第121話 いざ入店
柚梪がダウンしてから約10分。お店の中を時々覗きながらも、俺は柚梪の回復を待っていた。
しかし、時間が経過するたびに旅館で泊まっているお客さん達が目を覚まし、行動し始める。やがて、お店の中は人が減るどころか、少しずつ増え始めているのだ。
「困ったな………だんだん人が多くなってきやがった………ささっと買い物済ませたいんだが………ダウン中の柚梪を1人にする訳にもいかねぇし」
俺は、隣でカイロを握りながら座って安静にしている柚梪に視線を向ける。
「柚梪、どうだ? まだキツイか?」
「あ、いえ………だいぶ良くなりましたよ」
少し声が小さめではあったが、確かに顔色も戻りつつではある。
「その、まだ寒気はあるんですけど、もう動けます。いえ、むしろ動きます」
「いやいや、そこは無理しないで?」
「大丈夫ですっ。どうしても辛い場合は言いますから」
柚梪はそう言うと、カイロを片手に立ち上がる。
「本当に辛かったら言えよ?」
「はい。まかせてください」
「なんで意地はってんの?」
少々突っ込みを入れつつも、柚梪が動ける所まで回復したおかげで、お店の中へ入れそうだ。
ちょうど人がお店から出て行き、運良く店内に居るお客さんはそれほど居なかった。
「おし、人が多くなる前にちゃっちゃと終わらせるか」
俺は柚梪の空いた片手を握り、カイロの熱を感じながらお店へ入店する。
外とは違って、お店の中は穏やかな雰囲気に包まれていた。店内に居るだけで、なぜか心が浄化される感じがする。
この穏やかで明るい雰囲気を漂わせるこのお店は、特に名前がないので、お土産屋とでも言っておくとしよう。
並べられている商品に目を通すと、すべてが綺麗に包装された食べ物だった。
クッキー、せんべい、キャンディー、おまんじゅう、飲み物。どれもお土産として貰ったら嬉しい物ばかり。
「………。見てるだけでお腹が減ってきました」
「確かに、写真や画像を見た感じ………お、美味しそうだな………」
値段と共に掲示されている写真を見て回ると、どれも非常に美味しそうな物ばかり。あまり多くは使いたくないため、買えても3つ。
「やっぱり、持って帰って食べるならまんじゅうだな。あんことカスタード………柚梪、どっちがいい?」
「カスタードってなんですか?」
「まあ、クリームみたいな感じか?」
俺の答えを聞いた柚梪は、この旅館でしか作られていない2種類の特製まんじゅうを眺めながら、必死に考える。
「そこのお客様、もしかして………おまんじゅうを眺めていらっしゃいますか?」
すると、カウンターに居る少々年を取ったおばあさんが声をかけてきた。緑色のエプロンに、頭には黄緑の三角巾を巻いている感じ、店員さんだろう。
「え? はい………そうですけど」
「よければ、試食致しますか?」
店員さんは、カウンターからお店の奥へと歩いて行き、1分も経たない間に、半分に切られたあんことカスタードのおまんじゅうと
「どうぞ、お召し上がりください」
差し出された2種類のおまんしゅう。1つとしての大きさはそれほどでもない。
すると、先に動いた柚梪は、爪楊枝を持ってカスタードのおまんじゅうに爪楊枝を刺す。
「柚梪、カスタード食べるのか?」
「はい、ちょっと気になったので………もし龍夜さんが食べたいのでしたら、譲りますよ」
「いや、大丈夫だ」
俺は余ったあんこのおまんじゅうに爪楊枝を刺して、柚梪と一緒に口の中へと持っていく。
一度噛むことで、おまんじゅうとは思えないような、少しもっちりとした食感に、流れでるあんこ。少々手が施されているこのあんこは、ほんのりと甘く感じる。
だが、このほんのりとした甘さが、俺の舌を虜にする。一度味わうと、忘れる事の出来ない独特の甘い味。飲み込むのが勿体ない。
ある程度細かく噛んだおまんじゅうを飲み込む。
「うぉぉ………なんだこれ、すごく美味しい」
「ありがとうございます」
俺の感想に対し、軽く一礼をして感謝を伝える店員さん。
一方、俺は柚梪の方に視線を向けると、まだ口の中におまんじゅうが入っているのだろう。モグモグと口を動かしている。
「柚梪、美味しいか?」
あえて俺は、そう柚梪に問いかけてみると、柚梪はパッチリと開いて、同時に輝かせる目で俺の無言で見つめてくる。
「はいはい。つまり美味しいって事な」
一目みればすぐ分かった。柚梪は「今までこんなに美味しいおまんじゅうは初めて食べた」と言っているかのような顔をしていたからだ。
確かにこれは、一度味を知れば忘れられない物だ。もっちりとした食感に、ほんのりと甘いあんこの味………とても気に入った。
「よし、すみません。このおまんじゅう、2種類とも1箱ずつお願いします」
「かしこまりました。ありがとうございます」
一口サイズにしては少し大きいが、1箱に12個入っているようだ。あんことカスタードを、俺と柚梪で6個ずつ食べられる。
これは家に持って帰って、じっくりと味わう事にしよう。
「あとは………クッキーでも1箱買っておこう。柚梪、行くよ………てっ、まだ食べてんのかよ」
未だに口をモグモグとさせる柚梪。まるでリスみたいだ。柚梪も同じく、飲み込むのが勿体ないと思っているのだろう。出来るだけ小さく噛むまで、飲み込むつもりはないようだ。
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