第14話 うふふ…龍馬くんと一緒…
「ありがとう!龍馬くん!私も龍馬くんの活動に貢献できるように頑張るから、よろしくね!」
いろいろ考えた結果、凛花からの申し出を受けることにした龍馬。
それをぶっきらぼうに伝えた時の凛花の台詞が、冒頭のものとなる。
心底嬉しそうな表情で、龍馬の右手を取るとがっちりと握手を交わし…
ぶんぶんと振り回してその喜びを表現する。
根本的に人間嫌いである為、無闇に外に出ることを嫌う龍馬。
そんな性質であるがゆえに、イラスト製作の資料は全て、インターネット上で検索したものや、自費で購入した写真集などになっている。
だがそれでは、やはりピンポイントでほしいものにはなかなかたどり着かず、仮にあったとしてもそこにたどり着くまでに時間がかかるというデメリットが存在する。
しかしそれをプロのフォトグラファーである凛花のカメラによって、その場に行って実際に撮影してもらい、その写真をSNSのアカウントからの直通DMで送信してもらうことである程度解消できるようになる。
人間嫌いでぶっきらぼうな反面、非常に律儀な龍馬はその撮影に対する報酬は払い、そしてかかった費用は全額負担するという、凛花にとっては『え!?私の耳、おかしくなっちゃった!?』と言うような条件まで提示した為、ますます凛花のやる気はハイになっていっている。
これは、とんでもない上客と出会えた、と。
先程までのやりとりで、龍馬がこんなことを嘘をついて難癖付けて、払うと宣言したはずの報酬や経費を払わない、などと言うことはしないと、凛花は己の中で確信を持っている。
そんな面倒くさいことをしてまで人に依頼するくらいなら、彼は自分で撮影にも出張るだろうと言う、そんな性格だと分かってしまったから。
自身の汚部屋を、見事な程に綺麗にしてくれたことできっちりとしているのは分かるが、反面どうでもいいことには非常にものぐさだからこそ、余計にその考えに確信が持ててしまう。
「でも、いいの?」
「?……何がだ?」
「龍馬くんには、私が資料として提供できる風景なんかを撮影する、その対価として私が指定するモデル業をやってもらう話だったのに、私の資料提供の撮影に報酬どころか、かかった経費の全額負担までしてくれるなんて…」
だが、やはりそんな条件でいいのかと思ってしまう凛花は、改めて龍馬にその条件で良いのかと、確認を取ろうとしてしまう。
無論、凛花も龍馬にモデルとして、様々な商品のPRをしてもらうつもりでいる為、それに関する対価は出すつもりでいるのだが…
さすがに龍馬のようにかかった経費まで全額負担できるほどの余裕はない。
それでは、あまりに自分に都合が良すぎる条件だと、やや気が引けてしまっている。
「?……なんでだ?俺が面倒だと思うことをしてもらうんだから、それに対する報酬は言い値で払うし、かかった費用も全額負担すべきだろう?」
だが龍馬は、そんな凛花の思いを一笑に付すかのような、あっけらかんとした様子で、こんな台詞を返してしまう。
その表情から、嘘やごまかしなど微塵もないとすぐに分かるほどあっけらかんとしており、良くも悪くも思ったことをそのまま口にする性格の龍馬であるがゆえに、その言葉に嘘も偽りもないことが、凛花にはすぐに分かってしまう。
「でも、さすがに私だって仕事を手伝ってもらうのに、私にばっかり有利な話になっちゃってるから…」
「……俺があんたの仕事を手伝うのも、俺からの報酬のうちだ。だから、そこまで気にする必要はない」
「龍馬くん……」
「……もちろん、もらっていいものなら対価としてもらうが…別に必要以上にもらおうとも思ってない。俺があんたへの対価として、やろうと思ってることだからな」
普段の怜悧冷徹さがなりを潜めているとはいえ、どこまでも無表情のまま、己が思っていることをそのまま凛花に伝える龍馬。
だが、そんな龍馬の言葉が凛花にはとても嬉しくてたまらない。
自分よりも年下なのに、とても頼りがいがありすぎて…
見た目だけでなく、中身もイケメンすぎて…
ますます、凛花は龍馬ともっと深く関わりたくなってしまう。
凛花も社会人としてそれなりの年月を過ごしている為、かなり意識してその口から出す言葉には気を遣っているものの…
本質的には、思ったことをすぐ口に出してしまうし、すぐ行動に表してしまう。
だから、龍馬のことがとても頼りになると思ったからこそ…
ついつい、龍馬にべったりと抱き着いてしまう。
「……おい、なんのつもりだ?」
