第94話 始めての水族館

「龍夜さん、ここはなんですか?」


 昼食を済ませた後、俺は柚梪と一緒にとある大きな建物の前にやって来た。その、謎の大きな建物に首を横に傾げる柚梪。


 日曜日と言うだけあり、やっぱり人が多い。チケットの販売場所には、子供連れの家族やカップルがたくさん並んでいる。


「ここは水族館だ。色んな魚や、海にいる生物を眺められる場所だな」


 そう、水族館。


 誰しも子供の頃に行った事があるであろう場所。魚はもちろん、普段見れないような生物を見る事が出来る。


 例えば………生きているクラゲや、マンボウとか。


 水族館も、恋人とのデートで欠かせない場所だと、俺は思う。まあ、人それぞれだけど。


「水族館………初めて聞きました。海の生物を見れる場所があるですね。まだまだ私の知らない事がたくさんです」


 案の定、柚梪は水族館を見てないどころか、知らなかった。聞き覚えくらいはあるかと思ったが、予想よりも知らない事が多いみたいだな。


 だが、柚梪からすれば………目新しい要素でたくさんだろうから、少なくとも退屈はしないであろう。


 早速俺と柚梪はチケット販売所の列の一番後ろに並び、順番が来るのをひたすら待った。




 列の順番を待っている間、柚梪とお喋りをして時間を潰していた。


「龍夜さん、海の生物ってどんな生き物がいるんですか?」

「うーん、そうだなぁ………基本的には魚なんだけど、クラゲとかイルカ………あとは、タコとか?」

「くらげ………いるか………、タコは龍夜さんが食べさせてくれた事があるので知ってますけど、あとの2つは聞いた事がないですね」


 タコは知っているとはいえ、実際に見たことはない。言い換えれば、この水族館の中で展示されている生き物達は、柚梪にとって初めて拝見する生物達だと言うこと。


 俺が初めて父さんに水族館へ連れてってもらった時は………確か、クラゲを一番長く眺めていたような気がする。


 水中をフワフワと泳ぐその姿と模様、時々放つ光がとても綺麗で、ついつい目が吸い寄せられてしまってたかな。


「柚梪も、クラゲには興味が湧くと思うぞ。なにせ、可愛いらしくて綺麗だからな」

「そうなんですか? 龍夜さんが言うなら、本当なんでしょうね」


 列が進むにつれ、だんだんとワクワクが止まらなくなってくる柚梪。


 顔を見ただけで、『早く入ってみたい』と言う気持ちが伝わってくる。そんな柚梪の姿を見ていると、俺も幼少期の頃を思い出すな。


 やがて、順番が回ってきた俺は、2人分の入場チケットを購入し、水族館の入り口から中へ入っていく。


 まず最初は、ちょっとしたロビーのような場所。ここには、この水族館に展示されている生き物や、水族館全体のマップが載っているパンフレットが置いてあったり、近所の小学生達の書いた魚の絵が掲示されてある。


 そして奥には、上へと進む階段がある。薄暗いライトが地面を照らしてはいるが、正直言って暗い。下手すれば転んで大怪我をしかねない。


「………っ、龍夜さん」

「ここから先は暗いからな。足元が危ないし、はぐれやすいから」

「はい………」


 突然手を繋がれた柚梪は、ポッと顔を赤らめながら驚く。だが、今は日光が入り口のガラス製扉から入ってきているため、少し明るい。


 けど、階段を登り始めれば、そこは薄暗い世界だ。人とぶつかったり、足元でつまずいたり、はぐれてしまう可能性が非常に高い。


 だから俺は、いつもより少し強めに柚梪の柔らかくすべすべとした手を握る。


「なんだか………思ってたよりも暗いんですね。ちょっと怖いかも………です」

「大丈夫。それは今だけだ。あの階段を登り終えたら、綺麗な光景が見れるよ」


 そして、俺と柚梪は階段を目指して進み始める。もちろんパンフレットは1枚貰っている。


 だんだん辺りが暗くなる。逆に言えば、ちょっとしたワクワク感が出てきたりもする。


 やがて、俺と柚梪は足元に注意を払いつつ、薄暗い階段を登り始めた………。

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