第7話 もう、俺とてめえらは、命をかけた殺し合いしてんだよ

「…………」


夜の帳に包まれた、大きな川を挟む岸と岸の間をつなぐ橋。

その橋げたの下の、ある種隔離されているかのような空間。


屈強な体格の黒服の男達が十数人、龍馬を中心に円を描くように取り囲み…

これから龍馬を虐げてやろうとでも思っているのか、下卑た笑いを浮かべている。


そんな、普通に人間にとっては絶体絶命と言える状況に追い込まれている龍馬だが…

その絶対零度の能面さはそのままに、周囲をざっと見渡すものの、それ以上のことは何もなく、特に怯えている様子も見せていない。


「おやおや、言葉も出ないほどに怯えているのですかね?多少は腕が立つようですが、さすがにこの男達には通用しませんよ?」

「…………」

「この男達は、あまりに腕っぷしが強すぎましてね…プロの格闘家ですら、一撃で沈めてしまうほどでして…」

「…………」

「しかし問題を起こしすぎて、どうしようもなくなったところを、我が財閥がSPとしてその身を引き受けたのですよ」

「…………」

「最も、SPとは名ばかりでして…実際には、あなたのような不穏分子を抹殺するための刺客、と言えば分かりますかねえ」


屈強な黒服達を従える男は、得意げにねちっこく不快なにやにやとした笑いを浮かべつつ、その黒服達に囲まれている龍馬を見下すように、黒服達のことを話し始める。


特に反応もなく、まるで言葉を発さない龍馬を見て、心底怯えていると思っているのか、その得意げな口調はより軽快になっていく。


「へへ…最初は従うなんて無理、とか思ってたけどな」

「人を殴ってお金もらえて…しかも最悪の事態になったとしても、財閥が手回して助けてくれるもんな」

「俺ら、ほんとに最高の職場に入れたぜ…」

「今もこうして、てめえを殴れるって思ったら、気分がハイになってくるってもんだぜ」

「てめえに恨みはねえが、てめえが出来損ないのお嬢様をいたぶったのが悪いってことらしいからな」

「てめえには、俺らのストレス解消となってもらうぜ」


そして、黒服達も見るからに陰キャで華奢な龍馬を見て、明らかに見下した様子になっている。

実際、この仕事についてからの彼らは、仕事と称して多くの人間を蹂躙し続けてきた。

そして、その勢いで、相手の命を奪ってしまったことも一度や二度ではなく、相当数に昇ってしまう。


だがそれも、一之宮財閥という後援バックができたおかげで、決して監獄に入ることなく、いくらでもその拳を凶器として振るうことができてしまう。

その為、彼らにはもはや己の中にある、『人を殴って痛めつけたい』『人を蹂躙したい』という本能から来る衝動的な欲求を制御することもできず…

ただただ、目標ターゲットに己の拳を思うがままに打ち込んでやることしか考えられなくなっている。


もはや、快楽殺人者の域にまで達そうとしている彼らを、財閥は『使えている』からこそ置いておき、彼らの罪を、足が付かないように隠してしまう。




「……気に入らねえ」




そんな、人を見下して自分が絶対者のように振る舞う彼らが、龍馬からこの言葉を引き出させてしまう。


「ああん?」

「なんだと?」


その龍馬の一言が、SP達は癇に障ったのか、怒気を強めた口調で龍馬に突っかかる。


「……所詮は手綱握られた飼い犬の分際で、何偉そうなこと言ってんだ?」

「!!な、なんだとお!!??」

「……随分得意げに語ってたが…要するに『自分でやったことの責任も持てないから、飼い主に尻ぬぐいしてもらってる』ってだけの話じゃねえか」

「!!て、てっめえ!!!!!」

「……そんな首輪つけられただけの犬のくせに、何偉そうに人のことさげすんでんだ?人間にもなり切れてねえてめえらに、そんなことする資格なんぞあるわけねえだろ?ちょっと考えたらすぐ分かるだろうが?」

