第16話 …うん、ちゃんと謝れるじゃない
「ご、ごめんなさいぃ……」
「し、死にたくねえよぉ……」
「た、助けて……」
「ゆ、許してくださいぃ……」
数と言う力で、自分達より弱い者を虐げてきた不良達。
だが、自分達が獲物として目を付けた男が…
決して手を出してはいけない、人外の戦闘力を持つ化け物であった為、なす術もなくねじ伏せられている。
十数人はいたはずの不良達も、ことごとく龍馬に叩きのめされ…
そのあまりの殺気と威圧感に、精神がぼろぼろにされそうになってはいるものの、かろうじて意識を保っているのも、残り四人となってしまっている。
「……それが、辞世の句ってことでいいんだな?」
物理的な圧力すら感じさせる殺気の塊が、ゆっくりと残った不良達に迫っていく。
龍馬が声にした、無慈悲すぎるほど無慈悲な言葉が、不良達の死の恐怖のどん底にいる精神をさらに削り落としてしまう。
恐怖と絶望にその精神を支配され、身動き一つ取ることすらできなくなってしまっている不良達へ、龍馬が迫ろうと次の一歩を踏み出そうとした、その時。
自分の右腕に、何かが掴んでくる感触を覚える。
「……何のつもりだ?」
その怜悧冷徹な表情を崩すことなく、自分の前進を止めてくる存在…
龍馬の右腕に抱き着いて、龍馬を止めようとする凛花に、何のつもりかと問いかけの言葉を声にする。
その殺気を引っ込めることなく、凛花と向き合う龍馬。
しかし凛花は、そんな龍馬の殺気にも臆することなく向き合う。
「龍馬くん、これ以上はだめ」
「……何が、だめなんだ?」
「龍馬くん、本気であの子達を殺そうとしてるでしょ?」
「……そうだが、それが?」
「お願い!あの子達が悪いのは確かなんだけど、これはやりすぎだから、ね?」
「……一度命のやりとりになった以上、どちらかが死ぬまで終わらねえ…俺はそう言ったはずだが?」
不良達が全面的に悪いのは凛花も認めるところなのだが…
だからと言って、龍馬もやりすぎなのも重々承知している。
こんな連中の為に、龍馬の手を汚してほしくない。
そう思っている凛花は、とにかく龍馬を止めようとする。
しかし、完全に殲滅モードになってしまっている龍馬が、そんな簡単に折れるはずもなく…
その濃密な殺気が、より凄みを増していっている。
さすがに凛花も、そんな龍馬に恐怖を覚えてしまうものの…
ようやっと見つけた、最高のビジネスパートナーをこんな形で失いたくない…
なにより、龍馬に自らの手を汚すような真似をしてほしくないという思いが、凛花の心を後押しする。
「お願い…人の役に立つ素晴らしいものを創り出せるこの手を、汚してほしくなんかないの」
「……あんた、あいつらに手籠めにされかけたって分かってんのか?」
「もちろん分かってる…お願い、ちょっとだけ待って。ここは私に、任せてほしいの」
今すぐにでも自分の拘束を振り払って、土下座しながら、迫りくる死の恐怖に怯えている不良達を、この世から消し去ろうとする龍馬をどうにか宥めてその場に引き止めると…
凛花は、もはや命乞いをしてどうにか助かろうとすることしか頭にない不良達のそばへと、近づいていく。
「…とりあえず、彼には一旦止まってもらったわ」
「!!マ、マジっすか?…」
「ええ。でも、あなた達がよからぬことをしたら…今度こそ止めようがない、そう思っておいてね」
「!!も、もちろんです!!」
「!!も、もうあんなのと向き合うなんて…」
「絶対に無理です…」
自分達が、その欲望を満たすための獲物として目を付けていた凛花が、手の届くところまで来ているにも関わらず、不良達はその後ろで恐ろしすぎる存在感を放っている龍馬に睨まれており、何もすることができない。
加えて、凛花からも警告の言葉を告げられ、万が一にでもそんなことになってしまったらと想像してしまい…
