第13話 龍馬くんに聞いてほしいのよ
「ねえ、龍馬くん」
人として、当然のように持ち合わせているべき感情の大半が欠落してしまっている龍馬を哀れに思い、ざわつく心の赴くままに龍馬を抱きしめていた凛花。
若干十七歳の、本来なら自分が庇護するべき存在である龍馬の生い立ちの一端を聞いてしまっただけで、止めどなく溢れ出てくる涙を抑えることもせず…
ただただ、龍馬のことを包み込んであげたくて、しばらくそうしていたのだが…
一度龍馬の身体から離れると、先程までのポンコツっぷりが嘘のような真剣な表情を浮かべ、真っすぐに龍馬を見つめながら、声をかける。
「?……なんだ?」
「単刀直入に言うわ。私と一緒に暮らさない?」
その一言に、本当に単刀直入だなと、龍馬は思ってしまう。
そして、『さっきの自分の話を聞いていたのか?』とも思ってしまう。
「……さっきの俺の話を、聞いてたんだろう?なのになんで、そんなことを言ってくるんだ?」
人との関わりをこれでもかと言うほどに排除するのは、その方が自分にとって都合がよく、やりたいことをやり通せるから。
だからこそ、孤独を当然のように受け入れながら生きているのに…
『本当に話を聞いていたのか?』とさえ、龍馬は思ってしまう。
「だからよ!あんな話を聞かされたら、逆にそばにいてあげないと、って思っちゃうわよ!」
「?……なんでだ?」
「いい?龍馬くん。あなたはずっとそれで生きてきたから、それでいいって思ってるのかもしれないけど、いつまでもそんなんじゃだめ!ましてや、本当なら高校生として学校に行って、青春を謳歌してる年齢なのに!」
「……別にそんなもん、俺は必要ないんだが…」
「だめったらだめ!龍馬くんは、もっと人と関わることを知らないとだめ!ああ~もお!なんでこんなに不憫なの…」
凛花の強い主張に、龍馬はますますわけが分からなくなってしまう。
現役の高校生としての生活。
学生として謳歌する青春。
人との関わり。
そんなもの、今更必要だなんてかけらも思わないのに。
やたらと姉ぶって、またべったりと包み込むように抱き着いてくる凛花の行動が、龍馬には微塵も理解ができないでいる。
「あのね龍馬くん。家族って、ほんとにいいものなのよ?」
「?……そうなのか?」
「そうなの!私のお父さんもお母さんも、いつも私を気遣って、困った時には助けてくれるし、私の妹なんかいっつも『お姉ちゃん』って可愛く甘えたり、どこかに二人で仲良く遊びに行ったりしてくれるし…」
「……それって、いいもんなのか?俺には、全く理解できないんだが…」
「いいに決まってるじゃない!私の事をこんなにも愛してくれて、私を必要としてくれてるって言うのが本当に伝わってくるのよ!それがあるから、私日々の生活頑張れてるようなものだもん!」
凛花の家族は両親と妹の、自分も含めて四人家族。
父は子煩悩で、いくつになっても可愛い娘達に甘く、ことあるごとに助けてくれたり、ちょっとしたおねだりもすぐに聞いてくれたりする。
家事全般が壊滅的な凛花を心配していろいろやろうとしてくれたりするのだが、それは甘やかしすぎだと、母に窘められたりしている。
母はその父親の代わりに厳しく躾けようと、叱ってくることの方が多かったけど、今となってはそれらも全て娘である自分達のためであることが、痛いほどに伝わってくる。
それに、辛いことがあった時は幼い子供にそうするかのように、本当に優しく包み込んでくれるから、そんな深い愛情にいつも救われている。
妹は少し歳が離れていて、現役の高校生なのだが、友達とも仲良く遊ぶのだがそれよりも姉である自分と遊びたがるくらいには、姉妹仲がいい。
実家に帰ったりしたときには真っ先に『お姉ちゃんお帰り!』と、笑顔で出迎えてくれるのも可愛いし、そうやってべったりとくっついてくるのも可愛くてたまらない。
決して裕福ではないものの、家の中が本当に愛情に恵まれていて、いつだって帰りたくなる実家。
そんな家庭で育ってきた凛花だからこそ、龍馬の生い立ちや考え方が信じられないと思ってしまう。
そして、そんな寂しい人生を、自身が可愛がっている妹と同年代の少年が送っていることが、凛花にとって我慢がならない。
龍馬には、家族の温かさが必要だと思ってしまう。
物心ついた頃から天涯孤独の身となっていた龍馬。
その龍馬に、自分が姉として家族として、もっと人間らしい感情を芽生えさせていかないといけない。
そんな使命感が、凛花の中に芽生えてしまっている。
「…………」
その決意の目で、龍馬を真っすぐ見据える凛花に、龍馬は能面のような無表情を崩さない。