「え~?だって龍馬くんがすっごくイケメンで、年下のくせに頼りがいがありすぎるから~」
「……だからっていちいちくっついてくんじゃねえよ」
「そんなこと言わないでよ~。私達、これから仕事上の
「……うぜえ」
「あ~!そんなこと言うんだ~!こんな美人にべったりされてるのに~!」
「……は?」
「!ちょ、ちょっと何よその反応!?」
「……どの口がそんなこと、ほざいてんだって思ってな」
「ひ、ひどい!ひどすぎるわ!私こんなにも龍馬くんラブなのに!」
「……冗談は、さっきまでの汚部屋にしとけよ。外面良くても普段の生活空間があれじゃ、ただただ厚化粧してるだけじゃねえか」
「あ~ひど~い!ひどすぎる~!もう龍馬くんのこのたくましい胸の中で慰めてくれないと、私もう頑張れない~!」
「……うぜえ」
「!あ~また言った!また私のこと、ウザいって言った~!」
凛花にべったりとされて、途端に機嫌が悪くなってしまう龍馬。
そんな龍馬にも構わず、思う存分に龍馬の胸に顔を埋めて、龍馬の細身だがたくましい身体を堪能する凛花。
自分で自分を美人だと言う凛花に、先程までの汚部屋のことを持ち出してさらっと毒を吐く龍馬。
そんな龍馬が許せなくなった凛花は、ますます龍馬にべったりして離さないといわんばかりに絡みついてくる。
そんな、傍から見ればイチャイチャしているようにしか見えない、コントのようなやりとりはしばらく続くので、あった。
――――
「……で?」
「?で、って何?」
「……なんで俺の家にまで、ついてくんだよ?」
「え~?だってこれからお仕事の
一通りの交渉と、今後の方針決め、そして業務への簡単な説明を終え…
凛花の家を出て、帰路についた龍馬。
だが、そこに『これからお仕事でいろいろやりとりするんだから、お互いに家の場所は知っておいた方がいいでしょ!』とゴリ押ししてきた凛花が、龍馬の帰宅に便乗し、龍馬の家について行こうと勝手に決めてしまう。
しかも、あからさまに龍馬を自分のいい人だと思わせるがごとく…
龍馬の右腕に自らの腕を絡ませ、べったりと抱き着いている。
「(おいおい…なんであんなもさい陰キャが、あんな美人にべったりされてんだ?)」
「(しかも、どう見ても陰キャの方が素っ気なさそうで…あの美人が首ったけって感じじゃねえか)」
「(前世でどんだけ徳積んだら、そんな羨ましいシチュエーション、降ってくるんだ?)」
「(あんなモデル風の、色気ある美人にべったりされて…幸せそうな笑顔まで向けられて…)」
「(羨ましい…そこ代われお願いします)」
だが、パッと見はもっさりとした、冴えない陰キャな容姿の龍馬に、凛花のようなパッと見モデル風のスレンダー美人がべったりとしている光景を見せられて…
二人とすれ違う男や、遠目から見ている男達が嫉妬の炎を静かに燃やしながらも…
結局何も言えないまま、心の中で妬みの言葉を浮かべている。
最も、そんな風に思っている男達はほぼ、龍馬と何ら変わりないもさい陰キャのような容姿をしている為、完全にブーメランなのだが。
「(へ~…あの女の人、あんなもっさりした陰キャくんにあんなに分かりやすい好意見せちゃってる~)」
「(結構美人さんなのに…あの男の子、そんなにいいのかしら?)」
「(でも、よく見ると肌は綺麗だし、背も高くてスラッてしてて…)」
「(あの眼鏡と前髪に隠れてる顔、どんななのかな?)」
そして、道を歩き二人とすれ違ったり、遠目から見たりする女性達も当然いて…
パッと見ではあからさまな陰キャなのに、ずいぶんな美人さんに好かれてべったりとされている様子を見て、割と興味津々となっている。
180cmを超える長身と、引き締まってスラリとしたスタイルはモデルばりであり…
伸びた前髪から見える肌質は綺麗なのも目ざとく見ている為、その前髪と眼鏡に隠されている素顔にも、興味がいってしまっているようだ。
「……なんか、見られてねえか?」
「そりゃあ、私みたいな美人と、龍馬くんみたいなモデルばりのスタイルしたイケメンが揃って歩いてたら、誰でも見たくなっちゃうわよ」
「……なら、あんたを引きはがして俺が一人で歩いてれば、そんなこともなくなるわけだな」
「な、なんでそんなこと言うのよ!私はこのままの方がいいのに!」
「……見られるのは趣味じゃねえし、うぜえ」
「お、お願い!せめて龍馬くんのお家に着くまでは、ね?」
「……はあ…」
