第3話 てめえは一体何がしてえんだ?

「…ぐす……」


龍馬にさんざん糾弾され、制服を濡らしてしまうほどに泣き続けた少女。

にも拘わらず、少女の脚は、なぜか龍馬を背後から尾行している。


親の仇を見るかのような恨めしい表情を、その美少女顔に浮かべながら。


自分でも、なぜあの男を追いかけているのか分からない。

あんな男、嫌い以外の何者でもないのに。


「…………」


傍から見てもそのマイペースさが伺えるような、ゆっくりとしたペースで歩き続ける龍馬を、少女は懸命に尾行する。


だが、当の龍馬は少女の尾行にはとっくに気が付いている。


気が付いてはいるが、別段興味も何もないので、そのままにしている。


「あいつ…どこに行くのかな…」


龍馬に気づかれている、ということに気づかないまま、少女は龍馬の背中を追い続ける。

自分のことを、さんざん否定した憎い相手のはずなのに。


そんなことを思いながら尾行を続けていると、龍馬が向かって左の角を曲がっていく。


「!あ…」


龍馬の姿が見えなくなったことに慌てた少女は、自分でも分からないほど必死に龍馬を追って、龍馬が曲がった角に入る。


だが――――




「……なんのつもりだ?」




角に曲がった瞬間、尾行の対象であった龍馬が、少女の方へと向き直っている。

ある程度は興味もなかったので好きにさせていたのだが、さすがに自宅までついてこられるのは面倒だと感じた龍馬は、ここで尾行を止めることにした。


「!!あ…う…」


心底不機嫌そうな雰囲気を隠そうともしない龍馬を見て、少女は怖気づいてしまう。

先程、一歩間違えればこの命を散らされていたかもしれない。

その事実と、それを証明する…

今でも感覚として残っている、あの濃密で凄まじいほどの殺気。


それが、少女の恐怖心を煽る。

少女の行動を許そうとしない。


「……てめえとは、これっきりだと言ったはずなんだが、なあ?」

「!!うう……」

「……なんのつもりで、あんなバレバレの尾行までして、俺を追いかけてんだ?」

「!!え…気づいてたの?…」

「……あれで気づかねえと思ってたのか…俺からすれば、気づいてくださいって言ってるようなもんだったんだが?」

「!!そんな…」

「……で、なんのつもりで俺を追いかけてんだ?おい?」


話が進まないことにイラつきを隠そうともしない龍馬から再度、なぜ追いかけてきたのかを問われる少女。

しかし、自分でも分からないまま龍馬を追いかけてきた少女に、明確な理由を問われても答えられるはずもなく…


「うう…あう……」


結局は、声に出せる言葉が見つからず、右往左往してしまっている。


「……話になんねえな」

「!!……」

「……これ以上、ついてくんじゃねえぞ…いいな」


そんな少女を見て、龍馬は時間の無駄だと判断してしまい…

警告の言葉を残し、その場を後にしようとする。


「(あ…だ、だめ!!)」


そんな龍馬を見て、少女はこれ以上ないほどに焦ってしまう。

どうしよう。

どうすれば。


龍馬の問いかけに返せる言葉も見つからず…

でも、龍馬を何としてでも足止めしたい。


完全にパニックに陥ってしまった少女は、とうとう――――




「ん、んっ!!」




自分の小柄な身体を龍馬の方へと寄せて…

龍馬の長身で筋肉質だが華奢な身体に、べったりと抱き着いてしまう。


「!……はあ?」


180cm以上ある龍馬と、150cm前後くらいの少女では身長差がかなりあり…

必然的に少女は、龍馬の胸に顔を埋める形になってしまう。


「(え?え?わ、私…なんでこいつなんかに!?)」


完全に混乱している中での行動だったため、やった自分になんでと思ってしまう少女。

自分のことをさんざんないがしろに扱った、嫌悪すべき相手に、なんでこんなことを。

まさに、今の少女はそんな心境に陥ってしまっている。


だが、ここで龍馬を逃がしたくないという本能的な思いも働き、龍馬から離れるどころか、逆に龍馬に抱き着く力を強めてしまう。


少女の、小柄な身体にアンバランスな女性の象徴が、遠慮なく龍馬の身体に押し付けられる。

逆に少女も、龍馬の筋肉質だがスリムで見事なほどのスタイルを、その身で感じることとなってしまう。


「(わ~…こいつの身体、見た目華奢なのにすっごく筋肉質…なんか…安心できちゃう…)」


異性に抱き着くなど、他人はもちろん家族に対してもほぼ記憶にない少女。

華奢に見えてがっしりとしている龍馬の身体がすごくたくましく思えて、ついつい堪能してしまう。


その胸板の感触を感じたくて、ついつい頬ずりまでしてしまう。


「……てめえ、何してんだ?」

「!は!……」


いきなり自分にべったりと抱き着いて、胸に頬ずりまでしてくる少女を怪訝な目で睨む龍馬。

その龍馬の一言に、ようやく我に返った、といった感じになる少女。


「…………」


自分よりもずっと高い龍馬の視線を、少女は下から見上げる形になる。


『なんだこいつ』と言わんばかりの龍馬の表情。

しかも、異性に欲望の目で見られやすい、男ウケするスタイルの少女の身体を、押し付けるようにしてべったりと抱き着いているにも関わらず。


まるで、自分が女として微塵も認識されていない。

そんな風に思えてしまう。


龍馬のそんな反応が、少女の苛立ちを煽る形となってしまい…

少女はふてくされて拗ねたような表情を涙目で浮かべながら、自分に怪訝な目を向ける龍馬を睨む。


にも関わらず、少女は龍馬から離れる様子を見せることはなく…

逆によりぎゅうっと、龍馬にべったりと抱き着いてくる。


「……てめえ、一体何がしてえんだ?あ?」

「…………」

「……俺はいい加減、てめえとおさらばしてえんだよ」

「…………」

「……おさらばしてとっとと家に帰って、メシ食いながらやることやりてえんだよ」

「…………」

「……そんな俺の邪魔を、なんでしてんだ?てめえ」

「…………」


至極マイペースな龍馬にとって、自分のペースを乱される存在は心底毛嫌いするに値してしまう。

周囲の目を惹くほどの美少女にべったりと抱き着かれていても、龍馬はまるで態度を変えず、むしろどんどん毛嫌いしてしまっている。


ましてや、そんな苛立ちを隠そうともしない口調の声を向けられているにも関わらず、少女は恨みがましそうな目を龍馬の胸元から見上げる形で向けながら、一向にしゃべろうともしないのだから。


