第9話 ……また、あの人に…会いたいな……

「!!な、なに?これ…」


龍馬の雰囲気が明らかに変わり…

自身の心臓が締め付けられてしまっている…

そんな物理的な圧力すら感じさせる、濃密な殺気。


それを感じ取った瞬間、それまで怒りに身を任せていたヤンキーギャル達が、恐怖のどん底に陥れられることと、なってしまう。


「!!ひっ!!……」


そして、その長い前髪と黒縁の眼鏡の奥に隠れて見えない龍馬の目から…

己の心臓を射抜いてしまうかのような…

むしろ、心臓どころかその全身を凍てつかされてしまうかのような、絶対零度の視線。


ギャル達は、それだけで完全に戦意を喪失してしまい…

その凍てつくような殺気に、その身をがくがくと震えさせられてしまっている。


「な、なにこいつ……な、なんなの…」

「う、動けない……」

「膝が…震えて…」


自分達が完全に獲物だと見下して、突っかかっていった目の前の人物。

その人物が、決して敵に回してはいけない存在だったことに、まだ気づかない。




「……どうした?俺と、『殺し合い』をするんじゃなかったのか?」




殴りかかってくるどころか、その放たれる濃密な殺気をその身に受けて、とてつもないほどの恐怖を感じさせられてしまっているギャル達に、龍馬は問いかける。


ところが、完全に龍馬の殺気に呑まれてしまっているのか、ギャル達は声を出すどころか、指一本動かすこともできずにいる。


「……ふん」

「!!ぐ、ぐえっ!!」


この時点ですでに抵抗すらできずにいるギャルの一人に、龍馬の左腕が襲い掛かる。

その伸ばされた左手が、ギャルの一人の細い首を鷲掴みにしてしまう。

ギャルの首を鷲掴みにした龍馬の左腕が、そのまま高々と持ち上がり…

彼女の華奢な、それでいて肉感的な全身を軽々と持ち上げてしまう。


そして、龍馬の人外の剛力が、万力に挟まれたかのような凄まじい圧力を彼女の首にかけていく。


「!!がっ、ああああああああっ!!!!!!!……」


そのあまりの圧力に、彼女は必死に抵抗し、足をバタバタとさせる。

そのバタつかせた足が、龍馬の眼鏡を蹴とばしてしまうが、龍馬はまるで意にも介さず、ただただ無慈悲に彼女の首をその左手で締め続ける。


その剛力は、彼女の頸動脈を締めるなどと言った生易しいものではない。




――――彼女の首を、へし折るつもりで力を込めている。




その身体ごと持ち上げられ、首をへし折る勢いで凄まじい圧力をかけられているギャルの一人。

とうとう足をバタつかせることすらできなくなり…

その口からは涎が止めどなく溢れかえり…

腰の中心部からは、失禁すら起き始め…

窒息の副産物が地面に垂れ落ちていっている。


周囲のギャル達が、その光景を見てさらなる恐怖と絶望に心を押しつぶされていく。

そして、龍馬の言っていた『殺し合い』が、文字通りのものだったと言うことに、ここでようやく気付くこととなる。


だが、身動きどころか声すら出せないほどに、龍馬の殺気に押しつぶされている彼女達。


そのあまりの恐怖に、涙が溢れてしまう。

そのあまりの絶望に、心が砕けてしまう。


その首をへし折られそうになってしまっているギャルはもう、あまりの圧力に声すら出すことができない。

それどころか、瞳孔が開き始めている。


これ以上は、確実に彼女の死を意味する。

だが、一人の人間の命の灯を、その手で消そうとしている龍馬の表情は――――




――――まるで路傍の石ころを見るかのような、怜悧冷徹な、能面のような無の表情。




そんな表情で、いとも簡単に人の命を奪おうとすることができる龍馬を見て、彼女達はようやく気付くこととなる。




――――自分達が喧嘩を売った相手が、決して逆らってはいけない、逆らうことすら許されない存在だったということに――――




次は自分がこうなる番だ。


龍馬の殺気が、そう告げられているかのように彼女達は思えてしまう。

もう、逃げられない。

もう、許されない。


そう思わされ、覆しようのない絶望に心を浸食されかかった、その時。




「……ふん」




その命が吹き消される寸前。

窒息死寸前で、痙攣まで起こっていたギャルの身体を…

龍馬は無造作に込めていた力を抜き、落としてしまう。


その手から離されたギャルは完全に意識を失っており…

支えを失ったことで地面に落とされ、仰向けに横たわってしまう。


呼吸の様子は見られないものの、ぴくぴくと痙攣が起こっていることから、かろうじて死は免れている。


「あ……あ……あんた……」

「な……こんな……」

「お……おかしい…よ……」

「ど…どうして……そ、そんな…簡単に…」


人の命をいとも簡単に奪おうとした龍馬の行動に、ようやく声を出すまでに至ったギャル達が、怯えながらも非難の声を上げる。


だが、そんなギャル達の言葉に、龍馬は表情一つ変えずに――――




「……『殺す』なんて言葉口にした時点で、殺し合いは始まってんだよ。そうなったら、どちらが先に相手を殺すか、それだけだ」




己が絶対遵守すべき鉄則ルールである、弱肉強食の掟を淡々と言葉にする。


「!!…………」


その一言に、その場にいたギャル達はまたしても…

このまま死んでしまった方がマシだと思えるほどの恐怖を、感じてしまう。


「で……でも……」

「あ…アタイ達……女の子……なんだよ?……」


しかしそれでも納得がいかないのか、自分達が女子であることを持ち出して、弱弱しくも反論してしまう。


しかし、そんな台詞も龍馬の――――




「……殺し合いに、男も女もあるとか思ってんのか?弱肉強食の世界に、そんなどうでもいい区分なんぞ、これっぽちもねえ…強ければ生き、弱ければ死ぬ…たったそれだけなんだよ」




