第8話 …神崎 龍馬の件、いかが致しましょう?
「ぜ、全滅…だと?…」
「はい」
龍馬を狙って差し向けられた刺客達。
その刺客達が、路傍の石ころを蹴とばすかのように返り討ちにされた日の翌日。
都内の高級住宅地に、周囲に建てられている家屋から比べてもひときわ大きく、豪華な装飾までされている建造物。
その建造物の一室である、一人の事務部屋とするには大きすぎる程に大きく…
また、その部屋にあるものも贅沢の極みを尽くしていることを表すように、高級品で埋め尽くされている。
人によっては、数々の高級品に心奪われることになり…
人によっては、部屋の主の虚栄心を映し出した空間に、嫌悪を覚えるだろう。
その空間を見る人によって、評価が変わるであろう、そんな部屋。
その部屋の中の主となる、一之宮財閥の現当主、
齢三十五にして、実の父親である前当主からこの財閥を引き継ぎ…
その経営手腕で実績をさらに伸ばし、わずか六年で『日本の影の
その非常に有能な男が、自身の部下であり秘書である男の報告に、その端正な顔を崩されている。
「…向かったのは、うちの警備部隊の中でもトップクラスの戦闘能力を持った者達ばかり…だったな?」
「そうです。指揮官含め、合計で十五人で刺客として向かいました」
「…それが、全滅、したのか?」
「はい」
「…それほど、なのか?」
「はい…実際にその現場を目の当りにした私の部下からの報告によれば…戦闘開始から一分も持たず、一方的にやられ、全滅まで追い込まれたそうです」
「!!ば、馬鹿な!!」
「私も、正直そう思ったのですが…部下がその一部始終を望遠カメラで撮影しておりまして…それを証拠として提示されては、真実だと受け入れる以外にありませんでした…」
「…あれらは素行ははっきり言って問題外だったが…戦力としては図抜けていた、とのことだが?」
「それは事実です。現にプロの格闘家や、元自衛隊の腕の立つ者ですら、彼らに一方的に潰されていたのですから」
「…それほどの者達が束になってかかったと言うのに…」
「…はい、見るも無残な状態でした」
自身の腹心である秘書の男の報告を聞いて、どっと疲れが出てしまったのか…
大きくため息をつき、それでも自分を落ち着かせようとする。
虚栄心が強く、己を周囲に認めさせたい承認欲求も非常に強い紳一郎。
しかし、それでいて己の評価に傷をつけないようにする為には非常に慎重にもなる。
娘の蓮華が、学校にも行かずに町をフラフラしていた、ということだけでも、根が小心者で臆病な紳一郎にとっては、どこで根も葉もない噂を上げられ、己の経歴に傷がつくか分からない、まさに地雷のような出来事だった。
しかも、頭の痛いことはそれだけに留まらず…
チンピラに絡まれ、危うくその操を散らすことになりかけるわ…
かろうじて、そのチンピラの魔の手から救われたものの、その男との会話で無様に泣いてしまうわ…
あろうことか、自分を泣かせた男を尾行し、抱き着き、さらには己を対価に同居を求めるなどという…
一つでもマスコミに拾われれば、財閥にとって大きなスキャンダルになりかねない出来事ばかりだったのだ。
あげくに、その男に言い寄って捨てられるような流れになってしまっている為、言い訳のしようもないほどの出来事になってしまっている。
最も、いざとなれば財閥の権力や財力などをフルに使い、事実そのものを握りつぶすつもりではいるのだが。
「…あの馬鹿娘は、本当に私を陥れることしかせんな、全く」
紳一郎は、実の娘である蓮華のことは半ば見切りをつけてしまっている。
学業の成績だけで見れば優秀とは言えるのだが、箱入りで世間知らずな点が多く、その割に好奇心旺盛で後先考えずに行動することが多い。
