第103話 半年ぶりの母親

 お昼13時頃。


 時々休憩や寄り道などを挟みつつも、柚梪と一緒に実家を目指す。


 公園を出てから10分ほどは、お互い何も喋らず気まずい雰囲気が漂っていたが、道中で人慣れした猫の群れと遭遇し、少しじゃれあったおかげで、変な雰囲気を消し去る事が出来た。


 やっぱり、可愛いものは心を癒してくれる。時には悪い空気を浄化してくれる。いや、すでに俺の隣には可愛い存在が居たな。


 お昼になるにつれ、家から外に出る人達も増えてきた。全く人気の無かった住宅地だったが、気がつけば………世間話をしているおばあさんや、赤子を連れて買い物へ行く母親など、活気が出てきている。


 そして、住宅地のある道を曲がると、少しだけ広めの2階建ての一軒家が見えてきた。


 全体的に木材で出来た、ちょっと和を感じるような家。車庫には、父さんが乗って帰った白の大型車が停めてある。


「ふう、やっと到着だ。こんなに歩いたの久しぶりだわ」

「ここが、彩音ちゃんや龍夜さんのお父さんが住んでいるお家ですか?」

「そうだよ。柚梪からしたら、初めて会う人が居るけど、緊張しなくていいから」


 父さんは仕事が休みだから帰って来ているだけで、実際はここからだいぶ離れた仕事場所の近くにあるアパートで生活している。


 母さん、光太、彩音の3人が、この家で暮らしていることになる。


「さてと、早速入るとするか。もう足が痛くて仕方ない」


 そして、俺は家の木製の門をスライドさせて、俺と柚梪は庭の中へと入る。ちょっとした花壇に挟まれた道を進み、玄関前に到着すると、俺はインターホンを鳴らす。


 ピンポ~ンとインターホンを鳴らすと、やがて家の中から「は~い」と女性の声が聞こえた。


 ガラガラガラッと玄関の扉をスライドさせてた女性は、俺と柚梪の前に姿を現す。


「まあ、龍夜じゃない! 待ってたわよ」


 その女性は、俺の顔を見たとたん、目を大きく見開いて俺の帰還を歓迎する。まあ、一時的な帰還ではあるが。


 茶髪を後ろで一本に束ね、少しつり目で鼻筋が通った綺麗なその女性こそ、俺の母親………如月優里きさらぎゆさとだ。


「母さん。久しぶりだな。そんで、ただいま」

「えぇ、おかえり龍夜。立派になってから」

「いや、家を離れてから半年くらいしか経ってねぇし」


 エプロンを身に纏った母さんは、俺に一歩近寄ると、俺の顔をじっと見つめた後、頭から足先まで全てを見渡す。


「そうだ母さん、紹介する」


 そして、俺の後ろで隠れて見えていない柚梪に視線を向けて、隣に来るように手招きをした。


 その手招きを見た柚梪は、少し緊張しながらも、俺の左隣に移動してくる。


「母さん。俺の恋人の柚梪だ」

「あ、初めまして………えっと、柚梪って言います」


 自己紹介をした柚梪に、母さんは目を輝かせる。


「あらあら、この子が柚梪ちゃんね! お父さんや彩音から聞いてたけど、こんなに美人さんだったなんて。龍夜、いい女性を持ったわね」

「なんかその言い方、すげぇ胸がぞわぞわする」


 そして母さんは、再び柚梪へ視線を向けると、一歩後ろへ下がった。


「初めまして、龍夜の母、如月優里っていいます。龍夜がお世話になってます」

「いえ………、 どちらかと言えば私がお世話になっている方で」


 母さんはとても礼儀正しく柚梪に自己紹介をする。


 自分で言うのもアレだが、母さんはとても美人さんだ。自己紹介をするその母さんの姿は、太陽と同じくらい眩しかった。


「母さん、彩音と光太は居るのか?」

「いいえ。あの子達は今学校に行ってる。明日からは日曜日までお休みだから、今日くらいは行きなさいって行かせた」

「その感じだと、光太は嫌がってたのか?」

「まあ、面倒くさいって言ってたけど、普通に登校して行った。それで、お父さんは今お散歩中」


 父さんが散歩に出かけるなんて初めて聞いた。


 母さんが話すには、今家には母さん以外誰も居ないとの事だ。彩音と光太は夕方の17時までには帰ってくるだろう。父さんは分からないが。


「龍夜。あなたが学校を辞めたって先生から電話が掛かってきたけど………」

「うん。勝手に学校辞めちまってごめん」

「いいのよ。柚梪ちゃん為を思って辞めたんでしょ? それに関しては、お父さんもお母さんも何も言わない。その代わり………」

「その代わり………?」


 母さんは一呼吸を置くと、俺の両肩にポンッと両手を置いてきた。


「柚梪ちゃんを大切にするのよ。柚梪ちゃんを引き取るのに、色々苦労したみたいだけど、引き取ったからには、ちゃんと責任を果たしなさい」


 母さんは俺にそう言う。


 そして俺は、柚梪に視線を向けると、見られている事に気がついた柚梪は、俺にニコッと微笑む。


 その微笑みを見た俺は、柚梪の背中から腕を通して、肩に手を添える。公園で休憩していた時のように、ぐいっと柚梪の身体を抱き寄せる。


「分かってるよ。母さん。柚梪はこれからも、俺が幸せにしていくから、安心して」

「私は、今でも十分幸せですけど♪︎」


 俺と柚梪の姿を見た母さんは、ほっとしたように微笑む。


「まあ、思った以上にラブラブじゃない。もしかして、結婚の約束でもしてるのかしら?」

「………なっ!? おい、俺は真面目に言ってんのに馬鹿みてぇじゃねぇか!」

「いいじゃない。龍夜と柚梪ちゃんの関係はよく分かったから。孫の顔が早く見たいわねぇ」

「うるせぇ! 話が早いんだよ!! もう中入るからなっ!」


 からかっているのか分からないが、恥ずかしくなった俺は、キャリーバッグを持ち、空いた手で柚梪を引っ張りながら、家の中へと入っていった。


 

 

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