――――自然界で絶対となるその掟に、そんな区分も余地もないと、ばっさりと切り捨てる言葉に、またしてもギャル達は何も言えなくなってしまう。


「……だが今回は、チャンスをくれてやったようなもんだがな」

「??……え?……」

「……てめえらが…生き延びるチャンスは、くれてやった」

「そ、それって……どういう……」

「……俺は自分がと認識したなら、一切の慈悲をかける気もねえ……だが、こんな無抵抗な連中…はっきり言って…だからチャンスをやっただけだ」

「……で…でも……」

「こ、殺そうと…してた…のに?」

「……何寝言言ってんだ?――――」




「――――本気で殺す気なら…俺がその首掴んだその瞬間に、ように握りつぶしてやってるんだが?」




幾分薄れていたはずの、龍馬が放つ濃密な殺気が再び、龍馬のその言葉が放たれた瞬間にその場を覆いつくす。




「!!ひ、ひぃ!!……」




そのあまりの殺気に、ギャル達は尻餅をついてしまい…

そのあまりの恐怖に失禁すらしてしまう者も、現れている。


「……そもそも、すぐに女とか持ち出してどうこう言うような魂胆なら、ハナッから殺し合いになるような挑み方なんかするべきじゃねえな…」

「…………」

「……そんな中途半端な生き方しかできねえから、てめえらなんざんだからな…」

「…………」

「……あと、これだけははっきりと言っておく」

「!!…………」




「……次にこんな真似しやがったら、その時こそてめえらの命日だとな」




その重すぎる一言を、それだけで相手を殺せてしまいそうなほどの殺気と共に言い放つ龍馬の迫力があまりにも凄すぎて…

その場にいるギャル達は、必死に首を縦に振り回して了承の意を龍馬に伝えようとする。


ほんのちょっとした、ボタン一つの掛け違いで危うくその命を落とす局面であったことを、まさにその身で実感することとなったギャル達は…

もはや立つことすらもままならず、その場に座り込んでしまっている。


その瞬間、突風が吹き抜け…

龍馬の顔を覆う、無造作に長い前髪が瞬間的に巻き上がってしまう。


「!!…………」

「!!え…………」

「!!うそ…………」


ギャル達は、その瞬間露わになった龍馬の素顔に、思わずと言った感じの反応を表し…

驚愕の声まで、上げてしまう。


だが龍馬は、そんなギャル達に興味すら失ったのか…

視線の一つも向けることすらせず、落としてしまった眼鏡を拾い、落とした時に付着した汚れを軽く落としてからかけ直すと…

そのままその場を後にしようと、足を動かし始める。


「…………」


じょじょに遠ざかっていく龍馬の姿を、ギャル達は茫然とした表情で見つめているが…

そんな視線など気にも留めず、ただただ、目的地であるスーパーへと歩いて行く。


「……さて、あの作業…どう進めていこうかな」


龍馬の思考は、完全にこの後の楽しみとする開発作業へと集中することとなり…

この場であった出来事、そしてそこにいた人間のことなど、何一つ残らずその記憶から排除してしまうので、あった。




――――




「…………」


龍馬の姿が完全に見えなくなっても、ヤンキーギャルの集団はその場から動けず…

立ち上がることすら、できずにいる。


「…う…」


龍馬にその命を消されかけていたギャルも、ようやく意識が戻るまでに至ったのか…

じょじょにその目が、開いていく。


「!!だ、大丈夫!?」


それを見て、すぐに他のギャル達が心配そうに寄っていく。

その首に、龍馬が握りつぶそうとしたことがはっきりと分かる…

手の形をした痕が、くっきりと残っているのを見て、ギャル達は再度、自分達が一歩間違えれば龍馬に皆殺しにされていたことを、実感してしまう。


「…あ、あたし…い、生きてる?…」

「うん!生きてるよ!」

「よかったあ!」

「も、もうほんとに…ほんとに殺されるかと思った!」


締め落とされてから目覚めた一人も含め、その場にいたギャル達が、今生きてるという実感に心底、安堵の声を上げてしまう。


「…………」

「?ど、どうしたの?」

「?なんか、顔赤くない?」


そんな中、明るい桃色に髪を染めたショートヘアのギャルが一人、未だ声の一つもあげずに惚けているのを見て、他のギャルが心配そうに声をかける。