だが、その様子から凛花が伊達や酔狂でこんなことを言っているわけではないことも、感じ取れてしまう。
これは、面倒なことになってしまった。
龍馬はそんなことを思ってしまう。
生きるか死ぬか、ただそれだけの世界で生きていることもあり…
自らが手を汚して、目の前の敵を葬ることなど日常茶飯事。
それでも、葬らずに済む場合はその直前まで追い込んで、二度と自分にちょっかいかけられない程度で留めたりはするのだが。
そんな自分に、家族だなんて。
そんなもの、邪魔以外の何者でもないのに。
むしろそんなものがいたら、自分のペースで動けなくなるだけなのに。
そんな思いが、龍馬の心をかけ巡る。
「龍馬くん…いきなりすぎたとは思うけど、私は自分の言葉を撤回するつもりはないわよ」
「……はっきり言わせてもらうと、俺にとってそんなものは邪魔以外の何者でもないんだが?」
「それでも、よ!手始めに私が、龍馬くんのお姉ちゃんになってあげる!」
「?…………」
「な、なによその顔!?私みたいな美人なお姉ちゃんができて、嬉しいとは思わないの!?」
「……あんたが俺の姉?そんなことになったら、家事とかで手間かけさせられて、終いには過労死する未来しか見えねえんだが?」
「!ひ、ひどい!ひどいわ!お姉ちゃんがこんなにも龍馬くんのこと、心配してるのに!」
「……そんな心配されるような、ヤワな生き方はしてねえつもりなんだがな」
「腕っぷしとか、経済力とかそういう問題じゃないの!あなたの人間としての、当然の感情が欠落してるから心配なの!」
「?……そんなもの、必要か?」
「やっぱりね!やっぱりそういうとは思ってたけど!でもここは譲らないわ!あなたには、絶対にそういうのが必要なのよ!」
そんなもの、邪魔以外の何者でもない。
その思いを、龍馬は歯に衣着せることすらせず、はっきりと言い切るのだが…
そんな龍馬の拒絶すら構わずに、凛花は龍馬の姉になる宣言まで、無駄に堂々としてしまう。
その瞬間、龍馬の顔に嫌気がさしたような表情が浮かんだことに凛花はショックを受けてしまい…
その後、追い打ちのように龍馬から言われたことにますますショックを受けてしまう。
あくまで、そんなものは不要だと言い切る龍馬に対し、凛花は絶対に必要だと、一歩も引く様子を見せない。
「……うぜえ…」
「!い、言うに事欠いてそれ!?お姉ちゃん泣いちゃうわよ?」
「……誰が俺の姉だって?何を訳の分かんねえことを…」
「もお!意地っ張りな弟ね!えい!」
心底どうでもいい話に付き合わされ、どこまでも己の主張を貫き通そうとする平行線な状況に、龍馬からさすがに溜息が漏れ出てしまう。
そんな龍馬の態度に凛花は本当に泣きそうな顔になってしまうが、龍馬はそんな凛花を冷たく突き放してしまう。
しかし、そんな意地っ張りに見える龍馬がなんだか可愛いのか…
凛花は龍馬にべったりと抱き着いて、龍馬の胸元から龍馬の顔を見上げるようにしてしまう。
「……いちいち抱き着いてくんなよ。邪魔なんだが」
「もお!こんな美人なお姉ちゃんにべったりされてそんなこと言うなんて!そんなツンデレな龍馬くんが可愛い!」
「?……ツンデレ?なんだそれ?」
「え?龍馬くん、ツンデレって知らないの?」
「?……知らねえ」
「え~?龍馬くんそんなことも知らないんだ~?」
「?……それは、知らねえとマズいことなのか?」
「それはもちろん!これを知らないなんて、龍馬くんこの国に住んでる資格なんかないわよ?」
「……なんか、俺の反応を見て適当に言ってねえか?」
「!!(ギクっ!!)や、や~ね~?そ、そんなこと、な、ない、わよ?」
「……あんた、嘘下手なんだな」
「!!だ、誰が嘘下手って!?そ、そんなこと、な、ないんだからね!?」
「……そんだけキョドってて何言ってんだ?無理して嘘ついてんの、バレバレじゃねえか」
「あーあー!聞こえなーい!そんなの聞こえませんー!!」
ことあるごとに抱き着いてくる凛花に、邪魔だとはっきりと告げる龍馬。
だが、そんな龍馬の言葉も照れ隠しだと思えば、なんだか龍馬が可愛らしく見えてくる凛花。
もちろん、龍馬は照れ隠しでも何でもなく、本当に邪魔だと思っているのだが。
そこからは、凛花だけ妙にハイテンションながらも、他愛もない人と人とのやりとり。
愛情に満ち溢れ、仲のいい家族とその生を過ごしてきた凛花にとっては、あり触れた日常とも言えるやりとりと言えるものだが…
物心ついた時からすでに孤独に生きてきた龍馬にとっては、一つ一つが妙に新鮮さを感じてしまう。
その為、邪魔だ、とは言いつつも凛花を邪険にできず、冷徹に排除しようとも思えず…