抜け落ちてしまいそうなほどに激しく首を振って、何が何でもそんなことはしないと肯定の意を示す。
「…一つ聞きたいんだけど、あなた達、いつもこんな風に大人数で弱い人を襲ったりしてたの?」
「は、はい…」
「それは、なんで?」
「…お、俺達…」
「家だと、出来のいい兄貴といつも比べられて…学校でも、兄貴のせいで見下されて…」
「俺は姉貴と比べられて…」
「うちは親父がいつも俺の事出来損ないって…」
「一人だと、誰からも見下されてる気がして…」
「学校も家もいるのが窮屈で、ぶらぶらと外歩いてたら、自分と似たような境遇の奴と不思議と出会って…」
「気が付いたら、こんな人数でつるむようになって…」
「これだけの大人数で結託してたら、そうそう抵抗はされないし…」
「いつも怯える側だった俺らが、逆に相手をビビらせられるってことが楽しくなって…」
「ストレス解消みたいな感じで、もうやめられなくなって…」
年上のお姉さんと言った感じの、おっとりとした優し気な声で、凛花は不良達に一つ一つ聞いていく。
凛花の優しい雰囲気と声が、不良達の絶望と恐怖のどん底に叩き落された心をほうっとさせてくれるような、そんな感じがして…
ついつい、流されるままに自分達の思っていたことを吐き出している。
聞けば、この集団の誰もが優秀な家族との比較で、見下されてきた者ばかり。
生来の気の弱さも手伝って、周囲からは見下され、強く出られたら全くと言っていい程抵抗できなくて…
家にも学校にも居場所がなく、あてもなくぶらぶらと外を歩いていたら、自分と同じ境遇の人間と会って、お互いに共感してもらえて…
そうして、人数が集まっていくと、数の暴力で人を虐げる側に回っていた。
「ふうん…なるほどね…」
そんな彼らの言い分を一通り聞き終えた凛花は、その優し気な雰囲気を崩すことなく不良達を見つめている。
不良達も、自分達の心にある思いを吐き出させてもらえたからか、幾分表情が軽くなってきている。
「あ、あの…」
「?なあに?」
「お、お姉さんのこと、無理やり手籠めにしようとして…」
「す、すみませんでした…」
「!どうしたの?いきなり…」
「こ、こんなにも俺らのこと、気遣ってくれて…」
「あ、あんな強すぎて恐ろしすぎる奴に、真っ向から意見して、止めてくれて…」
「こ、こんないい人に、あ、あんなことして…」
「ほ、本当にすみませんでした…」
自分達から見れば、現世に降臨した鬼神のような存在である龍馬を…
あの向けられているだけで、自分が死んだかのような錯覚を覚えてしまうほどの殺気を向けられても怯むことなく、龍馬を止めてくれて…
しかも、自分達が抱えている嫌な思いを、馬鹿にしたり見下したりすることなく、ただただ黙って聞いてくれて…
そんないい人に、自分達はなんてことをしようとしてしまったのか。
集団で弱い者を虐げていることで麻痺してしまっていた良心を、目の前のお姉さんに呼び戻してもらえたかのような気がして…
恐怖と絶望でいっぱいだった心が、今度は罪悪感でいっぱいになってしまう。
許してもらえるとは思わない。
けど、それでも謝りたい。
不良達は、そんな自分の心に素直に従い、凛花を手籠めにしようとしたことを…
心の底から後悔し、神に懺悔をするかのように頭を下げ、謝罪する。
「…うん、ちゃんと謝れるじゃない」
「?え?」
「君達、悪いことしたって本気で思ってるでしょ?」
「!は、はい!」
「ほ、ほんとにすみませんでした!」
「ふふ…結局私はこの通り無事だったんだし、これでおしまい、ね?」
「!あ、ありがとうございます!」
「でも、もうこんなことしちゃだめよ?あなた達なら分かるでしょ?」
