俺はこの世が気に入らない

ただのものかき

第1話 …………気に入らねえ

「…腹、減ったな…」


社会人なら仕事、学生なら学業に勤しむべき時間帯である、平日の日中。

今は寒くもなく、熱くもないほど良い気温の春日和。


一人でいることが前提なら、それで十分と言える程度のスペースしかない…

十畳一間のワンルームの空間。


立地としては主要鉄道の駅からも、主要道路からも外れており、交通の便はお世辞にもいいとは言えない。

設備も玄関口にある、年季の入った古めかしい共用ポスト、エレベーターもない階段のみの設計で、四階までしかなく部屋数も少ない。

それでも少しでも部屋数を多くしようとした結果、一部屋一部屋のスペースがかなり削減されてしまった、そんな造り。


幸い、周辺にはある程度店舗はあり…

食事処、雑貨、衣料品、常備薬などはすぐに買いに行ける。

コンビニはやや遠いところにしかないものの、業務スーパーが近所にあるため、食料品を買いに行くにも不便は感じない。


声の主が住むマンションは周囲に遮蔽物もさほどないのだが、窓が一方しかなく、しかもその部屋は日中の太陽の光が差し込まない方角になっているため、日中でも部屋は薄暗い。

今も、部屋の照明を点けていないため、普通の人間の活動時間帯である日中とは思えない薄暗さになっている。


「…結構、夢中になってやってたな…」


無造作に、背中まで覆うほどに伸びた黒髪は、適当に買ったヘアゴムで一括りにしている。

当然、前髪も無造作に伸びており…

その線の細い、シャープな輪郭で形作られている顔の右半分が完全に隠れてしまっている。

左にある分け目により、少し開いている左側も、前髪に覆われている感じが強く、実際の顔がはっきりとは見えない状態になってしまっている。

だが、無造作な伸び方をしている割には艶はよく、割としっかり手入れされている。


その前髪に隠れてしまっている印象の顔立ちだが…

目は切れ長でぱっちりとした二重、睫毛は一目で見て分かるほどに長く、はっきりとしている。

鼻筋も奇麗に通っていて、頬も痩せぎすな印象こそあるものの、肌そのものは奇麗である。


首に見える喉仏は結構形がはっきりしており、それがこの人物が男性であることを象徴している。


線は細く華奢だが、身長は確実に180cm以上あり…

それでいてしなやかで筋肉質。

脚も日本人離れしてスラッと長く、全体的にスマート。


そんな体形の身体を、地味さを印象付ける黒一色の、少しゆるりとしたサイズの薄手のトップスとジーンズに包んでいる。


造形のいい顔も、細い黒のフレームの眼鏡をかけており…

無造作な前髪もあって地味な陰キャというのが第一印象として、周囲の目には映ると言えてしまう。


そんな彼は、神崎かんざき 龍馬りょうま


当年取って十七歳の、現役の高校生…

ではなく、現在は学校にも通わず、家族も後見人もいない天涯孤独の身の上で、自ら磨き上げた能力で生計を立てて、一人で暮らしている。


と言っても、特に特定の職場でアルバイトなどをしているわけではなく…


類まれなコンピュータ技術を活かし、オンラインでの販売が可能なデジタルコンテンツやちょっとしたお役立ちツール、スマートホンなどの携帯端末で使えるアプリなどを開発している。

それなりに数を出しているそれらがかなりのヒットをしており、収益も十七歳の少年が持つには過ぎたもの、と言えるほどには稼いでいる。


学校に行っておらず、他人と関わることを極端に嫌う性格ゆえ、ほぼ一日を自宅で一人で過ごしているため、前述の制作・開発に時間を費やしている。

また、素材として使えるイラストなども手掛けており、それも有料素材として公開。

もちろん、そちらもかなりの高収益となっている。


その為、金銭に困ることはなく、むしろ富裕層に入れるほどではあるのだが…

本人は特に贅沢に興味はなく、住処もこのありふれたワンルームマンションで十分としている。


最低限の活用ができる程度のキッチンに、トイレと兼用スペースになっている、今流行りのパネル操作による機能などないユニットバス、そして標準的な機能のエアコンという設備。


部屋に置いているものも、いたって標準的な機能の冷蔵庫にレンジ、キャスター付きで移動可能なハンガーラックに収納ボックスに、商売道具でもあり、生活面で主要のツールとなっているノートPCとデスクトップPC。


