#007 夢破れた料理人③
「その、朝だけとか、屋台でもいいので…………お店を、やってみたいんです!!」
意を決して、クロノに自分の望みを伝えるオニキス。一般的な奴隷にこの様な申し出が許される事は無いのだが、相手はクロノであり、すでに他の奴隷・孤児は才能に合わせて多彩な活動をしている。
「はぁ~。それは構わないが、具体的なプランは考えているのか?」
「え? それはその! えっと、一応は……」
ため息交じりではあるものの、あっさり了承するクロノ。対して断られるものだと思っていたオニキスは、慌てながらも曖昧な返事を返す。
「お店をやってみたいって事は、店主ってことですよね? 下働きじゃなくて」
「それは、その、理想と言うか、旦那様が許してくれる範囲でと」
笑顔でオニキスに訪ねるのはニーナ。彼女は現在、ふもとの村で村長代理に加えて、商会長もつとめている。どちらの仕事も監督役であり、実務の殆どを部下に任せているのだが…………権利者ではあるものの村に関わらないクロノに代わって村全体を見渡し、その動向や改善案などをクロノに伝える仕事をしている。
「お店を出すには、奴隷が何人も買えるくらいの初期投資が必要で…………それが用意できても、営業許可や商業組合などの問題もあります。そもそも、貴女くらいの年齢で店を持つなんて……」
「ニーナ」
「はい?」
「オニキスが青ざめて、今にも吐きそうなんだが?」
「アハハ、本当ですね」
「「…………」」
嬉々とした表情で答えるニーナ。
クロノはニーナの親では無いのだが、それでもこれまでの経緯を考えると『ちょっと育て方を間違えたかも』と思わずにはいられない。
「初期投資の問題はさて置き、村の料理人は現状、足りているんだよな?」
「そうですね。むしろ人材過多かと」
クロノは条件に合う奴隷・孤児は、上限なく引き取っている。しかし大半はハーレムに迎えず、労働力として村で働かせている。更にオニキスに近い境遇の浮浪者も雇い入れており(下働きならともかく)店主として与えられる店は空いていない。
「じゃあ、オミノだな」
「そうなりますね」
「え? オミノ??」
オミノは村から一番近い街であり、そこならば商会の支店もあり、クロノのコネもきく。
「すでに経験のあるお前に言うのも何だが…………ある商人の話をしよう」
「は、はい」
「その商人は料理が趣味で、実際、店を持つのに充分な腕があった。そしてソイツは、商人として成功し、充分な資金を手に商人を引退、店を開いて料理人になったんだ」
「「…………」」
クロノは転生者として様々な知識・道理を知っている。料理もそうだが、本すらあまり普及していないこの世界で、ここまで多彩で、なにより正しい知識を持っているのは武器であり…………彼の成功はそういったものが支えていた。
「しかしその店は、半年ともたずに潰れた。何故だと思う?」
「えっと…………料理の腕が、素人止まりだったから、でしょうか?」
「不味くても、潰れない店は幾らでもあるな」
「それじゃあ、組合や役人と上手くいかなかったから、でしょうか?」
「そこは商人として成功した人物だ。上手く立ち回れるだろう」
「はいはい! 楽しくなかったからじゃないですか? 実際にやってみたら想像と違って、趣味として楽しみたかったみたいな」
「それは、あるかもしれないな」
「よっし!」
「「…………」」
勝ち誇った表情のニーナ。
ニーナはクロノの奴隷では無いものの、替えのきかない事業を任されている。一般的に、このような役職に就くことは"成功"とされるが、ことこの村では事情が異なる。この村での1番の成功者はクロノであり、そこに続くのが彼の『ハーレムに入れた者』となる。
口には出さないが、ニーナはハーレム入りを目指しており、ハーレム候補者、とくにその幸運を自覚していない者を憎く思う部分があった。
「まぁなんだ。本当の正解は、体を壊したからだ」
「え? それって、その……」
「ただ偶然、体を壊したって話じゃない。料理人に限った話ではないが、1つの動作を一日中、それを毎日続けるのは大変で、回復薬でも治せないほどの職業病を抱えてしまうのは珍しい話じゃない」
「それは、そうですね。すみません、出過ぎた……」
クロノは店の話を断ったわけでは無いのだが、その場の雰囲気に丸め込まれて納得してしまうオニキス。
「って事で! オミノの店をお前に任せる。別に、慣れたらそのまま独立しても構わん」
「え? それは…………その、ありがとうございます!!」
「…………」
粋な計らいに見えるこの展開だが、実のところコレは降格。クロノの価値基準は"信頼"であり、彼のもとで働くにあたって不満や他への憧れを抱くようならハーレム要員として失格。
そしてクロノは、お人好しではない。むしろ性格は悪く、なにより冷徹だ。いくら見込みがあろうが、序列を下げた者にまで過剰な(奴隷には過ぎた)支援を与えることはない。現在オニキスは、ハーレム要員として一軒家に住まい、貴族でもそうそう食べられない美食を食しているが…………ハーレムから離れた彼女は、奴隷として、身の丈にふさわしい扱いとなるだろう。
こうしてオニキスは、夢の為に恵まれた環境を手放し、料理人として独立する事となった。
異世界でハーレムを作るだけのお話。 行記(yuki) @ashe2083
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