その人並み以上に恵まれた容姿は武器になりうるのだが、肝心の中身があまりにも、紳一郎にとっては地雷要素が多すぎるため、むしろ疫病神とさえ思っている。
その蓮華は、龍馬にこっぴどく拒絶されてしまったことで心神喪失状態となってしまい、現在は自宅にて療養中となってしまっている。
皮肉にも、その状態のおかげで蓮華が余計な動きをすることもなくなったので、紳一郎としては肩の荷が少しは降りた、とも言えるのだが。
「…神崎 龍馬の件、いかが致しましょう?」
「…この私の経歴に傷をつける者を、許すつもりなどない」
「…では、更なる刺客を?」
「そうだ。あの男がいる限り、私の悩みは尽きそうにない。あの男は、まさに地雷だ」
紳一郎は、今回の件で龍馬を完全に敵と見なしてしまっている。
紳一郎の娘、蓮花と関わりを持ち、心神喪失状態まで追い込み…
財閥内でも屈指の精鋭部隊を赤子の手をひねるように全滅させてしまった、
そんな龍馬は、紳一郎にとっては一刻も早く排除すべき不安要素なのだろう。
龍馬を抹殺する、という決意の声には、その心情も現れている。
「…お言葉ですが、私は下手に刺客を送るべきではないと愚考致します」
しかし、その紳一郎の決意に水を差すようなことを、秘書の男は言い放つ。
淡々とした、冷静さを保った声で。
「!それは、なぜだ?」
「…映像でも見せて頂きましたが、あの男の戦闘能力は尋常ではありません。いえ…むしろ人間の範疇で考えるべきではない、とさえ考えます」
「それは…下手な刺客を送れば、逆に返り討ちに遭う、と言うことか?」
「正直なところ、あの男を倒せる人間がいるとは到底思えません」
「!そ、それほどなのか…」
「しかも…映像で私も一部始終を見ましたが…あの男、恐ろしいのは戦闘能力だけではありません」
「?どういうことだ?」
「…部隊を殲滅させて、その場を離れようとした際、あの男、映像を撮影していたカメラの方に、視線を向けていたのです」
「!!……」
「撮影した部下の話では、超高精度の望遠レンズとカメラを使って、1km程も離れたところから撮影していたということなのですが…その距離であの男は、自分が撮影されていることに気づいた…これでは、下手な陰謀や策略は通せず、いたずらにあの男の怒りを買うだけの結果に、なってしまう可能性が高いと、進言します」
「い、いくらなんでもその距離で…た、たまたまではないのか?」
「…あの映像を見ていると、とてもそうとは思えませんでした。まるで、レンズの先にいるであろう己の敵を射抜くように、しばらくその場に佇んでじっとレンズの方へと視線を向けていました…それも、ただの映像であるにも関わらず、見られただけで心臓まで凍ってしまいそうな、凍てつく殺気を込めた視線を」
「!!……」
「だからこそ進言致します…あの男には、手を出すべきではありません。むしろ、その方が周囲に興味を持たないあの男に関わりを持たずに済みます…あの男は、人間社会で生きていながら、自然の摂理の中で生きている…敵と認識すれば、相手が誰であろうとその牙を向き、躊躇うことなくその敵を、淘汰します」
「…………」
神崎 龍馬と言う男の異常過ぎる程の強さ、そして非情さに心底畏怖を抱き…
しかし極めて冷静に、秘書として己の意見を進言する…
その言に、紳一郎はさすがに考えを改めることと…
否、改めさせられることと、なる。
現時点ですでに、自身お抱えとなる自慢の戦力を、一方的すぎるほどの虐殺劇で屠られているのだ。
下手をすれば、一之宮財閥クラスの組織の総力で仕掛けたとしても、勝てるかどうか…
神崎 龍馬がそれほどの存在であることを、紳一郎は認識せざるを得なかった。
「…仕方がない…下手にあの男を刺激して、こちらが多大な被害を被るのは避けたいところだしな…」
