第2話 …お前、生きる気あんのか?
「ああ!!殺す!!」
「てめえはぜってえ、ぶっ殺す!!」
龍馬の雰囲気の変貌に気づくこともなく、男達は龍馬を叩きのめしてやろうと…
とうとう一人が、龍馬にその凶器とも言える拳を向ける。
そして、その拳が、龍馬の顔面にクリーンヒットしてしまう。
「!!あ……」
その光景に、少女から悲鳴が上がってしまう。
「へっ!!どうでえ、これでちょっとは身の程が分かったか、こら!!」
龍馬の顔面にその拳を向けた男が、得意げになってしまう。
が、すぐにその態度も変わることとなる。
「……なんだ、これ」
なぜなら、殴られた方の龍馬が、何事もなかったかのように平然としているから。
「!!??」
「……なあ、これで殴ったつもりか?」
「!!??な、なんだと!!??」
「……まあ、つるまなきゃ喧嘩もできねえような奴らが強いはずなんかねえか」
平然とした龍馬の様子に、驚きを隠せない男達。
そして、自分に向けられた拳…
そこにつながっている手首を、龍馬がその右手で掴む。
「!!ぎゃ、ぎゃあああああああああああっ!!」
瞬間、男の手首に万力で挟まれたかのような凄まじい圧力がかかっていく。
もう片方の腕を使って、どうにかその圧力から解放されようとするが…
両腕を使って必死に振りほどこうとしているにも関わらず、龍馬の手はまるで巨大な岩がそこに生えているかのようにびくともしない。
「……ふん」
龍馬が心底つまらなそうに、一つ溜息をついたその瞬間。
何かが、へし折れるような音がする。
「!!!!ぐ、ぐぎゃああああああああああっ!!!!」
龍馬に掴まれていた男の手首が、龍馬によってへし折られてしまう。
その激痛に、男から苦悶の絶叫が飛び出してしまう。
さらに、一瞬何かが煌めいたかのように見えたと、他の男達、そしてそこにいる少女が思ったら…
「ぐはあああああああああああっ!!!!!!!…………」
腕をへし折られた男が、いつの間にか十メートルは距離のある、路地裏の壁の方に激突していた。
「……は、はあ??????」
「……な、何が……」
あまりに一瞬の出来事で、何が何だかさっぱり分からず、混乱を隠せない男達。
しかし、龍馬の方へと向き直ってみると…
龍馬が男の吹っ飛んだ方へと、何の変哲もない前蹴りを繰り出しているのが見える。
それを見た瞬間、考えられない…
もとい、考えたくもないことが男達の脳裏に浮かんでくる。
――――仲間は、この男に蹴り飛ばされてこうなった――――
体格だけで見れば、自分たちの方がこの男の倍はあると言える。
にも拘わらず、こんな華奢な身体で、こいつはこんなことを仕出かした。
ついさっきまで、自分達が圧倒的強者の立場に立っていたと思っていた。
しかし、それが大きな間違いであったことを、この瞬間思い知ることとなった。
「……なあ、おい」
「!!!!」
「!!!!」
「……殺す、っつってたな?」
「………あ………」
「………う………」
「……そんな台詞、吐くってことは――――」
「――――俺と、どちらかの命がなくなるまで、殺し合いをするってことで、いいんだな?」
その瞬間。
物理的な圧力さえ…
凍てつくほどの恐怖さえ感じさせるほどの…
凄まじい殺気が、男達の周囲に満ち溢れていた。
「!!!!」
「!!!!」
その殺気、そして殺意を明らかにする龍馬の言葉。
それは、男達に死の恐怖を感じさせるには十分すぎるほどの威力があった。
男達は、そのあまりの恐怖に震えだしてしまう。
もはや蛇に睨まれた蛙のごとく、身動き一つすら取れないでいる。
「あ……あ……」
ようやく、そんな声を絞り出すのが精いっぱいの状態。
しかし、その声を絞り出した瞬間。
「!!!!ごぼおおおおおおおっ!!!!」
