第127話 決断
時間は過ぎて、夜の18時頃のこと。
未だにトイレから出て来ない俺と、広間で例の物がバレたのだと確信して、心臓の鼓動が鳴り止まずに座布団の上に座る柚梪。
時間も時間と言うことで、部屋の扉がノックされる。
「あ、はい」
すぐさま立ち上がった柚梪は、部屋の扉を開く。そこには、旅館の人が1人立っており、その人の背後には、料理が乗ったお盆を運ぶ車輪付きの大きな台がある。
それを見た柚梪は、すぐに状況を把握する。
「あっ………夕食、お願いします」
旅館の人は柚梪に一礼すると、2人分の料理を広間へと運んだ。
その後、料理を運び終えた旅館の人は「また時間を置いてから、回収に参ります」と言ってから、部屋を出て行く。
「龍夜さん………? 夕食の料理が届きましたけど………」
「………」
俺からの返答は未だに来ない。
これ以上呼び掛けてもダメだと柚梪は確信し、広間で運ばれた料理を先に食べ始めた。
しかし、今俺と顔を合わせた所で、例の物がバレている以上、どう会話すればいいのか分からない。それは、俺も柚梪も思っている事だ。
その結果、俺はトイレから出る事が出来ないのだ。いや、出る事自体は出来るが、心の準備って物があるだろう?
「………」
お刺身、揚げ物、煮物にお味噌汁。豪華な食事が目の前に広がるのに、柚梪はあまり気分が乗らない。
無言で、ただゆっくりと箸で食べ物を掴んでは、口に持っていき噛んでは飲み込む。美味しいの一言も素直に言えない。
………ガチャンッ!
「………っ!!」
すると、トイレから扉が開いて閉まる音が聞こえ、柚梪は体をビクッと震わせた。
それと同時に、食事で収まってきた心臓の鼓動が、再度高鳴っていく。
「………っ」
「………っ///」
広間に足を踏み入れる俺と、食事中の柚梪はお互いに目が合ってしまい、1秒も満たない間に視線を逸らし合う。
(柚梪の感じからして………俺がアレを見てしまった事を知ってしまったか………?)
俺はしぶしぶ柚梪の対面に腰を下ろすと、両手を合わせて軽く一礼した後、箸を持って食事を始めた。
「…………」
「…………」
「………美味しいな」
「そ、そうですね………」
会話が終わった。俺が生きてきた中で一番早い会話の終わり方だった。
その後、本当に何も会話をせずに食事を終えて、約2時間後に旅館の人が食器を取りにくる。
広間で2人、テーブル越しに向き合って座るのはいいが、ただただ沈黙した空気が流れるだけ。『あ』の一言も無ければ、両者一向に動く気配もない。
「………」
「………あのっ」
コンコンッ
沈黙の中、柚梪が何かをいいかけたその瞬間、扉からノックをする音が聞こえてきた。
「あ、はい。ちょっと行ってくる………」
「はい………私は、お布団出しておきますね………」
俺は部屋の扉へ、柚梪はテーブルを隅へ寄せる。
扉を開くと、そこには寝巻きを着て、髪をほどいている彩音の姿があった。
「お兄ちゃん♡ お菓子ちょーだい♡」
「………はぁ?」
俺は急に彩音が言い出した言葉に、思わず本音が溢れてしまう。
「トイック、オア、トリートッ!」
「………あぁ、そゆことね」
次に彩音の言った言葉により、俺はようやく意味を理解する。ハロウィンは実際の所、明日ではあるが………まあ、いいだろう。
どうせ来ると思っていた俺は、お土産屋で買ったクッキーの箱を取り出して、すぐに開封。バニラ味4つとチョコレート味4つを持って、彩音の所へ向かう。
「ほら、半分光太にやってくれ」
「わぁーい! クッキー!!」
彩音は無邪気に喜ぶと、「ありがとーね! お兄ちゃん♡」と言い残してから、すぐさま隣の部屋へと戻って行った。
もう少し絡まれるだろうと思っていた俺だが、すぐに帰ってくれて助かっ………いや、このまま柚梪と居ても気まずいだけだから、帰らなくて欲しかったかも。
広間へと戻ると、柚梪がちょうど2つ目の布団を出して、広げ終わった所だった。
「なんだ………? もう1つ出したのか?」
「えっ? あ………はい、その………昨日は狭かったので………」
違う。柚梪は、今の状況で俺と一緒の布団で寝るのは無理だと判断しているからだ。
布団を出し終わり、再び沈黙の時間が訪れ、時間はどんどん過ぎていく。俺はスマホを弄り、柚梪は布団の上で踞り、お互いに1人の時間を過ごしていた。
そして、深夜23時頃………。
歯を磨いた俺と柚梪は、電気を消して布団に潜る。
お互いに背中を向け合い、「おやすみ」の挨拶すらせずに眠りに入る。
カチッ………カチッ………カチッ………
どのくらい時間が経っただろうか。沈黙の部屋に響く時計の針が進む音が鳴り響く。
「………龍夜さん、起きてますか?」
「………あぁ、まあな」
すると、柚梪が俺に話かけてくる。
「龍夜さん………私のバックの中を見ました?」
「あぁ。見た」
「………。その、アレも見ちゃいましたか?」
「………。うん」
すると、背後から布団の擦れる音がすると同時に、徐々にその擦れる音は近くなってくる。
「なら………もう隠しても無駄ですよね………」
そして、柚梪はついに決心をした。
「私………龍夜さんとしたいです」
「………っ!」
それは、紛れもない柚梪の本心であり、同時にお誘いでもあった。
「ひゃっ………!? た、龍夜さん………?」
俺の体は無意識に動いており、寝返りをした後、まるで柚梪を押し倒したかのように、柚梪の上になっていた。
その行動に、柚梪は頬をピンク色を染める。
「柚梪。本当に………いいのか?」
「…………///」
俺は柚梪に聞く。これは、取り返しのつかない事だからだ。
「本当の本当に………俺で、いいんだな?」
俺はさらに頬をピンク色に染める柚梪に問いかける。すると、柚梪は軽く一回だけ頷くと………
「………、はい。龍夜さんじゃないと………嫌です………///」
小声でそう俺に言い返す。
それを聞いた俺は、ズレた布団を持って、俺と柚梪の頭が出るくらいの位置までかぶったのだった………。
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