「…それが賢明かと、私は愚考致します」
「…しばらくはあの男には関わらない…が、調査だけは続行しておけ。あの男に気取られないように、細心の注意を払って、だ。いずれ、あの男が我が財閥の敵となる…その時に備えて、な」
「…畏まりました」
当面は龍馬の身辺を調査する、それも龍馬に感づかれないように細心の注意を払って、と言う言を秘書に伝え、紳一郎はその一件は終わりとする。
その言を受け、秘書は早々に紳一郎からの命を実行すべく、その場を後にする。
龍馬によって屠られたSP部隊は、すでに財閥の暗部の手によって回収、そして処理されている。
少なくとも昨晩の一件が世間に露呈することはない、と、紳一郎は認識している。
「(神崎 龍馬……今のところは引いておいてやる…が、この私に盾突き、我が財閥の不安要素となるのなら、決して生かしてはおかん!!)」
紳一郎は、龍馬が財閥にとって最大の障害となることを認識し…
いずれ、龍馬を抹殺することを決意するので、あった。
―――――
「…ち…切れてやがった…」
高負荷の鍛錬、そして降りかかってきた火の粉を払うべく、十数人もの屈強なSP達相手に一方的な虐殺劇を繰り広げたその翌日。
この日は十分な睡眠を取りつつも早朝に目を覚まし、食事が必要なほどの空腹感もなかったので水だけ飲んで済ませ、そこからひたすら創作と開発に打ち込んでいた龍馬。
時刻も正午を過ぎ、ちょうど作業も区切りとなったので昼食を作ろうとするも…
献立まで決めてこれから料理を始めようとしたその矢先に、あると思っていた醤油が切れていたことに気づいてしまう。
献立自体を変えてしまうこともできるのだが、龍馬自身それが食べたくて決めた献立であるがゆえに…
どうしてもそれを作って食べたくなってしまっている。
しぶしぶながらも最低限の準備をし、財布と普段から買い物に使っているエコバッグを所持すると、自身の生活空間から外界へと、足を踏み出していった。
そうして、最寄りのスーパーまで行こうと足を進め…
人気のない、普段からスーパーへの
「ねえちょっと、そこのあんた」
龍馬に対して、獲物を見つけたかのような優位に浸る声がかけられる。
「…………」
だが、歩きつつも頭の中は今現在進行中の作業について、その思考をフル回転させている龍馬。
ゆえに、そんな声はまるで耳に入らず、そのまま素通りしようとしてしまう。
「おい!!そこの陰キャ!!」
「あんたに言ってんだよ!!」
「何シカトしてんだこらあ!!」
かなり強気な口調と台詞だが、声自体は高く、それが女の物だとすぐに分かるそれ。
龍馬に無視されていると思ったことで癇に障ったのか、その苛立ちを隠そうともしない。
「……ああ?」
これからの作業について思考を進めていたところを邪魔されたことにより、龍馬の反応も不機嫌そのものな声が上がってしまう。
その不機嫌さを隠そうともせず、声のする方へと向いてみると…
明るく目立つ金色や赤色、または紫色と言った、色とりどりに染められた髪。
ヤンキーと言うことがすぐに分かる目つきの悪さがあるものの、それぞれの個性はあるが造形自体は割と整っており、十人中八人は美人だと評するであろう顔立ち。
どこかの学校の制服に身を包んでいることから学生、ぱっと見では高校生くらいだと言うことが分かるものの、制服から予測できる年齢よりも育っている感のあるプロポーション。
青春真っ盛りの十台ではあるが、その顔に濃い目のメイクをしているのも、彼女達の年齢を実際より上に見せてしまっている。
制服を着てはいるものの、かなり着崩しており…
その豊かな胸部や、ややむっちりとした太ももがかなり際どい部分まで肌色が出てしまっている。
そんなヤンキーなギャル達が十人程…
龍馬を取り囲むように迫ってくる。
