第118話 布団は1つで十分

 深夜23時頃、柚梪が脱衣室から出てきたら旅館内を探検するつもりが、スマホで小説を読んでいると、いつの間にか眠りに入っていた俺。


「んん………?」


 なにやら近くでゴソゴソと言う音がして、俺はゆっくりと覚醒する。


「あっ、龍夜さん。起きちゃいましたか」


 目を開けると、柚梪が押し入れから2人分の布団を出している最中だった。


「えっ? もう、そんな時間………?」

「はい。夜23時です。テーブルをずらさなきゃなので、後々龍夜さんを起こすつもりでしたが、先に起きられたんですね」


 俺は右手でスリープ状態のスマホを軽く握っており、両腕をクロスさせて枕にして寝ていた。


 土台がテーブルだったため、布団をしくには大きなテーブルをずらさなけなければならない。


「柚梪、後は俺がやるよ………。先に歯を、磨いてくれば………? ふわぁ~」


 俺はゆっくりと立ち上がると、大きく背伸びをする。


「大丈夫ですよ。それに、もう歯を磨いていますから、龍夜さんの方が歯を磨いてきてください」


 柚梪はそう言うと、2つ目の布団を取り出す。


「そうか。ありがとな」

「いえいえ」


 俺は柚梪にお礼を言った後、脱衣室に設置された洗面台へと向かう。


「あ、歯ブラシ………」


 俺は歯ブラシをキャリーバックから取り出す事を忘れており、一旦戻ろうとするが、ふと鏡の下に視線が向くと、そこには俺用と柚梪用の歯ブラシがコップに立て掛けられていた。


 どうやら柚梪が一緒に取り出しておいてくれたようだ。


 歯ブラシを濡らし、歯磨き粉をつけ、ゴシゴシとある程度力加減をしながら、自身の歯を磨いていく。


 コップに溜めておいた水を口の中に入れ、うがいを2回ほどした後、コップの先端と歯ブラシを洗って元の位置に戻す。


 そうして、歯を磨き終わった俺が広間へと戻ると、柚梪がテーブルを部屋の端にずらし、布団がしかれていたのだが………。


「あれ? 布団、1つだけ?」

「はい。そうですけど?」


 おかしいな。俺が歯を磨きに行く時は、2つ目の布団を取り出していたはず。


「自分の分も出そうと思ったんですけど、1つの布団に2人で寝ればいいのでは? と思ったので、1つしか出してません。出すのもしまうのも楽でいいですし」


 確かに、片付けてとかは楽になる。だが、2人で寝るには少々面積が小さい。よほどくっついて寝らなければ、2人も入らないだろう。


 すると、柚梪は壁に取り付けられたリモコンを手に取り、ポチっとボタンを押すと、電気が消える。


 この広間には、4辺ある内の1つには大きめの窓があり、外に植えられている綺麗な花を見ることが出来る。


 その大きな窓から差し込む月の光が、俺達の居る部屋をうっすらと照らす。


「さあ、寝ましょ? 龍夜さん」


 柚梪はそう言うと、小型テレビの前にしかれた布団の中に足からお腹元まで入れると、そのまま寝っ転がる。


 俺は一瞬なぜか戸惑ったが、柚梪の後に続いて布団の中に入る。


 1つの布団に柚梪と2人で入ると、どうしても柚梪とピッタリくっつかなければ、どちらかが布団からはみ出てしまう。


「はぁ、仕方ねぇな」


 俺は一回ため息を吐くと、柚梪を優しく抱きしめ、自分の身体へと柚梪の体を抱き寄せる。


 そして、抱き寄せられた柚梪の顔は、俺の胸元に埋もれた。


「えへへっ、龍夜さんの温もり。なんだか懐かしい感じがします」


 俺の胸元に顔を埋もらせた状態で、柚梪がそう言う。


「そうか? 大抵家では、隙あれば抱きついてくると思うんだが?」

「それは、私の体が龍夜さんの温もりを求めているからです」

「じゃあ今は?」

「龍夜さんにギュッてしてもらえて幸せです♡」

「それ感想やん」


 そして柚梪は、俺の胸元から顔を出すと、1つしかない枕の半分に頭を置く。


 向き合う俺と柚梪は、目と鼻の先にお互いの顔があり、ほのかに吐息も吹きかかる。


 少しの間お互いに見つめ合っていると、突然柚梪が目を閉じて顎を少しだけ俺の方へ突き出してくる。


「………」

「………なに?」

「分かんないんですか?」

「いや、分かるけど………」


 俺がそう呟くと、柚梪はまた少し顎を突き出してくる。これが意味しているのは、『おやすみのキス』が欲しいと言うことだろう。


 ずっと目を閉じて、今か今かと俺からのキスを待ち望む柚梪。そのキス顔がとても愛おしくてたまらない。


 俺はゆっくりと顔を近づける。やがて、柚梪の柔らかい唇に、俺の唇が重なり合う。


「んっ………」

 

 5秒にも満たないほどの短いキスに、柚梪は物足りなかったのか、俺の後頭部に両手を添えて、無理やり唇を交えさせた。


「ちゅっ………んっ、ちゅ………」


 甘く溶ろけそうな音が部屋に小さく響き、舌を絡めてキスの味を堪能する俺と柚梪。


 20秒ほどのキスを堪能し終わり、お互いの唇を離すと、唾液の細い糸が引く。


「なんでなのかな………なんだか、いつもよりドキドキする」

「………まあ、場所がいつもと違うからかな?」


 お互いに頬を少し赤らめる。


「ほら、もう夜遅いから寝るよ」

「はい♡」


 柚梪を抱きしめたまま、俺と柚梪は目を閉じる。


 寝てばっかな俺だけど、なぜかぐっすりと眠れそうな感じがする。こうして、安心出来る人が近くいるからだろうか?


 俺と柚梪は、10分も経たない間に深い眠りへと入った。

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