第17話 うう……龍馬くんが冷たい……

「…………」

「?……どうした?」


十数人の集団で絡んできた不良達を返り討ちにし、そこからは特に何事もなく、自宅まで着いた龍馬。

その龍馬に同行してきた凛花も、龍馬の部屋に入ってくるのだが…

凛花は、自身の目に映る光景を見て、絶句してしまう。


一人暮らしをする前提でも、お世辞にも広いとは言えないその部屋の中は…

絶妙の配置で、仕事道具となるデスクトップPC、それを配置しているデスクやベッドが置かれていて、整然としている。

しかも、無駄なものは一切なく、凛花のようにごみをそのまま置いておく、などと言うことは皆無。

龍馬の体格にはやや手狭と言えるキッチンも、調理道具が必要最低限で配置されていて、しかも汚れらしい汚れもなく、それでいて日頃から自炊がされていることも見て取れる。

ベランダの方に設置されている洗濯機は、屋外に出されているにも関わらず、外観上の汚れなどなく、本当に丁寧に使われていることが伺える。

部屋の中を見渡しても、ごみどころか汚れらしい汚れは全く見られず、埃っぽさもなく、常日頃から綺麗にされていることが、一目で分かってしまう。


龍馬に『豚小屋』と称されてしまった自分の部屋と比べて、その圧倒的な差に凛花は愕然としてしまい、がっくりと肩を落としている。

そんな凛花を見て、何かあったのかと思い、龍馬が問いかけの声をかける。


「……りょ、龍馬くん…」

「?……なんだ?」

「……こ、このお部屋って、いつもこんな状態なの?」

「?……ああ、そうだが…」

「……な、なんでこんなに綺麗な状態を保てるの?」


自分でもそうだと言い切れてしまうほどの、自身の汚部屋をものの見事に綺麗にしてくれたその手腕を目の当たりにしていたものの…

もしかしたら、自分の部屋はおざなりにしてるのかも、などと期待してしまっていた凛花。


ところが、実際に龍馬の部屋を見てみると…

掃除をしてもらう前の、自分の部屋とは雲泥と言えるほどの差を見せつけられ…

二十数年間も女性として生きてきている自分が、とても恥ずかしく思えてしまう。


もしかしたら、今日に限って誰か来ていたから、たまたま綺麗にしてただけかも。


などと、龍馬の性格を考慮すればあり得ないであろうことを考え…

否、願ってしまう凛花。

心の中で、自分の体裁を保とうと必死になってしまっており、そんなあるはずもないことを願ってしまっている。




「?……あんた、何言ってんだ?そんなの、当然のことだろ?」




だからこそ、むしろ凛花が何を言っているのか分からず、素直にこう返してくる龍馬に、凛花は多大な精神的ダメージを負ってしまう。


「!ぐふうっ!」

「?……なんだ?どうした?」

「う、ううん…なんでもないの……」

「……そ、そうか……」

「で、でもどうしてこんなに、お部屋綺麗にできるの?」

「……ああ…そうか…あんた家事全般ダメダメな人だったな」

「!そ、それは言わないでえ…」

「……うるせえな、事実だろうが」

「それでも、言わないでえ……」

「……はあ…で、なんでこの部屋の状態を保ててるか、だったか?」

「は、はい…そうですう…」

「……部屋が散らかってたり、ごみが落ちてたりしたら気が散って仕事に集中できねえんだよ。だから綺麗にしてる、それだけだ」


龍馬の返しに、なぜか『女のくせに』と言われてしまったような屈辱感を心に感じてしまい、ダメージを負いながらも、龍馬への問いかけをやめない凛花。

だが、そんな問いかけをしてくる凛花が家事音痴なことを龍馬はチクリと指摘してくる。


そんな龍馬の指摘にさらにダメージを負わされ、さらには龍馬のもっともらしい返答を聞かされ…


「うう~……わ、私悪くないもん~…」


と、半ば幼児退行してしまっている。


「……それだけじゃねえ。思考が鈍ってきたとかで、ちょっとした気分転換したい時とかも、掃除はちょうどいいんだよ」

「うう……そ、そうなの?」

「……ああ、そうしながら余計なもん省いていって、考えを整理するのにちょうどいいし、掃除し終えたら見える景色も変わるだろ?それがちょっとした閃きにつながったりするから、俺としては掃除も趣味の一つなんだよ」