龍馬の左側にいた男の身体が、くの字に曲がる。
龍馬の左拳が、男の腹に突き刺さっている。
龍馬に攻撃された男の口から、胃の内容物がせり上がり、吐き出される。
この一撃で内臓も損傷したのか、血まで吐き出される。
しかし、龍馬は顔色一つ変えることなく、さらに攻撃を加える。
くの字に曲がった男を、さらにその左拳で攻撃し、その地面にたたき伏せる。
さらなる激痛に悶絶する男の顔を、骨ごと砕かんとする勢いで蹴りつぶす。
その一撃で、男の額は割れ、鼻も砕けてしまう。
そして、おびただしい量の出血と共に、男は完全に動かなくなってしまう。
「ひ、ひいいいいいいいっ!!!!!」
殺される。
残った男の脳裏に、その一言が浮かんでしまう。
このままだと、間違いなく自分たちは全員、目の前のこの男に殺されてしまう。
それも、冗談ではなく本当に、物理的に。
完全に動かなくなっている、地面に横たわっている男に、さらなる追撃を加えようとする。
「お、お前!こ、殺す気かよ!」
その濃密なほどの殺意による恐怖感で、指一本まともに動かせない。
せめてもの抵抗で、無理やりにでも声を発する。
だが、そんな男の声にも、追撃の手こそ止めるものの…
その表情は、何一つ揺らぐことなく。
淡々とした口調で、せめてもの抵抗を声にした男に言葉を紡ぎ始める。
「……ああ、殺す」
ただそれだけ。
それだけを、淡々と。
しかも、何の迷いも見せずに。
「……殺す、なんて言葉、口にしたからには…その瞬間から殺し合いは始まってんだよ」
「!!!!!ひっ!!!!!!」
「……殺し合いなら、俺が殺されるか、お前らを全員殺すか…そうしないと、終わらねえ…そうだろ?」
龍馬の、淡々とした口調のそれを聞いた瞬間、男はようやく気付いた。
自分達は、決して敵に回してはいけない存在に…
挑んではいけない存在に挑んでしまったことを。
もはや、抵抗の声すら出ない。
いや、出せない。
あまりの恐怖に、もはや声すら出せない。
龍馬は、そんな男から視線を外すと…
地面に横たわっている男の命の灯を吹き消さんがごとくに、その首に蹴りを落とそうとする。
そして、まさに一人の人間の命が消えようとした、その瞬間。
「だ、だめ!!!!!!!」
龍馬の身体に、何か柔らかいものが当たっている。
「…………」
男達に絡まれていた少女が、龍馬を…
龍馬の殺人行為を、その身を挺して止めた。
「も、もういいから!!」
どうにかして止めようと必死に言葉を声にする少女。
しかし、その瞬間。
「!!!!!!!………」
男達に向いていた、その濃密なほどの殺意が、今度はその一方的な蹂躙劇を止めようとした少女の方へと向く。
「……おい、てめえ」
「!!!!!………」
「……一度始まった殺し合いに、横槍入れるってことは…」
「ひ、ひっ………」
「……てめえが、こいつらの代わりに殺される覚悟、できてんだろうな?」
その凄まじいほどの、物理的な圧力さえ感じさせるほどの殺意。
それが、今は全てこの少女の方へと向いている。
もう、すぐにでも気絶してしまいそうになっている。
だが、そうなればもう、二度と目を覚ませなくなってしまう。
目の前の人物が、それを本気で言っているのを、肌身で感じとれてしまう。
「だ、だ、め…」
「…………」
「殺し合い…なんて、ぜ、ぜ、ったい、だ、め……」
しかしそれでも、その凄まじいほどの殺意に抗いながらも…
少女は、龍馬を止めようと必死に言葉を紡ぐ。
それだけでは足りないからと、龍馬に抱き着く力も強める。
圧倒的なほどの恐怖に襲われながらも、懸命に龍馬を止めようとする少女のその姿に、龍馬は表情こそ揺らさないものの…
「……けっ」
面白くなさげな舌打ちを一つ見せると、自分に抱き着いている少女の身体を引き離す。
そして、その濃密な殺気を消してしまう。
