第4話 俺にとっててめえは不要なんだよ
「…………」
「………(こ…怖い…)」
「…………」
「………(な、なんで?…男って、私みたいな女の子を好きにできるってなったら、もっとうかれたりするんじゃないの?)」
自らを慰み者にしてもいい。
そんなことを少女から言葉にされた龍馬の反応。
もはや人を人とも思わない、侮蔑の表情すら浮かんでいる。
さらに、荒れ狂うブリザードのように凍てつく視線。
無言だが、物理的な圧力すら感じさせる龍馬の様子に、少女は怯えを隠せない。
自分が男ウケする容姿だと、ある程度は自覚があるからこそ…
龍馬のいう『返せるもの』として、自分自身を差し出した。
そのはずなのに。
それを言葉にした途端、返ってきた龍馬の反応は…
浮かれた様子どころか、侮蔑の表情すら浮かべている。
まるで、下水道に投げ捨てられた汚物を見るかのようなその表情。
そんな龍馬の反応に、自分が言ったことが間違っていたのは分かる。
分かるが、一体何が間違っていたのかが、全く分からない。
「…………ふん」
怯えと戸惑いから、言葉すら発せなくなってしまっている少女を一瞥する龍馬。
何の反応もないことを見て、嫌悪感を隠そうともしない溜息を一つつくと…
自分の背中にべったりと抱き着いている少女を引きはがし、そのまま帰路に着こうとする。
「あ!……ま、待って!!」
とうとう、先程までのような指摘すらくれなくなった龍馬。
何が間違っていたのかは、考えても全然分からない。
分からないが、これだけは分かる。
この龍馬の反応が、心底愛想をつかされた時のものだということは。
どうしても龍馬に首を縦に振ってもらいたい、その一心で少女は怯えを振り払い…
再び、龍馬をその場に縫い付けようとその背中に抱き着いてしまう。
「!!ぐ、うううううううっ!!」
だが、その瞬間頭部に凄まじい圧力…
そして、その圧力がもたらす激痛を感じ、うめき声をあげてしまう。
そのあまりの圧力と激痛に、少女は龍馬の身体に回していた腕を離してしまい…
自分の頭を握りつぶさんがごとく締め付けている龍馬の手を、解こうとする。
もちろん、龍馬の人外レベルの剛力に、少女が抵抗などできるはずもないのだが。
「……気安く抱き着いてくんじゃねえ、この売女が」
地の底から響く、呪詛のような龍馬の声。
その声が、そのまま憎悪となって自分に襲い掛かってくる感覚すら覚えてしまう少女。
「う、うううううっ!!……」
「……てめえ、自分が何言ったのか、全然わかってねえだろ?あ?」
「うう…な、なに…が?……」
「……自分が男ウケする見た目だから、それを使えば男なんて首を縦に振る、ってか?」
「ぐう、ううっ……」
「……冗談じゃねえ…てめえみてえに、簡単に男に身体売っちまうような女…俺は論外だって思ってる」
「!?ぐ、あっ……な…なん…で?……」
「……身体さえ差し出せば男なんて、簡単に言うこと聞かせられる…その考えが男に対する最大限の侮辱って、考えたことはあんのか?」
「!!!!…あ、ぐうっ……」
「……しかも、さっきあれほど言ったにも関わらず、それ自体が俺をさらに追い込む手段だってことにすら、気づいてねえんだからな…この頭、脳ミソ詰まってんのか?あ?」
「!い、痛いっ!……あっ!……」
まるでゴミを投げ捨てられるかのように、少女の身体がアスファルトの地面に投げ出されてしまう。
再び、地面に身体を打ち付けてしまうこととなる少女。
「……てめえがどこの馬の骨かも分からねえ男のところにいる…それだけでてめえの財閥にとっては不安要素になり、俺は財閥にとって、抹殺の対象になる…そこまで聞いてたんなら、てめえが俺に身体売るなんて選択…俺にとってはさらなる悪手なんてすぐ分かるだろが」
「い、いたた……な、なんで……」
「……俺がてめえを匿うだけで抹殺の対象になるんだったら、俺がてめえに手を出して、てめえを傷物にすれば猶更、俺はてめえの財閥から抹殺の対象として狙われるようになるってことは考えつかなかったのか?ああ?」
「!!あ……」
「……そんなことも考えねえで、あげく身体許せば支配できる、なんて短絡思考…それがいかに俺を…男って存在を侮辱しているか…そして、そんなことのために簡単に身体許すような女なら、次にまたそれが必要になると考えたのなら、また同じことを繰り返す…要は簡単に男を…人を裏切れるってことに、なるんじゃねえのか?あ?」
