第129話 伝える時
月が空高く登り、人々は皆眠りについている頃だろう。その中、ある温泉旅館の一室で愛し合うカップルが居た。
「柚梪………っ、好きだ………好き、だ」
「龍夜さぁん………」
腕の中に居る柚梪に俺は好意を口にしながら、柚梪の暖かい温もりを感じる。
何も考えられない。柚梪の事しか考えられない。柚梪とこうして愛し合えている嬉しさで胸がいっぱいになる。
「柚梪………っ!」
そして、少しずつ限界を迎え始めていた俺は、柚梪が苦しまない程度に加減しながら、ギュッと抱きしめる。
「龍夜さん………私っ」
俺と柚梪はラストスパートへ突入。ほのかに頬をピンク色に染めたお互いの顔を、2人はその目に焼き付けた。
「柚梪っ、柚梪………っ」
「龍夜、さぁん………っ」
俺と柚梪は同時に名前を呼び合いながら、ついに限界を迎えた。そのとたん、体から魂が抜けたかのように力が解けて、柚梪の上にバサッと倒れ込んだ。
「はぁ………柚梪」
「龍夜さん………」
俺と柚梪は息を切らしながらも、お互いに見つめ合う。そして、お互いに唇を寄せ合い、3秒にも満たない短いキスを最後に交わした。
それから数分後。息をを整えた俺は、使ったゴムを外し、縛ってからキャリーバッグに入っていた小さなビニール袋に入れた。
さすがに旅館のゴミ箱に捨てる訳にはいかないだろう?
寝巻きのズレを整えた俺と柚梪は、2つ布団があるにも関わらず、柚梪の使っていた布団に2人で入っている。
「なんだか………すごかったです。もう、何も考えられなかったですよ」
「あぁ。俺もあんなに気持ち良いとは思わなかったな」
俺と柚梪は向かい合い、至近距離でそんな会話をしていた。
「あの、龍夜さんが付けていたやつが無かったら………私は」
「まぁ………もしかしたらな」
俺と柚梪はポッと顔をピンクに染めた。
「あー、くそっ………! 柚梪っ」
「ひゃっ!?」
恥ずかしくなってきた俺は、とっさに柚梪を抱き寄せる。
「もうっ、龍夜さん………急に抱き締めるのはビックリしますよ………」
目と鼻の先に柚梪の可愛い顔がある。その透き通る水色の瞳をじっと見つめながら、俺はある事を考えていた。
「なあ、柚梪」
「はい。なんですか?」
「………聞いて欲しい事がある」
「………?」
俺の真剣な顔を見た柚梪は、何か大切な話なのかと、少し身構える。
「俺と………結婚してくれませんか?」
「………え?」
俺からの突然なプロポーズ。その言葉に柚梪は目を見開いた。
当然だろう。なにせ、愛し合った後なのに、プロポーズをされたのだから。誰だって戸惑って当たり前だ。
(さすがに急過ぎたか………?)
「………っ! はいっ!! 喜んでっ!!!」
しかし、俺が思っていたよりも、柚梪はなんの躊躇もなく承諾してくれた。
「えっ………? 嘘だろ………? そんな、急に言った事なのに?」
俺はあまりにもあっさりと受け入れられたものだから、逆に戸惑いの表情を浮かべる。
「もうっ、何言ってるんですか? 私は、ずっと龍夜さんからのその言葉を待ってたんですよっ」
「………柚梪」
柚梪は少しムッとした顔になっていたが、その表情からは喜びの感情が伝わってくる。
「やっと………龍夜さんからそう言ってもらえた。夢が叶った………っ」
「………!!」
俺はその言葉に、目を見開く。柚梪は………それほどまでに俺の事を思ってくれてたのだと気づいたから。
そうなれば、柚梪に掛けるべき言葉は、1つしかないだろう。
「俺がこれから、もっと幸せにするから」
「………! はいっ、よろしくお願いしますっ」
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「とうとう、言ったんだね。お兄ちゃん」
一方その頃、隣の部屋では彩音が壁に耳をすませていた。
「普通に夜更かししてたのに、なんで私って、耳が良いんだろう。イヤホン外したとたん、聞こえちゃったよ」
そう、彩音は夜遅くまでパソコンでゲームをしていたのだが、寝ようとイヤホンを外したとたん、柚梪の甘い声が聞こえてしまったようだ。
それなりに声を抑えていたのだが、ほんの僅かな声を、彩音は聞き取ってしまったのだ。
しかし、彩音以外の3人はぐっすりと眠っている。
「来年から、お兄ちゃん達とリアルで会う事は、ほぼほぼないだろうからね。お兄ちゃん、柚梪ちゃん…………」
そして彩音は、何やら意味深な事を言った後、壁を挟んだ1つ向こうの部屋にいる俺と柚梪に、小さな声で呟く。
『私は、心の奥から2人の幸せを願っています』
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