「……ふん…興が削がれた」
心底面白くなさげな台詞を一つ声にすると…
龍馬はまるで何事もなかったかのように、衣類の埃を手で払う。
そして、その場を後にしようとする。
「…………」
その様子を、少女は恐ろし気に見つめている。
あの恐ろしいほどの殺気が消えたことに、安堵の表情を見せながら。
「……おい、てめえ」
そして、龍馬がその場を後にしようとした足を止め、ただ一人無事な男の方に、声をかける。
そのつまらなそうな視線と一緒に。
「!!!!!!な、な、な、なんでしょう!!!!????」
もはや関わりたくもない。
そう思っていた矢先に声をかけられ、あたふたと慌てふためきながらも、どうにか声を絞り出す。
「……よかったな」
「!!??な、なにがでしょうか!!??」
「……この殺し合いを、止めてくれるやつがいてよ」
「!!!!!!!」
「……命拾い、したな」
その一言で、ようやくこの惨劇が終わりを迎えたことを確信することとなった男。
その安堵と共に、緊張の糸も切れたのか…
男は、へなへなと地面にへたり込むと、そのままその意識を手放してしまった。
「……ふん」
そんな男を、龍馬はつまらなそうに一瞥すると…
その男達に絡まれていた少女には目もくれようともせず、その場を立ち去ろうとする。
「……!ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
その龍馬が歩き出そうとしたところを、少女が慌てて止めにかかる。
その声に、龍馬は怜悧冷徹な無表情のまま、視線だけを少女に向ける。
「……なんだ」
「こ、この人達、このままにしておくの?」
「……それがどうした」
「ど、どうしたって…このままじゃ…」
一人は意識を失ってはいるものの、完全な無傷だが…
一人は手首を握りつぶされたあげく、コンクリートの壁に凄まじい勢いで叩きつけられている。
一人は強烈な打撃を食らって地面に叩きつけられたあげく、顔面を蹴られて額が割れ、鼻が砕けている。
全員息はあるものの、ぴくりとも動かないため、少女からすればかなり心配になってしまう。
「……で?」
「え?」
「……このままじゃ、なんなんだよ?」
「だ、だから…し…死んじゃうかも…」
「……だから?」
「だからって…そんな…」
「……殺し合いふっかけてきて、あげく返り討ち食らって死ぬはずだった奴らがどうなろうが、知ったこっちゃねえな」
「!!…」
龍馬の淡々とした、怜悧冷徹な言葉に、少女は思わず絶句してしまう。
だが、それも一瞬のことで、すぐに我を取り戻す。
「で、でも!私を助けようとしてくれたのに!」
「……あ?」
「私を助けてくれるんなら、この人達も!!……」
「……お前、何勘違いしてんだ?」
「!!」
龍馬の口調が、剣呑としたものに変わっていく。
その変化に、少女の言葉が止まってしまう。
「……俺は、何事かと思ってきてみたら、いきなりあいつらに絡まれた。だから、ふりかかる火の粉を払っただけだ」
「!!……」
「……そもそも、てめえこそなんなんだよ?」
「な、なにって?……」
「……こんな時間に、そんな制服でうろついてるってことは、学校あるのに行ってねえんだろ?」
「!!そ、それは……」
「……学校も行かずにこんなところうろついて、あげくこんな連中に絡まれてたってわけか。全部てめえの自業自得じゃねえか」
「!!だ、だって!!お父さんもお母さんも私のことなんか見てくれないから!!」
龍馬の辛辣な言葉に、少女から反論めいた言葉が飛び出してくる。
「……ああ?」
「お父さんもお母さんも、自分の体裁と評判しか考えてないもん!!私のことなんて、どうだっていいんだもん!!」
「……」