いい加減自宅に帰って、開発作業の続きをしたいと思いながらも、なかなかここを後にすることができないでいる。
「……ねえ、龍馬くん」
「……なんだ?」
「…一緒に住むのが嫌なら、ここは折衷案を取りましょう」
「?……折衷案?」
「実は私、最初は龍馬くんに私の被写体になってもらおうと思ってて…その話をしたくて、ここまで来てもらったのよ」
「!……被写体…だと?」
ここでようやく、凛花が龍馬に声をかけ、自分の汚部屋を晒してまで話をしようとした理由、そして目的を知ることができた龍馬。
だが、目立つことを好まない龍馬からすれば、フォトグラファーである凛花の被写体になると言うこと…
つまり、自身の姿を公の場に晒す、ということと同意だと考え、あからさまに嫌そうな顔を見せてしまう。
「やっぱり、そんな顔しちゃうわよね。龍馬くん、人目に付くことすっごく嫌いでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「そうよね…むしろストレートにこの話しないでよかったって、私思っちゃったくらいだもん」
「……それを真っ先に言われたら、俺は間違いなくここから出て行ってたな」
「やっぱり!ああ…よかった。でね、そうやってメディアに露出したりして、龍馬くんの開発のお仕事に拍が付くように、次のお仕事にもつながるようにって思ってたのよ」
「……今十分収入はあるし、何より他人から指示されて仕事なんて、したくねえなあ…」
「それ龍馬くんだから言えることなのよ?普通は誰もがそう思ってて、でも結局はやりたくもない仕事を、生活の為にと言い聞かせながら頑張るのが普通なんだから」
「……面倒くせえ世の中なんだな」
いろいろと話が脱線したおかげで、龍馬の人となりをある程度は掴むことができた凛花。
そのおかげで、自身が最初に龍馬に持ち掛けようと思っていた話をいきなりせずに済んだことで、龍馬に即拒絶されることなく、話を持ち掛けられるようになったことを心底喜ぶ。
「でね?それなら、こういうのはどうかな?って思って、龍馬くんに聞いてほしいのよ」
「?……なんだ?一体…」
「龍馬くんって、ネット上で素材になるイラストとかも描いて、ショップに出してるのよね?」
「?……ああ、そうだが…」
ここで凛花は一息つき、そして…
「そういうのって、資料になる写真とか、欲しくない?」
龍馬にとって、必要となりそうなことを提案してくる。
「!……まさか、あんたがそれを?」
「そう!私が、龍馬くんが必要とする資料用の写真を、可能な限りだけど撮影して、進呈しちゃうわよ?」
「…………」
そんな凛花の提案に、龍馬は少し考える。
十七年という人生の大部分を孤独に過ごしてきた為、できないことを探す方が難しいと言えるほど万能ではあるのだが…
さすがにイラストの資料となる写真を自ら出向いて撮影しにいくのは、それなりにできるとは言っても気が乗らない。
だが、現在プロのフォトグラファーとして活躍している、この凛花がそれを撮影し、資料として使わせてくれるとすれば、龍馬としてもそちらの方が仕事の
「……対価は、なんだ?」
そして、凛花の提案が、龍馬にこの台詞を出させてしまう。
龍馬がこの台詞を出したと言うことは、凛花の提案に一考の余地があるということ。
龍馬からその台詞を引き出せたことに、凛花はにやりとしてしまう。
「そうね…龍馬くんに、私の被写体になってほしいわ」
ここで、元々の目的である、龍馬を自身のフォトグラファーとしての被写体にさせてほしいと言う望みを、凛花は持ち出してくる。
「!……そう来るか…」
「ええ…ただ、あなたを目立たせる、と言う意味の被写体じゃないのよ」
「?……どういうことだ?」
「あなたのスタイルなら、どんな服も見栄えよく着こなせそうなの。だから、新作の服が出た時のファッションモデルとか…後は、眼鏡とか装飾品の宣材用のモデル、とかを、私が要求した時にしてほしい」
「……つまり、服や装飾品を目立たせる為の、マネキン的な意味合いの被写体ってことか?」
「そう!それなら、龍馬くんそのものにフォーカスを当ててるわけじゃないから、あなたが必要以上に目立つことはないと思うんだけど、どうかしら?」
龍馬に対して、ぐいぐいと交渉を持ち掛けてくる凛花。
その凛花の言葉に対し、龍馬は一笑に付す、という反応を見せることはなく…
受けるかどうかを考える価値は十分にあると判断し、実際にどう返答するかを考え始めるので、あった。
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