「うう……龍馬くんがとんでもなくハイスペック…」


龍馬が掃除について、自分の考えをつらつらと語っていくのを聞いて、ますます肩身が狭くなってしまう凛花。

先程自分の部屋に龍馬を招いた時に、さんざん龍馬に自分の部屋を酷評されてしまい…

あげく、その汚部屋を隅の隅まで掃除され、さらには脱ぎ散らかしていた自身の下着まで丁寧に洗濯されて、これでもかと言うほどの羞恥プレイを堪能することとなってしまっていただけに…

掃除一つにもしっかりとした自分の考えを持っている龍馬があまりにも眩しすぎて、自分が情けなくなってしまう。


「……こんなのは、日頃の積み重ねだ。ごみなんか、溜まれば溜まる程掃除すんのが億劫になるじゃねえか。あんたなんか、特にそうだろ?」

「!!は、はい…そうですう…」

「……そうならねえように、少ないうちに掃除する…それがもう当然というくらい身についてる、それだけの話だ」

「ご、ごめんなさいい…女に生まれて、ほんとにごめんなさいい…」


龍馬が自分の考えを語れば語る程、凛花は身の置き場がなくなっていくような居心地の悪さを感じてしまう。

とうとう、自分が女に生まれてきたことを後悔するような、呪詛の言葉まで声にしてしまう。


「……ったく、さっきから何をわけの分からんことばっか言ってんだよ。ほら、入りな」

「う、うん…」

「……ちょっと待ってろ。茶くらい出してやるから」

「!あうう……龍馬くんが私より遥かに女子力高いよお…」

「……意味分かんねえ…」


自分が龍馬を自身の家に招いた時は、お茶を出すどころかひたすら掃除させてしまっていて、しかも無駄に言い寄って龍馬の貴重な時間を無駄に消費させてしまっていたことをまた思い出してしまう凛花。