「!!こ、このガキゃあ!!!!!」

「!!よっぽど死にてえらしいなあ!!!!!」

「……理屈で言っても所詮は力任せか…てめえら――――」




「――――その首から上についてるもんの中身、使う気あんのか?」




その一言が、すでに切れかかっていたSP達の堪忍袋の緒を断ち切ることとなった。

怒りに支配され、それがその顔にまではっきりと表れているSP達が、龍馬に襲い掛かる。


「てめえだけは、生かして帰さねえ!!」

「ただでは殺さねえ!!」

「這いつくばらせたうえで、俺らの足、さんざん舐めさせてやっからよお!!」


全員が2mを超える巨体でありながら、その動きは非常に俊敏。

龍馬がこの日の日中に相手したチンピラ達とは、雲泥の差。


だが、それでも――――




「……ふん」




恐れをなすどころか、まるで子供でも相手にするかのように…

最初に襲い掛かってきた三人のSPに、カウンターとなる拳と蹴りを、光が煌めいたかのようにしか見えないほどの速さで繰り出して叩き込んだ。


「!!ごぼおおおっ!!!!!!」

「!!ぐはあああああっ!!!!!!」

「!!ぎゃああああああああっ!!!!!!」


一瞬で三人。

その三人が、凄まじい勢いで橋げたの壁に激突する。


一瞬の間をおいて、ずるずると地面にずり落ち、重力に従ってその巨体が横倒しになり…

ぴくりともせずに、三人のSP達は動かなくなった。


「……は?」

「……な、なんだこいつ…」

「……う、うそだろ?」


一瞬で、しかも何をしたのかすら見えなかった龍馬の攻撃。

それだけでも脅威に値するのにも関わらず、その攻撃のあまりの破壊力。


己の倍はある体格の男達を、一瞬で三人も行動不能にまで追い込むその威力。

しかも、その巨体をピンポン玉のように吹き飛ばす光景。


残っているSP達は、あまりにも人外すぎる龍馬の強さに、我を忘れて呆気に取られてしまう。


「は、はあ?……い、いくらなんでも、そんな……」


そして、SP達の主格となる男も、露わになった龍馬の戦闘能力の一端に、驚き、そして恐怖を隠せなかった。


龍馬が日中相手にしていたチンピラ達程度なら、このSP達も簡単に蹂躙できる。

そのSP達をこれだけの徒党を組ませているのだ。

体格の差を見れば個の力でも負けることはなく、数の暴力で挑めば勝利は揺るがない。


そう、思っていた。

しかし、それは全くの見当違いであることを、突きつけられてしまった。

他でもない、龍馬自身によって。


一瞬で、何をしたかも分からないうちに三人も蹴散らし…

当の本人は、何事もなかったかのように、静かにたたずんでいる。


まさか、ここまでの戦闘能力を持っていたなんて。




「……もう、終わりか?」




その一言がその場に響いた瞬間。

龍馬を襲撃しようとした男達の身体に、まるで極寒の吹雪が荒れ狂う地にいるかのような、凄まじく凍てつく恐怖を感じ取ってしまう。


まさに、物理的な圧力を持ったと言える、凄まじい殺気。

それが、辺り一帯に広がっている。


「あ…あ…」

「む…むり…だ…」


SP達はこの時、ようやく気付いた。




――――目の前にいる男は、何があっても敵に回してはいけない存在だったということに――――




そして、生物としての、覆そうと思うことすら恐れ多い、その圧倒的な差に。


膝が震えて、動くことすらできない。

手が震えて、拳を握りこむことすらできない。


SP達にとっては、全てが初めての感覚。


これまで常に、獲物を蹂躙する側だったSP達。

そのSP達が、今初めて知る。




――――蹂躙される側の、立場というものを――――




「…き、聞いて、ねえよ…」

「こ、こんな化け物、だったなんて…」

「こ、こいつこそ、人間、じゃ、ねえじゃねえか…」


それを知っていれば、こんな仕事、受けることはなかった。

こんな化け物に、喧嘩を売るなんてことは、なかった。


でも、もう遅い。


自分達は、この化け物の敵に回ってしまった。


「あ…あああ…」


それは、まとめ役の男も同じ。


SP達と比べて、戦闘能力もないに等しい男ならなおさら、感じさせられてしまう。




――――神崎 龍馬と言う存在は、人間が手を出していい存在ではなかった、ということを――――




まとめ役の男は、すでに立つことすらできず、今履いている黒のスラックスを、中心から、あまりの恐怖から来る副産物で濡らしてしまっている。


もはや絶望しかない、この空間。


「……なんだてめえら…この程度で、もう終わりか」

「あ…あ…」

「……この程度で俺を抹殺しようだなんて、言ってたとはな」

「そ、それはち、違うんです!!」

「こ、言葉の綾って、やつで!!」


それまで敵対する男達の反応を待っていたが、それもなく…

しびれを切らして放たれた龍馬の言葉に、SP達は恥も外聞もなく、命乞いのように必死に訂正の言葉を口にする。


だが、それを聞いた龍馬の放つ殺気が、さらに濃密になっていく。


「……何寝ぼけたこと言ってんだ?ああ?」

「!!!!!!」

「ひ、ひいいいいいっ!!!!!!!」

「……もう、俺とてめえらは、命をかけた殺し合いしてんだよ」




「……命のやり取り始まってんのに、やっぱなし、なんてできるとか思ってんのか?」




龍馬がその濃密すぎる殺気と共に放ったその言葉。