推しとしているアイドルや、ファンである球団のポスターなどといった趣味趣向的なものは一切なく、極めて必要最低限で殺風景な印象の部屋となっている。


ちなみに本を読むのは趣味と言えるため、結構な数を購入するのだが、物が増えるのを嫌っているため、本は専ら電子書籍を購入している。


今も、日頃の生活の糧となるデジタルコンテンツの制作・開発に没頭していて、その作業が一区切りついたところだ。


「…適当になんか、買いに行くか…」


無駄を嫌い、ものぐさではあるものの家事全般はきっちりとこなしている龍馬。

むしろそんじょそこらの主婦よりもクオリティが高いと言えるほど。


彼の住処となっている部屋は常に奇麗で、汚れも目立たない。

食事も、基本的に自分で作るので、外食などをすることもない(そもそも、他人と関わることを嫌っているため、まず外食という選択が出てこない)。


それでも、制作・開発の作業に没頭してしまった場合はやむなしに外へ食事を買いに行くことはある。


自炊をしていて、自分のそんな性格を把握しているのなら、いつでも食べられるように作り置きをすればいいと、誰かが見ていれば思うかもしれないが…

元々何かを作ることが好きな彼は、料理をすることも何気に好きであり…

加えて、無闇に作り置きをして無駄に冷蔵庫のスペースを消費することを好まないため、作る時はその時その時になっている。


生活の糧を得ることも含め、一通りのことは自分で全てこなせてしまえるのも、彼が孤独を好み、他人を排除してしまうことを増長させる要因となっている。


買いに行くのも面倒だなと思いながらも、龍馬はゆっくりと腰を上げ…

自分だけの私的空間と、公の場となる外界をつなぐ唯一の経路となる玄関のドアへと、ゆっくりと歩を進めていった。




――――




「…………」


陰鬱そうな雰囲気を醸し出しながら、龍馬は自宅マンションのすぐ近くにある業務スーパーへと足を運び、その時の気分で食べたいと思ったものを適当に購入した。


エコバッグをきちんと持参し、レジ袋は不要ときっちりレジ担当の店員にその意思表示をし、購入した商品をそのエコバッグに詰めている。


龍馬の無駄を嫌う性格は、ここにも出ている。


そして、買い物は済んだので長居は無用と、業務スーパーを後にする。


「………?」


黙々と現在の制作物について思考を巡らせながら自宅へと歩を進めていたところ…

何やら、揉め事を思わせる喧騒が、龍馬の耳に届く。


片方は、怯えを懸命に隠して必死に抵抗する少女の声。

もう片方は、そんな少女相手に下心丸出しで絡んでくる男達の声。


本来ならば、龍馬の性格的に無関心にそのまま自宅に歩を進めていそうなのだが…

龍馬は、この喧騒がどこか気になったのか、その喧騒のする方向へと歩を進めていく。


そして、その場を遠目から目撃する。


「は、離して!私はあんた達と一緒に行くつもりはないから!」

「そういうなよ、お嬢ちゃんよ」

「そうそう、そんなカッコでこんな時間にウロついてんだから、どうせ暇なんだろ?」

「せっかくの時間を有効活用したいだろ?だったら、俺らと遊びに行こうぜ?な?」


そんなやりとりが行われているのは、周囲からは目立たない路地裏。


見れば、あきらかにどこかの高校の生徒だと分かる制服に身を包んだ、気が強そうではあるが見てくれは確かな美少女と言える少女に…

その短く切りそろえた髪を金色やら茶色やらに染め、その膨れ上がった筋肉を強調する、ピッチリとした服装に身を包んだ、あきらかにガラの悪い男子が三人。


少女はやや小柄で、可愛いに偏った顔立ちではあるものの、制服の上からでも分かる男好きするスタイルをしている。

特に、上半身の制服を盛り上げる女性の象徴は、かなりの自己主張をしており、当然ながら男達の視線もそこに集中している。


さらに、男達は鼻の下を伸ばして下心丸出しというのがはっきりとわかってしまう。

あきらかに異性側の視点で見ると嫌悪感を抱かれそうなほどに。

だが、その体格から腕っぷしに自信があることは容易に想像できるため、絡まれている少女もなかなか思い切ったことができずにいるようだ。