普段なら常に一人で歩いている為、その思考を己の開発や創作の為にフル稼働させているので周囲の視線をまるで気にかけない龍馬なのだが…
今は凛花がべったりと寄り添って歩いている為、自分の作業に意識を割けない状況となっている。
その為、嫌でも周囲の視線を集めていることに気づいてしまい、それがうざったく感じてしまっている。
正直、自分にべったりとへばりついている凛花を引きはがして、自分一人で悠々自適に歩いて行きたいと思っており、それをそのまま凛花にも告げるのだが…
当の凛花がそれを許すはずもなく、若干涙目になりながら懇願してくる様子を見て、龍馬は心底面倒くさそうにしながらも、凛花の思うようにさせることにした。
「うふふ…龍馬くんと一緒…」
出会った直後にも、龍馬自身の剛力で無理やり引きはがされたりなどを経験済みの凛花であったがゆえに…
龍馬が仏頂面を隠すことなく晒しながらも、特に何も言わずに自分にしたいようにさせてくれているのが嬉しくて、ますます龍馬の右腕に抱き着く力を強めてしまっている。
そうしながら、龍馬の自宅へと歩いて行き…
いつも食事などを買いに行ったりする、人通りの少ない路地裏を近道として選んで歩いて行った、まさにその時。
「おいおい、そこの陰キャよお」
「結構な美人連れてんじゃねえか」
龍馬と同年代くらいの、高校生と思われる男子達の集団がいきなり声をかけてくる。
しかも、龍馬にべったりとくっついている凛花をにやにやといやらしい目で品定めをするかのように見ながら、龍馬の行く先を邪魔しようと、塞いでしまう。
「…………」
「な、なによ…あんたたち…」
ここ最近因縁を付けられて、一方的な蹂躙劇でねじ伏せてきた、明らかに筋骨隆々なタイプではないのだが…
数にして十数人ほど集めているようで、徒党を組んで数の力で組み伏せようとするタイプのようだ。
因縁を付けられた当の龍馬は、特に反応らしい反応も見せず、自分と凛花を取り囲む不良集団達を一瞥する。
凛花はいきなりこんな大勢の不良達に囲まれたことで、強気な言葉を発するものの、やはりその声は硬くなっており、龍馬の右腕をぎゅうっと抱きしめて縋ってくる。
「いやいや、あんたみてえなイケてる美人が、なんでこんな陰キャなんかにべったりしてんのかって思ってよ?」
「あんたみたいな美人だったら、俺らがいくらでも遊んであげたくてさ?」
「そんな顔も表に晒せないような陰キャなんて、どうせ不細工なんだろ?」
「そんなクズに構ってるより、俺らと遊んでる方がよっぽどいい気分になれるぜ?」
自分の身体を舐めまわすように眺めてくる不良達の視線に、凛花は心底おぞましい気分になってしまう。
それが怖くて、龍馬に縋るように抱き着いて、とうとう不良達と視線すら合わせなくなってしまう。
どうせなら、龍馬にそんな風に見てほしいのに、などと思いながら。
「おいおい、そんな生きてる価値もねえ陰キャなんぞになんでそんなにべったり抱き着いてんだよ」
「あんたすっげえいい女だからさ、俺らが思いっきりエスコートしてやるよ」
「もう俺らなしじゃ生きていけねえってくらい、気持ちよくしてやっからさ」
「ほら、そんな陰キャほっといて、俺らのところへ来いよ」
一向に龍馬から離れようとしない凛花に、不良達はますますにやにやといやらしい笑みを浮かべながら、凛花の腕を掴んで無理やり龍馬から引きはがそうとする。
「!!い、いや!!離して!!」
男の欲望に満ち溢れた、醜悪な表情の不良達に腕を掴まれ、凛花は悲鳴にも似た叫び声をあげてしまう。
そして、不良達に連れて行かれないようにと、龍馬にべったりと抱き着いて必死に抵抗する。
「いいから来いっつってんだよ!!」
「お姉さん、あんま俺ら怒らせない方がいいよ?」
「今の内なら、お姉さんも楽しく、気持ちよくなれるようにしてやるからさ」
「あんまりそんな陰キャにべったりならさ、俺らそいつどうしちゃうか分からなくなるぜ?」
一向に自分達に靡かない凛花に焦れてきたのか…
不良達は強硬手段に出ようと、脅しまでかけてくる。
「いや!!いや!!」
それでも、凛花は決して龍馬から離れようとしない。
もう心底怖くて、自分がどうなるか考えただけでも恐ろしくてたまらない。
それまでずっと無言で、そんな凛花を見ていた龍馬からついに――――
「……気に入らねえ」
この台詞が飛び出すことと、なってしまうのであった。
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