龍馬の機嫌がどんどん悪くなる。

その表情が、どんどん凍てついたものになっていく。


まるで道端に落ちている石ころを見るかのような、無感動無関心な…

怜悧冷徹な表情。


「!!………」


凍てついた表情に変わっていく龍馬を見て、少女の顔が青ざめる。

瞬間、首に尋常ではない圧力が加わる。


「!!!!ぐ、ううううっ!!!!!……」


自分に抱き着いている少女を無理やり引き剝がさんと、龍馬の手が少女の細い首を掴み…

そのまま、力任せに引き剥がそうとする。


「うう、うううううっ!!!!……」


しかし、少女はそんな龍馬の力に抗おうと、龍馬に抱き着く力を強める。

まるで、生涯離さない、と言わんばかりに。


しかし、もはや人外と評しても過言ではない龍馬の剛力に抗えるはずもなく…

少女はあっさりと龍馬の身体から引き剥がされ…

その力の勢いで、彼女の小柄で華奢な身体は地面に乱暴に投げ出されてしまう。


「!!いたっ!!……ごほっ!!ごほっ!!……」


乱暴に引き剥がされてしまったため、アスファルトの地面に背中を強打することとなってしまった少女。

呼吸もまともにできなくなり、思わずせき込んでしまう。


そんな彼女を、凍てつく氷のような視線で射貫く龍馬。


庇護欲を刺激されるような可愛らしい美少女が激しきせき込み、痛がっているのにも関わらず…

龍馬はまるで憎悪の対象がそこにいるかのように、冷徹な視線を崩すことはない。




「……これ以上、俺の邪魔をするなら……明日の朝日を拝めなくなってもいいと受け取るぞ?」




地の底から響くような、絶対零度を思わせる口調で放たれる龍馬の言葉。




「!!…………」




物理的な圧力すら感じさせるほどの威圧感…

絶対零度すら感じさせるほどの凍てついた視線…


それらを前にして、少女の心は絶対の死という恐怖に支配されてしまう。


身体が、動かない。

これが、蛇に睨まれた蛙ということなのだろうか。


怖い。

怖い。


恐ろしい。




「……今度こそ、てめえとは金輪際おさらばだ。俺はてめえとは、もう会おうとも思わねえ」

「…あ……」

「……てめえのように、自分の意思表示もまともにできねえやつなんざ、関わり合いになればなるほどこっちが面倒になるだけだからな」

「!!……う……」

「……あばよ」




吐き捨てるように、少女にとって耳の痛い言葉を声にする龍馬。

少女のことを心底、邪魔以外の何者でもないと、言葉でも態度でも露わにして。


そんな龍馬の意思表示に打ちひしがれる少女。

そんな少女を一瞥すると、龍馬は興味すら失ったかのように、その場を後にし始める。


「あ……あ……」


自分のことを見てすらくれず、興味すら失って去ろうとする龍馬の背中を見て、少女は言いようのない焦燥感に襲われる。


このまま、あの人と別れてしまえば、自分はもう、すがるところがなくなってしまう。

人の命を何とも思っていない、怖い人だけど…

自分のことをさんざんひどい扱いして、嫌いな人だけど…


それでも、あの人とのつながりを失うのは、嫌だ。


矛盾する感情が入り組んで、ぐっちゃぐちゃになっている思考の中で、ただ一つ、自分の中ではっきりしていること。


その思いが、死すら思わせるほどに拒絶の態度を崩さない龍馬の去っていく足を止めようと、少女に行動を起こさせる。