それは、龍馬を襲撃しようとした男達にとって、確実に迫りくる絶望以外の何者でもない言葉。

むしろ、その言葉すら必要としない。


俺の命を狙ってきたのなら、そいつらは全て俺の敵。

敵となるなら、容赦はしない。


龍馬にとっては、たったそれだけ。


「ひ、ひいいいいいいいっ!!!!!!!」

「お、お許しを!!!!!!お許しを!!!!!!!」

「……生きるか死ぬかの瀬戸際で、何つまんねえことやってんだ?ああ?」

「す、すみません!!!!!誤解だったんです!!!!!」

「も、もうしません!!!!許してください!!!!!」




「……明日の朝日拝みたかったら、もうてめえらは俺を殺す以外に道はねえんだよ」




その本能に浸食してくる恐怖と絶望に懸命に抗い、恥も外聞もなく命乞いをするSP達だが…

龍馬の放つ言葉に、その心すらも砕かれてしまう。


そして、もう話すことはないと、男達の命乞いを切り捨てた龍馬は、情けも容赦もない…


文字通り、一方的な虐殺劇を繰り広げていく。


「ぶ、ぶべええええええええっ!!!!!!」

「ご、ごばああああああっ!!!!!!」

「ひ、ひぎゃああああああっ!!!!!!!」


2m以上、100kg超はかたい男達の巨体が、まるで綿毛のように橋げたへと吹き飛ばされていく。


心底面倒くさそうに、しかし冷徹な表情をまるで崩すことなく、虫けらをつぶすかのように無慈悲に。


気が付けば、わずか十数秒。

そんなわずかな時間で、財閥が誇る屈指の強さを誇るSP達は、地面に捨てられるかのように横倒しにされ、ぴくりとも動かなくなってしまう。


「ひ、ひいいいいいいいいいいっ!!!!!!!!!!」


自慢のSP達を、ものの十数秒で十数人全員屠られてしまったことに、まとめ役の男は恐怖と絶望のどん底に陥ってしまう。


もう、残っているのは自分一人だけ。


もう本当に、この命を散らされる未来しか、見えない。


「お、お前っ!!こ、こんなことをして、た、ただですむと!!」

「…………」

「お、お前のしたことは、すぐに明るみになりますよ!!お前はすぐに、ブタバコへと送られることとなりますよ!!」

「…………」


龍馬の仕出かしたことを明るみに出せば、最悪自分は助かるかもしれない。

財閥に護ってもらえるかもしれない。


男は懸命に、腰を抜かして立てなくなってしまっている状況でもその口八丁でこの危機を脱しようとする。


「わ、私に手を出せば、定時連絡が届かないことを不審に思った本部がすぐに来ます!!これだけのことを仕出かしているのです!!お前など、我が財閥が…」


だが…




「……で?」




龍馬が面倒くさそうに放ったその一言で、男はその口八丁を止められてしまう。


「!!は、はああ!?じ、自分の立場が分かっているのですか!?お前は…」

「……てめえこそ、随分と余裕があるんだな…てめえこそ、今の状況、分かってんのか?」

「な、なにを!!??……」




「……今からあの世へ行く奴が、そんな先のことを気にしてるなんてな」




「!!!!!ひ、ひいいいいいいいいいっ!!!!!!!!」


そして、龍馬の慈悲など微塵もない、敵は全て殺すと言わんばかりの言葉に、またしても絶望を突き付けられてしまう。


そして、わずか数mほどの距離を詰めようと、龍馬がゆっくりと男の方へと歩き始める。


「……だいたい、財閥の汚点をとか言う話で、てめえらは俺を狙ってきたんだろうが」

「!!??」

「……なら、失敗した時点で財閥にとっては汚点になるんじゃねえのか?」

「!!!!」

「……なら、俺だけじゃなく、てめえらも抹殺の対象になるってことじゃ、ねえのか?」

「そ、そんな!!そんなあああああ!!!!」

「……こんだけの雁首揃えて、こうなっちまってんだ。それこそ財閥にとっては何が何でも隠し通したい、汚点じゃねえのか?こんだけの失敗をしちまったてめえらを、その財閥が護ってくれるだと?随分めでてえ頭してんだな」

「そんな!!そんな!!わ、私は常に財閥の為に尽くして!!…」

「……尽くしてきたから何だってんだ?――――」




「――――所詮この世は弱肉強食…強ければ生き、弱ければ死ぬ…それだけだろうが」




「!!!!!!!!あ、ああ、あああああああ!!!!!!!!」

「……てめえらは、俺を敵に回した。そしててめえらは俺よりも弱い。だから死ぬ。それだけの話だ」

「ああ、あああああああああああああ!!!!!!!!」


龍馬が男を、絶望と言う名の奈落の底へと突き落とす言葉を淡々と告げながらゆっくりと歩いていき…

龍馬の足先が、男の足先に着いてしまいそうなほどの至近距離まで、来てしまう。


「ああああああ!!!!!!こ、こんな!!!!!!!こんなあああああああああああ!!!!!!!!」

「……あばよ」


男にとっては、視認すらできないほどに速い龍馬の拳。

それが自身の頭蓋を砕くほどの威力を持って、己に襲い掛かってきたのを…

頭蓋が砕かれ、中の硬膜、そして脳まで損傷し、自身の生体機能が強制的に終わらされるその瞬間…

龍馬がその拳を振りぬいているその姿が、目に映る。


だが、そこまで。


それが、財閥に尽くしつつ甘い汁を吸い、他人を虐げてきた男の、この世で最後に見た光景と、なった。

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