第19話 そういう問題じゃあないの!!!!!!

「…………」


自身の鍛錬中に絡んできた男を、無意識のうちに殴り倒してしまい…

龍馬は無意識とは言え、自身の行動に責任を感じ、その男を治療する。


それからすぐに行なった治療の甲斐あって、男は一週間程で完治し、その自慢であろう顔も見事に殴られる前の状態に戻ることができた。


のだが、龍馬の途轍もない剛腕に絶大な恐怖を覚えてしまったのか…

問診もあって、日に何度か龍馬が話しかけてくるのだが、その度にその顔を青ざめさせて、まるで極寒の地に夏に着る薄着でいるかのように、がたがたと震えてしまっていた。

しかも、当の龍馬が認識していなかったとは言え、さんざん龍馬のことを嘲り、罵ったことを思い出して、せめてものお詫びにこの治療費は必ず払うなどと言い出してしまう。


だが、当の自分が敵対どころか実質何もしていないその男を殴ったからこうなったと言い切り、それは自分のケジメだと頑として龍馬は治療費を受け取ろうとはしなかった。

そんな龍馬の対応に、男の中の恐怖は嘘のように霧散してしまい…

その恐怖がそっくりそのまま、龍馬への男としての憧れになってしまう。


無事に顔のひどい怪我が完治して、龍馬が所有する倉庫を後にする時も、まるで憑き物がとれたかのような晴れ晴れとした笑顔で何度もお礼の言葉を言い、そこを後にした。

今までの自分がどれほどチャラついて、男として不甲斐なかったかを思い知ることとなったモデル風の男は、それからはこれまでのような遊びに精を出すようなことはしなくなり、龍馬のように、とはいかずとも何か一つ、絶対の自信が持てるものを持ちたいと心に決め、男としての自分を磨く為の努力を始めるようになる。

それが実るかどうかは当人次第だが、少なくともそんな努力ができるようになったことで、周囲の見る目も変わり始めたのは、本人にとってもいい影響と言えるだろう。


最も、事が終わった後なので、当然のように龍馬はその男のことなど、その記憶から綺麗さっぱり消えてしまっているのだが。


そんなこんなもあって、この一週間は趣味ともいえる仕事に全く取り掛かることができなかった為…

それから数日間、その穴埋めをするかのように開発・創作の仕事に没頭してしまっている。


「…………」


ワンルームマンションの一室と言う、一人用の狭い空間を世界の全てと言わんばかりにそこに引きこもり…

この数日、寝食の時間すら惜しんでひたすら作業に没頭してしまっている。


それでも、家のことに関してはズボラすぎる凛花とは違い…

少し作業に行き詰まったりした時などに、しっかりと部屋の掃除と入浴はしている為、不潔な感じは一切なく、清潔感を保っている。

だが、この数日全く眠っておらず、さらには食事も作業机となるテーブルの上に置かれているペットボトルの水を、日に一度か二度口にするだけで、ほぼ何も口にしていない状態。


その甲斐あってか、この一週間分の穴を埋めるどころか、それを補ってお釣りが来るほどに作業を進めることができ…

ほぼ平常と変わらないペースで、新しい開発物や創作物のアップロードを続けている。


その尋常ならざる集中力ゆえに、龍馬は自身のスマホに、つい最近登録した、仕事上の相棒パートナーとなる相手からの連絡に、全く気付くことがなかった。




「ねえちょっと!いるんでしょう!ほら、開けてよ!」




その為、返信どころか既読すらつかない状況に業を煮やしたその相棒、凛花がとうとう、龍馬の自宅とするワンルームマンションの一室にまで出向いてきたのだ。


「…………」


その声に、龍馬は無言でドアの方に振り向く。

本来ならば、完全に居留守を決め込むような性格なのだが…

さすがに今後のお互いの仕事に利をもたらす、持ちつ持たれつの関係を築いている相手である為…

龍馬は渋々ながら作業の手を止め、凛花が待つドアの方にゆっくりと足を進めていく。


そして、ドアを開き――――




「……何か用か?」




――――愛想もへったくれもない、仏頂面に見える能面さで、凛花の方へと顔を出す。


「!う、え、え?ちょ、ちょっと龍馬くん!なんでそんなひどい顔してるの!?」

「?……ひどい顔?」


顔を見たら一言文句言ってやろうと勢い込んでいた凛花だったのだが…

さすがに今の龍馬を見て、その勢いも霧散してしまう。


なぜなら、目の下にひどいクマができており、まともに睡眠を取っていないことが明らかに分かってしまう。

しかも、以前見た時と比べて、明らかにやつれており…

これは寝食も忘れて作業に没頭していた、と言うことに凛花はすぐに気づいてしまう。


「と、とにかく中に入れて!龍馬くん!」

「……あ、ああ」


凄い剣幕で迫ってくる凛花に、拒否の言葉を出すこともできず、龍馬は凛花に押されるがままに部屋に招き入れる。


「…この状態でも、部屋は綺麗なままなのね…」


部屋に入って、中の様子を見てみるのだが、やはり自分の部屋とは違い、龍馬の部屋はその清潔さと整然さを保ったままだと言うことに、またしても凛花は女としての自信をなくしてしまう。


