第99話 その時が来るまで
「………うん。だいたいこんなものかな。他に持って行く物は………と」
翌日の月曜日夜20時の事。
旅館へ泊まりに行く準備をしている最中の俺と、ソファーに座ってスマホの画面を見ている柚梪。
すでに柚梪は準備を終わらせており、必要最低限の物をキャリーバッグに入れている。だがしかし、俺の家にはキャリーバッグが1つしかない。
その為、柚梪の用意した物と俺の用意いた物は一緒にキャリーバッグへと入れている。
キャリーバッグの中には柚梪の下着や私服が数着入っている。柚梪の下着が見えないように、柚梪には服の一番下に下着を入れてもらっている。
そして、服や財布と言った持って行く物をある程度キャリーバッグに詰め込んでから最終チェック。
「大丈夫そうだな。バイトも今週は休みにして貰ったし、あとは明日を待つだけか」
キャリーバッグを閉じて、チャックを閉める。
キャリーバッグをリビングの入り口及び出口付近に、邪魔にならない程度に立てる。
そして、ソファーに座って静かにスマホを見つめる柚梪の隣へ移動すると、ソファーにそっと腰を降ろす。
「何見てるの? 柚梪」
俺は柚梪が見ているスマホの画面を横から覗き込んだ。柚梪のスマホ画面に映っていたのは、白くて大きなドレスを着た女性の写真だった。
その女性は、両手で花束を持っていた。これは『ウェディングドレス』の写真だと、俺は一目見た瞬間に分かった。
「この、うぇでぃんぐどれすって言う衣装、とっても素敵ですね。結婚をする女性の人しか着れないなんて、勿体無いですね」
「………? そう、だな」
柚梪はそう口にするが、どこか暗い感じのする喋り方だった。
すると柚梪は、スマホの電源を一旦切ると、隣に座る俺の肩へと身体を寄せてきた。
「龍夜さん。私は………結婚出来るのでしょうか?」
「………どう言う意味だ?」
柚梪が口にした言葉は、俺には理解しがたい質問だ。
さらに身体を寄せ、俺の腕を優しく抱き締める柚梪。その様子は、実に弱々しかった。
「私は、龍夜さんに出会えて………『柚梪』って名前を貰えて………ご飯を作って貰えて………一緒に遊んで貰えて………恋人にして貰えて、私は………柚梪はとても幸せです」
「………」
俺はゆっくりと語る柚梪の話を、黙って一つ一つしっかりと聞き取る。
「ですが………柚梪は、『世間』と言うものを全く知りません。学校にも全く通っていません。本当に………知らない事ばかりで頭がおかしくなりそうなほどに」
本当なら、柚梪には学校に通わせてやりたいし、友達を作って貰って、青春を味わって貰いたい。
だが、俺は大学に通うためにここへ引っ越しをしてきた。少なくとも、この周辺に高校はない。近くて、列車で50分ほどの場所。
俺は歩きだったから、交通費が必要なかった。しかし、柚梪を学校に通わせてやるとなれば、制服・教科書・授業料・交通費とお金が大量に掛かってしまう。
バイトの時間を少し増やしたとしても、近いうちに底を尽きてしまうだろう。
それに、間宮寺家の財産を持った柚梪のお姉さんは、未だに何処をほっつき歩いてるのかがさっぱり分からない。
「そんな柚梪が………結婚を………する事が出来るのでしょうか? 柚梪は、龍夜さんを支える事が出来るのでしょうか………?」
「………っ、俺?」
涙目になりながら、俺の事を上目遣いで見つめてくる柚梪。そして、『俺を支える』っと言う言葉の意味もすぐに理解する。
「………柚梪。逆だよ」
「………? 逆?」
「そう。逆。て言うか、なんか先を越された気がするな」
「………?」
首を横に傾げて、不思議そうな顔で俺を見つめる柚梪。その目は、まだ涙で潤っている状態。
「女性を支える、幸せにさせる事こそ、男の使命ってもんだ。結婚出来るかどうかじゃない。結婚したいかどうかだ」
「結婚したいか………どうか………」
「そう。柚梪は結婚したいのか、それともしたくないのか。それは柚梪が決める事」
「………。龍夜さんは、どうなんですか?」
柚梪は聞きたそうな顔で俺を見上げてくる。
正直、言うのは嫌なくらい恥ずかしいが、今は俺と柚梪しか居ない。もう少し時間が経った後に言おうと思ってたんだがな………。
「俺は………結婚したいよ。例えば、今………隣に居る人とか」
「………っ!」
俺は少し照れくさそうにそっぽを向きながらそう言うと、柚梪は目を大きく見開いた。
そして、柚梪もほんのりと頬を赤くすると、俺の腕を抱き締める力を、少しだけ強くする。
「私も………結婚、したい………です………///」
そして、俺と柚梪の間に甘くてちょっぴり気まずい雰囲気が漂い始める。
だが、俺はそんな事を気にせず、そっと柚梪の方に視線を寄せて、柚梪の目をじっと見つめる。
「俺は、柚梪を幸せにするって決めている。だから………もし柚梪が良いって言うなら、出来たらなって思ってる」
「………!」
そして、柚梪はポロっと涙を一粒流す。
「こんな世間を知らない私を………受け入れて、くれるんですか………?」
「まあ、とっくの昔に受け入れてるんだけどさ」
柚梪は俺の胸元に顔を押し付けくる。同時に、両手を俺の背中へと通し、抱きつきの体制へとなる。
「私は、龍夜さんとなら喜ん………」
「待った」
「………え?」
柚梪がそれ以上の言葉を言う前に、俺は待ったを掛ける。その言葉に、柚梪は俺を胸元から見上げてくる。
「それ以上は言わないでくれ。そう言う言葉は、実際男から言うもんだ。だから、その時が来れば………俺から言わせて欲しい」
そう、本格的な定番の言葉。それは俺から柚梪に伝えてこそ意味がある。だから………その時が来るまで、柚梪にはお決まりの言葉を待っていてもらおう。
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