第6話 俺には本当に心当たりがねえな…

「……よし…」


ただただ昼食を買いに行くだけの道中で、様々な邂逅があった龍馬。

しかし、それらも興味の失せた龍馬の脳内からはさらっと削除されてしまっている。


そして、自宅に帰ってきた今はひたすら、龍馬の趣味であり収入源である、デジタルコンテンツの制作、そしてPC上で使える便利ツールやスマホアプリの開発に勤しんでいる。


人付き合いを極端に嫌うため、外出中は極めて無表情。

それも、どことなく不機嫌な印象まで出ており、人を寄せ付けない雰囲気に満ち溢れている。


そんな龍馬だが、自宅と言う自分だけの城の中で、自分が好きだと断言できる趣味に没頭しているその時は、どことなくではあるものの、面白い、楽しいと言う感情がその表情にもうっすらとした微笑みとして、表れている。


自ら製作・開発したデジタルコンテンツやアプリを、既存のオンラインマーケット上に拡げた空間スペースで、商品として展開する。

人付き合いをとことん嫌い、孤独を好む龍馬にはまさにうってつけとなるこの収入源。


龍馬が培ってきた技術力、元から才能として持ち得ていた想像力を最大限に活かすことのできるこの商売は、まさにオンライン全盛のこの時代にフィットしたもの。


「……よし、で、ここをこうすれば…」


お世辞にも広いとは言えない、本当に一人だけの城と言う感じのワンルームの中…

一人でひたすらにPC上での開発作業に打ち込む龍馬。


その時間が、自分にとっては最上の幸福であると言わんばかりの、穏やかな微笑みを浮かべながら。

寝食も忘れて打ち込むことなど日常的で、時間の経過など気にも留めずに開発を進めていく。


その為、龍馬は外に出ている時間よりも、自宅にいる時間の方が圧倒的に長い。

親しい友人はもちろんのこと、ちょっとしたやりとりをする程度の知人もいないため、ひたすら孤独に自分の楽しみを追求している。


なので、龍馬の自宅の場所を知っている者はおらず…

また、知っていたとしても役所の人間など、必要時以外で関わりを持つこともなく、お互いをその他大勢の中の一人としてしか認識しない間柄の人間しかいない。


思春期の男子と言える年頃ではあるものの、性欲はまるでなく…

必要最低限を好む性質ゆえに物欲もない。

そのため、買い物はほとんどが日用雑貨や消耗品、日々の食糧で占められており、それらは近所のスーパーなど、足を運んで買いに行ける場所があるのだが…

基本はオンラインショップで適量をまとめ買いする形にしているので、外に出かけること自体が非常に稀と言える状態。

自炊含む家事全般も好んでするため、余計にそうなってしまっている。


そのため、まさに孤島で一人で生活しているのと変わらない、そんな生活。

まさに、人と関わることを徹底的に排斥している、そんな日常。




――――




「……ふっ!!はあっ!!」


龍馬の人生において、一番の楽しみと言える開発作業もいったんの区切りがつき…

気が付けば日が沈んで夜になっていた。


そこから、思い出したかのように食事の準備をし、自らの手で作り上げた料理を食べ終え、片付けまで済ませる。


そして、動きやすさを重視した上下ジャージに運動靴という恰好で外出。


自宅のすぐ近くにある、そこそこの広さを持つ川。

その川の岸と岸を結ぶ橋の下。

そこに龍馬は移動する。


そして、もはや日課となっているトレーニングに没頭する。


専用の器具などは一切使わず、橋げたの下でひたすら己の身体に負荷をかけ…

徹底的に自己を追い詰める形で、己を鍛え上げていく。


一見華奢に見えるものの、強靭かつしなやかで、無駄のないその筋肉は驚異的な瞬発力と持久力を兼ね備えており…

無酸素状態の中で全力で拳や蹴りを繰り出すシャドーを、その体力が続く限り行なっている。


息継ぎなどまるで行わず、一撃で相手を仕留めることが可能なほどの威力を持つ攻撃を、傍から見れば腕や脚がわずかに動いたようにしか見えないほどの速さで繰り出し続けている。


