昨日、夢を見た。

@kmaple

昨日、夢を見た。

 私は昨日、夢を見た。

 そこは灰色の街で、輪郭のぼやけた人たちが歩いていた。夢の中の私には、なぜか恋人がいた。私と彼は夜の学校に来ていて、そこでエレベーターに乗り込んだ。エレベーターの中、彼はとても不安そうな顔をしながら、私を強く抱きしめた。彼の不安が少しでもおさまるように、私はここにいるよ、とささやく。それでも震えている彼に、少し大きな声でここにいると伝えてみる。彼にはまるで、私の言葉が届かないかのようだった。彼はそのまま、顔もあげず、かといって私から離れることもなく、ただ私を抱きしめていた。私の心は、まるで彼の体を通して不安が伝染したようにざわつき始める。そんな気持ちを必死にこらえて、ここにいるって私にも言ってよと頼む。でも彼は何も答えなかった。心のざわめきはどんどん大きくなって、私は取り乱し、ここにいるって言ってよと大声で叫ぶ。それでも彼は私のことを抱きしめるだけだった。まるでもう二度と会うことも触れることもできないかのように。

 そして、エレベーターは止まり、ドアが開いた。入り口で見たのよりもさらに輪郭のぼやけた人の形をした塊が浮かんでいて、まるで影をくしゃくしゃに丸めたみたいだった。私は直感的に彼を引き留めようとしたけれど、彼は悲しそうに微笑んでその中に消えていった。私は後を追おうとしたが、もう彼は黒い影になったあとで、捕まえることはできなかった。そこでようやく、私は彼の抱擁の意味に気付いた。彼がなぜ、ここにいると言ってくれなかったのかも。


 そんな夢を見て、私は飛び起きた。誰か大切な人が失われたのだ、と直感的に思った。あまりにも夢がリアルで、よく聞く予知夢と似ているような気がした。もしこの直感が当たっていたら。そんな不安につぶされながら、何度も寝返りをうち、眠れないまま夜は明けていった。


 結局、誰も失われてはいなかった。予知夢なんてものはなくて、私の思い過ごしだったというわけだ。だけれど私は、「もし」の世界を追いかけてみる。


 もし、あの夢が予知夢だったなら。


 もしあの夢が事実だったら、きっと私は恋人を失っているのだろう。恋人を失った私は、周りから心配される。周りに人がいるときはケロッとした顔で何事もなかったかのように過ごすけれど、夜ひとりになったら涙を止められない毎日だろう。恋人にもらったペアアクセサリーみたいなものをずっと外せないままかもしれない。おそろいの何かを使うのをやめられないのかもしれない。それともその反対で、彼を思い出すものすべてをどこかに隠して、鍵をかけて、徹底的に目に触れないようにするかもしれない。時々寂しくなって、そこにしまった物たちを見て、大泣きするんだろう。

 そんなときに支えてくれるのは誰だろう。それはずっと仲良くしてきた先生かもしれない。先生は私のことを心配している素振りは見せなくても、私が泣きつけば話を聞いてくれるし、会えば挨拶ついでに声をかけてくれて、くだらない世間話をしてくれるのだろう。あるいは、今まで私と大して仲良くもなかったクラスメイトかもしれない。彼女らの偽善のような顔にイラつきながら、なんだかんだで仲良くなるのだろう。そうでなければ、私から離れていったかつての親友かもしれない。そうなったら私は、今さら親友面をするなとブチギレて、精神不安定な危ない人だというレッテルを貼られるのだろう。

 私はさらに想像を膨らませてみる。毎月、月命日には彼のお墓に行くかもしれない。ひとりで行くけれど、お墓につくと毎回彼の親と一緒になるのだ。最初は何も話さないけれど、毎月会うもんだからそのうちに話し出す。話してみると話がすごく合って打ち解けていく。そうすると毎月待ち合わせて行くようになって、ご飯も一緒に行くようになる。定期的に家にお呼ばれするようになって、2番目の我が家になり始めたころ、私は誰かに告白される。私がその人に出す条件は、前の彼氏の月命日にはお墓に行くのと、前の彼氏の家族と遊ぶのを最優先にさせてくれること。しばらくはそのせいで彼氏ができないけれど、ある時それを認めてくれるすごく年上の男と出会う。彼はひと回りくらい年上で、結婚を焦っている。だから「大人の余裕」を見せて私の自由にさせてくれるのだ。その彼とはうまくいって結婚するのだと思う。けれどその後の結婚生活は冷たいのだ。お互いに干渉しないただのルームメイトとして過ごし、お互いの義実家には寄り付きもせず、彼は仕事に生きている。私は相変わらず前の彼氏の家族と仲良くし続ける。


 こんなところまで想像して、ふとこちらに帰ってきた。こんなに夢ばかり見ているなんて、私もまだ思春期から抜けられていなかったのかとそんな気持ちになる。悲劇のヒロインになる私。くだらない妄想。ありがちなストーリー。

 そんなことに時間を使う私は、そんなにこの世界から逃げたいのだろうか。あちらの世界の私の居場所はそんなにしっかりしているのだろうか。きっとそのどちらも違う。私はただ、夢が見たいだけ。


 私は今日、夢を見た。

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