第89話 お着替え中

「柚梪ー? ゆーずー? どこ行ったんだ?」


 柚梪とデートの約束してから、翌日の夜。お風呂から上がってリビングに戻って来たはいいのだが、柚梪の姿が見当たらない。


 最初はお手洗いにでも行ってるものだと思っていたが、1時間以上が経過しても戻って来ないのだ。


 さすがに心配になった俺は、柚梪を探しに2階へと登っていた。


 階段を登りきると、自室とは反対側にある物置き部屋から、電気の光が扉の隙間から僅かに見えていた。


「柚梪? ここに居るのか?」


 俺は物置き部屋の扉を開くのだが……


「ひゃっ!? 龍夜さん……!?」


 そこには確かに柚梪が居たのだが……タイミングが悪かった。どうやらお着替えの途中らしく、白の下着を身に付けた柚梪と出くわしてしまった。


 突然俺の襲来に、柚梪は顔を赤く染めると下着を腕と手を使って隠す仕草をする。当然俺も、すぐに後ろを振り返る。


「す、すまん……! まさか……着替え中だったなんて……」

「………///」


 恥ずかしさのあまり、柚梪は声が出なかったようだ。俺が後ろを向いている間に、柚梪はササッと服を着る。


 やがて数分後、「もう大丈夫ですよ」と柚梪が声をかけてくれて、俺は少し恥ずかしさがあるが……柚梪と向き合う。


「えっと……本当にごめん」

「もういいですよ。私も、龍夜さんに何も言わずに1人で部屋に居たのも悪いですから」


 俺は胸を押さえて、ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。


「それで、1人で何してたんだ? 夜も遅いし、しかも物置き部屋って……」


 俺は気になっていた事を柚梪に問いかける。


「実は……服を選んでました」

「服?」


 柚梪はそう言うと、ダンボール箱をテーブル代わりにして、色んな洋服を並べていた。


「龍夜さんや、彩音ちゃんからプレゼントで貰った服も、だいぶ貯まってきましたし、その……龍夜さんと初めてデートに行くので、どの服で行こうか迷ってまして……」


 柚梪は少し照れくさそうに顔を赤くする。


 しかし、デートと言っても4日くらい先だ。楽しみになるのは分からなくもないが、準備するには少し早くないだろうか?


「デートが楽しみなのは俺もだけど、まだ4日も先だぞ? 準備早くない?」

「何言ってるんですか! 準備することが楽しいんです!」


 柚梪はムッとした顔つきになり、両手を腰に当てて、上半身を45°くら前に傾ける。


「女の子は、こう言った楽しみな日に対して、前もって準備をするこの瞬間がなにりよ楽しいんです。好きな人にどんな服を見せてあげようかな? どんなオシャレをして出掛けようかな? 好きな人に可愛いって言って貰えるかな? って、考えている時間こそ、すごく楽しいんです」


 細かい所も説明してくる柚梪、俺は女の子じゃないから、そう言った気持ちが分からないが、よっぽど楽しみにしているのだと言うことは分かる。


「なんだ? そんなに楽しみなのか? 誘ってみた甲斐があったな」

「携帯で調べました! デートって、男の人と女の人にとって特別なイベントなんですよね! 私、昨日の夜全く眠れませんでした!」


 ここまで柚梪のテンションが上がっているのを見るのは、おそらく初めてだろう。ハンガーに掛かった何着かの服を手に持って、自分の体に合わせてみたり、実際に着てみたり。


 ルンルンな気分の柚梪も、実に可愛いらしい。


「うーん……やっぱり、これにしようかな」

「決めたのか? 早いな」


 柚梪は今着ている服に決めたようだ。


「だって、これは龍夜さんが一番最初に買ってくれた服ですから、私の中では最もお気に入りで思い出のある服なんです」


 そう、その服とは……俺が初めて柚梪にプレゼントした服。インターネットの通販でポチっとした、灰色をテーマとした女の子らしい服。


 柚梪はその場でクルッと一回転すると、スカートの裾を親指と人差し指で軽く摘み持ち上げる。それはお嬢様が他人に対して挨拶をする瞬間そのもの。


 その可憐な姿に俺は目を奪われる。心の中の汚れが一気に無くなったみたいだ。


「どうでしょうか? 龍夜お兄様」

「へっ!? お、お兄様!?」

「えへへっ、間宮寺家に伝わる礼儀作法です」


 おいおい、柚梪みたいな可愛いくて綺麗で美人な女の子に、『お兄様』なんて言われたら、心臓から濃厚なトマトジュースが出てきてしまうぞ。


「か、可愛い……」

「本当ですか? えへっ、じゃあ……この服にします!」


 服が決まったのはいいが、それは半袖だからな。デート当日には、何か上着を着せなければならないな。


 俺がそんな事を考えている内に、柚梪は何やらごそごそとしている。すると、突然柚梪は服のボタンを外し始めたのだ。


 すでに3つのボタンが外されており、再び白のブラジャーに持ち上げるられた胸の谷間が姿を現そうとしていた。


「柚梪!? ちょっ……なんで脱いでいるんだ……!?」

「え? だって、私服のままじゃ寝られませんから。寝巻きに着替えようかと」

「いや、俺まだ部屋から出てないから!?」

「だって龍夜さん、なんだかボーっとしてたので……はっ! もしかして……また私の下着を見ようとしてるんですか? もう♡ 龍夜さんはえっちな人ですね♡」

「違う! 俺は断じてえっちな人じゃない! 俺は先にリビングに戻るから! じゃあね!」


 俺は勢い良く部屋の扉を閉めて、物置き部屋から撤退する。


 柚梪も大胆になって来たし……いつからそうなったのやら……(犯人は彩音)


 でも、デートを誰よりも楽しみにしてくれてるみたいだし、俺も頑張ってスケジュールを考えるとしよう。


 柚梪に、掛け替えのない思い出を作ってあげるために。




 そして時は過ぎて、デート当日の日曜日を迎える……


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