第87話 喜ぶ顔は幸せの塊

「……。そろそろ夕方か」


 氷水の補充、熱冷ましシートの交換等が終わり、柚梪が眠りに入ったことを確認した俺は、リビングに降りてのんびりとした時間を過ごしている。


 お昼くらいまでずっと止められていたからな。柚梪に寄り添っていたいのは山々なんだけど、逆に菌を貰うわけにもいかない。


 まあ、季節の変わり目で体を崩しただけかもしれないが、念には念をだ。


 リビングで小説を読んだり、夕食をどうするか決めていると、あっという間に時間は夕方に。ホント、時間って意識してなかったら、すぐに過ぎていくよな。


「さて、一旦柚梪の様子を見に行くか」


 そう言ってソファーから立ち上がる俺は、廊下へ向かおうとするが、ソファーから立ち上がる瞬間、2階で寝ていたはずの柚梪がリビングに入ってくる。


「あれ? 柚梪、どうしたんだ?」

「……たつやさん」


 今朝に比べて顔の赤さはだいぶ引いたようだ。


「何かあったのか? 熱がまだ下がってないみたいだな。寝てないとダメだろ?」


 すぐに柚梪の所へと駆け寄る俺は、柚梪の首元に手を当てると、まだほのかに熱い。


 ある程度は下がっているようだけど、だからと言って体を動かせば、また体温が上がってしまうかもしれない。


 しかし、俺がそう言うと柚梪は涙目になる。


「だってぇ……めがさめたらぁ……たつやさんがいないんだもん……」


 すごく寂しそうな声でそう言いながら、柚梪はギュッと俺の体に優しく抱きつく。


「わたしから……はなれないでよぉ……さびしいよぉ……」

「ごめんな。でも、俺が体調を崩したらどうするんだ?」

「ゆずがたつやさんをかんびょうするもん……」


 俺から離れようとしない柚梪の頭を撫でながらも、なんとか落ち着かせることに成功。ソファーに柚梪を寝っ転がせると、俺は2階から看病に使う物を全て持って降りてくる。


 ソファーに寝転んだ柚梪に近寄ると、すっかりぬるくなった熱冷ましシートを剥がし、新しい熱冷ましシートを貼りつける。


「つめたくて、きもちぃ~」


 まるで子供のような反応をする柚梪は、見ていてとても微笑ましい。


「柚梪、一旦熱を測ってみようか」


 俺はそう言うと体温計を手に持って、電源を入れ柚梪に手渡す。しかし、柚梪は体温計を受け取ろうとしない。


「たつやさんがやってぇ~」

「え? 俺が測るの?」


 なんだ? 俺が自分で自分を測れってことか? それだとなんの意味もないと思うが……


「ちがう~、たつやさんがわたしのたいおんはかるのぉ~」

「え?」


 どうやら柚梪は、俺に体温を測ってもらいたいようだ。なぜ急にそんなことを言い出したのか知らないが、今の柚梪は駄々こねると止まらないから……仕方ない。


「分かった……じゃあ、座って?」


 俺の指示通り、柚梪は寝っ転がった状態から体を起こす。俺は柚梪の服のボタンを上から3つ外す。


 1つ……また1つとボタンを外すと、肌越しに綺麗な鎖骨が見え、さらにブラジャーによって持ち上げられた胸の谷間も見えてくる。


 俺はほんのりと顔が熱くなる中、体温計を柚梪の脇へと入れ、測り終わるのをじっと待つ。


 それにしても、本当に成長したものだ。さずが、元お嬢様なだけはある。こんなにスタイル抜群の美女に成長するなら、色々と楽しい人生を送れただろうに。


 そんなことを心の中で思っていると、体温計からピピピ……ピピピ……と測り終えた音がなる。


「37.9度。うん、だいぶよくなってる。薬も効いてるみたいだし、今日1日安静にすれば治るだろう」


 特に変な病気ってわけでもなさそうで一安心。


「柚梪、少し早いけど何か食べるか?」

「わたし、あったかいすーぷが、のみたい」

「スープね。じゃあ、野菜スープでも作るか」


 柚梪の要望に応えて、俺は柚梪のボタンを元に戻したら、キッチンへと向かって調理を開始する。


 


 やがて20分ほどで出来た、キャベツや細く切ったにんじんの入った、コンソメ風の野菜スープが完成する。


 完成した野菜スープを茶碗に入れて、柚梪にゆっくりと手渡す。柚梪は受け取った茶碗を両手で持って、口へと持っていき、何度か息を吹きかけた後、野菜スープを飲み始める。


「あったかくて、おいしい~♪︎ たつやさんのつくるごはん……すきぃ♡」

「あはは。ありがと。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 満足して頂けたようでなによりだ。俺も作った甲斐があるってものだ。


 あっという間に野菜スープを平らげる柚梪は、空になった茶碗を俺に差し出すと、「おかわり~」と甘えた声で言ってくる。


「まだ飲むのか? 体が弱ってるのに、食べ過ぎ飲み過ぎは良くないぞ?」

「でも……すーぷがおいしいから……もっとのみたおのぉ……」

「……っ、分かったから。そんな悲しそうな目で見つめないでくれ……その代わり、少しだけだぞ?」

「うん♡」


 ったく、可愛いやつめ。


 おかわりを入れてやると、これまた幸せそうな顔でスープを飲むんだ。病人にあまり飲み食いさせるよは良くないのだが、そんな顔をされるともっと提供してやりたくなる。


 そうだな。柚梪の熱がちゃんと治ったら、たくさん美味しい物を作ってやればいいか。


 柚梪の喜ぶ顔を見れると、俺も嬉しくなるからな。

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