「――――理不尽な暴力に虐げられることの辛さと苦しさを、あなた達はその身をもって知ってるんだから」
「!は、はい!」
「こ、こんなこと、もう絶対にしません!」
「ふふ、いい子ね。じゃあお姉さんは君達のその言葉、信じてあげる」
「!あ、ありがとうございます!」
「こ、こんなにも嫌な事人にしてたなんて…」
「俺ら、もう絶対にしません!」
「うんうん、それでいいの」
底抜けに優しい笑顔で、さらりと不良達の謝罪を受け取る凛花。
目の前の不良達が、ちゃんと謝罪ができることを心底、喜んでいる。
そして、虐げられる者の辛さ、苦しさをその身をもって知っているなら、もうこんなことはしてはだめ、と優しくもしっかりと諭す。
笑顔であんなひどいことをした自分達を許してくれる凛花が、この世に顕現した天使のように思えてならない不良達。
龍馬に返り討ちにされ、命の危機を嫌と言うほどに実感させられたことも、彼らの中で強烈な戒めとなっている。
「あなた達、動ける?」
「は、はい…」
「な、なんとか…」
「じゃあ、彼にやられて倒れてる子達を病院に連れて行かないと、ね」
「!そ、そうだ!」
「は、早く手当てしてもらわないと!」
龍馬に蹴散らされて倒れている不良達を、凛花と意識のある不良達が手分けして病院に連れて行こうと動き始める。
だが、それよりも先に動き始める姿が、凛花と不良達の目に入る。
「!りょ、龍馬くん?」
不機嫌そうな、面倒くさそうな表情はそのままだが、おさまりが着きそうにないほどの殺気が完全になくなっている。
自らが蹴散らした不良達を一人一人、丁寧に介抱し…
一体どこで学んだのかと思わせるほどの手際の良さで、応急処置まで施していく。
「な、なにしてるの?」
その光景に、凛花は自分の目に映っているものが信じられなくなってしまい…
ついつい、間の抜けた声で間の抜けた問いかけをしてしまう。
「……見て分かんねえか?こいつらを手当てしてるんだが?」
「そ、それはそうなんだけど…」
「え、めっちゃ手際よくね?」
「なんでこんなに…」
見たままのことをしているにも関わらず、阿保のするような凛花の質問に、龍馬はぶっきらぼうに返す。
不良達は龍馬が仲間を手当てしていることに、その身がびくりと震えてしまうものの…
瞬く間に次から次へと応急処置が行われていく様子に、驚きを隠せない。
「な、なんでそんなことしてるの?」
何をしているのかは見れば分かるのだが、なぜそんなことをしているのかが全く分からない凛花。
同じように動揺中の不良達の代弁もするかのように、代表してそのなぜを聞いてみる。
「……なんでって、こいつら病院に連れてくんだろ?なら、もののついでに応急処置をと、思っただけだ」
いかにも彼らしい、あっけらかんとしたぶっきらぼうな物言いで、そのなぜを答える龍馬。
そう答えながらも、手際のいい応急処置の手は全く止まらず、十人以上いた怪我人も、あと数人という状況になっている。
「え?え?だ、だってあんな凄い殺気出してて、今にも殺すつもりだったのに?」
「……そのつもりだったんだがな…なんか興ざめしちまった」
「え?」
「……あんたとそいつらのやりとり見てたら、冷めちまったよ」
「……龍馬くん」
吐き捨てるかのようにその心情を言葉にする龍馬に、凛花はやはり、龍馬がただただ目の前の敵を無慈悲に殺める殺人鬼ではないと思ってしまう。
そうこうしてる内に、龍馬の応急処置も終わり…
怪我人となっている不良達も呼吸は落ち着き、静かに眠っている。
「あ、ありがとう…」
「?……あ?」
「い、いや…仲間達の応急処置、してくれて…」
「ありがとう、って言いたくて…」
絶対的な恐怖の象徴として、その心に刷り込まれているはずの龍馬に、無事な方の不良達がおどおどしつつも、ちゃんとお礼の言葉を口にする。
