第105話 ………再来!?
「いつなの? いつ結婚式なの? 1週間後とか?」
「いえ………その、結婚するかとか決まっては………」
「楽しみねぇ~。早く孫の顔が見たいわぁ~」
「あ、あの………」
ぐいぐいと問いかけてくる母さんは、柚梪の声など全く耳に入っていないようだった。
どうしたらいいのか分からなくなってしまった柚梪は、ペチャクチャと話を続ける母さんを前に、黙り込んでしまう。
俺の母さんは、一度興味を持った事を話出すと止まらない。外見は綺麗で、性格もちょっと身近な人をからかうのが好きなだけで、とても優しい性格だ。
だが………母さんに興味を持たせた話をしようとすると、まず人の声が聞こえなくなるほど1人で喋り、長くて3時間、短くて2時間くらいぶっ通しで話を聞く事になる。
今の俺は、長距離を歩いて疲れ果ててしまったがために、元自室でおねんね中だ。父さん、彩音、光太の3人も帰って来ておらず、柚梪を助けられる人間がいない。
「龍夜と柚梪ちゃんの間に子供が出来たら、何を買ってあげましょうかね? やっぱり服? それともベビーカー? いや、ここはおばあちゃんとして赤ちゃん用のお菓子かしら?」
止まらない母さんの1人言。柚梪は正座をしたまま、ひたすら母さんの話を聞く。
どうやら、柚梪自身も話が通じない事が分かっているようだ。
「………。(いつ終わるんだろ………)」
母さんの話が始まってから約1時間。未だに母さんは1人でペチャクチャとお喋りをしている中、柚梪はとっくに足が痺れているにも関わらず、正座を続けて母さんの話が終わるのを、黙って待っているだけだった。
「柚梪ちゃん。料理が作れるようになったら、私にも是非食べさせてね? あぁでも、私結構少食だからあまり多く作らなくていいからね」
「………」
正直、柚梪も母さんの声が聞こえていない状態になっていた。
心を無にして、考える事をやめた柚梪は、まるで人形のように、呼吸で肩が上がったり下がったりしていたり、時々瞬きをする以外、ピクリとも動かなかった。
「ただいま~! おっ! なんだ、龍夜と柚梪ちゃん来てたのかぁ!」
すると、玄関の扉がガラガラガラっと開いて、大きめのビニール袋に入った荷物を持った父さんが帰ってきた。
玄関を閉めた父さんは、靴を脱いでリビングへと向かい、リビングの扉をスライドして開く。
「どうしようかしら、孫が『おばあちゃん』とか言って抱っこのポーズを見せてきたら。きっと私はその可愛いさのあまり、倒れてしまうかもしれないわね」
「………」
「なんだ? 優里は何を言ってるんだ?」
父さんが帰ってきた事にすら気がつかない母さんは、もはや異常だ。
父さんは、こたつの上にビニール袋に入った荷物を置くと、柚梪に視線を向ける。
「柚梪ちゃん、いらっしゃ………」
「………」
そして、かつて道の端でハエに集れながら座っていた時のような暗い目をしている柚梪を見た父さんは、柚梪の肩に両手を添える。
「柚梪ちゃん? 柚梪ちゃん!? 大丈夫かい!? おい、俺の声が聞こえるか? 優里、優里! 柚梪ちゃんがおかしいぞ!?」
「2人? いや、3人は作って欲しいものねぇ~。初孫が生まれる時、どのくらい輝いて見えるのかしら」
父さんは必死に柚梪に声を掛けたり、母さんに柚梪がおかしいと訴えるが、柚梪は反応がなく、母さんもまた声が聞こえていないようだった。
「たくっ、またこの状況か。いい加減治して貰いたいな。だが、今は柚梪ちゃんだ。どうしたものか………」
後ろでペチャクチャ話を続ける母さんを放ったらかしにし、父さんはどうすれば柚梪がもとに戻るかで頭を悩ませる。
「とにかく、柚梪ちゃんが居るなら龍夜も居るはずだ。龍夜ー! 龍夜はどこだーー!」
父さんはリビングから出て、俺を探しに家中を歩き回った。
キッチン、トイレ、お風呂。1階はほぼ全ての部屋を探しても、俺を見つける事が出来なかった。そして、父さんは2階へと上がり、俺の部屋へとやってくる。
「龍夜ー! 居るかー!?」
「………うん? なんだよ………うるせぇな………」
「おぉ! 龍夜! ここに居たのか!」
父さんの大声に、俺は深い眠りから覚醒する。
「龍夜、大変だ。優里がお喋りモードに入っちまった」
「母さんが? はぁ、いつもの事じゃねぇか」
「そうなんだが、どうやら柚梪ちゃんが巻き込まれているようでな」
「はぁ!?」
父さんがそう言葉にしたとたん、俺は腹の底から、今までに一番大きいほどの声を出す。
母さんの止まらない話に、柚梪が巻き込まれている。聞き捨てならない。
「柚梪は今、どうしてるんだ?」
「おそらく、一生懸命優里の話を聞こうとしてたんだろうが、さっき声を掛けても反応がない。それどころか、目が死んだ魚みてぇになってたな」
「………っ!? 柚梪っ!」
俺は父さんからそう聞くと、すぐにベットから飛び降りて、階段を降り、リビングへと直行する。
開きっぱなしだったリビングの扉から中に入ると、ペチャクチャと話を続ける母さんと、ピクリとも動かない柚梪の後ろ姿があった。
「柚梪、柚梪………! 俺だ! 聞こえるか!?」
「………」
俺の声にも反応しない柚梪。その前に、うるさい母さんを止めなければならない。
「母さんっ! 母さん!!! いい加減にしろよ!?」
俺は母さんの肩を思いっきり揺さぶった。すると、母さんは正気?を取り戻したのか、お喋りをやめた。
「あら? 龍夜、どうしたの?」
「どうしたの? じゃねぇよ! 柚梪がどうなってるのか分かってんのか!?」
「え? 柚梪ちゃん?」
そして、母さんはピクリとも動かない柚梪と、時計に視線を向ける。
「私、もしかしてまた………?」
母さんは自分が1時間以上も気がつかづにお喋りをしていた事に気がつき、柚梪が必死に聞いていてくれた事にも、同時に気がついた。
「本当さぁ、そろそろ治してくれない?」
「………ごめんなさい。本当、ダメな母親ね」
やがて、2階から父さんも戻ってきて、俺は柚梪の側に再び駆け寄る。
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