線が、妙に自分達のことを観察しているようにも思えて、居心地が悪くなってしまっている。

そのせいで、余計に苛立ちが増してしまっているようだ。




「……なあ、聞いてもいいか?」




ここで、感情の抑揚を感じさせない龍馬の声が、彼女達に向けられる。

無の境地、と言われても不思議ではない、どこまでも凪いだ声に、思わず彼女達の身体がびくりとしてしまう。


「は、はあ?」

「な、何よ?聞きたいことって?」

「うちらのこと聞きたいとか?それは、うちらのお財布になってくれたら、考えてもいいけどさ~」


ようやく返ってきた反応が、まるで人間味のないものであることに内心動揺してしまっているものの、あくまで強気で、自分達が上だという振舞いを崩すことなく…

龍馬の声に対して、聞き返してくる。




「……じゃあ聞くが、あんた達は一体、何ができるんだ?」




凛花のように、自ら龍馬に積極的に関わっていった人間なら、その違いに気づくことができたかもしれない。

逆に言えば、そうでない人間から見れば、先程から何も変わらない無表情での、龍馬の問いかけの言葉。

しかし、どことなく好奇心旺盛に、どんな答えを返すのかを楽しみにしているかのような雰囲気が、わずかに見られる。


「?は、はあ?」

「な、何ができるって…」

「ど、どういう意味よ?」

「……言葉通りの意味だよ。料理や掃除とか、家事はできるのか?とか、機械に強いとか、いろいろあるだろ?」


質問の意味を汲み取れず、逆に質問で返してくるギャル達に、今度は呆れ気味の表情を見せる龍馬。

しかしそれでも、特に意に介していないのか、さらに追及してくる。


「え……」

「え、えっと~…」

「そ、それは~…」


だが、純粋に興味から聞いてくる龍馬の問いかけに、彼女達は返せるものが何もないのか…

何もないところに視線を泳がせ、曖昧な言葉で濁そうとしている。


「あ!こ、この見た目!」

「そうそう!陰キャのあんたからしたら、すっごい目の保養になるんじゃないの?」

「でもうちらのこと、もっと見たかったら、うちらのお財布にならないとだめよ!」


それなりに裕福な家庭で育ってきており、さらには女の子と言うことでかなり甘やかされて育ってきている彼女達。

むしろ、これといって何もできないし、成績もよくない…

言うなれば劣等生の彼女達。


しかし、その容姿と愛想の良さで両親や近しい大人達からは可愛がられ、自分達は見てくれの良さだけで天下が取れると、半ば勘違いしてしまっている。


そんな、薄塗のメッキで護られているだけのちっぽけな自尊心プライドを大事にしようと、半ば無理やりに容姿のことを持ち出して、自分達と言う存在が特別であることをアピールしようとしている。