もうすでに五分以上、このシャドーを続けている。

にも関わらず、まだまだ余裕があると言わんばかりに、何もない空に向かって攻撃を繰り出し続けている。


並外れた想像力を持つ龍馬の視界には、何もない空間に自らの命を狙う、今の自分よりも強い敵がはっきりとした形で見えている。

その敵が、まさに己を殺さん勢いで攻撃を繰り出しているところまで、はっきりと。


その攻撃をかわし、相手の命を奪わんがごとくに攻撃を繰り出し…

しかしかわされ、また相手が攻めてくるのをいなし…


そんな攻防を、ひたすら続けている。


つまり、想像の中とは言え、文字通りの殺し合いをしているのだ。

それも、今の自分より強い敵を相手に。


「…………」


自らの想像力で生み出した相手が、自らを容赦なく攻撃してくる。

それも、一撃で行動不能にまで追い込むつもりで、ひたすら人体の急所を狙って。


一撃でももらえば、その時点で敗北が決まってしまう。

その緊張感を、龍馬は逆に力に変えていく。


そして龍馬も、その強敵を殺しにかかっている。

相手がそうしてくるのと同様に、相手の急所を的確に狙って。


常に龍馬は、今の自分よりも格上の相手が自分の命を狙ってくる…

その状況を想像し、常に命を狙われる形で鍛錬を行なっている。


どれほど身体が悲鳴をあげようとも、相手が自分を狙うことをやめない限りは決して抗うことをやめない。

やめたら、その瞬間死が確定してしまうから。


龍馬は、日々そうした鍛錬を積み重ねている。


強くなければ、その瞬間に命を奪われる。

強くなければ、自分が蹂躙される側に回ってしまう。

強くなければ、己のやりたいことを存分にやれない。


だからこそ、龍馬は常に強くあろうと、鍛錬を積み重ねていく。


自分が楽しいと思えることを、思うが儘にやりたいから。

己が思う自由を、己の力で勝ち取りたいから。


「…………」


ぴたりと、自身が想像する強者との殺し合いを、まるで現実であるがごとくにやりあっていた動きを止める龍馬。


実に七分、無酸素状態で激しく動かし続けていた身体に酸素を与えるべく、静かに呼吸を整える。


ある一点を、それを向けられただけで凍りついてしまうかのような、絶対零度の目で睨みつけながら。


「……俺に、何か用か?」


呼吸のリズムが整い、準備は万端と言える状態になったことを確信したその瞬間、龍馬の口から放たれる言葉。

自身が見ている、橋げたの陰。

まるで、そこに何者かが潜んでいると言わんばかりに。


「……これは失礼。気配は消していたつもりだったのですが…まさか気づかれるとは」


落ち着いた、丁寧な口調で紡がれる言葉。

その言葉を音として響かせる声と共に、その人物は姿を見せる。


180cm以上ある龍馬に引けを取らない長身。

細身のように見えてがっしりとした体格。

狐を思わせる細い目に、何を考えているのかを読めなくさせるポーカーフェイス。

短めに切りそろえた黒髪を、後ろに流すように撫でつけている。


その身体は、夜の闇に紛れるであろう黒のスーツの上下に包まれており…

中に着ているYシャツ、ネクタイも全て黒。

さらには手袋までしており、それも黒と、徹底した黒づくめ。


橋げたの下の陰に溶け込んでいるように、その首だけが宙に浮いているかのように見えてしまう。


「…………」

「…おお、怖い怖い…そのような目で睨まれたら、蛇に睨まれた蛙のように何もできなくなってしまいます」


張りつめた緊張感の中、茶化すような口調で言う謎の男。


だが、茶化してはいるものの、実際には言葉通りの状態となっている。

龍馬の絶対零度の視線…

身体だけでなく、心までも凍てつかされてしまいそうな感覚に、男は内心戦々恐々としており、外からは見えない部分では、肌から冷や汗がにじみ出している。


「……何か用か?と聞いているんだが?」


はぐらかすような男の言い様にも表情一つ変えることなどなく…

龍馬は性急に用件をはっきりさせようとする。


その際に、ただでさえ空気が底冷えしそうなほどの辺りの雰囲気が、さらに凍てつきそうになってしまっている。


ごまかすことは許さない。

はぐらかすことは許さない。

簡潔に、用件だけを言え。


龍馬の目が、率直にそう訴えているのを、男は嫌でも思い知らされる。


「せっかちな方ですねえ…神崎 龍馬様は」

「!……俺を、知っているのか?」

「ええ…何せあなたは、うちのお嬢様…一之宮いちのみや 蓮華れんかお嬢様を虐げてくださったお方ですからねえ」


男が龍馬の名前を口にした瞬間、龍馬の警戒度がさらに上がる。

それが、更なる極寒の空気を作り上げてしまう。


その雰囲気にのまれそうになりながらも、男は続ける。


「……誰だ?それ?」


男が告げたその名前…

しっかりと龍馬の耳には入ってきたものの、肝心の龍馬の記憶にはまるでヒットせず…

思わず、間の抜けた反応をしてしまう。


そんな龍馬の反応に、男のこめかみがぴくりと苛立ちを表すかのごとくに反応するも、平静を崩すことなく言葉を続けていく。


「これはこれは…ご冗談を」

「……冗談も何も、本当に聞き覚えのない名前なんだが?」


一瞬、しらばっくれているのかと思い、男はとぼけているのか、というニュアンスの言葉を龍馬にぶつけてみるものの…

当の龍馬は、本当に心当たりがないと言う表情。


「(…この感じ…冗談で言っているわけではなさそうですね…)今日の日中、あなたがお会いした女子高生の方なんですが…」

