第98話 まだ少し早い話

「で? 我が息子よ。柚梪ちゃんとの式はいつなんだ?」

「おい父さんよ。話が少々早くはないか?」

「………?」


 午後18時頃、少し早めの夜食を家族3人プラス1人で食べていると、不意に父さんがそんな話題を出してきた。


 俺と父さんのやり取りに、柚梪はなんの話をしているのか分かっておらず、首を横に傾げていた。


「柚梪はまだ、高校2年と同じ年なんだぞ。それに、するかどうかも分からないし」

「なんだ? 父さんはてっきり、もう約束をしてるもんだと思ってたんだけどな?」


 まだ柚梪と付き合い始めて1ヶ月も経過していないのに、もう式の約束をしているとか、あり得るはずがない。


 この世の中には、付き合い始める前からそう言う約束をしている人達も居る。けど、俺は告白するだけで心臓バクバク言うほど緊張したと言うのに、式の約束などすぐに出来るはずがない。


 まあ、もう少し………柚梪との関係を深めたら、言おうとは思ってるけども………。


 一方柚梪は、俺と父さんの会話を聞きてはいるものの、会話の内容が分からず、幸せそうな顔をして俺の作った料理を食べる彩音に聞こうとしていた。


「ねぇ、彩音ちゃん………ちょっといい?」

「んん? どしたのー? ちょっと待ってー」


 彩音は手で口元を隠しながら柚梪にそう言うと、口の中に入っている食べ物をモグモグして、ゴクリと飲み込んだ。


「なぁに?」

「式って………何の式なの?」

「式?」


 柚梪は、彩音に俺と父さんの会話内容に入っていた、『式』と言う単語について聞くが、残念な事に彩音は食べる事に必死で、会話を聞いていなかった。


「お父さーん。何の話してるのー?」


 彩音は隣の椅子に座る父さんに問いかける。すると、父さんは彩音に「ん? 龍夜と柚梪ちゃんの式についてさ」と答える。


「あぁ、なるほど。その式ね。柚梪ちゃん、お兄ちゃんとお父さんが話してる式って言うのはね、『結婚式』の事だよ」

「………! 結婚式………!?」

「おい、彩音………教えなくていいのに………」


 彩音の答えに、驚きの表情をする柚梪。


「龍夜さん………その、私達結婚するんですか?」

「いやいやいや、そう決まった訳じゃないから安心して。父さんが勝手にそう言ってる事だから」


 柚梪には一旦落ち着いて貰わないと。まだその話をするのは少し早い。


「父さんも彩音も勝手な事言うなよ。俺の身にもなって欲しいわ」

「いいじゃねぇか。見た感じ、2人ともかなりお似合いだぞ。早く見てみたいもんだ」

「はいはい。いい加減にしてくれ。とにかく、明後日そっちに行けばいいんだろ? 食べたなら早く帰ってくれ。これ以上ややこしくするな」


 早々に食事を済ませて、空になった皿や食器を洗い始める俺。


「え? 私まだ食べたい………って、あぁーーー!? 唐揚げが無くなっててるっ!? 私の唐揚げぇー!? どこ行ったのー!?」

「あぁ、すまん。まだ残ってたから俺が食べちまった」

「もぉーーーっ! お父さんのバカァーー!!」


 どうやら、自分か食べる用に狙ってた唐揚げが、いつの間にか父さんに食べられていたようで、彩音がご立腹のご様子。


 父さんの肩をポコポコと叩く彩音に、父さんは「帰りになんか買ってやるから」と彩音を落ち着かせようとする。


「はぁ………騒がしい。光太を見習ってほしいもんだ………いや、あいつはあいつで静か過ぎるか」


 俺はため息を吐きながら食器を洗う。すると、俺の隣に柚梪がやって来て、一緒に食器を洗い始めてくれた。


「お、お手伝い助かる。ありがとう柚梪」

「………はい」


 柚梪は少し視線を俺から逸らした状態で、洗剤で泡がたくさんついた食器を水で流してくれる。


「あの………なんだか、今さらな感じがあるんですけど………こうして一緒にお皿を洗っているの、家族みたいですね」

「………え? まあ、そうかな………?」


 柚梪の言った言葉に、俺は少し理解が追いつかなかった。


 ほぼ毎日、こうして一緒にお皿を洗ったり、食器を片付けたりしているけど、「家族みたい」って言われたのは初めてだ。なんだか………突然過ぎるような気がする。


 柚梪は自分の言った言葉に対して、反応が薄い俺の顔を見て、ムッとした顔つきになる。


 その様子を後ろで見ていた父さんは、未だに彩音からポコポコと肩を叩かれいる状態で、そっと微笑んだ。


 やがて、食器洗いが済むと、外で車に乗る父さんと彩音を見送りするため、俺と柚梪は玄関から外へ出る。


「じゃあ、また明後日な」

「おう、柚梪ちゃんもまた明後日な。それから、龍夜の事をよろしく」

「は、はい………!」


 助手席に座る彩音は、まだ唐揚げを食べられた事に怒っているようで、反対側の窓から外の風景を眺めているようだ。


 車のエンジンをつけた父さんは、そのまま車を走らせて俺の家から去っていく。


「さ、家に入るよ。明後日の為に準備をしないとな」

「はい………」


 俺は柚梪にそう言うと、2人で家の中へと戻って行く。

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