第115話 大切なのは、気分を入れ替える事
「失礼します」
光太に柚梪との口付けを見られ、お互いに気まずい雰囲気を味わっていると、気がつけば時刻は夕方の18時30分を過ぎていた。
扉を3回ノックした後、1人の着物のような和服を着た女性が入ってくる。
「如月様。ご夕食のお時間になりましたので、お料理をお持ち致しました」
「夕食? もうそんな時間なのか………」
正直、光太にキスを見られてから、柚梪と一緒の部屋に居ると異常な空気を常に堪能しなければならなく、時間など全く考えていなかった。
そもそも、料理が提供される事自体を知らなかった。父さんからは、この旅館に泊まるから来い的な事しか聞いていないからだ。
そして、女性は一旦部屋から出ると、いくつかの料理が乗った黒いお盆を持ってきて、俺と柚梪が向き合うようにテーブルの上に並べる。
お米や味噌汁、刺身、揚げ物、サラダなどが、綺麗に盛られており、見ているだけでお腹が空いてくる。
さすがは旅館の料理だ。もしかして、この旅館は俺が思っているよりもいい旅館なのかもしれない。
「お食事が終わりましたら、お皿などを19時30分から20時の間で回収しに参りまさので、そのままテーブルの上に置いたままで大丈夫です。また、お食事後に入浴などで部屋の外に出られる場合は、こちらのカードを置いておきますので、カウンターに居る人に渡してくださいませ」
女性は、「ごゆっくりどうぞ」と最後に言った後、
旅館の名前が書かれた緑色のカードをテーブルの上に乗せて部屋を出ていった。
このカードをカウンターの人に渡せば、俺達が部屋に居ない間に、お皿等を片付けてくれるのだろう。
「柚梪………、飯食べるか」
「あっ、はい」
俺は、部屋の一番置くかつ隅でうずくまる柚梪に向かってそう言うと、柚梪はゆっくりと立ち上がり、俺の対面に座る。
柚梪が座った事を確認すると、俺は「いただきます」と言って箸を手に取り、食事を始める。
色んな種類の料理を出されたら、最初に何から手をつければいいか分からないものだ。
続けて柚梪も手を合わせ、「いただきます」と小声で言うと、箸を手に取る。
お刺身を醤油に少しつけて食べたり、揚げ物を一口噛ったり、味噌汁を飲んだりと食事を楽しむ俺の反対に、柚梪は全く手を動かしてない。
「柚梪、どうした? 食べないのか?」
「あっ、いえ………その………」
柚梪の異変に気がついた俺は、食事の手を止めて柚梪にそう問いかける。
「あの、光太君に見られた件の事ですけど………」
柚梪は何やら申し訳なさそうな顔をしながら、時々俺の事をチラチラと視線を向けてくる。
「あの時は、悪ふざけのつもりでやったんですけど………今思ったら、龍夜さんは見られるのが嫌だったんじゃないかなって思って、迷惑をかけたのではと………感じてしまって」
柚梪は下を向きながら、元気の無い声でそう言う。
確かに、光太に柚梪とのキスを見られたのは恥ずかしかった。だが、別に嫌って訳ではない。むしろ、柚梪が俺に対して積極的になってくれるのは、男として嬉しい事だ。
まあ、世の中には積極的な女性が嫌いな人もいるだろう。
「なんだ、その事が。確かに光太に見られた事は恥ずかしいけど、別に嫌とかじゃないぞ。まあ、これ以上見られるのは勘弁だけど」
一旦箸をお皿の上に乗せて、腕を組んだ状態で俺はそう言う。
「とにかく、別に怒ったりとかしてないから、元気出してくれよ。滅多に食べられない料理を、美味しく食べられないだろ?」
「………」
しかし、柚梪は未だにしょんぼりとしたような顔で、何も喋らない。
俺は「はぁ」と一回ため息を吐く。
「柚梪っ!」
「!? は、はいっ」
そして俺は、黙り込んでいる柚梪に対して、少し声の音量を高くして、勢い良く柚梪の名前を呼ぶ。
柚梪は体をビクッと震わせ、ビックリしたような顔で俺を見る。
「俺が気にするなって言ってるんだから、何も考えるな。そうやっていつまでも落ち込んでると、返って人に迷惑どころか心配かけるぞ」
まるで親が子供を叱るように、俺は少し目を鋭くした状態で柚梪の目を見て真剣に言う。
「自分が悪い事をしたら、無意識に頭の中で申し訳なく思うのは分かる。けど、いつまでも暗い顔してれば、逆に相手側にも罪悪感が出てきたりするんだ。だから、相手が大丈夫って言うなら気分を入れ替えろ」
ちょっと言い方が厳しいかもしれないが、これも柚梪の事を思っての事だ。
心から好きな相手に怒ったり、喧嘩とかしたくはない。だけど、時には心を鬼にしなければならない事もあるのだ。
子供だってそうだ。親から怒られて、初めてそれがやってはいけない事なんだ。悪い事なんだと知る事が出来る。
そう言ったしつけがなっていない人は、将来犯罪などを簡単に起こしてしまうような、ダメな人間へと成長しやすいのだ。
「ほら、元気だせ柚梪。俺だって、柚梪と楽しく会話しながら、一緒に食事を楽しみたいんだ。いつまでもそう落ち込んでいられると、なんか落ち着かねぇんだ」
俺の話を聞いた柚梪は下を向いて、目を閉じた状態で深く深呼吸をする。
そして、頭を上げて視線を俺へと向ける。
「龍夜さんの言葉、しっかりと理解しました。それと、すみませんでした」
柚梪は、軽く一回頭を下げると、次に俺へ見せた表情は、ほのかに微笑えんだ笑顔。
「さあ、龍夜さん。ご飯食べましょ!」
「………。 俺はもう食べてるんだけどな」
「細かい所は気にしなくていいんですっ」
いつも通りの口調に、声の音量となった柚梪。
どうやら、気分を入れ替えてくれたようだ。怒鳴るってほどではなかったが、心を鬼にした甲斐があった。
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