おそらく、この光景を誰かが見かけたとしても、関わり合いになりたくなくてスルーしてしまう、というのがほとんどだろう。


だが、龍馬はそんな場に平然と、淡々と足を踏み入れていく。


「…なあ、何してんだ?」


そして、まるで友人を見かけて声をかけるかのような気軽さで、男達に声をかける。

そんな気軽さとは裏腹に、口調そのものは凍てつくような冷淡さだが。


「あ?なんだてめえ?」

「どっから湧いてきたんだ?この陰キャ」

「見りゃ分かんだろ?この子が暇そうにしてたから、俺らが遊んであげようと声かけてんだよ」


せっかくの美少女のナンパに勤しんでいたところを邪魔されたため、その不機嫌さを隠そうともせずに龍馬の方へと向き直り、言葉を発していく。

180cm以上ある龍馬よりもさらに上背のある男達は、龍馬の容姿を見て陰キャだと馬鹿にした雰囲気も交えながら。


「そうそう!それがこの子のためにもなるから、な?」

「だからよ?てめえはお呼びじゃねえってことだよ?わかる?」

「てめえみてえな陰キャが俺らみてえな陽キャ様に逆らうなんて、言わねえよな?」


龍馬の見た目を馬鹿にしながら、龍馬をにちゃあっとしたにやけ顔で睨みながら…

男達は、龍馬を威嚇するかのような口調で、龍馬の前に立ちふさがる。

陰キャに人権などないと、言わんばかりに。




「…………気に入らねえ」




そんな男達に対し、怯むどころか心底つまらんと言わんばかりの態度で、気に入らないと言葉にする龍馬。


「ああ?」

「今なんつった?」

「てめえ…誰に物言ってるか、わかってんのか?ああ?」


そんな龍馬の言葉がしっかり聞こえた男達は、怒気を強めて龍馬に掴みかかってくる。


だが龍馬は、そんな男達を心底つまらなそうに見ながら、さらに言葉を紡いでいく。


「……阿保なのか?」

「!んだと、こらあ!」

「……誰に言った、だと?んなの、てめえら以外誰がいるんだよ。そんなことも分かってねえみたいだから、阿保か、っつったんだよ」

「!てめえ…どうやらつぶされてえみてえだな!」

「今更泣いて謝っても、許しはしねえぜ?」

「覚悟するんだな?おい?」


男達は、龍馬に対し完全に喧嘩する気満々になっている。

もっと正確に言うならば、龍馬を力で蹂躙する気満々になっている、だが。


しかし、そんな男達に対し、龍馬は怯えるどころか――――




「……おいおい、笑わせんなよ」




――――不敵な笑みを浮かべながら、さらに挑発するような言葉をぶつける。


「!んだとお!?」

「……てめえら、自分らが強いとか思ってんのか?」

「!そらどういう意味だこらあ!」

「……あんな女子相手に、こんだけガン首揃えなきゃ何も出来ねえんだろ?」

「!な、なんだとお!!??」

「……数集めなきゃ、喧嘩もできねえ…一人じゃ何にもできねえくせに、いっちょ前に強いつもりか…そんなに、俺を笑わせたいのか?」

「!!て、てめえ…」

「……だいたい、てめえらみてえな発情期真っ只中のゴリラ共に絡まれて喜ぶ女がどこにいんだよ?そこの女も心底迷惑そうだったじゃねえか」

「!!こ、このガキャあ!!」

「……そんなことも見てねえのか?だから阿保だって言ってんだよ。てめえらみてえなのとつるんで有効な時間になる?んなわけねえだろ、阿保が」

「!!い、言わせておけば…」

「……だいたい、こんな時間にこんなことしてるってことは、働くことすらできねえから、その憂さ晴らしでやってるってことだろ?そんな奴らが何俺より上の立場のつもりでいるんだ?ド阿保が。そんなことはまともな人間になってから言えよ、このゴリラ共」

「!!も、もう許さねえ!!」

「てめえ、今日で命終わりだな!!」

「殺す!!ぜってえ殺す!!」


龍馬の言葉に、男達は完全にキレてしまう。

明確な殺意すら乗せた言葉を乱暴に放ちながら、龍馬に詰め寄る。


「……殺す、だと?」


殺す。

その一言に、龍馬の雰囲気が変わる。


他のことに、まるで興味がなさそうな雰囲気から…

絶対零度を感じさせる、恐ろしいほどの殺意が、漏れ始めるのだった。

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