「家じゃ成績と内申しか気にされないし!!学校じゃ見てくれと家柄しか見てもらえないし!!私、こんなのもう嫌!!学校なんて行きたくないし、帰りたくない!!」
「……」
「誰も私のことなんか見てくれない!!変な理想ばかり押し付けられて、それにそぐわなかったら失望される!!あんたなんかに、この辛さが分かってたまるか!!」
少女の口から、叫ばんがごとく日頃の鬱憤が飛び出してくる。
この少女は、上流の家柄であるため、父親と母親からは常に成績で評価されている。
自分達のお眼鏡にかなう人物であることを、常に義務付けている。
その為、テストでいい点を取ったり、いい成績を出したとしても、それは当然で、さらに上を目指すことを義務付けられる。
その為に勉強に日々を費やし、遊ぶどころか趣味らしい趣味を持つことすらもできないでいる。
学校でも、その家柄ゆえに少女に取り入ろうとする人間ばかり。
本当の意味で少女を見て、本当の意味で友達になろうとする人間はいない。
そうして溜まっていった鬱憤がついに爆発。
少女は、家にも戻らず学校にも行かないという強硬手段に、ついに出てしまった。
「……気に入らねえ」
そんな少女の爆発した怒号を聞いた龍馬だったが…
ぽつりと一言。
その口調は、先程殺し合いにまでなりかけた…
恐ろしいほどの殺気を放っていた時と同じ口調。
「!!え?」
身も心も凍てついてしまう、と錯覚してしまうほどの絶対零度の視線と表情。
龍馬のそんな顔に、少女は訳も分からずがたがたと震えてしまう。
「……親があるだけマシだし、そのおかげで生きてんだろうが」
「!!で、でも…」
「……だいたい、てめえのその思いを、その両親や取り巻き共にちゃんとぶつけたのか?今、俺にやったみてえに」
「!!そ、それは……」
「……嫌なら嫌って、はっきり言えばいいじゃねえか。それすら言わねえで相手が分かってくれない、なんて言っても言い訳にもなんねえよ。自分で自分の思い、何にも伝えてねえし、そもそも伝える努力すらしてねえんだからな」
「!!だ、だって…そんなの言ったって…」
「……お前、阿保なのか?逆に自分がそんなことされたら、相手の気持ち分かるって言えんのか?あ?」
「!!あ……」
龍馬の容赦ない指摘に、少女はそれでも、という思いがあるのか…
言い訳を絞り出そうとする。
だが、言い訳を絞り出す前に龍馬から容赦なく次の指摘が飛んでくる。
そして、龍馬の最後の指摘には、よほど自分も痛感させられることがあったのか、もはや何も言えなくなってしまう。
「……結局は自分で自分の境遇を変える努力すらせずに逃げてるだけってことじゃねえか…お前、生きる気あんのか?」
「……う……」
「……で、そうやって逃げ出したあげく、こいつらに手籠めにされかけたってわけか…これが自業自得じゃないんなら、いったいなんなんだ?え?」
「……うう…ううう~……」
さらに容赦ない糾弾を続ける龍馬の無慈悲な言葉に、少女はとうとう泣き出してしまう。
「……はあ…もう何も言う気もしねえ…」
「うう~…」
「……てめえみてえなのと関わっても、俺には何のメリットもねえ。だから、今後もう二度と会うことなんて、ねえだろうよ」
「ううう~~…」
「……じゃああばよ…そこで永遠にみじめったらしく泣きわめいてな」
幼子のように泣きじゃくる少女から視線を切り、元来た方向へ向き直ると…
龍馬は今度こそ、その場を後にする。
背後から聞こえる泣き声すら、もはや興味が失せたと言わんばかりに自分の感覚から遮断して。
「……メシ……早く食いてえ」
とっとと自宅に帰って、今抱えてるエコバッグの中の昼食を食べることだけ。
それだけが、今の龍馬の思考を支配していた。
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