そんな彼女達が、龍馬にはひどく滑稽に見えてしまう。




「……あんた達、話の意味ちゃんと理解してるか?」




見てくれがどうの、などと言うことは一つも聞いていない龍馬に対して、的外れな回答をしてくる彼女達に、龍馬は吐き捨てるかのように再度、問いかける。


「!ちょ、な、何よ!」

「……俺は、、と聞いたんだが?」

「!う……」

「……見てくれなんざ、その気になれば整形手術でも受ければどうとでもなるだろ。そうでなくても、するべき努力さえしてれば、見れるもんには、なるんじゃねえのか?」

「!な……」

「……そんな取って付けたようなメッキの話なんざ、俺はこれっぽっちもしてねえんだが?」


見てくれの良さで、劣等生である自分をごまかしてきた彼女達にとって、龍馬の台詞は自分の存在そのものを否定されるかのようなものだった。

それだけでなく、見てくれを利用したごまかしやおためごかしなど、一切許さんと言わんばかりの龍馬の雰囲気に、今度は彼女達がだんまりになってしまう。


「……つか、俺は何か誰かの役に立つことができるのか?と聞いただけなんだが…それでなんで何も答えが返ってこねえんだ?」

「……」

「……」

「……」

「……おい、冗談だよな?さっきまで、あれだけ俺のこと好き放題言ってくれてたんだ…さぞかし、が、できるんだろ?」

「……」

「……」

「……」

「……さっき俺になんて言ってた?暇じゃねえ、とかなんとか言ってたよな?…俺も、こんなことに付き合ってられるほど暇じゃねえんだが?」


ぐうの音も出ないほどに、龍馬の言葉が彼女達に突き刺さる。

しかしそれでも、彼女達のちっぽけな自尊心を護りたい思いが強いのか…

一向に、その固く閉ざされた口を開こうとしない。




「……おい、何とか言えよ」




静かに放たれた龍馬のその台詞。

それに、苛立ちを隠しきれないことによる殺気が、込められている。


「!!……」

「!!あ……」

「!!う……」


平和であるはずの日本、それも普段から見慣れた風景の中にいるはずなのに…

どうして、身体がこんな凍えそうに冷たくなっているのか。

どうして、今にも心臓がその鼓動を止めてしまいそうなのか。


すでに人間としてどころか、生物としての格が、絶望的な程に違っていることにようやく気付くこととなったギャル達。


慌てて何かをしゃべろうとするものの、龍馬の殺気に威圧されてしまい…

口をパクパクするだけで言葉どころか、声すらろくに出せない状態と、なってしまっている。


「……なんだ?は、質問にはだんまりで返せ、なんてことを教わってきてんのか?」

「……」

「……」

「……」

「……そんなザマで、よくもあそこまで人をコケにできたもんだな。そもそも、、ってやつなのか?」

「!!……」

「!!……」

「!!……」

「……冗談じゃねえ。てめえらみてえのと関わったって、俺が貧乏くじ引くのなんか目に見えてるじゃねえか。見返りどころか、手枷足枷首枷じゃねえかそんなの」

「……」

「……」

「……」


容赦ない龍馬の糾弾に、ギャル達はもう心を折られている。

龍馬の対応が、人を相手にしていたものから、明らかに汚物を見るような目に変わっているのも、ギャル達の心を容赦なく壊していく。


言い返したくても、あまりにも的を射すぎていて何も言い返せない。

そもそも、龍馬の恐ろしい殺気に呼吸すらろくにできない状態で、首を使ったジェスチャーによる反応が精いっぱい。

だがそれも、途中からはなくなってしまっている。




「……それに、やたら見てくれとか何とか自慢げに言ってたが……俺の(仕事上の)相棒の方がよっぽどいい女じゃねえか」

「!!!!……」

「!!!!……」

「!!!!……」

「……不細工、とまでは言わねえが…別に普通じゃねえか。何でその程度でそこまで有頂天になれてたのか、俺には全く分からんな」




そんな彼女たちに、龍馬のこの一言は強烈な一撃となった。


龍馬から見れば、確かに中身はかなりのポンコツであるものの…

何事にも一生懸命で、仕事上でのメリットを提供してくれて…

とにもかくにも(うざったいと言えばうざったいが)龍馬のことを気にかけてくれる凛花の方がよっぽど魅力的な女性だと言う認識がある。


性的な魅力で言えば、このギャル達の方が凛花よりもあると言えばあるのだが…

凛花は地味ではあるものの、造形そのものは非常に整っており…

龍馬にはなんやかんやと迫ってはいたものの、基本的には貞操観念が強く、はしたないと思う恰好をしない女性である。


このギャル達のように、胸や脚など、本来ならば隠すべきものを逆に強調するかのように晒している女性は、龍馬にとってはむしろ嫌悪すべき対象ですらある。

身体を晒して、性的アピールをすることでしか異性を惹き付けられないなら、本質的な魅力がないことの裏返しだと、龍馬は思っているから。

自分に中身がないと言うことを、暗にアピールしているようにしか見えず、さらには自分の好みの異性が見つかれば、今の付き合いなど簡単に切り捨て、裏切ることができると、思っているから。


そして、龍馬自身異性との交流どころか、異性そのものに興味がないのも手伝っている。

現状で唯一、関わりらしい関わりを持っている凛花以外は、誰を見ても道端に転がる石ころ以外の何者でもないから。


そんな龍馬の痛烈な一言は、甘やかされて育ってきた彼女達には…

奈落の底へと叩き落してしまうような、絶望の一言となってしまった。


「……う……」

「……えぐ……」

「……うあ……」


未だ引っ込む様子のない龍馬の殺気にあてられながら…

ギャル達はとうとう泣き出してしまう。


まるで自分の存在そのものを否定するかのような龍馬の言葉に、耐え切れなくなってしまったのだ。


「……なんだてめえら、その程度で泣き出すのか…」

「うう……」

「ぐす……」

「ああ……」

「……ふん、てめえらはどうせ、んだろうが」

「!!……」

「!!……」

「!!……」

「……さぞかし、?なら、自業自得だな」


普段、自分達がしていることを、まるで見てきたかのように龍馬に言い当てられたギャル達。


その一言に、ギャル達は自分達が誹謗中傷と言っても過言ではない言葉を浴びせて、相手にひどい思いをさせてきたことを思い出す。

そして、今自分達が味わっている思いは、他でもない自分達が他の人に味わわせてきたことを、まるで胸の奥に大きな槍をねじ込まれるかのように自覚させられてしまう。


過去の罪を突きつけられている感覚に、彼女達は思わずその顔を、かろうじて動く両手で覆ってしまう。


「……ふん…泣けば誰かが味方してくれるなんて、ずいぶん甘ったれた人生送ってきてんだな…」

「!!!!……」

「!!!!……」

「!!!!……」

「……これだけは言える。俺は死んだって、てめえらみてえな女に魅力を感じることなんてない…むしろ見てるだけで吐き気がする、ってな」


もうすでに心をへし折られている彼女達に、情け容赦なく降り注ぐ龍馬の言葉。


その痛烈すぎる程に痛烈な一言を最後に、龍馬はその場を後にする。


「うう……」

「うえ……」

「ぐす……」


女として、どころか、人として否定されてしまったギャル達。

それがあまりにも辛くて苦しくて、彼女達の涙は止まらない。


龍馬の言葉が、過去の自分達の罪を突きつけているようで、心がどうしようもないほどの罪悪感で満ち溢れ…

今までこんなにも辛くて苦しい思いを人にさせてきた、と思うとまた、その罪悪感で心が壊されそうになってしまう。


こんな苦しい思いはもうしたくないし、させたくない。

この一件でそう心に強く根付いた彼女達は、今までずっと自分達の心無い言葉で苦しめてきた人達にせめてもの謝罪をしていくようになる。


そして、中身のない自分達だと言うことを強く自覚し、謙虚に何かができるように努力を始め、少しずつだが周囲の人に認められるようになっていくのだが、それはまだまだ先の話。

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