第106話 柚梪はどうなったのか
柚梪が放心状態になり、俺と父さんは頭を悩ませ、母さんはしょんぼりとした顔で反省をしているようだった。
「龍夜、これは病院に連れてった方がいいんじゃないか? 車出してやるから、すぐにでも行けるぞ」
「………。そうだな………その方が早いかも」
柚梪を元に戻す方法。それは、病院に連れていく他思いつかなかった。
俺は柚梪をお姫様抱っこをして立ち上がって、父さんと一緒にリビングを出ようとする。
「………ん? 待てよ…………」
そして、俺は何かが思いつき、足をその場で止めた。
「どうした?」
「いや、1つ思いついてさ」
俺はそう言うと、柚梪を抱えたまま2階へ登る。
「思いついたって、何を思いついたんだ? 柚梪ちゃんは戻るのか?」
「分からないけど、やってみる価値はあるかなって。父さんは、母さんの説教でもしてて」
1階から俺を見上げてくる父さんにそう言うと、俺は自室に柚梪を連れていく。
ベットの上に腰を降ろすと、柚梪を膝の上に腕で支えながら座らせる。右手を柚梪の後頭部に、左手をお腹の上から背中へ通す。
今の柚梪は、呼吸をする事以外、何も考えていない。すなわち、脳が働いていない状態だろう。
外から刺激を与えて、脳にその刺激を送らせて起こす事は、正直無理だと思う。なぜなら、体を大きく揺さぶっても反応が無かったからだ。
だが、俺はある小説の内容を思い出した。
暇さえあれば、スマホで電子小説を読んだり、実際に気になった小説を買って、読んでもいた。
思い出した内容とは、優秀な医者の息子である主人公が、大切な恋人と一緒に暮らしつつ、父親のような立派な医者になると言う、ラブコメ寄りの小説だ。
その主人公の恋人は、元付き合っていた不良の男(高校生)が、恋人にひどい事を言うシーンがあって、放心的な状態になってしまう。
その時、主人公は体の外から刺激を与えても効果がないことから、体内から刺激を与える事に。
けどどうやってやるのか? それは、口付け。すなわち、キス。
舌は味を感じとる機能を持っている。だからと言って、辛い物を食べさせる訳にもいかないし、ラブコメ物と言う事で、甘く濃厚なキスをするんだ。
どういった原因かは知らないが、やがて恋人は瞬時に目を覚ますんだ。文には、『愛の力』とか言う痛々しい事が書いてた、ちょっと無茶振りがある物語だった。
「架空の物語だけど、なんだかんだ行けるかもって思ってる俺がいるなぁ………」
柚梪の視線は俺の目を向いているが、おそらく俺を認識出来ていないだろう。
俺は、絶対に効果がないと思っている。思っているのに、やってみる価値があると勝手に体が判断しているんだ。
ゴクリと唾液を飲み込むと、ゆっくりと柚梪に唇を近づける。どこぞの倒れたお姫様に、王子が口付けをする瞬間のように。
そして、俺は柚梪の唇に口付けをする。 そのまま唇を離す事なく、俺は舌を入れる。
柚梪の舌と俺の舌の先端が触れ合い、舌から潤いをわずかに感じる。
(俺、何してんだろ。マジで)
すると、柚梪の舌がピクリと動いたの分かった。
(………っ! 動いた!?)
一瞬気のせいかと思ったが、柚梪の舌は俺の舌に絡み合わせてくると同時に、柚梪は突然動き出し、俺を両腕でギュッと抱きしめてくる。
「………っ!? ゆ、柚梪………!?」
「ダメです。止めないで………?」
驚いた俺は、すぐに唇を離すが、再び柚梪が俺の唇に口付けをしてくる。ニュルっと舌が入ってきて、俺と柚梪はひたすらお互いの唾液を絡め合わせた。
部屋にキスの甘い音が響き、気がつけば俺も、柚梪とのキスに夢中だった。
まさか、本当にこの方法で柚梪が戻るとは思っていなかった。
やがて、俺と柚梪はゆっくりと唇を離し、唾液の細い糸が線を引く。
「えへへ、ごちそうさまです♡ それと、ごめんなさい」
「………?」
『ごちそうさま』は俺も言える事だが、謝られた意味が全く分からなかった。
「どういう事?」
俺は、腕で抱き寄せている柚梪に、そう問いかける。
「実は………龍夜さんに甘えたかったんですけど、寝ちゃってしまったので、休ませてあげようって思っていたんですけど………」
柚梪は一旦言葉を区切る。
「その、我慢出来なくて………でも、私が自分から起こすのはちょっと悪い気がして、何も考えないようにしてただけで………」
なにやらモジモジとして、言わないといけない事があるのだろうが、素直に言えないみたいだ。
「で? 率直に言うと?」
「………。龍夜さんに甘える為に、ちょっと演技をしてました………。迷惑かけてごめんなさい」
との事らしい。自分で起こすのは気が引けるから、放心状態に見せかけて、母さんを心配させ、起こさせる事が狙いだったようだ。
しかし、母さんは話出すと止まらない為、結果的に1時間以上苦痛を味わう事になった。
「なるほど。甘えたいなら、素直に起こせ。迷惑を他人にかけるんじゃない」
「………はい」
柚梪はしょんぼりとした顔になり、反省をしている様子だ。
柚梪いわく、迷惑をかけるつもりはなかったそうなのだが、甘えたいが一心で悪い方向へ転がってしまったようだ。
また、病院に連れていかれそうになった時、心の中で、どうしようかかなり焦っていたらしい。
「ほら、父さんと母さんに謝りに行くぞ。母さんなんか、とことん落ち込んでるんだからな?」
「………はい」
その後、父さんと母さんに謝りに行った柚梪。
父さんは『可愛い一面があるじゃねぇか! とにかく、なんともなくて良かった』と。
母さんは『自分の無意識のせいで、柚梪ちゃがああなっちゃったと思ったら、本当にどうしよかと悩んでたの。私の方こそ、長い話を聞かせちゃってごめんね。』と言って、許しを貰った。
事情を話している時の柚梪は、当然恥ずかしい事から、顔が少し赤くなってもいた。
謝罪が済んだら、少しの間罰として、部屋で1人で反省してもらうとしよう。
だけど、父さんと母さんが優しい人達で、本当に良かったと心から思える。いい家族に生まれた事を、誇りに思う。
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