が、今はそれどころではなく…

龍馬の状態が、明らかに平常時と比べてひどいことに凛花は龍馬の方へと向き直る。


その龍馬は、凛花にお茶でも出そうと、キッチンで準備を始めていたのだが…


「ちょっと何してんの!?龍馬くん!」

「?……何って、お茶でも出そうかと…」

「今の半死人みたいな龍馬くんにそんなことさせたくないから!ほら、座って!」


こんな状態でもきっちりと、招いた客をもてなそうとする龍馬に感心しつつも…

だからと言ってこの状態の龍馬にそんなことさせたくない凛花は、すぐに龍馬をキッチンから引っ張ってリビングへと移動させ、お互いに向かい合う形でテーブルを挟んで座る。


「……いいのか?お茶くらい、出せるぞ?」

「出してくれるのは嬉しいけど!けど!でも今の龍馬くんにおもてなししてくれ、なんてこと言ったら私、ほんとに人でなしになっちゃうから!」

「?……なんで?」

「龍馬くん、今の自分がどんな状態か、一回鏡で見た方がいいわよ!?」


まるで魂が抜け、朽ち果てる寸前の肉体だけで生きているかのような…

幽鬼のごとく青白い顔をしている龍馬。

そんな状態の龍馬におもてなしを要求するなんて、とんでもない人でなしだと凛花は主張する。


だが、今の自分の状態が分かっていない龍馬は、凛花の言っていることが全く分からず、疑問符を浮かべるばかり。

そんな龍馬に、一度鏡で自分の状態を見ることを凛花は強い口調で勧める。


凛花の言葉に、龍馬は疑問符を浮かべながらも…

ユニット式の風呂とトイレがある、洗面台の方へと向かう。

そして、言われるがままに自分の顔を眺めてみる。


「…………」


確かに、青白く生気のない顔をしていて、目の下にクマができており、さらには頬がこけてしまっている。

とはいえ、龍馬は根を詰めて作業をする場合、こんな状態は普通になっているので、本人としてはあまり気にすることのない状態と言える。


これの何がひどいんだろう。


そんなことを思いながら、龍馬はその足でリビングまで戻る。


「どお?ひどかったでしょう?」

「……そうか?」

「!?え!?それ本気で言ってる!?」

「……俺が根詰めて作業した時なんて、たいていこんな感じになってるぞ?」

「!?うそでしょ!?」

「……まあさすがにその後はしっかり食って寝て、くらいはするし、それで普通に回復するから、俺としては特に問題はないと思ってるけどな…」

「…………」


淡々とした、抑揚のない龍馬の言葉に、凛花は思わず絶句してしまう。


当の本人に、今の状態がいかにひどいか、と言う自覚がない。

それどころか、こんな状態すら普通に思ってしまっている。


凛花は知らないものの…

仮にも確かな医療技術を持つ者の言う言葉ではない。


普通の医者なら、間違いなくしっかり食べて寝る、を強制してしまうであろう、龍馬の今の状態。

当の龍馬が、そのことを全く自覚していない。


「……だめよ」


これはいけない。

この子は、こんな無理無茶を平気でする子なんだ。


凛花は、心の中で龍馬の性質がこういうものなんだと刻み込む。

そして、それはよくないと、声に出す。


「?……何がだ?」

「龍馬くん、そんな無茶はだめ!!今はよくても、年取ったら間違いなく支障出てきちゃうよ!!」

「?……なんで、そんな何年も先のことなんか、心配するんだ?」

「!?え!?……な、何言ってるの!?」




「……今を生きるか死ぬか、たったそれだけなんだ。なのに、先のこと考えるなんて…そんなこと、よっぽど悠長な奴のすることだろ?」




「!!…………」


忘れていた。

凛花は、思い出してしまった。


龍馬が、文字通りの命を懸けた、弱肉強食の世界に身を置いていることを。

そして、物心つくかつかないかくらいの年頃から、ずっとそんな生死の狭間を生き抜いてきたことを。

この日本と言う国に生まれてきて、至って普通の家庭で育ってきた凛花には、永遠に理解することができない領域。

龍馬は、そんな領域の住人であることを。


非常に刹那的だが、生き急いでいるわけではない。

明日をも知れぬ我が身だが、その世界を生き抜く為に、日々修行を重ねている。

そんな龍馬だからこそ、先のことはわざわざ見ないし、考えない。