「ま……待って!!!!」




地面に打ち付けられて、痛みの残っている、小柄で華奢な身体を奮い立たせて…

龍馬とこのまま別れたくない…

その思い一つだけで、自分の意思表示をその場に響く言葉として、龍馬にぶつける。




「……」




しかし龍馬は、そんな少女の声などまるで聞こえてもいない、と言わんばかりに…

自らの家へと帰る足を止める素振りすら見せず、振り向く様子すら見せない。


ただただ、その場を離れようと、その足を進ませている。


少女は、そんな龍馬にすがるかのように、震えてまともに動かせない足を無理やり動かして走り出す。




「お願い!!待って!!行かないで!!」



そして、歩く速度を変えず、マイペースに歩き続ける龍馬の背中に…

龍馬をその場に拘束するかのようにべったりと抱き着いて…

ただひたすら、龍馬に懇願する少女。


「……てめえ、なんのつもりだ?」

「お願い!!私もう、あの家に帰りたくないし、学校にも行きたくないの!!」

「……だから?それでなんで俺についてくるんだ?」

「お願い!!あなたがしてほしいことならなんでもする!!だから…」

「……だから?」




「私を、私をあなたのそばにいさせて!!」




「……はあ?」

「私を、あなたのお家にいさせて!!」

「……冗談じゃねえ。なんで俺がそんなことしなきゃなんねえんだ」

「あなたなら、あなたなら私を変えてくれる…そんな気がするの!!」

「……」


まるで恋人に別れを一方的に告げられて、それでもあきらめきれなくて追いかけてしまうかのように…

必死に龍馬に懇願を続ける少女。


そんな少女に、心底面倒くさそうな表情を浮かべる龍馬。

まるで、少女の方を見ようともしない様子も拒絶の心が現れている。


「……俺にそんなこと、できるわけねえだろ」

「!!そ、そんなことない!!私、あなたなら…」

「……そもそもてめえ、俺の家に来るってことは、てめえに何かトラブルがあった場合、てめえを匿った俺が責任追及されることくらいは、承知の上でそれ言ってんだろうな?」

「??え?な、なんで?」

「……そんなことも考えねえで言ってたのか…はあ…仮にも財閥の令嬢がどこの馬の骨とかも分からねえ男の家に転がり込んで、なんて…てめえの親、どう思うんだ?」

「??え??え??」

「……聞いてる限りじゃ、てめえの親は相当外面気にするようなタイプみてえだしよ…一人娘が見知らぬ男と同居だなんて、てめえの親からしたらマスコミにゴシップのネタ提供するようなもんじゃねえか」

「!!そ、そんなのバレなきゃ…」

「……どうやって?まさかてめえ、俺の家に一生居座る気じゃねえだろうな?それに、俺の家から外出なんて、どこでマスコミに嗅ぎつけられるか分かったもんじゃねえ…てことは、ずっと引きこもりでもすんのか?」

「!!そ、それは……」

「……そもそも、てめえが俺の家にいることを嗅ぎつけられた時点で、俺はてめえの財閥からすれば社会から抹殺すべき敵として認識されるようになるぜ、間違いなくな」

「!!……」

「……財閥なんてな…そのぐれえのことしねえとやってらんねえ要素も多々あるだろ。ほんのちょっとしたことで地盤沈下するみてえに崩れる…そうならないためにも、不安要素や抵抗勢力は徹底的に排除するだろうよ」


