第111話 違う意味での事故

 夜23時になろうとしていた頃、ゲームをしていた俺達は解散して、歯を磨き終わった後、各自寝る準備をしていた。


 俺の自室に戻って来た俺と柚梪は、明日の着替えをキャリーバッグから出したり、今さらではあるが、本当に忘れ物がないかを念入りにチェックしていた。


「よし、大丈夫だな。明日は長い時間車で移動するから、しっかり休んでおかねぇとな」


 俺はそう言うと、キャリーバッグを閉めて、自分と柚梪の私服を閉じたキャリーバッグの上に乗せた。


 父さんからの話では、車1つで旅館へ向かうらしい。だいたい3~4時間の長旅になるそうだ。


「そうだ、柚梪は車酔いとかしないだろうか? 一応、酔い止め薬を買っておいた方がいいか?」


 俺はふと思った事を口にする。


 俺は車を持っていない。父さんに水族館から送ってもらう際に一回乗っただけだろう。


 その時は、家からの距離もあまり遠くはなかった。だから、およそ15分程度で家に到着した。だが、明日は最低3時間は車に乗り続ける。


 休憩を挟むとは言えど、そのような長い時間車に乗っていても大丈夫なのか、俺は少し心配だった。


「大丈夫だと思いますよ。その、お父様に捨てられる時、2時間くらい乗ってましたから」

「………っ」


 すると、ベットに座っていた柚梪がそう言ってきたのだ。


 柚梪から過去について話を聞いていた時、そのような話を聞いた事を思い出した。寸前まで俺は、その話を忘れていた。


「柚梪、そう言う事は無理に言わなくていいんだぞ。自分を苦しめるだけだ。けど………ごめん」


 自分で自分の首を絞めるような事はして欲しくない。だが、寸前まで忘れていた俺にも、多少なりに責任がある。


「いいんですよ。もう過去の事ですから。今さら過去の話をしたって、私は何にも思いませんよ?」

「なら、いいんだけど」


 柚梪の言ったそれが本当かどうかは分からない。


 でも、願うならば………もう過去についてを話して欲しくはないな。


「とりあえず、今日はもう寝よう。明日は体力を使うから………」

「あ、私、ちょっとお水飲んで来ますね………」


 俺はベットへ移動した瞬間、柚梪がそう言ってタイミング悪く立ち上がってしまう。


 そして、柚梪が一歩前に進むと、ちょうど俺の足と絡み合ってしまった。


「………ふぇ!?」

「なっ!? 柚梪、危な………っ」


 そして、お互いに体制を崩した俺と柚梪は、ドンッと音を立てて、床に倒れてしまう。


 俺は倒れると同時に、柚梪に怪我を負わせぬよう、すぐさま柚梪を抱き締め、俺が土台になろうとしたが、間に合わなかった。


 だが、幸いにも家具が置かれていない場所に倒れた事で、頭を角で打ったりと言う事はなかった。


 倒れた俺と柚梪は、徐々に閉じた目を開く。すると、目の前にはお互いの顔があった。


 息が吹きかかるほど近い距離に、俺は柚梪の上に覆い被さるようにして乗っていた。いわゆる、押し倒している状態だ。


「………っ、柚梪………怪我は?」

「だ、大丈夫………です///」


 俺は少し視線を反らしながら、柚梪にそう問いかけると、柚梪は頬を赤くしながら、照れくさそうにそう言った。


 すぐにどかなければ、柚梪が起き上がれない。そう思ってはいたのだが、なぜか体が動かない。


 別に怪我をしたりとか、大きく打ったとかはないのだが、なぜか柚梪を押し倒した状態から起き上がる事が出来なかった。


 そして、柚梪も早くどいて欲しいの一言もなく、動こうとする気配が一切しなかった。


「龍夜さん」


 柚梪が俺の名前を呼び、俺は柚梪に視線を向ける。


 すると、柚梪は両手で俺の頬を優しく挟むと、愛しい目で俺を見つめてくる。俺は、柚梪のその目が何を意味しているのか、すぐに理解したのだ。


「柚梪………」

「龍夜さ………んっ」


 俺はゆっくりと柚梪に顔を近づけ、柚梪の唇に口づけをする。


 一回目はすぐに唇を離すが、まだ欲しそうに見つめてくる柚梪に、もう一度キスを交わす。


 お互いの舌が絡み合い、俺は無意識に柚梪を抱き締め、柚梪もまた俺をギュッと抱き締める。


 頭の中が真っ白になるくらい甘く柔らかい感触を、じっくりと味わい、部屋には甘いキスの音が小さく鳴り響く。


 やがて、1分ほどの長い濃厚なキスを堪能した俺と柚梪は、お互いの唇を離すと、舌で絡めた俺と柚梪の唾液が糸を引く。


 少し息を切らしながらも、俺と柚梪はお互いを見つめ合う。


「龍夜さん………もう、少しだけ」


 柚梪が甘い声でそう言うと、俺はゴクリと唾液を飲み込んだ後、再び柚梪の唇目掛けて、ゆっくりと自分の唇を近づける。


 そして、柚梪と再びキスを交わそうとしたその時、俺の自室の扉が、ガチャッと開く。


「兄貴ー、なんかすごい音がした気がするんだけど、だいじょ………」

「………っ!?」


 俺と柚梪は、時間差で様子を見に来た光太と目が合ってしまう。


 10秒くらいの沈黙が続く………。


「あー、なんだ………? その、ごめん。邪魔した。ごゆっくり~………」


 光太はそう言うと、ゆっくり扉を閉めて、部屋から出て行った。


 お互いをギュッと抱き合い、キスする寸前の姿を見られた俺と柚梪は、今までにないほど顔を真っ赤に染めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る