そんな不良達の言葉に、龍馬は思わず間の抜けた声を上げてしまうものの…
不良達は、思ったことを素直に言葉にして、龍馬への感謝の意を表す。
「……そもそもこれをやったのは俺だ。その俺の責任として、応急処置をしたまでだ。別に感謝される筋合いはねえ」
「!……」
「あ、あんた…」
「かっけえ…」
そんな不良達の感謝にも、龍馬は特に表情を変えることなく…
己の責任だから、応急処置をしただけとぶっきらぼうに吐き捨てる。
だが、そんな龍馬の姿が、不良達にとても格好よく見えたようで…
先程まで龍馬に向ける視線は恐怖そのものだったのが、今は憧れに変わっている。
「な、なあ…」
「?……なんだ」
「ど、どうしたら、あんたみたいに強くなれるんだ?」
「…………」
「俺ら、もっと強くなりたい」
「で、俺らみたいに見下されたりいじめられたりする人を、今度は助けたいんだ」
「…………」
「も、もしよかったら、教えてくれないか?」
不良達は、文字通りその圧倒的なスペックと強さで、一人で気ままに生きている龍馬が完全に憧れの対象となったようで…
どうしたら強くなれるのかを、恐る恐る聞き始める。
そして、強くなって自分達のような存在を助けたいと言う思いも、言葉にする。
そんな不良達を、龍馬は静かに見つめていたが、少しの間だんまりとなっていた口を開き始める。
「……一つだけ、俺から言えることはある」
「!ど、どうすればいいんだ?」
「俺ら、あんたみたいに強くなりたい!」
「教えてほしい!」
龍馬から言えることがある、という言葉が出てきて、不良達は先程殺されかけた相手であるにも関わらず、その身を乗り出して龍馬に教えを乞おうとする。
「……天から与えられたもんになんて、頼らねえことだ」
龍馬から静かに飛び出した、その一言。
その一言を、不良達はしっかりと耳にする。
その意味がなんなのか、それはまだ考えても分からない。
だが、その言葉が妙に心にすとんと落ちていることを、彼らは不思議に思っている。
「ど、どういうことなんだ?」
「……才能なんて、あるかどうかも分からねえもんになんて頼るな」
「!……」
「……才能があったところでそれを磨かなければ、ないのと同じ…なかったらないで、死ぬほど努力するしかねえ…それだけの話だ」
「そ、それでもし結果が出なかったら…」
「……何言ってんだ?」
「……どうせ何もしなけりゃ、結果なんて出ねえだろうが。だったら、結果が出る出ないなんて考えねえで、それが出るように努力するしかねえだろうが」
「!!……」
「!!そ、そうだよ…」
「!!お、俺ら…」
ぶっきらぼうに放たれた龍馬の一言一言に、不良達は救いを与えられたかのような感覚を覚えてしまう。
これまで、ひたすら卑下されてきたのは確かだが…
それを覆す為の努力をしてきたか、と聞かれたら、それは否、と答えるしかない。
やるべきことをやってなかったんだから、できなくて当たり前。
だったら、するべき努力をするしかない。
至極当然だが、それを受け入れられるかどうかは人次第。
だが、彼らはそれを受け入れることができた。
そして、こんな自分達に救いを与えてくれた龍馬が、物語に出てくる英雄のようにすら思えてしまう。
この後、彼らはストレス解消として行なっていた集団での恐喝などをすっぱりとやめ…
今までより交流を深めながらも、己を磨くことに全身全霊を向けるようになる。
そして、今まで見下されていた家族や周囲の人間達にも少しずつながら認められるようになり…
そうして磨き上げ、培ったものを社会貢献に向けるようになっていくのだが、それはまだまだ先のお話。
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