話を聞いているだけで、超絶マイペースで人嫌いなのがすぐ分かってしまったのに、いざ人を自分の家に招いたらちゃんとお茶まで出そうとしてくれるその対応。

またしても凛花は、龍馬との格差を感じて落ち込んでしまう。


そんな凛花を差し置いて、龍馬はそそくさとキッチンで自身が普段飲んでいる紅茶の準備を始める。

普段から使っているマイカップと、それと全く同じものを予備として持っていたので、それを凛花用として出す。


お茶請けもあった方がいいか、と思い、龍馬は先にお茶請けを作ることにする。

ちょうどパンケーキミックスのストックがあったので、お茶請けはパンケーキに決定。


二口あるIHコンロの片側で、紅茶用のお湯を沸かし始めると、もう片方にフライパンを置いて加熱し始める。

そして、パンケーキミックスを水で手早く溶き、フライパンが十分な熱を持ったのを見て焼き始める。


お湯が沸いたのを見た龍馬は、すぐさまポットとカップにお湯を入れ、蒸らし始める。

残ったお湯を再度加熱し、沸騰させるとその状態で保温。


手早く焼き上げたパンケーキに、見栄えよく生クリームとシロップを盛り付けてお茶請けは完成。

そして、自分が好んで購入している紅茶の葉を蒸らしたポットに適量を入れて蓋をし、キッチンタイマーをセットしてしばし待つ。

キッチンタイマーが鳴り響いたらそれを止め、茶こしを使って蒸らしておいたカップにそれぞれ注いでいく。

念のため、ミルクと砂糖を一包ずつカップのソーサーに添え付け、準備は完了。


用意した紅茶とパンケーキを、先に用意しておいた食事用のテーブルに、お客様となる凛花の分から置いていく。

ここまでの所要時間、約十分程。


「…………」

「……まあ、ありあわせで簡単に用意したもんだけど、よかったら食べてくれ」

「……ううう…」

「?……どうした?紅茶しかなかったから紅茶にしたけど、コーヒーとかの方がよかったのか?」

「ち、違うのお……紅茶大好きなのお……」

「……なんだ、驚かせやがって……ならなんでそんな…」

「だ、だって…龍馬くんお料理とかも手慣れてる感満載でえ…」

「?……そりゃ当たり前だろ?何年一人暮らしやってると思ってんだ?…」

「うう……私も一人暮らし結構長いのお……」

「……それであの汚部屋か……」

「うう…言わないでよお……」


非常に手慣れた感じでお茶だけでなく、お茶請けも出してくれた龍馬を見て、凛花はまたしても精神的ダメージを受けてしまう。


しかも、人間嫌いのくせにおもてなし精神もしっかり持っていて、出された紅茶とパンケーキの美味しそうな匂いがとてもたまらなくて…

完全に格の違いというやつを見せつけられ、凛花はますます女子として生まれてきた自分がみじめになってしまう。


凛花もそれなりに一人暮らしは長いのだが、趣味を仕事にしていったクチというのもあり、家のことは本当におざなりになってしまっている。

龍馬も自分と同じクチのはずなのに、生活面も非常にしっかりしているのはなんなんだろうとさえ思ってしまう。


最も、龍馬は基本自分の家から出ること自体がまれであり、仕事をしている間に気分転換したい時も含めて家事もこなせる環境であり…

逆に凛花は仕事の都合上、外に出ることの方が圧倒的に多く、どちらかと言えば家にいる時間の方が少ない、という違いはあるのだが。


「……うう…美味しいよお……」

「……美味いってんならまあよかったが…なんでそんなにうらめしそうなんだよ?」

「だってえ…龍馬くんの女子力が羨ましすぎてえ…」

「……それを俺に言われてもなあ…」

「なんで…なんでそんなに女子力高いのよお…」

「……別に、一人暮らしだから家事全般一人でやってたらできるようになったってだけなんだが…」

「それでも…それでも女子力高すぎるよお…」

「……はあ…」


恨みがましく、龍馬の高い家事スキルを見てはぶちぶちと呪詛のように嫉妬の言葉を吐いてくる凛花を見て、龍馬は心底煩わしいと言わんばかりの溜息をついてしまう。


やってるうちにできるようになっただけなんだから、別にいいじゃねえか。


今の龍馬が、凛花に対して言うならまさにこの一言。

なんでそれでこんな恨みがましく言われなきゃなんねえんだ。

そんな思いまで、出てきてしまう。


「……はあ…うぜえ…」

「!ちょっとお!めっちゃハートブレイクな私に対して、その言いぐさはないんじゃない!?」

「……できるように日頃からやればいいだけの話じゃねえか…俺に文句言っても始まらねえだろ…」

「!うう……龍馬くんが冷たい……」

「……俺にどうしろ、って言いてえんだ…あんた」

「私だって!普段のお仕事が外出てばっかりなんだから、お家にいること方が少ないのー!!龍馬くんみたいな引きこもりじゃないのー!!」

「……俺が引きこもりなのは確かだが…でもあんた、俺と同じ状況になったからって、ちゃんと一人で家事やれんのか?」

「!!で、できるもん……」

「……なあ、ちゃんと俺の目を見てから、言ってくんねえか?」

「……できる…もん……」

「……はあ…うざってえ…」

「!あー!またうざいって言ったー!龍馬くんの意地悪ー!」

「……それがうざいってんだよ、全く…」


龍馬からすれば、無理やりついてきた凛花を、渋々ながらも部屋に招き入れただけなのに…

その凛花が、龍馬の部屋を見るや否や、勝手に落ち込むわ、龍馬の一言一言にいちいち面倒な反応を返すわ…


相手にしてるだけで面倒なことこの上なくなってしまっている龍馬。


「もおー!こんなの龍馬くんに慰めてもらわないと、やってらんないもんー!」


龍馬の家事スキルを目の当たりにして、勝手に撃沈してしまった凛花がかなり幼児退行してしまい…

テーブルの対面で静かに自分が入れたお茶をすすっている龍馬に、べったりと抱き着いてくる。


「……おい、なんでくっついてくるんだ」

「だってだってー!龍馬くんの胸の中で、龍馬くんによしよししてもらわないと無理ー!」

「……うぜえ」

「あー!またうざいっていったー!もー絶対慰めてー!」


お茶を堪能していた龍馬を半ば押し倒すかのように、その胸の中に飛び込み…

龍馬の胸に顔を埋めてべったりと抱き着いている凛花。

その胸にすりすりしながら、沈んだ気持ちを慰めてもらおうと、全く離れる様子を見せない凛花に、龍馬は深い溜息をついてしまう。


どの口が、年上のお姉さんとかほざいてんだ、全く。


とは思ったものの、それを口にすればまた凛花が癇癪を起こしそうな気がしてならず…

結局、凛花の機嫌がよくなるまで、龍馬は凛花にべったりされながらも、渋々ながら好きなようにさせることにしたのであった。

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