「?……ん?そんなに俺、おかしなこと言ったか?」


絶句してしまった凛花を見て、龍馬は自分がそんなにおかしなことを言ったのかと、疑問符を浮かべてしまっている。


ずっと孤独に生きてきた龍馬にとって凛花は、関わる度にやたらと構ってくるのだが、決してそれが嫌とは思えず、どことなく新鮮な気分にさせてくれる、面白い人だと言う認識。

とにかくマイペースで、とにかく一人を好む龍馬が、自宅と言う個人空間パーソナルスペースにまで招くようになった存在。


だからこそ、自分にとっては当然と言える価値観を言葉にした時、今のような反応を見せる凛花も、面白いと思ってしまう。

どことなく、好奇心がくすぐられてしまう。


自分がこんなことを言ったら、次はどんな反応を返してくるのか。

なぜか、そんなことを思ってしまう。


「……あ、あのね…龍馬くん…」

「?……なんだ?」


先程から無言だった凛花が、龍馬の言葉に対して言葉を返そうとしてくる。

それを見て、どことなく心が躍るのを感じてしまう龍馬。


一体、ここから何を言ってくるのか。

どんな反応を返してくるのか。


それがなぜか楽しみになっている。

心なしか、仏頂面に近い普段の能面な表情も、幾分柔らかくなっている。


「龍馬くんが強いのは知ってるし、体力も凄いって言うのも知ってる…」

「……それで?」

「でも、やっぱりそんな無茶するの見ると、心配なのよ」

「?……なんでだ?」

「なんでって……自分が知ってる人がそんな真っ青な顔してたら、この人大丈夫かなって思うし、すっごく心配しちゃうよ」

「?……物好きなんだな…本当にだめならだめって俺は言うし、心配なんてしてもらわなくても、俺は別に……」




「!!~~~~~~~そういう問題じゃあないの!!!!!!」




死人のように青ざめた顔色をしているのに、まるで自分の身体を気にする様子もなく…

ただただ、凛花の反応の一挙手一投足を興味津々で見ている龍馬の言葉に業を煮やしたのか…

凛花から、怒っていることがすぐに分かる怒声が飛び出してしまう。


「!……お、おいおい…どうしたんだ急にそんな大声出して…」


さすがに凛花のこの反応には驚いたのか、普段から淡白すぎるほどに淡白な龍馬が、珍しく動揺の様子を見せてしまっている。


「なんでそんなに自分の身体に無頓着なのよ!ほんとにもう!」

「?……だから大丈夫だって…」

「あなたが大丈夫だって言ってても、その顔色じゃ全然説得力ないの!」

「……いつものことなんだがなあ…」

「!い~い?あなたと私は、これからお互いに支え合うビジネスパートナーなの!そのパートナーがそんな状態になってるの見たら、すっごく心配しちゃうじゃない!」

「……ああそうか…俺がどうにかなったら、あんたが困るからなあ…」

「!で・も!それは二の次なの!」

「?……はあ?」

「これでも一応龍馬くんより年上のお姉さんなの!まだ十七歳の龍馬くんのことを、お姉さんの私が心配して何が悪いのよほんともう!」

「……なんでキレてんだよ」

「お黙り!龍馬くんが死んじゃったりしたら、私悲しすぎて絶対この先生きていけなくなっちゃう自信あるもん!」

「……なんでだよ」

「そのくらい私にとって龍馬くんは必要な人ってことよ!分かりなさいよこの非常識ボーヤ!」

「……なんだよそれ」


どこまでも淡々としていて、無感動無関心な龍馬に対し…

その感情をむき出しにして、龍馬のことを心配する凛花。


まさに不摂生がたたって倒れる寸前まで追い込まれている弟を、めちゃくちゃに心配して叱る姉の構図となってしまっている。

心配すぎて、とうとうべったりと抱き着いてぎゃあぎゃあ説教臭いことを言ってくる凛花に、龍馬は思わず顔をしかめてしまうのだが…

それでも、冷酷に突き放すことができず、ただただ、凛花の気のすむまで好きにさせようと放置してしまっている。


なぜ自分がそんなことをさせているのか。

なぜ自分がそんな気分になるのか。


それがいくら考えても分からず、しかしそれを追求することが妙に面白くなってしまう龍馬なので、あった。

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