第104話 懐かしき部屋

 実家へ辿り着いた俺と柚梪は、荷物をもって階段を登り、とある部屋へ向かっている最中だ。


 4つある部屋の扉の内、一番手前の扉のドアノブを握り、捻って押し開く。そこは、家を出るまで使っていた俺の部屋だ。


 ベッドが1つと勉強机しかなく、壁に取り付けられたクローゼットの中も、何一つ物が入っていないその部屋は、俺が引っ越しをした後、誰も使う事はなかっただろう。


 しかし、誰も使うはずのない俺の部屋は、なぜか埃1つない綺麗な状態だった。


「俺が家を出た後も、掃除してくれてんだな」


 おそらく母さんだろう。家を出て1度も帰って来た事がない俺が、いつ帰って来てもいいようにって、掃除してくれてたのだろう。


「ここが、元龍夜さんの部屋?」

「まあ、そうだな。大学通う為に引っ越しする前日まで使ってた部屋だな。今じゃ、もうほぼ何もないけど………懐かしい」


 俺は、部屋の片隅にキャリーバッグを置くと、ベットに寝っ転がってみたり、勉強机用の椅子に座ってみたり、クローゼットの中を開けてみたりして、かつて使ってた自分の部屋を眺めて回る。


 俺の部屋全てに掃除が行き届いており、キラキラと輝いている。もし、母さんが毎日こうして家中を掃除してると考えると………すげぇなって思う。


「龍夜さん。龍夜さんの部屋以外にも、3つの部屋がありましたよね?」

「あぁ、そうだな」


 俺の実家の2階には、4つの部屋とトイレが1つ存在する。


 簡単に言うと、俺の部屋、彩音の部屋、光太の部屋、父さんと母さんの寝室と言った感じだ。配置としては、俺の部屋の前に彩音の部屋。光太の部屋の前に、親の寝室があり、俺と光太の部屋の間にトイレがある。


 1階と比べて、2階は比較的に小さくなっているんだ。


「なるほど。つまり、この部屋から目の前にある扉が、彩音ちゃんの部屋で、右側が光太さんの部屋ですね」


 俺は柚梪に手短く説明し終わると、ベットの上へと再び寝転がる。


「そゆこと。はぁ~っ、長距離歩いて疲れたわぁ。このまま寝れそう………」

 

 普段歩かないような距離を歩いた俺の足は、少し限界を向かえ始めていた。ベットの上に寝転がると、すぐさま睡魔が俺を襲う。


「龍夜~、ちょっと来て~」


 すると、1階から俺を呼ぶ母さんの声が聞こえてきた。それを聞いた柚梪は、ベットの上で寝転がる俺に視線を向ける。


「龍夜さん。お母様が呼んでいま………」

「………」


 しかし、俺はとっくに疲れ果てて深い眠りに入ってしまっていた。


「龍夜さん?」


 何も返事が返って来ない事に、柚梪は立ち上がって俺の顔を覗き込んでくる。


 ぐっすりと眠っている俺の寝顔を見た柚梪は、部屋から音を出来るだけ立てずに出て、電気を消すと扉をそっと閉める。


「あら? 柚梪ちゃん、龍夜は2階に居るんじゃないの?」

「はい、確かに居るんですけど、疲れちゃったのか………いつの間にか寝ちゃってて」


 1階へ降りた柚梪は、母さんにそう報告すると、母さんは「そう」と呟く。


「ならいいわ。柚梪ちゃん、こっちに来てくれる?」

「え? 私………ですか?」

「そうよ。ちょっと話があるの」


 そう言った母さんは、柚梪に手招きをして、如月家で最も広い部屋であるリビングに案内される。


 少し長い廊下を歩いた先、母さんがある扉をスライドさせて開くと、そこは畳のそこそこ広い空間だった。


 真ん中には、3つのみかんが置かれているこたつが設置されており、大きめなテレビも壁沿いに1つある。あとはタンスが2つほど設置された、如月家のリビングだ。


「まだこたつを出すには早い時期なんだけど、私、結構冷え症なの」


 そう言うと、母さんはこたつの中に足を入れて座る。


「さ、柚梪ちゃんも入って。暑かったら、座るだけでいいから」

「あ、はい」


 柚梪は開いた扉をゆっくりと閉めた後、こたつの中に足を入れて座る。


 足から徐々に体が暖まる感じに、柚梪は少しだけ目を見開く。


「みかん食べる?」

「はい、頂きます」


 いつの間にかこたつの上に置いてあった3つのみかんの内、1つの皮を剥いていた母さんは、みかんを半分に割ると、その半分を柚梪に渡す。


 柚梪は受け取ったみかんを1つ指で千切ると、そのまま口の中へと持っていく。みかんを噛む事で、口の中に甘酸っぱい味が染み渡っていく。


「その顔、もしかしてみかんは初めて食べたの?」

「………はい。そう言えば、フルーツ自体をあまり食べた事がないかもしれません」


 確かに、柚梪にフルーツを食べさせた事が全くない。強いて言うなら、だいぶ前に母さんから送られてきたりんごを食べたくらいだ。


「そうなの。それは勿体ないわね。フルーツは美味しい物ばかりだから、食べなきゃ損よ」


 母さんはフルーツがとにかく大好きなのだ。


 1日に少なくとも、4種類のフルーツ。もしくは、フルーツの入ったゼリーを食べるくらいだ。


「それで、柚梪ちゃん。話なんだけど………」

「はい………」


 母さんがそう柚梪に言うと、柚梪はみかんを食べる手を止めて、母さんの方に視線を向けた。


 そして、母さんはゆっくりと話始める………。


「結婚の話なんだど………」

「………え? (あれ? なんだか………龍夜さんのお父様も、同じ事を龍夜さんに聞いてたような? 今度は私の番………?)」

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