第86話 柚梪の看病

「確か……この辺になかったかな……?」


 柚梪が高熱を出してしまい、看病をすべく道具などの必要な物を準備している。


 朝食を済ませ、食器を洗い、冷蔵庫から熱冷ましシートを取り出して、今はだいぶ前に使った熱を下げる薬の入った箱を探している最中だ。


「おし、あったあった。えっと……買ってからまだ4ヶ月くらいしか経過してないから、使えるな」


 俺が取り出した錠剤は、だいぶ前に熱を出してしまった際に、頑張って買ってきた物だ。量もまだまだある上に期限も余裕がある。


 薬の錠剤やカプセルの仕様期限は、だいたい6ヶ月~1年以内と言われている。


 俺が2階から降りてくる時には、まだコップに水が入っていたはずだが、念のため大きめの容器に氷水を入れて行くとしよう。


 持てる物を全て持って、俺は柚梪が居る2階の自室へと向かい、ガチャっと扉を開いて中へ入る。


「柚梪、おまたせ」


 ちょうど柚梪が体を起こし、キンキンに冷えた水を飲んでいる最中で、俺が戻って来たことをその目で確かめると、コップを口から離す。


「うぅ……たつやさん……遅いよぉ……」


 俺を見るなり、柚梪はポロポロと涙を流し始めてしまった。そんなに時間が経っていたのだろか?


「ごめん……謝るから、そんなに泣かないでくれ……」

「いやぁ……なくぅ……だってたつやさんおそいんだもぉん……」


 勉強机に持って来た物を置いて、一旦柚梪の甘やかしに入る。ベットに腰を降ろすと、俺を見ながら泣く柚梪の頭に手を添えて、優しく撫でる。


「ほら、いい子いい子。そんなに泣かれると、俺まで悲しくなっちまうぞ?」

「うぅ……ぐすんっ」

「早く治して、どっかお出かけにでも行こうか」

「……いく」

「よし、じゃあ早く泣き止んで、体を休ませないとな」

「……うん」


 柚梪が泣き止むとこを確認した俺は、机から熱冷ましシートと、解熱剤を取る。


 箱の中から、まず最初に錠剤を1つ取り出すと、柚梪の手のひらに錠剤を置く。


「柚梪、まずはこれをお水と一緒に飲み込むんだ」

「この、まるくてしろいやつ……?」

「そう。これは薬って言ってね。熱を下げる物なんだよ」


 始めて見たのか知らないが、柚梪は少し抵抗しながらも、意を決して錠剤を口の中へと入れる。すぐに俺が新しく入れた氷水で、錠剤を水と一緒に飲み込んだ。


「うっ……げほっ、げほっ……」

「勢い良く飲み過ぎだ。もっと少なめでいいのに」


 コップに入っている水を、ほぼ全て飲みほした柚梪は、その場で咳込んでしまう。俺は柚梪の背中をさすりながら、柚梪が落ち着くのを待つ。


 1分くらいすると、柚梪の咳も止まり、体を支えてやりながら柚梪をベットの上に寝っ転がせて、薄い毛布を肩までかける。


「柚梪、こっち向いて」

「……? ひゃっ……!? つめたい……」


 前髪をなんとか持ち上げつつ、キンキンに冷えている熱冷ましシートを柚梪のおでこに貼り付ける。熱冷ましシートの冷たさに、最初こそ驚いていたものの、気持ち良くなってきたのか、穏やかな顔をなる。


 あとは柚梪が寝るのを待つだけ。


「たつやさん……てをかしてください……」

「ん? 手?」


 俺は少し首を傾げた後、柚梪に右手を差し伸べると、柚梪の俺の手のひら優しく持って、自分の頬に当てる。


 手から伝わってくるほんのりとした熱さと同時に、柔らかくすべすべとした肌の感触が分かる。


「たつやさんのて……つめたくて、きもちぃ……」

「まあ、さっきまで氷水の容器とか持ってたし」


 すりすりと猫のように頬を擦りつけてくる柚梪。その仕草がなんとも可愛らしく、見ていてとても癒される。


「たつやさんのて……おおきくて、すごく……あんしんする……」


 すりすりと頬を擦りつけてくる代わりに、俺は柚梪の頭を撫で返してやると、柚梪は「えへへ……っ」と可愛らしく喜ぶ。


 すると、柚梪は頭を撫でられて心地が良くなったか、眠くなり始めると同時に、何かを呟く……


「わたし……たつやさんの、およめさんに……」

「……え?」


 ふと柚梪が呟いた言葉に、俺は思わず反応してしまう。少し聞き取れなかった所もあったが、確かに今……『お嫁さんに』って言ったよな?


 それからも柚梪は、眠たくなってきたのか、うとうとしながらも言葉の続きを口にする……


「たくさん……こどもうんで、たいせつに……されて……しあわせな……かぞく……に」

「………」


 そのまま柚梪は、眠りに入ってしまった。おそらく、最後までは言えなかったようだ。続きが気になるが、十分柚梪の言った言葉の意味は理解出来た。


 そうか……柚梪はそんな事を思ってくれてたのか。


 これが熱による脳の機能低下で、たまたまその言葉

を口にしただけかもしれない。本当は、そんな事を思っていないかもしれない。


 でも……そうだな……


「遅くても今年中には……柚梪の望んでいる言葉が……来るかもな」


 柚梪の滑らかでさらさらなねずみ色の髪を、優しく撫でながら、子供のように眠る柚梪に、小さな声でそう囁いた。

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