怜悧冷徹に、至極淡々と龍馬は、少女の懇願を受け入れた時の先行きを想定し…

その考えを、容赦なく少女に指摘し、追及していく。


龍馬の指摘、そして追及に少女も始めは反論するも、次第にその声も小さくなり…

最終的には反論どころか声すら出せなくなってしまう。


「うう……」

「……俺からすれば、下手すりゃ社会的に、どころか物理的に抹殺されかねねえ状況に追い込まれるわけだ…てめえを家に置いた時点でな」

「で、でもそれは考えすぎなんじゃ…」

「……本気でそれ言ってんのなら、ここまでに俺が言ったこと、何一つ分かってねえってことだな」

「!!そ、そんなこと……」

「……ないって言うんなら、そもそもそんな台詞自体出てこねえだろ。さっきも言ったが、下手すりゃ財閥の存在すら脅かすほどの事態になりかねねえこと、当代になるてめえの親が許すはずねえ…そうなりゃ、全力で不安要素となる俺を排除しにかかるし、その後のもみ消しも全力でするだろうな…てめえは下手すりゃ一生財閥って名の監獄に監視され、自分の考えは何一つ許されねえ…そんな状況に追い込まれるだろうな」

「!!そ、そんな……」

「……てめえは、てめえの立場ってもんを理解してなさすぎる。にも関わらず、自分勝手な考えで俺をそこまでの窮地に追い込もうとしてたんだからよ…俺にそんだけのリスクとデメリット背負わせてまで、てめえは一体何がしてえんだ?あ?」

「!!だ、だって……」

「……そもそも『なんでもする』とかほざいてたが、それは一体何をするつもりで吐いた台詞なんだ?」

「!!……う……」


龍馬の容赦ない指摘に、少女はいかに自分が浅はかだったかを痛感させられてしまう。


特に、自分のこの行動が龍馬を明日の命も知れない状況に追い込む、と言う点についてはあまりにも自分が無知であり、自分のことしか考えてないことを思い知らされることとなった。


「……言っとくが、俺はずっと一人で生きてきたから家事全般お手の物だし、収入も並の企業よりはよっぽど稼いでる」

「!!え……」

「……何心底意外そうな顔してんだよ。一人で生きてるっつってんだからそのくれえ当然だろ。仕事自体も俺が趣味的にやってるだけだから、嫌になればやめればいいようなもんだしな…ぶっちゃけ今は、何一つ困ってねえ…それどころか、一人で好き勝手できる今が一番いいとさえ思っている…そこに割り込まれるなんて、はっきり言って邪魔以外の何者でもねえ」

「!!うう……」

「……だから聞いてんだよ。普通の人間なら毎日抹殺されることに怯えて暮らすようなリスク背負わせてまで、俺に何をさせたいんだ?って…それほどのリスクをチャラにできるほどのもん、提供できんのか?ってな」

「うう……」


淡々としながらも、容赦のない龍馬の指摘。

そして、追及。


しかも、先手を打たれるように龍馬の自己申告で、現状の生活に困っていること、足りないものなど何一つないことまで突きつけられて。


自身の願望以外に何もない少女に、龍馬の追及に答えられるだけのものなどあるはずもない。

ましてや、思い付きの身一つでここにいる少女に、龍馬に提供できるものもない。


龍馬の今の生活を壊すだけでなく、龍馬のこの先の人生を常に脅かすような状況に追い込む真似をしているにも関わらず。


「……!だ、だったら…」

「……なんだ」

「こ、この私を…あ、あなたの…慰み者にしても…」


龍馬の追及に、少女は考えに考えたが…

たどり着いたのは、女であるその身を、男である龍馬に提供する、ということ。


先程、制服でうろついていただけで、下心丸出しの輩が鼻の下を伸ばして絡んできたこともあり、少女はそれなりに自分が男ウケする容姿であることは自覚している。


その自分の身体を、好きなようにしてくれ、と少女は恐る恐る言葉にする。

さすがにこれなら、目の前の男も無下にはしないだろうと、少女は思う。




「…………」

「!!…………」




しかし、そんな少女の、自らの身体まで差し出した淡い期待も…

他ならぬ龍馬の、絶対零度を思わせるほどに凍てつく、人を人とも思わない視線と、物理的に人を殺せてしまいそうなほどの殺気によって脆くも崩れ去ってしまうことを、嫌でも知らされることとなるので、あった。

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