第108話 例の物
「うぅ………っ、ひっぐ…………」
彩音が俺の自室の扉をそっと押し開くと、部屋の真ん中で座り込んだ柚梪が、ポロポロと流れる涙を一生懸命手で拭いながら泣いていたのだ。
「ど、どうしたの柚梪ちゃん………? 何かあったの………?」
子供のように泣きじゃくる柚梪を見た彩音は、一瞬声をかけることを戸惑ったが、ほおっておく訳にもいかず、優しく柚梪に問いかけた。
その声に反応した柚梪は、涙目で彩音の事を見上げる。
「あ、彩音………ちゃん」
「珍しいねぇ………、柚梪ちゃんが、泣いてるなるて………ど、どうかしたの………?」
これ以上柚梪を泣かせる訳にはいかないと言う精神が、彩音を自身が邪魔をして、声が震え気味のまま柚梪にそう言った。
「龍夜さんに………龍夜さんに………」
「お、お兄ちゃんに………?(ま、まさか………お兄ちゃんに汚さ………)」
ゴクリと唾液を飲み込む彩音。
「怒られたぁ………」
「………ふぇ?」
しかし、彩音が思っていた答えとは違い、無意識に声が漏れていた。
「お兄ちゃんが柚梪ちゃんを怒った………? これはまた、珍しい事が………。どうして怒られたの?」
「うぅ………それは………」
そして柚梪は、母さんと父さんに迷惑をかけてまで俺に甘えたかった事を伝える。
「な、なるほどねぇ………柚梪ちゃんもだんだん大胆になって来たと言うか………」
「………え? だいたん………?」
「あぁっ! うんん! 何でもないよぉ~!」
彩音は柚梪の前で両膝を床につけて、柚梪の頭と同じくらいの高さに自分の顔を合わせ、両手を腰につけた。
「うん。話を聞いた感じだと、柚梪ちゃんが悪いよね。お兄ちゃん、ちょっと上から目線な所もあるけど、人に迷惑をかけたくない人間だからねぇ。怒るのも当然かな」
彩音の言う事に、しょんぼりとした顔になる柚梪。
「もう謝ったの?」
「うん。でも、少し反省しとけって言われて、40分くらい部屋に1人でいる………」
「じゃあ、結局泣いてたのって、怒られたから泣いてたんだね」
「違うよ。泣いてるさたのは、寂しくて早く龍夜さんに会いたいから泣いてたの」
「あ、そうなんだ………へぇ」
そして彩音は、柚梪が兄に対して予想以上に好意を抱いていると言う事を理解する。
「まあ、そうだよねー。付き合ってる訳だし、ラブラブなのも当然だよねー………」
何故か彩音は、悲しい気持ちになってしまっていた。その悲しい気持ちが何を意味しているかは、彩音自身も分かっていないようだ。
(ん? お兄ちゃんと柚梪ちゃん………? あ、そうだ忘れてた)
彩音は何かを思い出し、柚梪に「ちょっと待ってて」と言って部屋を出て行く。やがて、1分も経たない速さで戻ってきた彩音は、再び柚梪の前にしゃがみ込む。
そして、スカートのポケットに手を突っ込み、彩音は薄いピンク色のある小さな袋を2つ取り出した。
その薄いピンク色の袋を、覆い隠すように両手で持った彩音は、一度部屋の扉をそっと開き、顔を出して誰も居ない事を確認すると、柚梪の手のひらの上にそっと袋を置いて手渡す。
「柚梪ちゃん………これ、例の物」
「………え?」
ほんのりと顔を赤らめた彩音は、柚梪の耳元に顔をある程度近づけ、小声で言う。
しかし、柚梪は手渡されたピンク色の袋が何なのかさっぱり分かっておらず、彩音に対して「例の物って?」と問いかえす。
「ふぇ!? ちょっ、あまり言わせないでよ………っ! アレだよアレ………っ」
「え? アレって………? 分からないよ………」
「うぅ………っ、もうっ!」
そして、さらに顔を赤くした彩音。
同時に、片手で口を覆い隠し、柚梪から視線を一旦反らした。
普段やんちゃな彩音が、ここまで顔を赤くして口に出来ないくらいに恥ずかしがるのは非常に珍しい。長年一緒に居た俺や、父さんと母さんも見た事があるかないか。
心臓がバクバクし、脈が早くなる彩音。
数回深呼吸をし、無駄な概念を吐き捨て心を落ち着かせる。そして柚梪目を見る。
「前に電話で話をしたでしょ?」
「で、電話で………?」
「そう、お兄ちゃんの事について話したでしょ?」
「龍夜さんの事について………?」
最後の最後まで抗ってみたが、やはり柚梪は覚えていなかった。
やっぱりダメかとため息を吐くと、彩音は顔を柚梪の耳元に近づけ、顔が熱くなりながらも、決意をした彩音は柚梪に言う。
「子供が出来ないようにする為の物だよ………。エッチしても大丈夫な物………っ/// 用意しとくって言ったでしょ………っ///」
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