第88話 懐かしさ

 翌日のバイト帰り、俺は片手に何かが入ったレジ袋を持って、家に帰還しているところだ。


 無事に柚梪の熱も下がり、お昼頃には元気で溢れていた。おかげで、俺は少し気楽にバイト先へ行くことが出来た。


 まあ、下がったとは言えど、もしかしたらまた発熱する可能性が十分にある。一応、家を出る時に「出来るだけ安静にしとくんだぞ」と柚梪に伝えてから家を出たが……どうだろうか。


 暗くなっきた路上を数分歩き、電気の灯った我が家が見えてくる。


 ガチャッと玄関の扉を開き、「ただいま~」と口にすると、リビングから柚梪が駆けつけてくる。すると、柚梪は俺の体にギュッと抱きついてきた。


「龍夜さん! おかえりなさ~い!」

「のわっ!? 柚梪……安静にしとけって言っただろ?」

「ちゃんとソファーの上で寝っ転がってましたっ」


 俺の胸から上目遣いで見つめてくる柚梪は、ムッと頬を膨らませる。


「それより龍夜さん。私、お腹が空きました!」

「単刀直入だな……。だが、正直俺も腹が減ってたし」


 そう言うと、俺は柚梪を優しく引き離す。


 リビングのキッチンへと向かうと、ダイニングテーブルに何かの入ったレジ袋を置くと、素早く簡単に作れる料理を作り始めた……



 

 今回は、初めて柚梪に作ってあげた『オムライス』を提供してみた。


 俺がオムライスを柚梪の前に出すと、柚梪は目をキラキラと輝かせる。


「……! オムライス! 何ヵ月ぶりですかね?!」

「うーん、だいたい2~3ヶ月くらい?」


 柚梪は「頂きます!」と元気よく言うと、スプーンでオムライスを削り取り、口の中へと入れる。


「この懐かしい味……龍夜さんに保護してもらった当初を思い出しますね」

「確かにな。あんなに痩せ細ってたのに、こんな美人さんになってから」

「そんな……美人さんなんて……///」


 顔をほのかに赤らめる柚梪。


 いや、実際柚梪は見違えるほど美人さんになったぞ? 俺が保証する。


 こんなにも立派で綺麗な女性になったのだから、柚梪の母親はよほど綺麗な方なのだろう。叶うならば、この目で一度見てみたいものだ。


 そう言えば、柚梪の母親に関して何も聞いていない。柚梪も、確か行方が分かっていないと言っていた記憶がある。


 俺は柚梪に、母親の事について詳しく知らないのか聞いてみようとした。が、そうすると柚梪に嫌な過去を思い出させてしまう事になる。


 やっぱりやめておこう。



 その後、俺と柚梪は多少雑談を挟みつつ、夕食を取り終える。


 食器を一旦台所へ置くと、お皿を洗う準備をし始める柚梪。いつもなら食後は食器洗いをする。柚梪は毎日食器洗いを手伝ってくれるから、20分も掛からない間に洗い物が終わるため、すごく助かっている。


 柚梪は『食器を洗う』と思っているが、今日は少し違うんだよ。


「柚梪、食器洗いは後だよ」

「え? そうなんですか? ところで、その袋……ずっと気になってたんですけど、何ですか? それ」


 袖を捲った柚梪は、俺がレジ袋の中からある物を取り出そうとすると、ゆっくり近寄ってくる。


「実はさ、久しぶりに買ってきたんだよ。ほら、ケーキ」

「うわぁ~! ケーキ!」


 レジ袋から取り出すは2つのショートケーキ。これもだいぶ懐かしい記憶があるな。


 あの時の柚梪は、初めてケーキの美味しさを知った時の顔は、とても幸せそうだったなぁ。


「柚梪、フォークを取ってくれるかい?」

「はい! 分かりました!」


 闇上がりなのに、すごい元気だな。その元気が俺も24時間続けばいいのに……


 柚梪は食器棚からフォークを取り出し、俺はケーキの透明な蓋を外す。そして椅子に座ると、早速ケーキを食べ始める……とその前に。


「柚梪、よかったらさ……今週の日曜日に……その、デートでも行かないか?」

「デート?」


 分かってはいたが、柚梪はデートの意味を知らないようだな。ちょっと恥ずかしいけど、説明してやらねば……


「デートって言うのはな、簡単に説明すると……恋人同士の男女が、2人きりでお出かけしたり、遊びに行ったりすることさ」

「恋人同士の男女が……2人きりで……」


 付き合っている男女なら、デートの1回や2回くらいあるはずだ。恋人同士として、デートと言うのは欠かせないイベントなのだから。


「俺と柚梪は恋人同士だろ? だから、その……好きになった人と一緒に、お出かけ……と言うか、遊びに行くと言うか……///」


 やばい……自分から言っておいて、顔が熱くなり始めている……! 熱が移ったのか……!?


 しかし、柚梪はクスッと笑うと、俺に対して「可愛い♡」と呟く。


「え? 可愛い……?」

「ふふっ、はい。だって龍夜さん……すごく顔を赤くするんですもん」

「……っ!? う、うっせぇよ」


 全く……いつの間にからかいの仕方を覚えたんだよ。余計に顔が熱くなってきたじゃねぇか。


「んで、行くのか? 行かないのか?」


 俺は早く返答を聞いて、別の話題へ逃げようとする。しかし、柚梪が見せたのは女神のような笑顔。その笑顔に俺は目を奪われてしまう。


 その結果、柚梪の答えはと言うと……




「はい! もちろん、行くに決まってるじゃないですか! 大好きな龍夜さんとの、デート♡」


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