「うわ、見るからにオタクな陰キャって感じw」
「背ばかり高くて、ひょろっとして…うわ~マジ終わってるわコイツw」
「しかも何この無駄に長くて顔完全に隠しちゃってる髪…」
「隠すってことはよっぽど顔に自信ないんだろなコイツw」
「しかも何?エコバッグなんか持ってんだけどwえ?ママのお使いにでも行くわけ?」
龍馬を取り囲んでいるヤンキーギャル達は、無遠慮に龍馬の外見をじろじろと見ながら、好き勝手に酷評をつらつらと言葉にしていく。
龍馬の見た目が完全に陰キャと言うことで、龍馬は彼女達の獲物と認定されてしまったようだ。
「……何か用か?」
そんな彼女達の酷評にもその能面のような表情を微塵も崩すことなく、一体何の用かと、龍馬は彼女達に問う。
「あ?何アタイ達に舐めた口聞いてんだよこの陰キャ」
「用?用なんか、ひとつっきゃねーだろ?」
「アーシ達さ~、ここにいるみんなで遊んでんだけど~」
「お金にちょっと困っちゃっててさ~」
「だからさ~、あんたにちょっとカンパしてほしくて~」
この状況に少しも動じていない龍馬に苛立ちを見せるギャルもいるが、それとは別に、いかにもなカツアゲを始めてしまっている彼女達。
「な?まさか嫌だ、なんていわねーよな?」
「アンタみたいな陰キャが金持ってても、しょせん自分がキモチいいことするためのオカズにしか使わねーんだろ?」
「ならさ、アタイ達がもっと健全なことに使ってあげれば、社会の為にもなるってことじゃん?」
「ほら、アタシ達がもっとちゃんとしたことに使ってやっからさ」
「ほら、早くその財布の中身、全部よこしな」
完全に龍馬を自分達よりも弱者だと思い込んでいるギャル達。
好き勝手なことを言いつつも、決して龍馬と言う獲物を逃がすまいと、龍馬を取り囲んで逃げる隙を作らないようにしている。
「……気に入らねえ」
そんなギャル達の態度に、龍馬からついにこの台詞が飛び出してしまう。
「ああん?」
「なんか言ったか?てめえ?」
龍馬の雰囲気が、明らかにただの陰キャとは違うことを感じながらも…
ギャル達は剣呑な雰囲気を出し、さらにその鋭い目つきを強めて龍馬を威嚇しにかかる。
「……そんな制服の着方も知らねえバカな学生の分際で、何いっちょ前に社会がどうたら語ってんだ?ああ?」
「!て、てめえ!」
「……しかもこの時間にこんなところにいるってことは、まともに学校の授業についていけてねえから逃げてるだけなんだろ?現実から逃げに逃げて弱い者いじめしてるだけのカスが、何天下とったような勝ち誇ったツラしてんだ?」
「!こ、この陰キャ!」
「!陰キャの分際で、アタイ達に舐めたクチ聞きやがって!」
「……遊び金欲しさに人の金奪ってるような盗賊共こそ、舐めたクチ聞いてんじゃねえよ。人の事さんざんどうこう言ってたが、てめえらこそ、この社会において存在意義なんぞねえだろうが、このボケ共が」
「!!い、言わせておけばあ!!」
「!!殺す!!ぜってえ殺す!!」
「!!生きてここから帰れるなんて、思うなよなあ!!」
龍馬の荷の口も告げさせない、徹底した言葉に彼女達の堪忍袋の緒もついに切れてしまう。
その拳を握りこんで、龍馬を叩きのめそうと、怒りと憎悪に満ち溢れた醜悪な表情で、その整った顔を崩してしまっている。
「……そうか…そんなに俺と、『殺し合い』がしたい――――」
「――――そういうことで、いいんだな?」
そんな彼女達の喧嘩腰の台詞に、龍馬は淡々と、静かに向き直る。
その瞬間――――
――――その場一体を覆いつくす、龍馬が放つ濃密な程の殺気が、彼女達に向かって、解放されることとなってしまうので、あった。
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