「!!う……」
「……そんな無知で尻軽な女、ゴミみてえに見られても当然だと、俺は思うがな」
「そ、そんなこと言われても…私…それしか…」
「……それが俺に対して最低最悪の答えだと気づかなかった時点で、俺のことは何も考えなかったってことじゃねえか」
「!!あ、うう……」
「……言ったよな?てめえの要求を呑むことで、俺に何かメリットはあんのか?ってな…てめえの出した答えは、俺にとってはメリットどころかデメリットしかないうえに、俺個人を馬鹿にしくさったもんだったからな…」
「…ご…ごめんなさい…」
凍てつく視線で睨まれながらの、龍馬からの容赦ない糾弾。
性的な快楽などに微塵も興味を持たず、人間との関わり合いを根本から排除している龍馬からすれば、少女の提案は何一つメリットなどなく、むしろデメリットしかないもの。
何よりも、先程までの龍馬からの容赦ない指摘から、少女が龍馬のことをまるで考えず、ただただ自分の要求を通すことしか考えていないと、ばっさりと切り捨てられているにも関わらず…
出した答えは龍馬を更なる窮地に追い込むものでしかなく、さらには男である龍馬を心底馬鹿にしたものでしかなかったから。
これでは、何を言っても自分が龍馬のことを考えているなどと、口が裂けても言えない。
そのことが、痛いほどに少女の心を打ち付ける。
とうとう少女から、絞り出すような謝罪の言葉が、声として龍馬に向けられる。
「……そんな取って付けた謝罪なんか必要ねえ、無意味だ」
しかし、そんな少女の心すら否定するかのように、龍馬は少女の謝罪を切り捨てる。
「……俺は言ったはずだ。今、一人で仕事ややりたいことをこなして自分のペースで生きるのが最上だとな…」
「…………」
「……もう一度言う…謝罪なんていらねえ…そんな俺にとって不要な言葉向けてくるくらいなら、とっとと俺をこの茶番から解放しろ」
「…………」
「……てめえにとって俺は必要かもしれねえが、俺にとっててめえは不要なんだよ」
「!!…………」
不要。
龍馬が放ったその一言。
それが、少女の心に大きな傷を作る。
そして、龍馬が心底、自分を邪魔者だと思っていることが、痛いほどに伝わってくる。
「…う…うえっ……」
両親に自分という人間を見てもらえなかった時よりも。
周囲の取り巻きに自分という人間を見てもらえなかった時よりも。
そのどれよりも、龍馬の拒絶は少女の心に大きな傷となった。
心が悲鳴をあげる。
喉から、嗚咽が漏れる。
目から、涙が溢れ出てくる。
自分のことばかりで、龍馬の都合や考えを何一つ考慮できなかったことも悲しい。
龍馬に自分の考えなしを容赦なく指摘されて、それでも何一つ答えらしい答えを返せなかったことも悲しい。
だが、ようやく考え付いた答えが、龍馬にとっては最低最悪の答えだったこと。
それが、何よりも悲しい。
悲しくて、悲しくて、たまらない。
自分は、常に人間関係に恵まれず…
不幸な人間だと思っていた。
だから、いざ自分の前に同じ境遇の人間がいたら、絶対に同じことなんてしないと…
するはずがないと、思っていた。
だが、ここまでの龍馬とのやりとりで、結局は自分も自分の周囲の人間と同じで、自己都合でしか動けない人間だと…
自分の利益のためにだけ動いているということを突きつけられてしまった。
これでは、自分はあの両親や取り巻き達と何一つ変わらない。
それが、悲しくて悲しくて…
悔しくて悔しくてたまらない。
その悲しさ、そして悔しさが涙となって零れ落ちる。
嗚咽となって漏れ出てくる。
「……あばよ」
そんな少女を一瞥すると、何の興味も失ったかのように背を向け…
今度こそ、と言わんばかりに龍馬はその場を後にする。
そして、自宅に向かって歩いている間に少女の存在を自身の中から消去し…
ただただ、これから自らの手で生み出すもののことで、頭を埋め尽くす。
「……さて、メシ食ったら開発の続きだな」
そうぽつりと漏らした龍馬の顔は…
欲しかったおもちゃを買い与えてもらった子供のように、生き生きとした表情が浮かんでいた。
――――
「…………」
龍馬に手ひどく拒絶され、もはや自分に対する興味すら失って、何事もなかったかのように自分のそばから去っていく龍馬を、ただただ涙で滲んだ視界で見つめることしかできなかった少女。
結局、龍馬のその姿が見えなくなるまでその場に呆然と立ち尽くし…
龍馬の姿が見えなくなって、とぼとぼと当てもなく街の中を徘徊している。
