第91話 カップルジュース

 数分早く喫茶店へ到着した俺と柚梪。すでに7人くらいの人が並んでいたが、日曜日にしては人が少ない。


 最後列に俺達は並び、喫茶店の開店を待つ。


「綺麗なお店ですね……なんか、オシャレと言うか分かりませんが、とても素敵です」


 窓から喫茶店の中を覗く柚梪。きちんと清掃されたテーブルや椅子、天井には黒のプロペラがゆっくりと回っており、お店の中では店員さんが開店の準備をしている様子が見られる。


「この喫茶店は、カップルジュースの他にも、ショートケーキも有名みたいだぞ。記事を見たら、この喫茶店内で作られている特製のケーキらしい」

「へぇ~! すごく美味しそうです!」

「あぁ、俺も正直ずっげぇ気になるんだよな」


 この喫茶店はカップルジュースの他にも、この喫茶店内で作られている特製のショートケーキも有名だ。


 なにしろ、この喫茶店内でしか作られていないから、どこのお店にも売ってないんだ。さらに、その日作られている分だけの限定品だ。


 今日は幸いにも、あまり人が居なかったから、限定品であるショートケーキは間違いなく食べることが出来る。


 今日をデート日にして正解だったな。


 そして、喫茶店の扉が開き、中から女性の店員さんが1人出てきた。


「おまたせしました。ご来店ありがとうございます。どうぞ、中へお入りくださいませ」

「開店したみたいだな」


 時間ピッタリに喫茶店が開店し、並んでいたお客さんや俺と柚梪は、喫茶店内へと入っていく。




 喫茶店内で最も遠く端の席に柚梪と向き合うようにして座る。喫茶店ならではのゆったりとした音楽が店内に小さく響く。


「すみません」


 俺はすでに頼む物が決まっているため、席に座ると同時に店員さんを呼ぶ。


 1分も経過しない間に、お店の奥から茶髪のポニーテールをした綺麗な女性の店員さんがやってくる。


「お待たせしました。いかがなさいましたか?」

「注文いいですか?」

「はい。かしこまりました」


 店員さんはポケットから携帯のような形をした機械を取り出す。


「ショートケーキが2つと、カップルジュースを……1つ、お願いします……」

「かしこまりました。ショートケーキがお2つと、カップルジュースがお1つですね。すぐお持ちいたします」


 最後のカップルジュース……あれ、頼む時なんかめちゃくちゃ緊張したんだけど……?


 ともかく、注文した物が届くまでしばし待つとしよう。


 一方、店内をキョロキョロと見回す柚梪。目新しい部屋の装飾や、お店の雰囲気に気を取られているようだ。


「柚梪、そんなに店内を見回して、そんなに目新しい?」

「はい……こんな綺麗で穏やかな所、初めてで」


 確かに、柚梪からすればそうだろう。


 俺は、テレビや記事でたまに見たりするけど、柚梪に関しては人生の半分が、ボロくて汚く暗い部屋に閉じ込められていたんだからな。


 だからこそ、その分俺が柚梪に色々な場所や風景を見せてやらねばならない。


「柚梪、この後も色んな場所に行くんだぞ? この喫茶店も綺麗で居心地良いが、まだ準備運動の段階だぞ?」

「そ、そうなんですか? 今日は、目が疲れそうな1日になりそうですね……でも、すっごく楽しみです」


 


 やがて、注文したショートケーキが先に届く。


 金の花模様が描かれた白の丸いお皿の上に、三角型のイチゴショートケーキと、少し小さめのフォークが乗せられている。


 さらに、ケーキの上に乗ってあるイチゴの前には、ランダムでチビキャラ風の動物の顔が描かれたチョコレートがトッピングされてある。


 俺はウサギで柚梪がライオンだ。味自体は普通のチョコレートらしい。


「すごく可愛いケーキですね……! 食べるのが勿体ないくらいです」


 柚梪はバッグから携帯を取り出して、パシャッと写真を一枚撮る。可愛いとか映える食べ物を写真に撮るのは、よく女の子がする事。


 それを見た俺は、女の子らしい事をする柚梪に嬉しさを感じると同時に、目を輝かせる柚梪がとても可愛いらしく思えて仕方ない。


「……おっ! すげぇ美味しい! 確かにこれは食べるのが勿体ないな」

「ん~! 口の中が幸せです~♡」


 白いホイップクリームからも、僅かにイチゴの味がして、スポンジが柔らかい。ケーキにしては珍しい弾力感を味わえる。


 柚梪も頬に手を当てて、幸せそうな顔をして口をモグモグさせる。


 食べるのが勿体ないと言いながらも、あっという間にケーキを食べ尽くしてしまう俺と柚梪。なんやかんやで、食べ始めると止まらなくなるもんだ。


「お待たせしました。こちら、カップルジュースになります」


 そしてついに、本命であるカップルジュースが俺と柚梪の元へと届いた。


 透明のコップには、薄いピンク色の飲み物が入っており、コップの縁にはプラスチックであろうハートのデコレーションが施されており、なにより……1本でできたハートマークが作られたストローだろう。


 1本なのに、先端は2本に別れているストロー。これを……今から柚梪と飲むのか……。


 さすがの柚梪も、ほんのりと顔を赤くする。


「では、ごゆっくりどうぞ~」

「………柚梪」

「はい……」

「飲むか………」

「はい………」


 俺と柚梪は、少し戸惑いながらもストローに口を近づける。


 だんだんと柚梪と顔が近づいてくる中、ストローの先端に口をつける。また、柚梪も同じく反対側のストローの先端に口をつける。


 やべぇ………これ、超恥ずかしいわ。


 そして、徐々に吸い始めると、ストローの底からピンクの飲み物が上がってくる………


 俺と柚梪は、時々目線を合わせては逸らしてを繰り返し、恥ずかしくて気まずい雰囲気を味わいながら、

飲み物はストローのハートマークを綺麗に通って、お互いの口の中へと入ってきた。


 味はイチゴ味だった。だが、今の俺には味の感想を言ってる暇はなく、ただただ無言で柚梪と向き合いながら、イチゴジュースを飲み進める。


 コップ内のイチゴジュースが半分をきると、一旦お互いにストローから口を離す。


「……っ、これ……結構恥ずかしいな」

「はい……心臓の鼓動が止まりません」


 顔を赤くし合う2人。でも確かに、恋人感は出ていたような気もしなくはない。


 それからと言うもの、なんだかんだ顔を赤くして恥ずかしいと言いながらも、2回目は躊躇なくストローに口をつけては、イチゴジュースを飲み始めた。


 ジュースを飲み干すと、テーブルに置かれた伝票を持って会計を済ませ、喫茶店から出る。


「まあ、なんだ……その、美味しかったな」

「そう、ですね……///」


 まだ気まずい雰囲気が続いていたが、時間は有限だ。出来るだけ無駄にするわけには行かない。


「じゃあ……次に行こうか」

「はい……」


 柚梪と手を繋いで、次の目的地……ふれあい動物ショップへと向かいだす。

 

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