2-12.目覚めと共に
side: ユカ
夜は相変わらず眠れない。真っ暗闇にひとりぼっち。
孤独でいると、過去の記憶が蘇る。
言われた通りにするだけの自分。そこに意思はなくて、操られているかのように手足を動かしていた。
少しでも失敗しようものなら否定の言葉。
愚図。用済み。足手まとい。役立たず。無価値。ゴミ屑。廃棄物。ダメなやつだと誰かが後ろ指をさす。
違う。違うの。聞いて。できないのはわざとじゃないの。
言葉はなかなか出なくて、最後まで出ることはなくて、傷ついて、心が死んでいった。
どうせ私は大企業の御令嬢にしか見られていないんだ。全部無駄なんだ。そう思ってしまった。
そして心を閉ざした。
昔の記憶にうなされ、罵倒をききながら、ぼんやりと横たわるだけ。
もう、ユカのすることは決まっている。
「……ヨルくん」
最後にこの15日を過ごしたひとりの男性を思い出した。
リビングを通り、部屋に行くとその人が熟睡している。
「たぶん、きみは明日の夜まで起きないんだろうなあ」
ユカはひとりつぶやいた。
それは確信だ。
コーヒーと一緒に強めの睡眠薬を飲ませたのだから。
「楽しかったよ。ほんとうに、心の底から」
ユカの声が静かな部屋に響いた。
「私のこと、忘れても思い出してくれるのかな?」
震えた声は深い眠りにつくヨルには伝わらない。
「……なんてね。大嘘つきでごめんね」
ユカはヨルの頬に手を添え、顔を近づけ、そっと口付けをひとつした。
もうすぐ太陽が登り、夜が終わる。
「ばいばい……」
心は当の前から決まっている。
そして、ユカはいなくなった。
・・・
ヨルは目を覚ました。
時刻はもう昼過ぎだった。
しかも眠ってから一日が過ぎていた。30時間以上も眠っていたらしい。
のっそりベットから起き上がり、ぼんやりした頭で部屋を見渡す。
「ユカさん……」
ヨルは自分の口から出た音に違和感を覚えた。
「ユカ……さん?」
だから再びそれを口にした。
言葉として声に出して……。
そして、気づいてしまった。
「ユカさんって、誰だ……?」
ヨルの記憶から、ユカは消え去っていた。
「ここは、どこだ……?」
自分がなぜ見知らぬマンションにいるのかがわからない。
仕事をクビにされて母親に会いに行った。それまでは覚えている。
けれど、15日間の記憶にしてはあまりにも短く断片的すぎる。
部屋をひとつひとつ見ていったが、誰の家なのかわからない。
「……っ」
昨日までのことを思い出そうとすると酷い頭痛がした
香りの残滓が部屋に残っている。
花のようで艶やかな匂いなのに、どこか懐かしさがこみあげ、胸が軋み、切なくなった。
どうしてだろうか。
誰かと一夜を共にして、ここはその人の部屋だろうか。
何か大切なことを忘れている気がした。最近の記憶が朧げだった。なぜここにいるのか。何をしていたのか、記憶にない。
必死に頭の中を探す。記憶を漁っていく。
しかし、思い出そうとした端から記憶が消えていく。
掴もうと断片を捉えた次には何を思い出そうとしているかさえ分からなくなっていた。
全身の細胞が思い出せと叫んでいる。
それでも、何も分からなかった。
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