「……??」

「(本当に心当たりがなさそうな表情…この男…)チンピラ達に絡まれているところを、あなたが助けた女子なんですが…」

「……なんだそれ?」


かなり具体的に、龍馬とどういう関わりがあったのかを告げてくる男の言葉にも、龍馬はまるで反応がない。

本当に、そんなことあったか、と言わんばかりの様子。


あまりにも無関心すぎるその反応に、男は苛立ちを隠せなくなってしまう。


「とぼけないでください!あなたがさんざん、邪険に扱った制服の女子高生ですよ!」


平静を保っていた口調がついに崩れ、話が進まないことによる苛立ちをそのまま表した強い口調で、龍馬にさらに詰め寄ってくる。


だが、男のそんな様子にも龍馬はまるで動じた様子がない。


「……悪いが、今日本当にそんなことがあったとしても、俺には本当に心当たりがねえな…」

「!な!いたいけな女子に、あんなひどいことをしておいて!」


本当に心当たりがない、とまで言い切る龍馬に、男の非難がより強いものとなっていく。

実際に陰から、龍馬の行動を目の当りにしていたからこそ、余計に苛立ちを隠せないでいる。


が、龍馬はまるで動じない。




「……俺は、興味のねえどうでもいいことに記憶の容量を割く、なんて無駄なことはしねえ主義なんでな」




それどころか、その無感動無関心さを自ら強調し、どうでもいい有象無象に記憶の容量を割くことを無駄だと言い切るその姿。


「!!!!……」


その龍馬の姿に、男は寒気すら感じてしまう。


「……話はそれだけか?」

「く、くっ…」

「……そんな、俺にとってはどうでもいいことを持ちかけられても、俺は何も返せねえ…これ以上無駄話に付き合うつもりもねえ…」

「な、何を…」

「……そのお嬢さんとやらのことすら、俺にとってはどうでもいい無駄話なんでな…話がそれだけなら、俺はもう帰るぞ…」


これ以上は自分にとっては無駄、と言い切り、話を続ける意思すら見せない龍馬。

目の前にいる男のことすらすでにどうでもよくなっている龍馬は、その場を後にしようとする。


「ま、待ちなさい!!」


男の方は、そんな龍馬をその場に留めようとし…

さらには右腕を天に向かって伸ばし、何かの合図を取る。


「…………」


その瞬間、龍馬の周囲を取り囲むように、黒服の屈強な風貌の男達が十数人、橋げたの陰から飛び出してくる。


だが、当の龍馬はその男達のことも感づいていたようで、特に驚きの表情も見せないでいる。


「……何の真似だ?」

「くくく…さすがにお嬢様のことをボロボロにされて、何もなしにするわけにはいかないのですよ」

「……?」

「あなたに関わってからのお嬢様は、生きる気力すら失って…まさに死人のようでしてね…あれなら、まだご両親とぶつかっていた時の方がよかったと思えますよ」

「…………」

「ご自分と同年代の女子に対して、あそこまで非道な扱いができるとは…私は心底、あなたの神経を疑ってしまいますね…しかも、最後にどんなやりとりをしたのかはわかりませんが…あなたが一方的に突き放した後のお嬢様は泣き崩れて…しかもあなたはそんなお嬢様をまるで汚物を見るような目で見てましたからねえ…」

「…………」

「我が一之宮財閥にとっては、お嬢様のあのような姿すら汚点になりかねないのですよ。あの光景も、見る者次第ではお嬢様があなたに言い寄って、一方的にフラれたようにも見えますからねえ…」

「……で?」


回りくどい言い方で、龍馬を追い詰めるような男の言い分に、龍馬は特に表情一つ変えることなく問いかける。


何が言いたいんだ?


と。


その龍馬の問いかけに、男の顔に凶悪な笑みが浮かんでくる。




「あなたには、その落とし前をつけて頂かないと」




その凶悪な笑みを浮かべたまま、件のお嬢様を貶めたことへの落とし前を要求する。


「…………」

「正直、あの世間知らずのお嬢様がやらかしたことなんで、私としてもどうでもいいことなんですが…さすがにあんな天下の往来であのようなこと…私の管理責任も問われてしまいますからねえ…」

「…………」

「いつもいつも私や他の者の手を煩わせてばかりで、本当に面倒なのですが…これも仕事でしてねえ…私個人としてはあなたに恨みなどないのですが…現当主様が本当に神経質でして…世間の目の追及がよほど気になるようでしてねえ…」

「……だから、なんだ?」

「なに、命まで取ろうとは思ってはいません…ですが、少なくともこの日本にはいられなくなるであろうことには、させて頂きたいのですよ。あなたの存在自体が、我が一之宮財閥にとって非常にまずいものとなってますので…」

「…………」

「これも我が財閥の存続の為…あなたには申し訳ないのですが…その礎になって頂くしか、ないのですよ」


下卑た笑いを浮かべながら、龍馬を社会的に抹殺することをペラペラと語る男。

龍馬の存在自体が、財閥にとって地雷のようなものとなっていることを懸念して。


財閥の憂いを取り除くために、龍馬には犠牲になってもらおうと言う男の言をきっかけに、龍馬を取り囲む黒服達もその距離をじりじりと詰めていく。

決して、財閥にとっての憂いを逃さないために。


そんな状況に陥っても、まるで表情を変えることのない龍馬。

そんな龍馬に、財閥の男達は獲物を追い詰めた獣のような下卑た笑いを、浮かべるのであった。

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