その姿は、まるで生体活動を止めたかのように青白く、表情も抜け落ち…
まさに生きる屍、と言わんばかりの状態。
そんな状態の彼女に声をかける人間が現れることなどなく…
ただひたすら、孤独に街の中をさまよい続けている。
「…………」
そんな中で思うのは、龍馬のこと。
少女にとっては名前も知らない、不良に絡まれたところを結果、助けてもらったことだけが接点の少年。
――――てめえがこいつらの代わりに殺される覚悟、できてんだろうな?――――
――――お前、何勘違いしてんだ?――――
――――逆に自分がそんなことされたら、相手の気持ち分かるって言えんのか?――――
――――てめえは、てめえの立場ってもんを理解してなさすぎる――――
――――普通の人間なら毎日抹殺されることに怯えて暮らすようなリスク背負わせてまで、俺に何をさせたいんだ?――――
脳裏によみがえる、その少年とのやりとりは…
とても良好どころか、普通の関係を築くことすら困難だと言えてしまうほどのもの。
しかも、学校ではひたすら勉強して、成績は上位をキープしているはずの少女だが…
龍馬とのやりとりにおいては、ことあるごとに考えなし、と切り捨てられてしまっている。
制服の胸元は、見る者が見れば『枯れてしまうんじゃないか?』と思ってしまうほどに流した涙で濡れてしまっている。
今は、その涙も止まっているが。
「…………」
この世と違う世界をさまよい歩く幽鬼のように、心が死んでしまったかのような無表情のまま、彼女はただただ、龍馬とのやりとりを脳裏によみがえらせていく。
――――気安く抱き着いてくんじゃねえ、この売女が――――
――――身体さえ差し出せば男なんて、簡単に言うこと聞かせられる…その考えが男に対する最大限の侮辱って、考えたことはあんのか?――――
――――そんな無知で尻軽な女、ゴミみてえに見られても当然だと、俺は思うがな――――
異性ウケする自分を利用しようと、その身を提供する旨を伝えた時の龍馬の顔。
さすがに無下にされることはないと思っていたところに、当の龍馬からはまるで汚物を見るかのような嫌悪感に満ちた目で見られてしまうことに。
しかも、それまでよりも厳しい糾弾までされてしまう。
自分が女だと…
そもそも、人間とすら思ってもらえなかったことに、少女の心は深く傷つく。
――――それが俺に対して最低最悪の答えだと気づかなかった時点で、俺のことは何も考えなかったってことじゃねえか――――
――――てめえの出した答えは、俺にとってはメリットどころかデメリットしかないうえに、俺個人を馬鹿にしくさったもんだったからな――――
――――てめえにとって俺は必要かもしれねえが、俺にとっててめえは不要なんだよ――――
自分はさんざん、両親含む周囲の人間を心無い、とひたすら糾弾していたのに…
実際には、自分もそちら側の人間だったことを、龍馬とのやりとりで思い知らされてしまう。
龍馬にかかるリスク、デメリット…
それらを全くと言っていいほど考慮できなかったこと。
そのせいで、龍馬からの容赦ない糾弾が飛んできたこと。
そして何より…
自分が龍馬にとって不要、そして邪魔にしかならないと告げられたこと。
苦しかった。
悲しかった。
「………う………」
絶望感に支配された表情のまま、少女の目からまたしても涙が零れ落ちる。
自分はこんなにも、必要とされていない人間なんだ。
自分はこんなにも、自分のことしか考えてない人間なんだ。
自分はこんなにも、あの人と関わる資格すら持てない人間なんだ。
自身を卑下する負の感情が、とめどなく溢れてくる。
女として、以前に人として…
存在意義すら、見出すことがされなかった。
見出してもらうことすらできなかった。
泣き腫らして真っ赤になっている目から、とめどなく溢れ出る涙。
少女の心は、この世界全てから拒絶されてしまったかのような、たとえようもないほどの孤独感と絶望感に支配されてしまっている。
親や周囲への反発から、学校にも行かずに街を彷徨い歩いていたところに起きた出来事。
その出来事が、少女をここまで追い詰めてしまっている。
近しい存在にも、味方と呼べる者は少女にとってはいないも同然。
少女は、ふらふらとしながらなお、街の中を彷徨い続けるので、あった。
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