第124話 温泉のお誘い
「もう大丈夫そうか? まだ辛いなら休んどけよ?」
「大丈夫です。だいぶ治ってきましたから」
昼食を取らせ終わり、しばらく俺の肩にすがっていた柚梪は、すっかり顔色も元に戻り、元気な柚梪へと回復していた。
一時はどうなるかと思っていたが、大事にならずに済んだようで、俺も一安心。
「それより、龍夜さんはお昼食べなくていいんですか? その、ほとんど私に譲ってくれて………」
「あぁ、正直あんまり食べないだろうと思ってたから、2人分貰っておけばよかったと後悔はしてる」
「なんか、すみません………」
ダウンしていた割には、運ばれてきた昼食の7割は綺麗に平らげてしまったため、俺はそれほど食事を取れていない。
お昼を1日抜いたからと言って、餓死する訳でもないから、別に構わないのだが。
「それで、なんで教えてくれないの?」
「………っ! まだその話をするんですか? は、話したくありませんっ。と言うか、なんでもないんですっ!」
「………怒ってる?」
「怒っては………ないですけど………」
と、この通り、何を言いたかったのかを聞くと、変わらず「なんでもありません」と返されてしまう。
よっぽど言いたくないのだろう。柚梪にとって、言ってしまうと心臓が止まるような呪いでもついたお話なのかもしれない。
だが、柚梪がダウンする前は、その話を俺にしようとした事実は揺るがない。
気になって仕方ない俺は、隣で俺の肩に寄り添う柚梪の腰元をギュッと優しく掴むと、グイッと柚梪の身体を抱き寄せる。
「………っ/// なんですか………? 急に………」
「んー? 柚梪の温もりを味わいたいなって」
ポッと顔を薄いピンク色に軽く染めた柚梪は、内心で心臓の鼓動が早くなる。
「どうしても話してくれない?」
「だ、ダメですっ」
「俺は聞きたいんだけどなー」
「ダメと言ったら………ダメですから………///」
俺は少ししょんぼりとした雰囲気で柚梪にそう言ってみるが、相変わらず柚梪は口を開こうとはしてくれない。
俺は、さすがにもうダメだと判断し、柚梪を解放する。しかし、腕を解放した瞬間、柚梪は頬をぷっくりと膨らませて、上目遣いで俺を見つめてくる。
「なんでやめるんですか………? もっと抱き締めてくださいよ」
「抱き締めたら、話してくれる?」
「………。イジワル………」
柚梪はぷいっとそっぽを向く。どうやらふてくされているようだ。
それでも、俺の肩に寄り添う事をやめない辺りが、とても可愛いらしく、愛おしい。
それからしばらく沈黙が続き、時間はどんどん過ぎていく。昼食に使った食器を旅館の人が取りにきたりし、徐々に日が沈み始める。
お昼14時30分頃、部屋の扉からコンコンコンッとノックの音が聞こえた。
俺は、「はいは~い」と言いながら、肩に寄り添う柚梪を引き離して、扉へと向かう。柚梪はと言うと、頬を膨らませてはいないが、そっぽを向いたままではある。
ガチャッと扉を開くと、そこには大きめのタオルを2枚ほど持った彩音が立っていた。
「あ、お兄ちゃん♪︎ やっほー♪︎」
「おう、彩音か。どうしたんだ?」
「今から温泉に行こうと思うんだけどさ、お兄ちゃんと柚梪ちゃんも行かないかなーって」
部屋を訪ねてきた彩音は、温泉のお誘いをしきにたそうだ。
しかし、まだお昼の15時にもなっていない時間帯に温泉とは、いささか早すぎるような気がする。
「この時間に温泉って、早すぎるんじゃないか?」
「そうなんだけどさ、お父さんとお母さんいわく、夕方から人が多くて混雑するみたいなんだよねー」
そう言えば、昨日は父さんと母さんが温泉に行って、あとから彩音と光太が行ったって感じだったかな?
確かに、夕方になるにつれて人が多くなるのは当然だろう。
「この時間帯なら、まだ人が少ないっぽいし、入っとこうかなって」
「なるほどな。だが、俺はやめとこうか」
「えぇー、行かないのー?」
「どっちにしろ彩音と一緒には入れないからな?」
男性と女性は同じ温泉には入れない。当然である。
「じゃあ柚梪ちゃんはー?」
「私、ですか?」
すると彩音は、少し部屋の中へと入って、広間で座布団の上に座る柚梪へと視線を向けた。
「そうですね。せっかくですし、ご一緒します」
「わーい、やったー!」
「柚梪、行く分には構わんが………くれぐれも気をつけてくれよ。たまに変な奴いるからな」
「大丈夫。そこは彩音がちゃんと柚梪ちゃんをお守りするからっ」
「なんか異常に安心するんだけど………」
柚梪は座布団から立ち上がると、キャリーバッグから大きめのタオルを1枚取り出し、彩音の所へと向かう。
旅館専用のスリッパを履くと、彩音と一緒に部屋の外へと出て行く。
「お兄ちゃんも温泉入ればいいのに。いってきまーす」
「じゃあ、行ってきますね。龍夜さん」
「おう、ゆっくりと楽しんでおいで」
そうして、俺は彩音に柚梪をまかせて、2人を見送るのだった。
なぜ俺は温泉に入らないか。それは………とりあえず気分とでも言っておこう。
部屋の扉を閉めると、俺も早めに入浴を済ませておこうと、広間にあるキャリーバッグへと向かう。入浴と言っても、シャワーではあるが。
「………おっと、いけね」
広間に入ってすぐ曲がると、キャリーバッグのすぐ隣に置かれていた柚梪のバックに足が当たってしまい、柚梪のバックがばたりと倒れてしまった。
しかし、倒れた衝撃で柚梪のバックからある物が出てきたのだ。
「………? なんだ、これ?」
俺は、柚梪のバックから出てきた謎の物を手で拾って観察する。薄いピンク色の正方形の袋。真ん中には丸く平べったい何かが浮き出ていた。
俺はそれを見てから、10秒ほどでそれが何かを察した。
世の中の高校生以上の男性なら、ほぼ誰しもが知っているであろう物。それは………
「こ、これって………コンドーム………だよな?」
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