第116話 蓋を開けられない彩音
美味しい旅館の料理を食べた俺は、早めに沸かしたが、結局キスの件で入っていなかったので、食後の入浴を堪能した。
全体的に白の空間で、半透明な黒色の桶と小さな椅子が1つずつあり、最大3人は湯船に浸かる事の出来そうな大きさのお風呂だった。
この旅館には、温泉もあるみたいだから、大抵の人はそっちで入浴を済ませているだろう。
「明日は、皆で温泉入るか」
俺はそう呟きながら、脱衣室で旅館から提供されている寝巻きを着る。
扉をスライドさせて開き、脱衣室から出る。
「柚梪、上がったぞ」
「はい、じゃあ今度は私が」
柚梪は旅館の人がお皿等を片付けてやすいように、テーブルの端にお皿を寄せ集めていた。
同じお皿同士を重ねてはいない。なぜなら、旅館の人が重ねて持っていくか分からないのと、そのままでいいと言う事を聞いているから。
お皿等を全て端に寄せ集めた柚梪は、そのまま立ち上がり、脱衣室へと向かっていった。
そうして、柚梪がお風呂から上がるまでの間が暇なため、スマホの電源を入れて小説を読もうとした時、扉から3回のノック音が聞こえた。
「ん? 誰ですか?」
俺はそう扉に向かって言うと、扉の向こう側から「私だよ~、お兄ちゃん」と言う女性の声が聞こえた。
「なんだ、彩音か」
俺はゆっくりと立ち上がり、部屋の玄関的な扉へと向かう。そして、ガチャッと扉を引き開けると、そこには寝巻きを着た彩音が立っていた。
「やっほ~っ、お兄ちゃん♡」
「彩音、どうしたんだ?」
ニコッと微笑む顔を見せる彩音に、俺は冷静な顔をして彩音に問いかける。
「どうっ? この浴衣みたいな寝巻き! 可愛い? 可愛い??」
彩音はワクワクとした表情で近寄ってくる。
「あぁ、似合ってるよ………」
「可愛い???」
「………。可愛いよ」
「えへへ♡ そうでしょそうでしょ♪︎」
なんだか、半強制的に言わされたような気がするが、確かに彩音は着物がよく似合っている。正式には寝巻きだけど。
また、世の男達には堪らないくらいに、ツインテールが良い味を出しているのだ。
「でっ? この部屋に来たのって、評価貰うためだけ?」
「いやいや、まっさか~」
もしそうだとしたら、その長いツインテールの片方を掴んで、体中に巻き付けていた所だ。
「実はさ、父さんとお母さんが温泉に行ってて、光太はゲームコーナーに行ったきり帰って来ないの」
「………うん。それで?」
「旅館にあるちょっとしたお店でね、ビンの美味しそうなジュースがあったから買ったんだけど………」
「開けれないと?」
「うんっ」
彩音はそう言うと、手を後ろで交差させながら、ニコッと微笑む。
彩音は女性であり、中でも握力が低い方だ。2Lのペットボトルすらも、自力で開けられない事が多いのだ。
「分かったよ。それで、そのビンってのは?」
「あっ、部屋に忘れてた」
「はぁ、お前なぁ………」
俺は片手で頭を抱えてため息を吐く。
「すぐ持ってくるからっ」
「いやいいよ。俺がそっちに行くから」
そして、俺は隣の039番の部屋へと向かう。
靴を脱いで部屋に上がると、テーブルが部屋の端に寄せられており、すでに4人分の布団が並べられていた。
「なんだ、もうお皿下げてもらったのか?」
「うん、たった今回収してったね」
「たった今って、どれくらい?」
「うーん、だいたい5分前くらい?」
「5分でテーブルずらしてかつ、4人分の布団を出して並べたのか?」
「そうだよ?」
「………、お前、ある意味すげぇな」
なぜテーブルを持ち上げられて、ビンの蓋を開けられないのか、全く分からない。
そして彩音は、端に寄せられたテーブルの上にあるジュース入りのビンを指差す。
「あれあれ~」
「………。おい、蓋を開ける道具ねぇと開かないやつやんけ」
よくビン系の蓋として使われている、金属製のギザギザとした蓋。それを開けるようの小さい道具が存在するはずなのだが、彩音はそれを持っていなかった。
「この蓋を手で開けようとしてたのか? お前」
「その通りっ」
「バカか」
少なくとも手で開ける物ではない。さいあく手の皮膚が切れて怪我をする恐れがある。
「はぁ、蓋を開ける道具がないと開けられねぇよこれ」
「えぇ~、飲めないのぉ~?」
しょぼんとした顔になる彩音。よっぽどこの飲み物を飲みたいようだ。
俺はため息を再び吐くと、「仕方ねぇな」と言ってある手段にでる。
「彩音、ハサミはあるか?」
「え? あるけど」
彩音はカバンからなぜ持って来ているのか分からない筆記用具を取り出し、ハサミの刃を握って、持つ所を向けて俺に渡してくる。
ハサミを受け取った俺は、ハサミを閉じた状態で先端をビンの蓋へとあて、彩音にビン自体を手で固定してもらう。
「彩音、しっかり押さえておけよ」
そして俺は、ハサミを下から上へとレバーを上げるかのように突き上げ、見事に蓋を外す事に成功した。
「わぁ~! さっすがお兄ちゃん! 大好き♡」
「はいはい。風呂上がりで暑苦しいから抱きつくな」
まあ、柚梪なら喜んで抱き返すんだけどな。
そうして、開けてくれたお礼に、一杯ご馳走してくれるとこ事で、彩音から使われていない透明のコップに飲み物を注がれ、強制乾杯をさせられていた。
その頃、040番の部屋では………
「龍夜さん、龍夜さーん」
脱衣室から俺の名前を呼ぶ柚梪。
「龍夜さん? 居ないん………ですか?」
脱衣室の扉を少しだけ開き、頭だけを出して部屋を見回す。俺が居ない事を確認した柚梪。
「ど、どうしよう………今なら間に合う………かな?」
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