心なしか、桃色の髪のギャルの頬が薄紅に染まっているのも気になっている。


「……あ、あーしおかしいのかな…」

「え?」

「な、なにが?…」




「……あーし…あの人になら…抱かれてもいいって…ううん…むしろ、抱かれたいって…思っちゃってるの……」




桃髪のギャルが、ぽろっと零してしまったその一言。

それが、この場にいるギャル達に驚愕と言う名の波紋を起こすことと、なってしまう。


「!!は、はあ!?」

「!!あ、あんた何言ってんの!?」

「!!あ、アタイ達あいつに殺されかけたんだよ!?」


当然のごとく、桃髪のギャルを問い詰めることになってしまう他のギャル達。

どう考えても、そんな発言が出るような出来事ではなかったはずなのに。


「……で、でも…結局見逃してもらえたじゃん」

「そ、それはそうだけど!」

「でも実際に一人、死にかけてるんだよ!?」

「……そ、それに…みんな、見たでしょ?あの人の…素顔…」

「!!そ、それは……」

「!!う、うん……」

「……あーし、ぶっちゃけちゃうけど…正直、めっちゃ好みだったの……」

「!!わ、分かる!!それは分かるよ!?」

「!!確かにすっごい美形だった!!で、でも!!……」

「……それに、あの人……あーし達こ~んな胸チラもパンチラも普通にしちゃうような、こんな服装してるのに…あの人…見向きもしなかったでしょ?……それどころか、あーし達のこと、もん……」

「そ、それが?」




「……それがなんか、すっごくキュンってきちゃったの……」




「!?え、え!?」

「!?な、なんで!?」

「……だって…あーし達ってやたら男共に鼻の下伸ばされたり、欲望丸出しな目で見られたりしてるじゃない?」

「う、うん」

「まあ、それを狙ってるのもあるけど…」

「……でも、あの人はぜ~んぜんそんなことなくて…なんていうのかな…」




「……めっちゃくちゃ硬派、って感じがして…本物の男、って感じがして……もしあの人に女って見てもらえたら……逆にめっちゃくちゃ大事にしてもらえそうな……そんな気がしたの……」




「……そ、そうかも」

「……な、なんかそんな感じ、するよね?」

「実際すっごいイケメンだったし!」

「見てるだけでお腹がきゅうんってなっちゃうくらい!」

「……あーし、あの人に押し倒されて、めちゃくちゃにされること想像するだけで…女として生まれてきたことがすっごく幸せって思えちゃうの……もう…お腹の奥がキュンキュンって、しちゃってるの……」

「…ヤバい…アタイも、あの目で見られながら組み敷かれたり、って思ったら…それだけでどうにかなっちゃいそう……」

「あの顔で…耳元で愛の言葉とか囁かれたら…あ~!絶対無理!立ってられなくなっちゃう!」


一人のギャルの言葉から起こった波紋が、どんどん他のギャルの思考に浸透していく。


龍馬にあの素顔で迫られたり…

押し倒されて、めちゃくちゃに抱かれたり…

耳元で、愛の言葉を囁かれたり…


そんなことを想像するだけで、彼女達はを感じてしまっている。


特に龍馬が、女としてどころか、人としてすら見ていなかっただけに…

そんな龍馬に、自分が女として見てもらえたら…

それを想像するだけで、ぞくっとした感覚を覚えてしまう。


気が付けば、その場にいたギャル全員…

しかも、龍馬にその首を掴まれて殺されかけたギャルまでもが、桃髪のギャルの思考がそのまま模写コピーされてしまったかのように、蕩けてしまっている。


「……また、あの人に…会いたいな……」


その後ようやくと言った感じで腰を上げ、その場から移動することとなったギャル達。


以降はすっかりヤンキーのような振る舞いはなくなり、それまでが嘘のように…

女性として魅力的になろうと、はしたない服装もやめ、学業も懸命に打ち込むようになっていく。


いつの日か、龍馬に再会できることを願い、その時には龍馬に女として見てもらえるように…

自分に女としての魅力を感じてもらえるようにと、その努力を惜しまず継続していくようになるのだが、それはまた別の話。

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